12 飛龍を狩る者たち 中編
毛皮の漁師が放ったダブルメイスは、確実にワイバーンのもとから潰れた鼻先にめり込んだ。不気味な音を立てた事、そしてワイバーンが怯んだ瞬間を、俺は目撃した。
助かった!
まずはその気持ちが浮かんだ。
「お前、村長を早く!」
毛皮のゴブリン猟師は叫びながら俺に振り返ると、村長を助け起こすように指示した。
あわてて俺はうなずく。
片手で強引に女村長の腕をとって駆けだした。
女村長はこうして引っ張り上げてみると意外にも華奢で、顔面蒼白のまま俺に従ってくれる。
くっ殺せなんて事には絶対にさせない。
「村長を頼んだぞ!」
毛皮の猟師は俺に叫び、そして改めてワイバーンに対峙するのだった。
頼もしいじゃねえか。俺の世話になっていた沖縄の古老、空手の師匠にも似たオーラが感じられた。
だが、それが彼の最後の言葉だった。
彼も油断していたわけではないだろう。
相手は圧倒的存在たる空の支配者だ。
次の瞬間には、一瞬だけ怯んでいたワイバーンが怒りの咆哮を、それこそこれまでよりはるかに強烈な雷鳴の如くとどろかせたのだ。
ワイバーンの咆哮には何か人間たちを思考停止させる魔力でも持っているのかもしれない。俺は女村長を抱きなおしながら振り返って毛皮のゴブリンを見ると、彼は両手を振り上げて果敢にワイバーンに挑もうとしたままの姿で立ち止まっていた。
けれど、この戦いの幕引きはあっさりと終わった。
翼をめいっぱい広げ、恐ろしく巨大な鍵爪を大地から持ち上げたワイバーンは、毛皮のゴブリンをぐしゃりと掴みあげて、空高く舞い上がって行ったのである。
「させるな、射かけろ!」
咆哮の魔力が解けたのだろうか、先ほどまでなすすべもなく茫然としていたッワクワクゴロさんが覚醒したかと思うと、号令をかけながら自らも短弓をつがえた。
しかしもうそれは手遅れだった。
放たれたいくつかの矢は空を切ってアーチ状を描きながら、空しく地面にふりそそいだだけに終わった。
ワイバーンは天高く翔け上がると、村の上空をぐるりと一周した後に、遠くサルワタの森の先にある山へと飛び去って行ったのである。
◆
俺は今、女村長の屋敷にいる。
室内に招き入れられたのは今回がはじめてだ。
腰を抜かしてしまった女村長は自分で歩く事もかなわず、義息子の青年ギムルが手を貸そうとしたのだが「シューターに任せる」と小声で女村長が言ったものだから、そのまま村長の屋敷まで連れてきたのだ。
しかも女村長は失禁していた。
ワイバーンが毛皮の猟師を連れ去った後に改めてへたり込んだ女村長は、その場に黄金色の水たまりを作っていた。
さすがに義息子にそんな自分を触れさせたくなかったのだろう。
すでにお漏らし姿を見られちゃったし別にいいじゃんとは思ったが、それでも最後の尊厳が働いたのだきっと。
じゃあ俺に触らせるのはどうなのかとも思うが、俺はこの村のカーストの最下層だし人間扱いされていないのかもしれない、
「死者三名、重傷者一名、行方不明者一名。それから牛一頭の被害だ」
先ほどのお漏らしなんて無かった、という顔をした女村長は、自分の書斎に招き入れると俺たちを見回して状況確認を行った。
行方不明者というのは、毛皮の猟師の事だ。名前は俺が想像していた通り猟師たちのリーダー格、ッサキチョだった。
今この場に集まっているのは、ッワクワクゴロさんの他、猟師たち、村の主だった幹部たち、それにこの屋敷の人間たちである。
俺はたぶん女村長を運んだついでにいるだけだ。
部屋の片隅で壁に背中を預けながら、おっさんにご祝儀でもらった短剣を弄んでいた。
「善後策を決めなくてはならない。ッワクワクゴロ、ワイバーンからッサキチョを救出する事は可能か」
「……生きて取り返すというなら、不可能ですね」
「当然だ。せめて亡骸だけでも取り返す事ができるなら、それは可能か」
「……営巣地まで足を踏み込めばあるいは」
歯切れの悪いッワクワクゴロさんは、言葉を選びながらそう返事をした。
まあ牛を捕えてお食事中だったワイバーンを邪魔したのは俺たちだ。せめてもの腹いせに、ッサキチョはお土産として持ち去られたんだろう。
もちろんそんなワイバーンの道理は村の人間からすれば知った事ではないし、取り返したいという気持ちはわかる。
人情ってもんだからな。と俺が思っていたところ、
「人間の味を覚えたワイバーンは、必ずまた襲ってくる。そうだったなッワクワクゴロ?」
「そうです。絶対に許しゃしねぇ……」
絞り出すようにッワクワクゴロさんはそう言った。
「もしも人間を子育て中の子供のえさにでもされようものなら、それこそまたわらわの村を襲いに来る。それだけは絶対に阻止せねばならぬ」
「しかし村長、村や周辺の集落の人間をかき集めても、あのワイバーンを倒すのは恐らく厳しいかと。あれは俺がこれまでに見た中でもひときわ大きいオスの個体だった……」
ッワクワクゴロさんは言った。
曰く、ワイバーンというのはメスよりもオスの大きさが際立って大きいらしい。
この冬にワイバーンと相打ちになって果てたカサンドラの親父さんは、冬季に入ってえさが不足していたワイバーンを相手に、罠を使って仕留めようとした。
成獣でもメスであるなら、これは猟師が罠と地の利を駆使して勝つこともできるのだとか。
けれど成長した、ゆうに百年は生きている様な成獣のオスともなると、これは話が違ってくる。
人間の仕掛けた罠では対処できるにも限界があり、そもそも突然飛来するワイバーンを相手には有効な手立てが無いのだと言うではないか。
「ギムルよ」
「ははっ」
「お前は急いで馬を飛ばし、街に冒険者を派遣してもらう様、救援を要請しろ」
「わかりました」
女村長は安楽椅子に腰かけたまま義息子に命じた。
もはや村ひとつで、どうにかできる次元ではないと判断したのだろう。ギムルはうなずくと急いで部屋を退出しようとする。
去り際に、息子を弄んでいた俺に向かって小声で「こんな事を言えた義理ではないが」と青年が口を動かした。
「村長を、義母上が無茶をしない様によろしくたのむ」
「へいへい。しっかり護衛をするさ」
「チッ、調子に乗るなよ」
お願いしているのか喧嘩を売っているのか、どっちかにして欲しいぜ。青年ギムルは部屋を退出すると、馬屋にでも向かったのだろう。
「このままただ手をこまねいているわけにもいかない。ワイバーンを仕留めるのは冒険者が到着してから手を打つとしても、以後は村の塔に監視を立てて、周辺警戒を怠らない様に。ッワクワクゴロ、細かいところはお前に任せるぞ」
「わかりました」
「それと、襲われた人間の葬儀を行う。メリア、村人たちにすぐに手配する様に伝えてまいれ」
「はい、アレクサンドロシアさま」
女村長の下女が頭を下げると、こちらも部屋を飛び出していく。去り際にやはりギムルと同じ様に、ケツをかいていた俺をチラリと見やったが、こちらは無言で出て行った。
へぇ。女村長の名前、アレクサンドロシア様というのか。長いな……
「それとシューターよ」
「はい」
「お前。血まみれのわりに平気そうだが。その怪我の具合はどの程度なのか?」
「え?」
「ん?」
どうやら俺は血まみれらしい。
これまでアドレナリンが出ていて気が付かなかったが、俺は胸に大きな傷を持つ男になっていた。
いったいどこで怪我したんだよ俺、ワイバーンには指一本触れてないはずだぞ?!
痛ぇ!
「すまない。わらわのせいだというのに」
◆
俺は村に唯一ある教会堂に緊急入院した。
原因は簡単だ。女村長を助けようと突き飛ばしたときに、村長の持っていた長剣が俺の胸をかすめていたらしい。
情けない。
ワイバーン戦では何の役にもたたなかった上に、自傷しているってね。オウンゴールじゃねえんだからさ……
しかしここはファンタジーの世界である。
村唯一の教会堂には司祭さまと助祭さまが詰めており、そのうちの助祭さんというのが聖なる魔法のエキスパートだった。
裂傷の類は傷を塞ぐ事ができるのだとか。
俺はワイバーン戦で重症を負った狩人たちと共に、治療をしてもらうべく寝台に横たわっていたわけである。
「血まみれになって平気な顔をしていると思ったら、皮一枚をすっぱり斬っただけだったんだな」
心配して損したぞ、と女村長は続けた。
そんな事言って、アレクサンドロシアちゃんはちょっと涙目だった。俺の前でジョビジョバしても無かった事にできる強い精神力の持ち主なのに、俺の怪我ごときで涙目とはかわいいところがあるんじゃないの。
「いやまあ、おかげさまで助祭さまに助けていただきました」
「うむ。これからは戦士の力が必要だ。傷が大事なくこの程度でよかった」
デレた女村長は俺との会話もそこそこに、隣に寝たきりになっている猟師に先ほどの声音で話しかける。
何だよ。
デレたかと思ったらリップサービスかよ。
村の支配者としてパフォーマンスしているだけという事が発覚したので、俺は悲しくなってしまった。
「しっかり傷も塞がってますね、それじゃ退院していいですよ」
「ありがとうございます」
「しばらく体の血が少し足りない様な事を感じるかもしれません。そういう時はお肉をしっかりと食べて、力をつけてくださいね。それと、」
「何ですか?」
「血まみれのチョッキは不衛生なので、こちらで処分しておきました」
またもや俺は全裸に舞い戻ってしまったのだ。
◆
教会堂に併設されている診療所を出ると、そこには嫁のカサンドラを伴ったッワクワクゴロさんがいた。
「おう、もう退院か?」
「なんか肉まで深くは切れてなかったそうで、聖なる魔法で治療したら傷口も塞がっちゃいました」
「そうか、お前運がいいな」
俺とッワクワクゴロさんが軽口を言い合っていると、思いつめた顔をした嫁が俺を見ていた。
「どうして嫁がここに?」
「俺が呼んだのよ。ワイバーン戦で怪我をして診療所に運び込まれたってな。そしたらカサンドラがあわてて来てくれたってわけよ」
「迷惑かけたな」
「……いえ」
うつむいた感じでカサンドラが言った。
何だ、多少は心配してくれていたのは確からしい。
「カサンドラも親父さんの事を思い出して、いてもたってもいられなかったんだろう」
「あのう、それは……」
「気にしなくていいぞ、俺は簡単にワイバーンなんかにやられたりはしない。何しろ素人は邪魔だから端っこでじっとしてるだけだからな」
茶化すつもりでッワクワクゴロさんと嫁の会話に茶々を入れたが、嫁は真顔で返事する。
「そうですね」
「うん、そうなんだ……」
「そのう。それで兄さん、オッサンドラ兄さんは無事なんですか? 現場に居合わせたんですよね?」
「あーうん」
なるほどそういう事か。
俺はとても悲しい気持ちのなったので、その気持ちを誤魔化すために親切丁寧に説明をした。
「死者や重傷者も出たって聞きましたが」
「無事だよ、鍛冶場にとどまってたからな。俺は槍を持って飛び出しちゃったから腰抜かして怪我もしたけど」
「そう、ですか。よかった……」
惚れてんだもんよ。両思いで。
俺は何も不満を口にせず「そうですね」とだけ返しておいた。
興ざめしてしまった俺に比べると、ッワクワクゴロさんは違う。
「おい、嫁に他の男の事を心配させていいのかよ。男だろ」
「いやでもほら、おっさんと嫁は従兄妹同士だしいわゆるひとつの幼馴染ってやつでしょ?」
俺の元いた世界では幼馴染同士の恋愛事情といえばファンタジーなおはなしと言われていた。
そしてここはファンタジー世界だ。まあ、そういう秘めた事情なんだろうけどさ。
何か胸糞悪いよな。何でだろう。これは何で?
俺は自問する。
けど、つとめていい笑顔を作りながら、嫁を気遣った。俺は大人だからな……。
「おっさんならまだ鍛冶場にいるはずじゃね? 行ってくるか」
「いえ、大丈夫です。それよりお召し物は……?」
「ああチョッキね。血まみれだし不衛生だからって、教会堂の助祭さまが処分してしまいました。ごめんね」
俺はいつもの癖でペコペコした。
「でも、チョッキだけで済んでよかったです。ご無事で」
本当に良かったと小さくカサンドラは呟いた。
あ、デレた?




