閑話 サルワタを統べる者 驚愕
「……シューターというのは、あの全裸を貴ぶ部族の出、シューターの事かの」
騎士修道会総長カーネルクリーフの言葉に当惑したわらわは、言葉をかみ砕く様に口にして絶句した。
あの男は辺境のさらなる奥地から、流浪の果てにサルワタの森にたどり着いたのではなかったのか?
「全裸を貴ぶ部族というのは初耳だが、何ひとつ身にまとわぬ姿で降誕したのは、それが女神様のご意思によってこの世界に産まれ堕ちた聖使徒である証拠だろう。それも大人のままの姿で」
「大人のままの姿で、生まれた?」
「左様。余たちが聖少女と呼んでいる彼女、ガンギマリーもまたブルカ聖堂会で礼拝の儀を行っている最中、衆目の集まる中で降誕したのだからな」
わらわの疑念の眼に応える様にして、カーネルクリーフは言葉を口にした。
ふと聖少女どのの姿を見やれば、確かに彼女は少し困った表情をしていたけれど、うなずいてみせる。
それは恐らく事実なのだろう。
騎士修道会の聖少女などと言われているのだから、女神の奇跡によって生まれたとしても何らおかしい事はない。
けれどもシューターがそんなはずはない。
「お疑いの様であるが、騎士シューターどのもまた身ひとつ纏わぬ姿で大人のままに生まれてきたというのは事実であろう。それが証拠に、どこから彼がやって来たのか、貴卿はご存じないのではないか」
「……あの男は、我が領内のサルワタの森に、全裸の姿でさ迷っているところを、村の木こりが見つけたのだ」
「つまり彼が降誕した姿を直接見た者はいないと、そういう事だな」
「…………」
森に迷い込み、ッンナニワに捕まえられて村に連れてこられた時のシューター。
彼がどこをどう見たら女神のご意思によってこの世に生まれた聖使徒だというのか、わらわには納得のいくものではなかった。
と同時に、その様な人間をわらわの召使も同然に使役をさせ、あまつさえ子飼いにしていたという事実に恐怖する。
もしも本当にシューターが女神の聖使徒であるというのならば、わらわはそれ相応の罰を受けねばならぬと言う事なのだろうか……
「なるほど、そういう可能性があると騎士修道会の諸氏はお考えなわけだな」
ゴクリとつばを飲み込みながら、改めて冷静な顔を取り繕ってわらわは言った。
こんなところで騎士修道会の人間たちに付け入られるわけにはいかない。
彼らは日頃からブルカの街で権力者たちとパワーゲームを演じている様な人間たちなのだ。
ただの聖職者であるのとはわけがちがうし、カーネルクリーフともなれば王城でその冴えを振るっていたのである。
「それゆえ、女神様の教えを正しく伝える立場の騎士修道会としては、シューターどのを余たちの身内に迎え入れられるのであれば、聖堂の建立という提案に乗る事が出来る」
「ちょっと待ってほしい。その身内に迎え入れるという意味、改めて聴いてもよろしいかの」
わらわはいつまでも茫然としているわけにもいかず、言葉の中から意味の隠されていそうなものをひとつひとつ潰して行こうと必死に考える。
身内に迎えるとはどういう意味だ、引き渡せと言う意味か。
「言葉通り、騎士修道会の身内として迎え入れると言う事だ」
「詳しく申せよ」
「ふむ、ではこう説明したらよろしいか。アレクサンドロシア卿から見て、ガンギマリーはどの様に見えるかな」
カーネルクリーフは蓄えた口ヒゲを撫でながら長椅子に腰を下ろした。
突然に話題を振られた聖少女どのは、相変わらず当惑した顔をしてわらわと総長を見比べている。
恐らくこの娘は話の落としどころをすでに聞かせているはずだ。
けれどもこの様な展開になったので、困り切っているのであろう。
「聖少女どのは、見てもすぐわかる様にこの土地の人間ではあるまい」
黒い髪は珍しくはないが、それでも透き通るような黒髪というのは珍しい。
それに顔は彫りのないやや丸みを帯びたところがあるし、特徴的なブラウンの眼は少なくとも辺境どころか王国の人間には聞いた事が無いものだった。
何よりその顔にかけているふたつのガラス玉である。
王都の老人や魔法の研究者たちが片眼鏡をかけている姿は見たことがあるが、これはまたそれと別のものであろう。
きっと女神の奇跡として降誕とともに聖少女に付与された聖具に違いないのだ。
ジロジロをわらわが見たことに気を悪くしたのかも知れぬ、聖少女どのは不機嫌な顔をしてそのふたつのガラス玉の縁を持ち上げてズレを直した。
するとカーネルクリーフがわらわに言葉を投げかける。
「それはもちろん彼女が女神様のお子、聖少女であるのだから当然だ。そしてその様な聖少女を、どこぞの貴族なり領主なりが手に入れた先に見える事は何があると貴卿はお思いかな」
「もしわらわが邪な野心ある領主であるのなら、まず間違いなく女神の奇跡を得たと言い回り、それを口実に勢力を拡大するであろうの。可能ならば中央に権力を求めるし、もっと言えば王国の転覆すらも考えるやもしれぬ」
もちろん今のわらわはその邪な野心がある領主であるのだが、その様な事を言う必要はない。
それに今口にした事は多くの貴族であるのならば、機会を得れば大なり小なりに多様な事を実行しようとするだろう。
そしてそれは、カーネルクリーフにも理解できているという事だ。
「左様。そうであるならば、女神様の奇跡たる人物の聖少女修道騎士ガンギマリーは、余ら騎士修道会の象徴として身内にあってもらわなければならないのだ」
「もったいぶった物言いは、わらわは好かぬ。何が言いたいのかはっきりと言ってくれるがよろしかろうの」
少々言葉遊びの過ぎるカーネルクリーフに対して、わらわは苛立ちを覚えて攻撃的な言葉を口にした。
言いたい事はわかるぞ。
聖少女ガンギマリーと同じくシューターが女神の子であるというならば、大人しくわらわに引き渡せと言っているのであろう。
「先に言っておくが、わらわはシューターを手放すつもりなどないからの」
シューターはわらわの片腕である。
いや、片腕どころではない。わらわはこの男を失いたくない。
「ほほう、余は貴卿に騎士シューターどのを手放せとまでは言ってはいないわけだが、貴卿はそれほどまでにシューターどのが惜しいか」
「ま、まさかドロシア卿。おふたりの間にはそのような関係があったのかしら……?」
「べべっ、別に惜しいなどというわけではない。かの男は優れた戦士であるし、せせせ聖少女どのも知っている通り、あの男には村に妻がいるのだ。今さら妻たちから引き離して騎士修道会に差し出すなど、わらわには出来ぬ事だ!」
「え、異な事をおっしゃるわ。あたしはドロシア卿の命令によってカサンドラさんもタンヌダルクさんも結婚する事になったと聞いているけれども」
どういうわけか執拗に、聖少女どのが質問を打ちかけて来るのが憎らしかった。
わらわには責任があるのだ。
カサンドラに結婚を命じた事で、オッサンドラとの間に不幸な出来事があったことは事実だ。
領主として以前に、村の長として結婚を取り仕切る事は何も間違った事ではないけれども、それによってもたらされた不幸に対して、責任を。
今まさに幸福を少しずつはぐくんでいるカサンドラから、シューターを引き離すことなどは今のわらわには出来ない。
確かに自分の気持ちの中に嘘を付けぬ気持が芽生え、膨らみ続けている事は事実であるけれども。
そのどちらもが、わらわの正直な気持ちであるのだ。
だから怒気を隠しきれずに、聖少女どのを睨み付けて見上げてしまった。
「聖少女どのも大人をからかうものではないよ」
「し、失礼したわね」
「まあまあ、余たちはそれほど難しい事を言っているわけではないのだ。貴族がそうである様に、余たちも貴卿たちとの間に血のつながりを作るのもひとつの手ではないかと考えておってなあ。そのためにも、シューターどのをガンギマリーと結婚させるのは手ではないかと考えていたのだ」
縁を作る、余たちの身内にするというのはそういう意味である。
カーネルクリーフは口ヒゲの下に微笑を浮かべてそんな言葉を紡ぎ出したのである。
縁を作る。
聖少女ガンギマリーどのと、シューターを結婚させる。
「……政治か、なるほどそれはよく考えた手段である。わ、わらわとしてもおふたりの前でつい取り乱してしまい申し訳ない事だの」
「いえいえ、それは構わないのです。でもカーネルクリーフ? 肝心な事をもうひとつ言っていなかったけれども……」
ガンギマリーが様子を探る様に総長を見やったではないか。
どういう事だ。この上まだわらわを驚かせるような事を言い出すのではないだろうの。
「ふむ。アレクサンドロシア卿のお気持ちを察するに、これはあまり乗り気にはなってもらえない可能性があるのだが」
「それでも言うべきことはしっかりと言うべきよ。提案するだけならタダなんだから、それにドロシア卿もご自身がお命じになってしてきた事でもあるし、政治と割り切ればやっていただけるかもしれないわ……」
「しかし仮にも領主どのに、この様な提案をするのもどうなのかな」
話が見えない。
このふたりの宗教者たちは何を言っているのだ。
「おふたりよ、はっきりとモノを言ってもらおうか。わらわは何度も言うが回りくどいやり方は好かぬのでな」
「ではあたしから言うわね? ドロシア卿。あ、あたしとシューターが結婚をするだけではまだ足りないと思うのです。身内としての結びつきが……」
「つまりどういうのだ?」
「あなたの部下とあたしが結婚をしたというのでは、見方によっては騎士修道会の枢機卿たる修道騎士のひとりが辺境領主の家臣の騎士と結婚したという事実におさまってしまう可能性がある。それよりも、辺境の領主の夫と、騎士修道会の枢機卿が結婚をしたという結びつきこそが事実としてお互いの協力関係を、政治的に象徴できるのでは、ないのかしら?」
赤い顔をした聖少女どのが、たどたどしくも言葉を選びながらそういう風に説明した。
「つ、つまり何か。わらわがまずシューターと結婚し、その上で領主の夫となったシューターと、聖少女どのが結婚をするという事であるかの?」
ふたたびわらわは絶句するのであった。
もはや思考の処理は追いつけず、きっとわらわもまたガラス玉をふたつ並べた聖具を顔にかけた娘と同じ様に、わらわの顔は朱色に染まり上がっているに違いない。
「そ、そういう事になるわね。シューター次第ではあるし、ドロシア卿がお認めになるのならではあるけれど」
「なに、これは貴卿たちがもっとも得意としている政治の範疇ではないか。政略の上での結婚だと割り切ればそれでいいのではないかの、アレクサンドロシア卿」
そ、そんな事をわらわの口から言いだせるわけがない!




