92 旅立ちの前夜 前編
俺たちは長く村を離れるにあたって、それぞれ武器を新調する事になった。
美中年カムラとの戦いで、すでにおっさんに結婚のご祝儀としてもらった短剣はひどい刃こぼれ状態だった。
「何か新しい剣はないでしょうかね。これから街を歴訪する予定なので、長持ちするような」
「騎士の剣は信念を貫く武器なんて言われているけどね。それにしてはあんたの持っている短剣は護身の武器の域を超えていないんだよなあ」
そう言ったのは鍛冶屋の青年だった。
いつぞや俺たちがオッサンドラソードを鍛えなおしてもらいにいった際、対応してくれた彼だ。
一緒に来たニシカさんは矢を物色するために別の倉庫へと向かい、ここにはカサンドラとエルパコが俺に従っているだけだ。
俺の剣は鍛え直してもすでに武器としては用を成さないほど刃が痩せ細る事は眼に見えていたし、この世界の剣と言えば刃広の長剣が主流である。
そんな剣を持った連中と敵対する事を想定するならば、護身の短剣はいかにも心もとないだろう。
「あんたも今は立派な騎士さまだからね。それならばやはりこのあたりの長剣を差している方が様になっているよ」
「どれがいいかな。ここに来て剣を交える時にはよく受け太刀をしたから、出来るだけ鍔が頑丈なものがいいな」
「それならば、これを持っていけ」
俺と青年が剣の並んだ倉庫の中をぐるりとしながら会話をしていると、その背後からドワーフの鍛冶親方が声をかけて来たではないか。
「親方ぁ。こんなよそ者の奴隷騎士の相手なんか、俺に任せちゃってくださいよ」
「お前はそういう態度だからいつまでも一人前になれないんだ。シューターの旦那には村のみんながお世話になっているんだぞ。ワイバーンの討伐、スパイの討取り、それにオッサンドラの件もある」
「あの辛気臭いもじゃもじゃの事は関係ないでしょう」
「わしらには監督責任というものがあるだろう。あれがご禁制の魔法の薬とやらに手を出していた事を、気味悪がっていたわしらは放置していたのだ」
しわ深い顔にさらなるしわを寄せながらドワーフ親方が俺に近づいてきた。
「改めて、あんたがたご夫婦には大変なご迷惑をかけてしまった。ご夫人の心中もお察しするものがある」
「い、いえ。わたしは大丈夫です」
側らのカサンドラがギュッと俺の服の袖を握りながらそう言った。
微妙な空気がお互いを包み込むのを察したのか、鍛冶親方はすぐにひとつの長剣を俺に差し出す。
手に持っているのは何の装飾も無い、分厚い刃広の長剣だった。
「伝統的な騎士の持つ剣だ。馬上に良し、平服に良し、旦那もよその土地に出かけるのなら騎士の持つ剣の方がいいだろうしのう」
「拝見しても?」
「ああもちろんだ、刃の腹に溝が入っているのは軽量化のためだな」
俺が鞘から抜いて手に持つ感触を確かめながらひっくり返してみる。
言われたように刃の腹はごっそりと削り出されていて、少しでも剣が軽くなるような工夫が凝らされていた。
刃は鍔の付け根から先端に向かって徐々に尖っていく様な形状である。
「刃渡りはお前さんの腕よりもやや短い程度だ。扱いはしやすいはずだが、試し斬りをしてみるか?」
「そうですねえ、ちょっと使ってみたい」
「よし。それならば護身の短剣もついでに試してみるといい。おいボルボルベ、ぼやっとしてないでショートソードを数本持ってこい」
「は、はいっ」
青年は慌てて奥の短剣が置かれた棚に走っていった。
あの青年、名前をボルボルベというのか。相変わらずこの世界の名前はおかしいな。
エルパコは興味津々の様子で俺の持つ剣を覗き込んでいる。
「どうだ、振ってみた感触は」
「剣の柄が長いという事は、場合によっては両手持ちも考慮しているという事かな」
「相手や武器にあわせて持ち手を上手く使いこなせるようになっている。まァ普通は止めを刺す時の渾身の一撃で両手に持つのだろうがな。わしは騎士ではないので作法までは詳しく知らん」
「俺もよそ者なので知らないですがね」
数度ばかり振り込んでみてグリップが手に馴染む事を確かめてから、いよいよ藁のかかし人形を斬り伏せてみた。
まずは片手で右に左にと斜め斬りにしてみる。
悪くない。
そのまま動きは止めずに両手持ちをしながら、今度は水平薙ぎ。
剣のやや中央で勢いをつけて斬ると、切っ先に走り抜ける様にしてかかしを断ち切った。
芯の木がうまい具合に折れたらしい。
「なかなかいい剣だな。俺にはちょっと大きいかと思ったけど、そうでもなかった」
「見た目以上に軽いだろう。耐久度もさほど問題はないはずだ」
「たいへん気に入りました。ありがとうございます、ありがとうございます」
鞘に納めながら俺は満足した。
すると少し離れたところで俺とドワーフ親方を見ていたエルパコがおずおずと口を開く。
「あの、ぼくも同じものが欲しい」
「ん、この剣に興味があるのか? エルパコにはちょっと大きいだろう」
「でも、シューターさんとお揃がいい。ぼくもこれで、シューターさんを守りたい……」
「だそうだけど、この剣と同じものはありますかね」
「待っていろ、それならもうふた振りほどある」
俺たちの会話を見た親方は、苦笑を浮かべると奥の倉庫に向かいながら「ちょっと待ってろ」と言ってくれた。
迷惑をかけますね親方さん。
入れ替わりにやってくる青年ボルボルベさん。
「まあどれも並の数打ちだけど、仕上がりの状態は悪くないものを数本選んで持ってきたよ」
「ありがとうございます。本当だ、どれもあんまり違いが無いな」
俺にならってエルパコとカサンドラも受け取った。
「あの、わたしも必要なんでしょうか?」
「せっかくなら護身の短剣は、家族でみんなお揃いにしようか?」
「いいんですか?」
「村長さまからは全員分の装備を整える様に許可もらってるしなぁ」
俺がそう言いながら青年を見やると、彼もうんとうなずきながら口添えしてくれた。
「高貴な身の上の人は懐剣に装飾を施して持っているというからね。残念ながらこの村じゃ実用的なものしか取り扱っちゃいないけど」
「まあ、そういう事ならタンヌダルクちゃんのものももらっていこう。これで家族みんなお揃いだ」
「やった!」
そう言ってカサンドラではなくエルパコが嬉しそうに返事をするのだった。
「駄目ですよエルパコちゃん。そういう時はお礼をまず口にするものです」
「う、うん。えっと、ありがとうございます、ありがとうございます?」
◆
女村長の屋敷前では、馬車と荷馬車が並んで駐車されていた。
タンヌダルクちゃんが実家からなかなか立派な馬車を借りて持って来てくれたらしい。
これならば見栄が必要だという外交でも十分に見栄を張る事が出来るんじゃないだろうか。
さすが野牛の一族は文化人を気取っているだけはあるぜ。
一方、村の倉庫から引っ張り出してきた木箱に詰められた荷物が、犯罪奴隷たちによって運び込まれてくる。
エルパコを連れた俺が荷馬車の側までやってくると、ッワクワクゴロさんの弟たちのひとりが、現場指揮をやっているところだった。
「おお、タンヌダルクちゃんが戻って来たみたいだな」
「ダルク義姉さんの気配なら、うちの屋敷の方にあるよ」
「そんな事もわかるのか? エルパコすごいな」
「だって、ダルク義姉さんはいつも香水を付けてるし」
なるほどな。族長の妹というだけあって、オシャレを欠かさない乳娘である。
しかし荷馬車に積まれている荷物は何だろう。
木箱はしっかりと梱包されていて、中身が確認できないので聞いてみる事にする。
「これは食料というわけじゃなさそうだな。何を詰め込んでいるんだ」
「鱗裂きの姉御のご命令で、ゴブリン人形を載せています」
「ゴブリン人形? あのひとまだ懲りてないのか……」
ニシカさんが黙って指図をしたらしい。
ゴブリン人形なんてこの村へ定期的に訪れる行商人が、せいぜい月にいち度ばかり少量を買っていく程度なんだと俺は聞いていた。
こんなに大量に在庫がだぶついていたのだから、絶対にこの世の中に需要があるとは思えない。
「何でも訪れた街や村に、これを売ってまわるそうですねえ。これで村の経済が発展するといいんですけど」
「今すぐその命令を撤回する。こんなものは倉庫に戻しなさい」
「え、でも姉御に八つ裂きにされてしまうので、その命令は聞けません……」
ニシカさんは何をやっているのだ。
俺とエルパコは顔を見合わせて呆れた顔をした。しかしこのまま引き下がるわけにもいかない。
「君、名前は何と言ったかな?」
「ッジャジャマです……」
「ええと、ッジャジャマくん。俺に八つ裂きにされたくなければ、今すぐこれを元の倉庫に戻しなさい。それで空いたスペースに食料や衣類と予備の武器を詰め込むんだ」
ッワクワクゴロさんの弟はとても嫌そうな顔をして俺を見てきたが、エルパコが先ほど手に入れたばかりのお揃いの剣の柄に手をかけたものだから、腰を抜かさんばかりの勢いで逃げ出した。
ニシカさんを見つけて文句を言わなければいけない。
俺はけもみみの方を向く。
「居場所はわかるか」
「ニシカさんなら、今さっきぼくたちを見てうちの屋敷に逃げて行ったよ」
「なるほど、エルパコは優秀だな。おっぱいエルフを成敗しに行こうか」
「うんっ」
俺がけもみみの頭を撫でてやると、嬉しそうにはにかんだ笑みを返してくれた。
さらっと流す予定のシーンがちょっとボリュームを持ちすぎてしまいました…
予定していた残り部分は、後編として次回に続けたいと思います。




