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異世界に転生したら全裸にされた  作者: 狐谷まどか
第1章 気が付けばそこは辺境の開拓村だった
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1 今日から家畜小屋が俺の家(※ 表紙有り)



挿絵(By みてみん)









     ◆


「もう一度聞こう。お前にはいったい何ができる?」


 俺は今、全裸にされた上にロープです巻きにされている。

 ちょっとしたドMな格好だが、そういう店に来たわけではなかった。

 そんな趣味もないし、そんな金もない。

 ただし、今の状況を少しだけ俺は理解していた。

 俺は今、気が付けば異世界にやって来たのだ。

 バイトの帰り、確か駅前の立ち飲み屋で一杯だけひっかけて帰ろうと思っていたところまでは覚えている。


「た、体力には自信があります。色々なバイトをしてきたので、大概の事は順応できると思います……」


 目の前にいる村長と思しき妙齢の女性を前に、俺は声を振り絞るように言った。

 ここで回答を間違えれば、たぶん俺はとんでもない目に合うだろう。

 考えるんだ。考えるんだ修太。

 自分にそう言い聞かせながら、砂を含んでざらついている口の中の違和感と戦った。


「ほう、そのバイトとやらが何かは知らんが、わらわをガッカリさせないでもらいたいものだ」

「……ご期待に応える様に頑張ります」

「フン。この村には無駄飯を食わせる様な余裕はないからな。けれど労働力はいくらあっても足りないんだ」

 

 あごをしゃくってみせた妙齢の女村長は、側にいた筋肉隆々の青年に俺を引き下がらせる。

 筋肉隆々の青年は俺を乱暴に引きずりながら、家畜小屋に放り込むのだった。


     ◆


 俺の名は吉田修太。今年で三二歳になる日本人だ。

 元の世界ではフリーターをしていた。高校時代からあらゆるバイトをして大学在学中もそれは同じ。

 ただし転落人生がはじまったのは大学に通いだしてからだった。

 とにかくアルバイトをするのが楽しかった。稼いだ分だけ自分のものになる。

 金は少しでも多い方がいい。

 これは高校時代にバイトをはじめた時から思っていた感覚だが、三流大学に何とか入って自由な時間を大量に手に入れてから確信にかわった。働けば金が手に入る。勉強なんてやっているだけ馬鹿らしい。

 だからとにかく大学在学中はアルバイト三昧で、とうとう留年する羽目になった。

 親にはその事でこっぴどく怒られたあげくに、学校を辞めさせられてしまった。俺の家は三人兄妹だし俺は長男だ。後に続く妹たちの進学を考えれば当然の事だった。


 大学を中退した俺は、それからも様々なバイトをした。高校時代から異世界にやってくるまでに経験したそれらは、なかなか居酒屋トークに花を咲かせるにはちょうどよい内容だった。

 定番のコンビニ、飲食店、ホームセンターにはじまり、造り酒屋やレストラン、新聞配達もやった。解体業者やリサイクルショップ、運送の集配、劇場の大道具なんてのもある。

 それから建設関係や土木関係。中には餅つきのパフォーマンスをするものや、ライター業の真似事なんてのもあった。

 けれど全体を通してみれば、大学中退という学歴なので単純労働か肉体労働が多い。

 基本は人づてにヘルプの仕事を紹介してもらっていたので、助っ人を終えると仕事がなくなってしまう。

 何をやっても長く続ける事はできなかった。


 そんな俺だけれども、ひとつだけ二〇年以上続けているものがあった。

 空手だ。

 子供の頃は強制的に親の命令でやらされていたものだったけれど、これが小中学校を通して生活の一部、当たり前のものになった。

 中学では高校受験まで続けて、受験のためにいちどは辞めた。

 けれど辞めてみると世間は当時格闘技ブームまっさかりだった。

 テレビで年末などに試合風景を見ていると、また自分でもやってみたいと思うようになったものだから、高校進学と同時に空手部に所属した。

 高校時代はこれまでやっていた流派とは別だったが、そんなの関係ねえ。

 今まで強制的にやらされていたのと違って、この頃から空手が楽しく感じた。

 大学でも、そこまで本気印の部活ではなかったが、格闘技サークルに所属していろんな武道や空手の選手と交流したもんだ。


 ただしメインはあくまでアルバイトだ。金稼ぎの合間に、ちょっとだけ体を動かしてストレス発散するのだ。

 当時は親に勘当同然で家を追い出されていたものだから、お世話になった古流空手の先生の自宅に住まわせてもらって、師範代みたいなことをしていたのだ。


 あのころは楽しかったなぁ。


 今の俺は家畜小屋にいる。

 とにかく臭い。

 最後にやっていたバイトがなかなか評判の定食屋でひたすら皿を洗う仕事だったので、それに比べればここは清潔感の欠片も無い場所。

 しかも俺は全裸ときたもんだ。

 服ぐらいは欲しいと思ったものだが、気が付けば異世界に飛ばされて林の中をさまよっている時に、俺を見つけたこの村の住人に捕まって身ぐるみはがされた。

 俺を捕まえた村の住人は、茶色い肌をした猿と悪魔のハイブリッドみたいなやつだった。

 俺と同じ様な見た目の村の人間たちは、ハイブリッド悪魔を確かゴブリンと呼んでいた。

 ここはファンタジーの世界らしい。


 しばらく暗がりの中でもぞもぞと体を動かしていると、徐々に目が冴えてきた。

 時刻はまだ陽が出ている頃だろう。

 ボロい家畜小屋の壁はすきまだらけで、そこから太陽光が差し込んでいた。

 俺がこの村に捕まったのが確か早朝。女村長の前に引き立てられたのが、確か昼前。その間、飯は食っていない。

 腹が減っていることは間違いないが、まだ状況を飲み込めていない俺はそれどころじゃなかった。

 むしろ尿意の方が危険で、残念ながら俺は先ほどジョビジョバした。

 どうせ家畜小屋だし、気にすることはない。

 しかし寒いな。

 俺はそんな事を考えながらふたたび家畜小屋の中を見回す。

 家畜小屋はわらが敷き詰められていて、そこに俺が転がっている。喉が渇いたが、家畜用と思われるエサ皿に水が入っているだけで、人間用とは思えない。飲むのは少し考えた方がいいだろう。

 最悪、このまま放置されているのなら飲むしかないが、ここで腹を壊せばもしかしたら死ぬかもしれない。それは怖い。

 俺はいったいどういう理屈でここに飛ばされたのか、未だにわからなかった。


 妙齢の女村長は俺に言った。「お前には何ができるのか」と。

 過去の雑多なバイト経験からすれば、何でもできるし、何もできないという事だろうか。

 空手はできるが、実のところさほど強いわけではない。実際に人間をボコスカ殴った事があるわけでもないし、工場や職場でいろいろとモノを作ったと言っても、それは文明の利器たる工具やパソコンがあるからできた事だ。

 ここには何もない。

 ゴブリンがいるんだから、ここが異世界であるとして。この時代は元の世界だとどの程度の文明発達具合だろうか。

 俺は何ができるのだろうか。


 何もできなければ、たぶん殺される事は容易に想像できた。

 女村長も言っていたが、きっと村は余分な人間を食わせていけるほど、裕福ではないのだろう。

 だとすれば、俺は労働と空手でそれなりに鍛えた体で、貢献する以外にない。

 それにしても喉が渇いた。

 寒い。せめて服を返してほしい。俺があの時持っていた荷物はどうなるのだろうか。

 何を持って異世界に迷い込んだのか、今にしてみると覚えていない。

 それらは返してくれるのだろうか。

 そんな事を考えていると、ギイと不気味な音がして家畜小屋のドアが開いたのだった。


「ついてこい、飯を食わせてやる」


 そう俺に告げたのは、林をさまよっていた俺を捕まえたゴブリンだった。


     ◆


 ゴブリンにす巻きにされたロープをほどいてもらうと、俺は家畜小屋から外に出る事ができた。

 小屋の前には、俺を連れまわしているいかつい青年がいる。


「こっちだ」


 青年は監視役だったらしく、ゴブリンと軽く相槌をうちあうとそのままついて来る。

 俺はゴブリンに従って後についていく。

 外は眩しかった。

 片手で太陽光をふさぎながら、もう片手で股間の前を隠す。風は冷たいが、太陽光は少しだけ温かい。季節は春か、秋といったところだろうか。

 前を行くゴブリンに続きながら、俺は周囲を観察した。

 まばらに土壁の家が建っている。

 煙突があるから、それなりにしっかりした内装の家々なのだろう。最初にこの村に連れてこられた時にも思ったが、たぶん数百人程度の規模をかかえる村のはずだ。

 周辺が林に囲まれていて、村の集落の辺りだけが切り開かれていた。家の側には小さな畑もあれば、家畜小屋の様なものもある。


「なああんた、名前は何て言うんだ。俺は修太だ」


 前を行くゴブリンに向かって俺は自己紹介をした。

 ゴブリンは立ち止まると、一瞬だけ俺の顔を見た。

 年齢は何歳ぐらいだろうか。ゴブリンは俺よりも頭ふたつぶんぐらい低いが、とてつもなく筋肉質だ。

 例えるならジュニアヘビー級のプロレスラーみたいな体型だ。それをミニチュアにしたような感じだ。

 顔は皺深いが、たぶんこれがゴブリンのデフォルトなのだろう。だから年齢が解らない。

 ゴブリンは俺を無視してまた歩き出した。


「連れないな。名前、あるんだろ?」


 返事はくれなかった。

 あまりしつこく会話をして嫌われてしまうと、どうなるかわからない。

 本当は現状を把握するためにもいろいろ知りたいのだが、この辺りで我慢する事にした。

 それにしても、異世界であるのに会話が通じるのは不思議だ。


 連れてこられた場所は、あの女村長の家の裏手の様だった。

 カフェテラスではないが、裏手には木組みの縁側みたいなものがあって、そのそばに土窯があった。ここで煮炊きをしているのかもしれない。


「座れ」


 言葉数少ないゴブリンに命じられて、俺は木組みの縁側に腰掛けた。

 土窯の側で煮炊きをやっていた若い女が、おたまで木の食器にドロドロの液体を注いでいた。

 若い女は明らかに俺を警戒していた。


「やあ、ありがとう」


 女の差し出した食器を受け取りながら笑顔を見せたが、残念ながら手渡してすぐに若い女は逃げ出す。

 嫌われたもんだ。いや、よそ者はここでは珍しくて、あまり関わり合いになりたくないのかもしれない。

 俺は渡された食器の中身を見る。

 ドロドロのそれは、オートミールか何かだろう。赤いピーマンの様なものやオートミールと何かの豆、芋、それからベーコンか何かの破片がひときれだけ確認できる。


「食え。食ったら仕事だ」


 ゴブリンはそう言うと、自分も若い女から皿を受け取っていた。

 チラリと中身を確認したが、こっちは量も多いうえに、どういうわけかベーコンの破片が多い。

 木のスプーンですくって食べると、味は薄かった。

 あまり美味しいものではないが、それでも腹を空かせていたのでそれなりに嬉しい。

 ほんの十回ほどスプーンを事務的に口へ運ぶと、オートミールは食べ終わってしまった。


「おかわりはありませんよね?」


 もちろんその質問は無視された。


 飯が終わると、俺はそのまま服を渡された。

 もともと着ていたものではなく、ボロボロの麻布の服だった。

 いや、村人たちが着ているしっかりしたそれではなく、ただの腰巻きだ。そして小ぶりな斧をわたされた。


「この薪を割れ。割ったらそちらの山に積み上げろ」


 ゴブリンは俺にそう言いながら薪の山を指さした。薪割りの仕事が俺に与えられた仕事らしい。


「薪割りが終わったらどうすればいい?」

「ここにある薪全部だ。薪は分配して村で使う。この隣に積んだ薪の山もやれ、それが終わればその隣の薪も」


 言われた俺が、薪の山の連なりをぐるりと見回す。おおう。これは一日で終わる仕事ではない。一週間ぐらいかかるんではないだろうか。

 俺は無感動な笑いを浮かべて返事をした。


「わ、わかった」


挿絵(By みてみん)

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