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7. 迷子の仔猫《居場所》

 見つけた洞窟で雨宿りすることになった。

 洞窟、見るのも入るのも初めて。

 濡れきった体。

 寒くて、膝を抱え座り込んでいる。

 髪の毛からポタポタと水滴が落ちていく。

 それは私だけではなくて、トーマとレイの髪もびしょ濡れで水滴が落ちている。


「はあー、まじ災難」


 洞窟の土壁に寄りかかりながら、斜め上を見上げトーマは言う。

 その横顔は疲れきっている。

 レイは本を雨から守りきったようで、本だけ全く濡れていない。


「大丈夫ですか?」


 私の視線の先にはトーマ。

 自分に言われていないと思っているのかトーマは何も言わない。

 ゆるっと視線を向けてきて、そこでようやく分かったようだ。自分に言われていると。


「は、何で俺の心配すんだよ。自分の心配しろよ、風邪引いちゃうとか。それでも一応令嬢なんだろ?」


 トーマの発言に私はむっとした。

 “それでも一応令嬢なんだろ?”

 『一応』を付けられたことは別に構わない。差別されたことが気に食わない。

 女だとか令嬢だとか、私はそんなに彼に差別化されているんだろうか。

 そもそも今更そんな事言わなくても。

 言いきった本人はまた斜め上を眺め始めた。私の不機嫌さに気づいていないようだ。


「トーマさんて、本当嫌なお方ですね」


 言った本人は何も考えず普通なことを言ったはずだけど、受け取る側としては……。


「またそれかよ」


 呆れている様子のトーマ。

 呆れているのはこっちだ。


「ユリウスローズ……、ユリウスだっけ? お前、俺の何が不満なの?」

「……?」

「だってお前、俺に何か不満あるんだろ?」


 難しそうな顔をして彼は私の名を呼んだ後、ちらっとこちらを見た。

 不満というか……。


「俺にどうしてほしいわけ?」


 どうしてほしいと言われても。


「ほら、言ってみろ」

「えっと」

「言ってみなきゃわからねえだろ」


 答えを出すよう急かされる。

 でも……。


「その、不満とかじゃないんです」


 私が曖昧な事を言えば、やはり彼は顔を歪ませる。どうしてだか分からない。


「じゃあなんだ?」

「……分かりません」

「分からないって、お前な……」


 理不尽だと思っているだろうか。

 でも、分からないものは分からないんだ。

 心の中でも理不尽な事を言うようだけど、分からないものが分からないのは当然の事だ。と、私は思う。


「私はあなたに不満があるわけじゃないんです。船の上のみなさんにも不満があるわけでもない……」


 私のお母様の首飾りを奪ったり、無人島で暮らすよう仕向けたイヴァンは別として。


「ただーーただ、寂しいんだと思います」


 自分ではないみたい。

 こんなこと言うなんて。

 誰にも言ったことがないのに。


「お城でもいつも一人の時が多かったし、一人には慣れているはずなのに」


 膝に置いている手を見続け、喋っている私の話を彼はちゃんと聞いてくれているだろうか。

 聞いてくれていないとしても、今はただ話したい。話したいだけなんだ。


「そもそも、船の上では一人になるほうが貴重な時間で、あまり一人になる事はないんですけど」


 私はただ、口にしたいだけ。

 心に閉まっていたものを。

 ずっとしまい続けて忘れかけているかもしれない、自分にも分からないこの感情を。


「ーーでも、寂しいんです」


 ここまで赤裸々に語った自分が恥ずかしくて、たぶんですけどね、と付け加える。

 彼は何と返してくるだろうか。

 彼の事だから「バカじゃねーの?」とか、「そんなの俺に言われても困る」とか馬鹿にされたり避けられたりするだけだろうか。


「ふーん」


 ……ふーんって、それだけ?


「つーか寒ィな」


 馬鹿にされるでもなく、増してや今の話に触れることもなく。何事もなかったことのように、ただ普通に……スルーされた?

 こんなこと、初めて話したのに。なのにこんな呆気なくスルーされるなんて。

 もしかして私、避けられたの?

 そんなに嫌な話だった?

 何も聞かなかったような態度するほど。


「おいその本燃やしてもいいか? 木の代わりにする。燃やすもんねーんだよ」

「え、やだよ」

「凍え死んでもいいのか?」

「ご勝手に」

「お前……」


 挙句にトーマはレイと話し始めた。

 死ぬのはお前も一緒なんだよ、とトーマが言ったところ、それもやだなと答えるレイ。

 そんな二人の間に入る隙は。


「えっと」

「んあ?」

「今の話、聞いてました?」


 面倒くさそうな顔されてる。


「聞いてたけど、何だ?」

「あ、いえ、何でも……ないです」


 彼はただ単に、私に興味がないだけみたいです。まあそれはそれで良いけど、というか仕方のないことだけど。

 なんか、本当に呆気ない。

 今一番の悩みを言ったつもりなのに。


「……一人じゃないのに寂しいとか俺には分かんねえけど、それってお前の気持ち次第なんじゃねえーの?」

(え?)


 空気が通るような、そう、自然と彼は言ってきた。その言葉の中には深い何かが詰まっているような気がするのに、トーマが難なく普通に言ってくるから普通に聞き入れる。


「俺はお前じゃないから分からないし、分かりたくもない。けど、自分の気持ちくらい自身で把握しとけ」


 つーかマジさみ、何とかなんねーのかよーーと何でもないかのように最後まで言ってのけたトーマ。

 それを含め、そんな難しい事じゃねーぞと私に伝えようとしてくれている気がした。

 気がした、だけだけど。

 ……私の、自意識過剰か。






 雨が止んだ頃。


「よし、じゃあ行くか」


 重い腰を上げ、立ち上がったトーマ。

 どこへ行くのか、不思議に思い見上げていると彼と目が合った。


「食料調達だよ」

「でも、近くには港があるかもしれないんですよ?」


 食料調達よりも、そこへ行った方がいいんじゃ……。


「そこで調達すんだよ」


 そこで食べ物を調達?


「海で、ですか?」


 海で何の食べ物を取るというのだろうか。


「ああ。まさかお前、釣りもしたことないのか?」

「つり?」


 何の事かと分からず耳に入った単語を私が復唱すれば、はあ、と溜め息をつくトーマ。


「本当にお前は何も知らない女なんだな」


 トーマの一言に私はむっとした。


「私は“お前”でも、“女”でもないです」


 ユリウスです、と言いかけたのを止め、彼をじっと見据える。

 確認で一度彼に呼ばれた名前。

 もう一度だけでも良いから。


「は? だからお前女だろ?」


 男なのか?と訊いてくる。

 本当に何も分かっていない顔。


「だからそういう差別的な事やめてくださいと言っているんです」

「差別? 本当、変な女だな」

「だからっ」


 ここまで言ってもまだ分からないの。


「メンドくせえーな。いいから行くぞ」


 レイも遅れんじゃねーぞと先へ進む彼は、もう……。馬鹿。

 洞窟とはそう離れていない所に港があった。まずは岩ばかりの場所を越えることに。

 ドレス姿。

 長い裾のせいでつまずきそうになる。

 慎重に、慎重に。


「わっ……」


 視界がぐらつく。


「危ねえな」


 慎重に進んでいたのに躓いてしまった私は、力強いトーマの腕に支えられていた。


「あ、ありがとう」


 前を歩いていたはずなのに、転びそうになった後ろにいる私に気づくなんて。

 こういうところは優しいのに。

 無人島でも竹や糸などはあるようで。

 そういう物を使ってトーマは釣り竿というものを作った。


「レイ、お前は雨に濡れていない木の枝を持ってきてくれ。俺はこいつに釣りというもんを教えるから」

「わかった」


 レイが森の中へと向かう。

 その後ろ姿を見ていた。


「おい、良く見とけ。俺が見本見せてやるから」


 視線をやると、トーマは釣りをする態勢をもう整えていた。

 海の中にやった糸は、一体何のために沈んでいるのか。

 水の中に沈められている、かな。

 なんて意味のない事を考えていると、「おっ」とトーマは変化を見せた。糸を引き上げるように竿ーー竹をしならせて、引っ張る。

 引き上げられたもの。

 それは。


「うそ……」


 魚だ。

 しかも生きている。

 元気よく尻尾を震わせて。


「ほら見てみろ」


 自慢げに魚を掲げるように、糸を肩より上に持ち上げるトーマ。


「すごい、ですね」


 魚ってこうやって獲れるものなんだ。

 手を加えられて人の食べるものしか見たことなかったからすごく新鮮。


「お前もやってみろ」

「私も、ですか?」


 トーマが差し出す釣り竿。

 やってみたいという好奇心と、生きている魚を獲るんだという少しの恐怖心。

 心の中で複雑に絡み合う感情が表に出て、私は釣り竿をじっと見つめるだけ。

 釣り竿を持っていたトーマは焦れったい私に痺れを切らしたのか、いいからやってみろと強引に渡してきた。

 やって、みる。

 魚を……。

 釣り竿をぎゅっと握りしめ、トーマの定位置で構えをとる。


「そんな緊張しなくても、普通にしていれば釣れるぞ」


 トーマがアドバイスをくれるが、体から力が抜けることはない。


「だからもっと力抜けって。それに釣り竿は垂らすんじゃなくて持ち上げるイメージで持て。大体四十五度だ」


 背後から伸びてきた手が私の持っている釣り竿の角度を上げる。

 その角度で硬直して少し経った後、変化を感じた。釣り竿の重さ。


「トーマ、何か引いてる」


 そう言うとトーマは引けと言う。

 引く?と釣り竿をじっと見つめるといきなりトーマが横に現れた。


「持ち上げろって」


 片手で釣り竿を持ち上げる仕草をするトーマに言われた通り、持ち上げてみた。


「わ……」


 釣り竿の糸の先にはピチピチと鳴る魚。


「と、獲れました」


 横にいるトーマに少し興奮気味に言うと。


「こういう時は釣れたって言うんだよ」


 呆れた笑みをしながら応えてくれた。

 それから数十分。

 オレンジ色の夕焼け。

 もう辺りは暗くなりつつある。


「こんなに食べるの?」


 足場である岩に置かれた魚たち。

 彼は私の問いに不思議そうな顔をする。


「なんか、かわいそう」

「そんなこと言ってたら、無人島でなんか暮らせないぞ」


 確かに彼の言う通りなのかもしれない。

 でも、ずっとここで暮らすことになったと決まったわけじゃないし。

 そこまで悪魔にならなくても。


「まあ、人数分あればいいか」

「うん」


 トーマの良心。三匹残して、他の魚は海に返すことにした。






「あ、お帰り」


 洞窟に戻るとすでにそこにはレイがいた。

 近くには小さな木の山。

 一体何に使うんだろうか。


「よし。火起こすぞ」


 え、どうやって。

 トーマが洞窟の奥まで行き、両手に石を持ってきた。

 よく見れば、片手には黄金っぽい石が。


「よく見つけたね、それ」

「ここに最初に来た時見つけたんだ」

「でもさ、それだけじゃ火つかないよね」


 レイが何やら手に持つ。


「火口になるキノコ持ってきた」


 キノコ……。

 トーマが毒キノコを食べそうになったのを思い出す。


「お、ナイス。お前にしては上出来じゃん」


 分からない。どうしてキノコを持ってきて上出来なのか。私には分からない。

 トーマは座り込み、何やら石同士をぶつけ始めた。側にはキノコと木の山。

 石をぶつけ合っていると火花が飛び。それがキノコへと引火する。

 それを木の山にやると息を吹きかけた。

 すると突然火がでて、木が燃え始める。

 本当に火を起こした。

 トーマ、すごい。

 尊敬の眼差しを向けると、トーマを既に次の工程へと移っていた。

 三本余らせた木の棒に、取った魚を刺し、それを火の元へと立てる。

 魚を焼くんだ。

 ……なんか、本当にトーマすごい。

 今までトーマは自己中心的で何かあったら叫ぶ人かと思っていたけど。

 こういう時には頼りになるんだ。

 彼の新しいところが発見されて少し、好奇心が湧いた気がした。


「トーマさんって、こういう事に慣れているんですか?」

「こういうことって?」

「何もない無人島でこうやって火を起こしたり、魚を釣ったり。


どこでも毎日を過ごしていけるような」

  詳しいことまで聞いてみたくなった私の質問に、トーマは明後日の方向を見る。


「まあ、小さい頃は森の中で暮らしていたのと同じだからな」

「……森?」


 トーマの独特な話はさておき、火に当てていた魚が焼けると当然食べる事になったわけでーー。

 木の棒を持ち、ガブっと豪快に食べるトーマを見つめる。

 ……さっきまで生きていた魚。

 レイを見れば、レイも普通に食べていた。

 お腹が鳴りそうなくらいお腹が空いている。でも、さっきまで生きていた魚を食べる勇気は……。

 ーー〝ぎゅーっ〟

 ……鳴ってしまった。

 トーマが、ははっと笑う。


「お前、魚とにらめっこしてないで早く食えよ」


 にらめっこしているつもりはないんだけど……。

 食べる。

 食べる。

 さっきまで生きていた魚を。

 食べーー。

 勇気を出し、パクッと一口。


「あ……。美味しい」

「だろ?」


 トーマの満足気な顔、初めて見た。

 それより、焼いただけの魚が予想以上に美味しくて、目を輝かせてしまう。

 ーー温かい火の元で魚を食べ進め、完食。

 そして今日はこの洞窟の中で寝ることになった。とにかく、無人島では外よりも洞窟の中の方が安全だと。

 空も暗くなり、丁度いい頃だっのか私はすぐに眠りについた。初めての事ばかりで、少し疲れたのかもしれない。

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