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3. 大事な形見(前)

 食器を片付けてから甲板に出ると、二人で何か話しているのを目撃した。


「昨日、お城から奪った宝石」

「宝石つーっか、それ、ただの首飾りだろ」


 イヴァンとトーマ。

 あまりない組み合わせに見える。

 イヴァンは手すりに座るようにして、何かを右手に掲げていた。


(あれは……)

「分かってないなー、トーマは。宝石で作られたネックレス」


 結構な代物だよ、と言いながら指でくるくると回し、乱暴な扱いをしている。

 イヴァンの持っている宝石のネックレス。

 たぶんーー私のものだ。

 あの色と形。

 お城から奪ったものだと言っていたから、間違いない。


「返してください」

「……?」

「それは私のお母さまの物です」


 二人の元へ近づきイヴァンに強い視線を向ければ、イヴァンはネックレスに視線を移し、興味なさそうな顔をする。


「お母さま? へえ」


 もう一度私の顔を見て。


「ーーやだ」


 にっこりと笑う。

 ……返してくれるものだと思った。


「返してくだ」

「やーだ」

「返してっ……」


 言うことを聞いてもらえないものだから、取り返そうと手を伸ばす。

 けれどイヴァンにはするりとかわされた。

 さっきまで 手すりに座っていた彼は私の近くに立ち、何が楽しいのか。


「やだっつってんじゃん」


 あっははははーーと甲高く笑う。


「それは私のお母さまの……」

「わかったって。あんたの“お母さまのもの”なんでしょ? 二度言わなくても別にいいって」


 人を馬鹿にするような態度。

 隠そうとしない意地悪っ子の笑み。

 ……この人、楽しんでいる。

 それとも、宝石で作られたネックレスが私のお母さまのものと信じていないのか。


「イヴァン」


 私の近くにいるトーマが彼の名を呼ぶ。


「なーに?」

「返してやれよ」

「どうして?」

「そいつ、泣きそうな顔してるから」


 私が泣きそうな顔をしているかどうかは置いておいて、私のお母さまのネックレスは絶対に返してもらわなくては。

 私の大事なーーお母さまの物なんだから。


「んー、どうしよっかな」

「ーーイヴァン」


 イヴァンが私に返そうか迷っているところ、誰かがイヴァンのことを呼んだ。

 それは船内から出てきたゼクス。

 呼ばれたイヴァンはゼクスの元へ行くと、何か二人で話し始めた。と、思ったら「了解~」と、軽快な声を発するとイヴァンは階段を上って上へ行ってしまう。


 ネックレス、持っていかれた。

(私の、私のお母さまの物なのに。どうして……)

 ぐっと拳をつくり、俯く。

(お母さま……)

 このままじゃ、すまされない。


「そんなに、アレ、高価なものなの?」


 私があの首飾りを必死に取り戻そうとしてしていたからか、まだここにいるトーマがネックレスについて訊いてくる。

 でも、そういう理由でなんかじゃない。

 あれは、高価とかそんな、値段なんかで価値が決められないものなんだ。


「とても……とても大事な、お母さまの」

 ーー‘遺品なんです’


 そう言うと、視界に映るトーマが目を見開いたような気がした。

 そして……。


「おい! イヴァン」


 いきなり彼のことを大きな声で呼んだ。でも、そこにはもう彼の姿はないのだろう。

 チッ、とイラついているような焦ったような様子で舌打ちをする。

 本当に一体どうしたというのか。彼の空気が変わった。

 まるで私と同じように、いや、それ以上の熱い気持ちでイヴァンに取られたあのネックレスを取り返そうとしているような。


「取り返してくる」


 本当にこの人は……。

 口調や態度は乱暴だけど、本当に根は優しい人なのだろう。

 私の横を通り過ぎようとしたトーマの袖を掴むと、自信のない心を隠しながら伝える。


「大丈夫です」


 自分のものは自分で守る。

 本当に欲しいものはその手で掴みなさいとお母さまに言われていた。

 本当に自分の欲するものは誰かに任せてはいけない。それと同じように、守りたいものも自分の力でなくては。

 他人に任せてはいけないんだ。

 だから……。


「自分で取り返しますから」


 凛とした強い想いを持ち、俯いていた顔を上げトーマに目を向ける。

 私を想って取り返そうとしてくれるのは嬉しい。けど、ーーあなたも海賊。

 差別するわけではない。

 でも私は海賊が苦手だ。人の大事な物を簡単に奪える盗賊が、海賊が。

 これまでに何かされたってわけじゃないけど。……なんか、気に食わないんだ。


 トーマの袖から手を離し、そのまま横を通り過ぎると階段を上がった。

 上がりきると、なんとなく辺りを見渡す。

 初めて来たこの場所は、どうやら操縦するところのようだ。

 船の進む方向を変えられる舵輪が取り付けられている。


 青い空と青い海。

 景色も良さそう。

 イヴァンは何やら舵の近くで地図を持ち、眺めながら真剣に考えている様子。

 私の存在に気づくと、ぼけーっと眺めるように見てきてから彼は柔らかい表情をする。


「ねえ、自由になりたい?」


 ……自由になりたい。

 もちろんだ。

 でも自由になんてなれない。

 そう理解してこの船の上で暮らすことを選んだのに、彼は一体何を考えているのか。

 彼の理不尽で意味不明な質問に、不快感すら覚える。


「少しだけ自由にしてあげるよ」

「……」


 本当に意味が解らない。


「実はもう少し進んだところに島があるんだ。そこに降りてみるかゼクスに言われたんだけど、あんたが自由を味わってみたいって言うなら降りてあげてもいいかなって」


 ちょっと上から目線で物を言いながらの見定めるような視線。

 それは特に気にならなかった。

 それよりーー

 島……。

 私の知らないところ。

 海を渡って行かなければ絶対に着くことのない、未知の場所。

 降りてみたい。

 私の生まれ育った街以外の土地。

 同じなのだろうか。

 広さや、大きさーー面積は。

 街並みはどんな感じなのかな。


「……そんなことより、ネックレス、返してください」


 ーー島へ降りたって、どうせ自由になんてなれない。

 彼の変な質問のせいで、彼の元へ来た目的を忘れかけていた。

 叶いもしない希望は吹り払い、ただあのネックレスを返してもらうことだけを考える。

 イヴァンは、えー、と私の発言を批判するような声を発した。

 たぶん彼は、自分の質問に私が真面目に答えるとでも思ったのだろう。

 大間違いだ。


 彼のいう島に降りるか降りないかは、彼の決めること。私は降りたいとは言わない。

 ……でもみんなが降りるとなったら、降りてみたいだけど。

 返事を待ち続ける。

 彼ーーイヴァンは、何もないところを見て何かを考える表情をし始めた。

 そして、んー、と軽く唸ると、私に艶のある目を向けてくる。


「じゃあ、裸になってくれたら返してあげるよ」

「ハ、ハダカ!?」


 反射的に一つの単語に驚くと「無理でしょー?」と笑顔かつ小悪魔的な顔を彼はする。

 私が無理と言うのを分かっているなら、言わないでください、と言いたい。


「無理です!」


 全力でお断り。

 そもそも、裸になってと言われて裸になるような人がいるのか逆に問いたい。

 じゃあ返してあげなーい、と言いながら彼は、自分のポケットからネックレスを出す。

 そして私を窺う。

 にやける顔を隠そうとしないまま。

 私の反応に期待しているのだろう。

 どんな反応をかは知らないが。

 というか知りたくもない。


 眉間にしわが寄っていくのが分かる。

 私は彼を、恨みのこもった目で睨みつけているだろう。

 それなのに彼は「本当にいいの?」と右手に首飾りをかざしながら挑発的に言ってくる。


「返してくれるつもりが微塵もないのなら、全力で奪い返しますから」


 びしっと言い切る。

 すると、私の返しは彼の予想していた言動と違ったのだろうか、彼は意外そうな顔をして目を丸くした。

 でもすぐにそれは、楽しそうな表情へと変わる。意地悪っ子な表情へと。


「へえー。できるの?」

「できるできないの問題じゃなくて、絶対にしてみせします」


 そう言うやいなや、手を伸ばす。

 彼の持っているネックレスへと。

 けれど、ひょいっと避けられる。

 予想はしてたけど。


「よっ」


 ……下に飛び降りるとは予想もしていなかった。ーー結構な高さがあったはず。

 私の横を通り過ぎたイヴァンは、手すりに片手を置いたかと思うとそのまま身軽な体を使って下へ飛び降りた。


 大丈夫かと手すりに両手を置き下を確認すれば、そこには何事もなかったかのようなイヴァンの姿。

 取れるものなら取ってみろという目が、なんとも憎たらしい。

 彼の心配する必要なんてなかった。

 イヴァンはそのまま船内へ入っていく。

 私は階段を勢いよく駆け下りる。

 甲板まで駆け下りると、途中、階段のところに寄りかかっているトーマがいた。


 イヴァンにばかりに気がいって、こんなところに彼がいるなんて気づきもしなかった。

 それ以前、さっきトーマと会話してたことさえ忘れかけていた。


「どうした? そんな焦って。首飾りはちゃんと返してもらえたか?」

「それが……まだです」

「はあ!?」


 彼は血相を変える。

 あいつ……!と、またトーマが船内に入っていったイヴァンの後を追おうとしていたものだから、その腕をそのまま掴んだ。


「あの、本当にいいですから」

「いいって言われてもな。あれはお前の母親の形見なんだろ? そういうものはちゃんと大事に持っていないとーー」

「お気持ちだけもらっておきます」


 彼の優しさに微笑めば、彼は納得いかなそうな顔をして溜め息を吐く。


「お前、なんなの?」

「……?」

「なんでもねえ」


 目すら合わせてくれないまま彼は船内へと入る。

 その後すぐに入るのも気まずいと思ったから、イヴァンの後を追うのは一旦中断した。

 甲板に一人残され、静かな空間ができる。

 お城では事実上一人でいることが多かったけど、この船の上ではどうやら一人になるほうが少なく、貴重らしい。


 なんとなく手すりへと向かう。

 手すりに両手を置けば、綺麗な青の景色が目に飛び込む。

 海。

 船に揺れて波を立てている。

 潮の香り。

 初めて嗅いだ。

 ーーお母さまの首飾りを、形見だと思ったことなんて一度もなかった。

 ただ、お母さまが生前まで首に下げていたものなんだって思ってて。

 トーマにさりげなく形見と言われた時は、ああ、あれはお母さまの形見なんだって、あの首飾りの重要性が上がった気がした。


「なにをしている?」


 ふいに、誰かの声が耳に届く。

 振り返る。

 そこにはゼクスがいた。

 油を売っている場合か。

 そう、言いたいのだろう。


「いえ」


 船の掃除とか、ミサトさんの手伝いとか。ぼけっとしている時間があるならそういうことをしろと言いたいのだ、きっと彼は。

 そんな彼の横を通り過ぎた。


 憎たれ口とか、今はそんなこと聞きたくない。

 彼の嫌味はけっこう胸に突き刺さる時がある。

 それはたぶん、彼の言っていることが正しいから。

 彼は本当のことしか言っていない。

 ただ単に、こっちが勝手に傷ついているだけなんだ。




「あ、ミサトさん」


 船内を歩いているとミサトさんと鉢合わせした。

 いい機会だから訊いてみよう。


「イヴァンさんのよく行くところとか分かりますか?」


 船の中は広くて、手当たり次第に探していくのは困難になりそう。だから、こうやってみんなに調査したほうが早いかもしれない。


「イヴァン? んー。わからないかな」


 謝る必要はないのにミサトさんは、ごめんね、と謝る。

 どうしてイヴァンのことを訊くのか不思議そうな顔をしつつも。

 何も訊かないで率直に答えてくれたミサトさんにお礼を言ってもいいくらいなのに。


「いいえ。それじゃあ」


 そのままミサトさんの横を通り過ぎると、すぐ後ろから「あ」という声が。

 何かを思い出したかのような。

 一応、振り返る。


「どうしたんですか?」


 ミサトさんは物忘れするような人には見えない。だとしたら、なんだろうか。


「さっきすれ違ったトーマが不機嫌そうだったけど、もしかしてそれと何か関係ある?」


 えーー。

 言われてみれば。彼、さっき、私と話していて急に不機嫌になったような。


「……」


 関係ある、のかな。

 よくわからない。


「僕には関係のないことなのかもしれないけど、何かあったら頼ってね」


 柔らかい笑み。


「はい」


 つられて笑みを返す。

 ここにいる人たちのことはまだよくわからないけど、ミサトさんが優しいことは確か。






「レイさん。イヴァンさんの居場所とか分かりませんか?」


 以前、ナギくんが案内してくれたレイのいる部屋へと入った。

 平然とちゃんとこの部屋を見渡せば、ここはどうやら医務室のようだ。

 たくさんの本が綺麗に並べられていて、医務室というより、レイの趣味部屋にも見えてしまうが。

 本は、薬草についてのものとかだろう。


「イヴァン。知らない」

「……そう、ですか」


 彼を探しながらここまで来てしまったが、形跡も情報もなし。

 お城ほど大きな船ではないけど、船内広すぎ。一体どこでこんな船を手に入れたのか。






「ナギくん。イヴァンさんがよくいる場所とか……知らない?」


 最後の頼り、ナギくんのところへ来た。

 が、やっぱり。


「イヴァン? 知らないよ?」


 ナギくんの答えを聞くと、はあー、と心の中で溜め息をつき、私は片手を頭につける。


「イヴァンなんて探してどうしたの? 何か用事?」

「うん……まあ、そんなところかな」


 ナギくんも彼の居場所を知らないとなると、こうなったら自力で探すしかない。

 ーー結局、イヴァンのことを見つけることはできなかった。

 どこにいるのか、というより本当に船の中にいるのか不思議に思ったりするほどで。

 でも、夕食には何事もなかったかのようにイヴァンが席に座っていて。


 私の左隣にいるトーマがなんか暗く、イヴァンが「暗いよー?」なんてふざけて言ったものにも彼は突っかかることはしなかった。

 ……一日は長いものだと思っていたけど、今日はなんだかすぐに一日が過ぎてしまう。

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