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12. 迷子の仔猫《居場所》2+

 どうしよ……。

 寝所は一週間交代。ということは、今週はトーマの部屋で寝るという事だよね。

 でもトーマはあんなだし。

 だからといって今までお世話になったナギくんの部屋にもいけない。


(はあ……)


 私自身、ナギくんの部屋で落ち着けていたのに。やっぱりナギくん、嫌なのかな。


「どうしたの?」


 優しい声音にはっとする。

 そういえば今はミサトさんの手伝いーー後片付けをしていたんだった。


「……どうしようかと」


 苦笑いを浮かべ、応える。

 ミサトさんには分からない事だろう。私が寝所の事で困っているなんて。

 ナギくんの場所にもトーマの場所にも行けない。となると、どうすれば……。

 

「ーーそれなら僕の部屋にくる?」

「……はい?」


 ミサトさんは皿洗いを。私は皿拭きを。

 その手が同時に止まり、重なり合う瞳。

 私にとって良い事のはずなのに。

 水が流れる音だけが響く。

 なぜか目が離せない。ミサトさんの発言に驚いて、固まってしまったのかも。


「どこにも行く場所がないなら、僕の部屋に来てもいいよ」


 皿洗いを再開させ、さりげなく言うミサトさん。その横顔を見つめる。

 あれ? どうしよう。変な事じゃないのに少し胸がドキドキする。ミサトさんは年も上で、雰囲気も大人だからかな。


「……ありがとうございます。でも、大丈夫です」


 何が大丈夫だというのだろうか。

 私の発言に、そう、と答えるミサトさん。

 迷惑はかけたくないし。

 これで良いよね。


「あの……、ナギくんは嫌なんでしょうか?」


 突然話が変わるようだけど、どうしても聞きたかった。ミサトさんは皆の事一番よく分かっていそうだし。本人に訊けばいいと分かってはいるけど、訊きづらいから間接的に。

 ミサトさんは思った通り、「嫌?」と不思議そうな顔をして見てくる。


「私と、その、一緒なのが」


 本人でなくとも訊きづらい。

 俯き、皿を拭くのを忘れてしまう。

 

「そんなことないと思うよ」


 言い切ってからミサトさんは話を続ける。


「ナギは最初から嬉しがってたし」

「……?」

「君と一緒に寝れるのを」


 どうして。私なんかと。


「いい匂いするんだって」

「私が、ですか?」

「ん。あと、暖かいって」


 特別、いい匂いのする香水をつけているわけでもない。体温が高いわけでもない。

 全てにおいて、私は普通だと思う。


「波が酷い時でも、ぐっすり眠れるらしいよ」


 それなのにナギくんは私の事を特別視してくれている、という事なのだろうか。




 後片付けが終わるとキッチンでミサトさんと別れた。別れ際、「本当に大丈夫?」と訊かれ私はまた、「大丈夫です」と答えたが。大丈夫ではない。

 ミサトさんとのあの話の続きーー嫌じゃないならどうして私の寝所を一週間交代にしたのか、そう訊くと、『ナギはユリウスと皆のことを仲良くさせたいんだよ』とミサトさんは答えた。でも、トーマと私が仲良くなっていたのは誤算だと。


 ナギくんの思うように、私も少しは彼と仲良くなれた気がしたけど、実はそれは勘違いだったのかも。今日から一週間はトーマの部屋で寝る、みたいな決め事がされているけどそれは実現しそうにもない。

 気分転換に甲板に出てみると意外にも風が心地よくて、数十分ここにいる。


 そして色々な事を考えて。


 あまりにも広すぎるここで寝るのは寝心地悪そうだけど、屋上の甲板なら寝れるかも。

 なんて現実行しようかと迷いながら横目ですっと後ろを窺う。


 ……? 何か、今いたよね。


 一度だけ後ろを見たものの、瞳に映ったものが気になり、今度は振り返る。


「……いつから、そこに?」


 真っ暗闇の中。扉の横にある灯火が彼の存在を、姿を、緩く暖かな明かりで灯す。

 瞳に映る赤い彼。口元に笑みを浮かべているように見える。それは幻覚か。


「いつからって? 俺ずっとここにいたけど?」


 ここ。ーーつまり、階段の手すりにずっと寄りかかっていたと。

 ……ありえない。


「ああ、詳しく言えばさっきまで屋上の甲板ソコにいて。船内に戻ろうとしたら誰かさんがいたから何してんのかなーって見てた」


 私の疑いの目に察しがついたのか、イヴァンは屋上の甲板を指差しこれまでの経緯を話した。詳しく話してなんて言ってないのに。


「何、してたの?」

「ーー?」

「屋上で」


 ああ、といった感じで彼は空を見上げる。


「星、見てたんだよ」


 星?と呟きながらイヴァンにつられ空を見上げれば、そこには無数に輝く光の粒。

 綺麗……。

 闇夜に輝く星、か。


「ーーそんな事より、何かお困りのようで」


 夜空から目を離し、目の前にいる彼に向ける。困っているなんて一言も言っていない。それに困っている事なんて何もーー。

 ……あ、あった。

 この人、エスパー? あのエスパー(超能力者)だというの。


「そんなに、困っている事なんてないけど」


 素直にそうだと言いたくなくて、ひん曲がった事を言ってしまった。

 後悔は、していない。ーー寝所の事で困っている。なんて言ったら、というか言ったとしても、彼は素直に相手にしてくれないだろう。だったら自己解決した方が良い。


「嘘」


 今何かこの人言った?

 嘘がバレないようにと無意識に彼から逸らしていた目。伺ってみるとイヴァンはさっきと変わらない表情をしている。が、少し面白そうにしているようにも見える。


「今何か言いました?」

「別に。何も言ってないよ」

「そう、ですか」


 気のせい、か。

 ……。

 ちょっとした沈黙が漂う。


「困っているなら素直に言えばいいのに。どうしてそう嘘つきなのかな、姫様は」


 はあー、と軽く溜め息をつくようにして寄りかかっていた手すりから体を離すイヴァン。階段ーー半分の所から降りてくる。


「寝場所がなくて困っているんでしょ。一週間交代制になって、ナギの所にはもういけないしトーマはああだし」

「……」


 図星で何も言えない。

 本当にエスパーなのではないかと正直、完全に疑いをかけそうになっている。

 だって寝所の事は彼に一切話していないし。そういう雰囲気も出していない。

 本当にエスパー?

 なんて幼稚な考えはやめないと。

 考えを振り払うように軽く頭を振る。


「言っとくけど俺、エスパーじゃないから。君の心を読んでいるように見えるのは、君が分かりやすすぎだから。顔に全部出てるよ」


 至近距離で言われ、なぜか心が折れる。


「そ、それは。私の顔に思いや感情が全て出ていると言いたいのですか……」


 もしそうだというなら顔を隠さなければ、と、無意識に俯き加減で言う。が。


「ーーなんなら俺の部屋、来る?」


 私が言い終えるか言い終える前かのさえぎわで、彼は言い出した。

 これまた至近距離。私の横に移動していた彼は私の事をじっと見ている。

 どう答えればいいか迷っている間にイヴァンは、先程来た道を戻っていく。


「どうせ、一週間交代でいつかは俺の部屋来る事になるんだし」


 ナギくんが勝手に決めた事をイヴァンは理解しているようだ。言いながら、階段三歩上がったところで振り返る。


「同じじゃない?」


 救いの言葉。

 ……いや、でもこの人危険な気がする。

 どう危険なのかは私もよく分からなくて言えないが。何か危険な気がする。


「……」


 どう?という答えを導かせるような顔。その後に続く言葉はきっと……いい案でしょ?どうするの?といった感じだろう。

 どうしよう……。

 ミサトさんにも同じ事を言われたけど、迷惑になるんじゃないかと思って断った。

 でも、こんな事ならミサトさんの気遣いに素直に頷けば良かった。


 イヴァンに言われて気づいたけど、私の寝所は一週間交代制と決まっていて、何を言ってもミサトさんのお世話になってしまう。

 今日は迷惑をかけずにすんだけど、結局、いつかはかけてしまうんだ。

 この場による最善の一手は何だろうと考え、中々思いつかない。


「ーーねえ」


 イヴァンが何かを言おうとしたところで、扉を開く乱暴な音がした。

 二人して船内から出てきた者を確かめる。


(あ……)


 目の前に現れた彼の出現に驚いて、思わず彼を見つめてしまう。

 すると彼は、何故か顔を顰めた。


「お前。探したんだぞ」


 扉も閉めずにずかずかと歩み寄ってくる。もちろん私は、彼が近づいてくるたびに不安がつのっていく。

(私を探していた? 私、何か悪い事でもしてしまったけ……)


「何用で?」


 恐る恐る訊く。


「何用で、じゃねえんだよ。こっちこそ如何様なお考えで?」


 如何様なお考えで? つまり、どのようなお考えで?……ーーって、意外。トーマ、いつも乱暴な言葉ばかり口にするけど綺麗な言葉も使えるんだ。

 ふるふると頭の中で首を振る。

 ーーそうじゃなくて。


「こんな夜になっても来ないで何してんのかと思えば、こんな所一人で一体何してんだ」


 トーマ、何で怒ってるんだろう。

 私が一人でいる事について怒ってる?


「ーー残念ながら、一人じゃないよ」


 僕もいるよ、と言うかのように、イヴァンは階段の所からこちらに向けて言う。

 その声に驚くトーマ。

 まさか気づいていなかったのだろうか。ここにイヴァンがいるという事を。階段の所にいる彼だけど、トーマはその横を通ったというのに。気配に気づかなかった。

 それほど急ぎの用件?

 一瞬、瞳孔を開いたトーマは後ろを向く。イヴァンの存在をしっかり瞳に映した。


「……」


 トーマとゼクスよりも、この二人が一番仲が悪いのかもしれない。なぜかいつもこの二人のそばにいると、重たい空気というかいつもと違った空気を感じるんだ。

 温度差があるというか、二人のそれぞれの空気が全く違う。トーマは真剣なのに、イヴァンはおちゃらけているというか、お気楽者で。そういうところはトーマの方が良い。


「恐い顔」


 イヴァンがトーマを見据える。

 一体どんな顔をしているのだろうか。

 今トーマがどんな顔をしているのか見たいけど、ここからじゃ背中しか見えない。


「お前、ユリウスに何の用だ」

「べっつに~。ただ困ってそうだったから俺の部屋くる?ーーって言っただけだけど」


 おちゃらけモードに入ってしまったイヴァン。先程まではそこそこ真面目に喋っていたのに。今のトーマの不機嫌そうな問いでスイッチというものが押されてしまった。


「こいつは今週俺の部屋って決まってだよ。余計な事すんな」

(……トーマ)


 こちらも何かのスイッチが入ってしまったのか、予想もしない発言をトーマは乱暴にイヴァン向けて吐き捨てる。

 触れてはいけない空気、という事だけ分かる中。どうしても黙っていなくてはいけなくて。悪くなったような、先程までと変わらないような空気を変える事ができないまま、誰かが喋ってくれるのをただ待つ。


「行くぞ」

「ーーえ」


 ぱっと振り返ってきたトーマの顔を見れば、瞬間的に腕を取られた。

 様子を伺う隙もないまま、強い力によって引きつられる。

 そのまま船内の中に入っていった。

◆おまけ◆

『こいつは今週俺の部屋って決まってだよ。余計な事すんな』

 トーマのこの言葉に、心の中でにやけたイヴァン。

(へえ。決まってるんだ)

 でもそれはすぐに消える。

 行くぞ、と手を引かれるユリウスを何となく無表情で見ていた。

(さあて。俺も戻りますか)

 階段を軽くジャンプして降り、扉の横にあるランプの灯火を消し、イヴァンは船内の中へ入って行った。

◆おまけ◆

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