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ファンタジーが舞台の短編小説

ハーレムを作る彼と、それに入りたい私

作者: Aska




 すべての始まりは、今から5年ほど前のことでしょうか。


 シルヴィ・ロロウェイと両親に名づけられた私は、昔から少々お転婆だと周りに言われて育ってきました。好奇心が強く、身体を動かすことが好きだった私は、女の身でありながら冒険が大好きな性格でした。両親や谷のみんなには、それでいつも窘められていた記憶があります。


 ただ私以外に同世代がいない場所は、やはり退屈で仕方がなく。幼い私の周りにいるのは、一回りも二回りも年上の方々ばかりでした。見上げるほど高い彼らに、いつも首を痛くしていたと思います。私だけ小さかったため、両親以外にも妹のように可愛がられていました。それでも、刺激のない月日に詰まらない思いもあったと思います。


 そんな私が、幼い身でありながら抑えられない興奮を胸に、外の世界に羽ばたいてしまったのは必然だったのでしょう。自分が知らない世界をどうしても見たくて、ちょっとだけならと誤魔化して、産まれた場所を飛び出した私を待っていたのは――現実でした。



「ふぅぅぅ……」


 お話の中だけで聞いていた生物に、執拗に追いかけられた私は混乱と恐怖でいっぱいだった記憶があります。彼らの目は爛々と光り、幼かった私は食い物にされるしかないのだと本能が叫びました。必死に逃げた私は、息をひそめて森の中で震えるしかありません。


 日が暮れ、視界が悪くなっていく薄闇の中。そんな時に出会ったのが、彼でした。


「……うわぁ、本当にいたよ」

「……!」


 突然の声に驚き、私はなりふり構わず逃げ出そうとしました。それに慌てたような声をあげた主を振り切るように飛び出し、無我夢中で恐怖から目も開けられなかったでしょう。そんな私へ次に訪れたのは、不思議な浮遊感。開いた目の先に見たものは、大きな湖でした。


 ……とてもとても、大きな湖でございました。


「ちょっ! なんで溺れているのォ!?」


 あぼあぼっ、と溺れている私を大急ぎで魔力を込めた縄にかけ、熊らしき生き物を呼び寄せた彼になんとか私は引っ張り上げられました。私の暮らしている場所は、水がほとんどないところでした。なので溺れちゃったのは、不可抗力です。とても恥ずかしい限りでしたが、命があったことに感謝もしました。私よりも背が低い子に助けられたことに驚きと、今まで自分を追いかけてきた生物たちとも違う雰囲気が、彼にはありました。


 恐怖よりも、私の中の好奇心が疼きました。一番は私と言葉が通じたからでしょうけど、彼とお話がしてみたいと思ってしまったのです。


「えーと、君は行方不明になっていたロロウェイ谷の子であっているかな? 俺の父上から、命令で探しにきたんだけど…」

「ロロウェイは、確かに私の家です。でも、どうして異種族のあなたが? それに言葉は」

「なんだ、コーザス家を知らないのか。俺の家はロロウェイ谷の守護を任されている家系だから、君のところの一族と相互契約をしているんだよ。俺はそこの次男でね。今回は君の捜索のために、依頼が来たんだ」


 コーザス家、と言った彼は肩を竦めながら話してくれました。何やらもふもふとした鳥のような生物を呼び出した彼は、それを空に放つと外の世界を知らない私に付き合ってくれたのです。後で知ったことですが、鳥には私への報告を託していたらしく、迎えを呼びに行っていたようでした。14歳である彼の行動は、しっかりしたものだったと今でも思っています。


 若葉色の短髪と、聡明そうな瞳を持つテオ・コーザスと名乗った人間の少年。初めての出会いに、私の胸はドキドキしぱなっしでした。大抵の他種族は私を見ると、いきなり悲鳴をあげたり、逃げてしまったり、ものすごく決死の覚悟を決めたような顔で襲い掛かってきたのに。彼のような方は、本当に初めてでした。


「それでは、コーザス家の方は魔獣術師と呼ばれているんですね」

「まぁな。異種族と会話が出来ないと契約ができないから、言葉は幼少期に徹底的に叩き込まれるんだよ。特に君たち一族とは、関わりが深いし」

「契約? 先ほど熊や鳥がいきなり陣から出てきたけど、それが?」

「それそれ。俺の契約獣たちだ」


 少年の顔は誇らしげで、その契約獣たちを大切にしているのだと伝わってきました。魔獣術師は、魔獣と心を通わせ、その力を借りることができる者たち。私の先代さまと、テオの家系の初代様が契約をしていたらしく、その名残で今も続く関係だと聞きました。


 魔獣術師の契約獣になると、その術者が呼び出しをしたら、目の前に転移陣が現れるらしい。普段は日常生活を営み、助けの声が来たら登場する。なんですか、そのヒーローみたいな感じは。と、外の物語大好きっ子だった私は興奮した。給料は術者の魔力とか、契約にもよるけど…、と言われましたが、そういうシビアなところは流しました。


 好奇心の塊だった私は、彼の話す契約に頭の中がいっぱいになりました。彼の初代様と契約をした先代様は対等な関係だったらしく、時に大陸をかけ、絆を深め、冒険の日々を送った。旅、……なんて素敵な言葉なのでしょう。しかも契約獣は好きな時に出てくることができ、術者の意向で一緒に旅もできる。好きな時に故郷に帰れる。


 先ほどまで怖い思いをしましたが、それは私に覚悟が足りなかったからです。外の世界の怖さを知らない弱者。しかし、この時の私は明確な将来のプランを導き出しており、好奇心と恐怖を天秤にかけたら、スコーンと好奇心に傾いてしまうぐらい夢見る乙女だったのです。


「ね、ねぇ、契約ってどうやってできるの?」

「どうやって、って君契約に興味があるのか」

「私は確かにまだ幼いし、今回は怖がることしかできませんでした。でも私は成長するし、力なら多種族にきっと負けません。旅のお供に持って来いでしょう!」

「……まぁ確かに、魔獣術師には引手数多だろうけど」

「本当っ!?」


 私の歓喜の雄叫びに、ちょっと腰を引かれましたが、テオはうなずいてくれました。もしかして魔獣術師のこと、この子にはわざと隠していたんじゃ…、と聞こえた気がしますが、そんなことを谷のみんながする理由があるのでしょうか。話してくれたら、私はすごく興奮すると思います。絶対に大喜びで、ドシンドシンっ、と思わず踊っちゃうかもしれません。


 先代様だって契約をしていたんです。しかも目の前にいる彼はその子孫で、谷のみんなから私の捜索を託されるほど信頼されている魔獣術師の家系。湖で溺れて暴れていた私を抑えられる実力を持った、将来的にも有望な人間。これ以上の逸材は、他にいません。


 だからこの時の私は、高鳴る気持ちを逸らせながら、溢れんばかりの思いをのせて、彼に告白をしたのでした。


「私はシルヴィと言います。その……私をあなたの傍にいさせてください!」

「――えっ、ごめん、好みじゃないんだ」


 そして、まさかの即答をもらったのであった。



「好ッ……、どういう意味ですかっ!? 先ほど引手数多って!」

「あっ、ごめん。つい本音――あっ、ごほっ、ごほぉッ。ほら、君はまだ幼いし、迷子になっていたところを保護したところだ。契約なんてまだ早いよ」

「今絶対、本音って言ったぁぁーー!!」


 私の聴覚を嘗めないでいただきたい。これでも谷のみんなから可愛いし、偉いぞと言われて育ってきた、無垢な乙女だったのだ。それがあっさりと玉砕である。しかも、契約拒否の理由は彼が語った理由もあるだろうが、比重は確実に前者であった。


 この時止せば変わったのかもしれないが、私はとにかく意地になっていた。彼が断った理由が後者なら、しぶしぶ納得しただろう。しかし好みじゃないから、と告白拒否されたことにはさすがに納得できなかったのだ。


「好みって、私が小っちゃいからで、弱いからですか!? それでしたら、これからどんどん大きくなりますし、強くなっちゃいます!」

「いや、もう俺より数倍は大きいよね。しかも腕を振り上げたら、俺なんて軽く吹っ飛ばせそうなぐらいの力はもうあるよね」

「あっ、じゃあ私が幼いからですか。でも、お父様が寝言で言っていました。幼女は己の好みに育て上げられるから、えっと、燃えるらしいです!」

「意味わかって言っている!?」


 ちなみに、お父様とお母様の年齢差は200歳。お母様にとって、お父様は大きな幼馴染だったと聞いています。そんなことより私は尽くす女ですよ、とアピールしたのだが、テオにはぶんぶんと首を横に振られてしまいました。世間知らずな私だけど、それだったら勉強だってします。弱いのなら、強くなるための努力をします。何故駄目なのでしょう。


「その……そういう部分じゃなくて。別に賢くなくても、強くなくても、俺は別にいいんだよ。ただその、ちょっと俺なりの契約の流儀があって」

「そ、それはなんですか。私は頑張ってみせますよ」

「だから無理なんだよ、君には」

「私じゃ無理って、直せるのならちゃんと直します!」

「……あぁ、もうっ! 言っておくけど、このことは俺の両親にも、君の一族にも絶対に言うなよ! 理由を聞いたら、ちゃんと諦めろよっ!」


 声を張り上げ、やけくそ気味になった彼は、私の告白と同等なほどの告白をぶちかました。


「俺はな、……ふわっふわのもっふもふのきゅるんとしたやつらが、大好きなんだよ! いつか魔獣術師として、もふもふハーレムを作り上げることを野望に生きてきたんだっ! そのために厳しい修行にも耐え、知識を蒐集してきた。大きさも種族も、雌がいいけど突き詰めれば性別も問わない。もふもふなら、すべらかな触り心地があれば、俺はどんなやつだって愛してみせるんだッーー!!」


 心からの雄叫びだった。


「……わかりました、じゃあ私も毛深くなります!」

「いや、無理だろっ! 君どこからどう見ても、立派なドラゴンじゃん! 超スベスベのテカテカの鱗のドラゴンじゃん! どこにもふもふ要素があるんだよっ!」

「ちょ、長老様に頼めば、古代の秘術とかで……!」

「毛深いドラゴンって、なんかやだよッ! 世界中の人間の理想を壊す気か!?」

「さっき毛が生えていたら、愛せるって言っていました!」

「そりゃ、絶世の美女と毛深い女性なら後者を選……いやいや、何性癖を暴露しているんだ、俺は」

「ちなみに、人間と獣人ならどっちが?」

「獣じ……ハッ!?」

「人間の女と獣人の雄なら?」

「じゅ……うぉぉおおおぉぉッ!!」


 筋金入りでした。



「――ごほんっ。と、とにかくわかっただろう。俺は魔熊のベシィや魔鳥のチュンコのように、もふもふしたものたちによるハーレムを目指している。君の入る隙間はないんだ。すまないな」

「そんな……! そんな生まれの違いを理由にするなんて酷い! 私の鱗は、一族の自慢なんですよ!」


 白銀に輝く鱗は光沢を放ち、触ればドラゴンの鱗特有の冷たさの中に、どこか温かさがある不思議な感覚。固いながらも、艶めかしい触り心地を発揮する。さらに私の爪や牙は鋼鉄すらも砕き、翼は天高く聳える。額から生えた角がチャームポイントな、将来は間違いなくモテモテになるぐらいの美ドラゴンになるのに。


 しかし、これが人間という種族なのだとしたら仕方がないのでしょうか。先代さまはもふもふな毛がなかったのに、どうやって契約までいったのかしらと思う。でも、さっきドラゴンは引手数多って……。人間は本来つやつや派なのに、彼はもふもふ派に目覚めてしまった。それなら、理由になる気がした。


「理解してくれ。愛のないハーレムがどれだけ虚しいか、幼い君にはまだ難しいかもしれない。それに愛を平等に分けるなど、傲慢と取られても仕方がない。だけど、選べないんだ。彼らを愛するこの気持ちに嘘はない。ならば、それだけの業を背負える人間になれるように己を磨く。そのために、努力をしてきたんだ」


 愛情を分け隔てなく与える難しさ、その寵愛を受けようと己の大切なもの同士が争い合うかもしれない辛さ、飽きられ失望されるかもしれない恐怖。テオのハーレム願望は、夢だけではなかった。彼は覚悟の上で、その業の道を進むと決めている。


「テオ、あなたはそこまで、もふもふを…」

「あぁ、愛しているんだ。ハーレムを夢見てしまう馬鹿な餓鬼だと思うが、この気持ちに嘘はつけない。健康を維持して魔力は常に極上に、ご飯をあげるときは愛情を込めた手作りを心がけ、散歩は彼らの好みの場所に応え、ブラッシングを毎日欠かさずに行い、呼び出すときは順番も含め細心の注意を払い、よくできたらめちゃくちゃ撫で繰り回して褒める。……全員な」


 ぐるる、と私の喉が鳴りました。これほどの思いを秘めていたとは思いませんでした。確かに彼の流儀的には、もふもふではない私は範疇外。お情けで入れるといった、成行き任せなことはしないでしょう。それは彼の努力を、ハーレムをぶち壊してしまうことと同義。


 だけど彼のハーレムに入れば、きっとこの少年は甘く優しいほどの愛情をくれる。旅に出たいだけなら、彼でなくてもいいでしょう。意地になっている気もします。しかし、ここで引くことはドラゴンとしての敗北。もふもふ生物こそが至上という考えのまま、彼は一生ドラゴンの良さを理解してくれない。


 だからこそ私は、自分の全てをさらけ出す必要があると考えました。彼がもふもふを求めるのはいいでしょう。しかし、ドラゴンがつやつやなだけの存在として切り捨てられる訳にはいきません。ドラゴンにだって、プライドがあるのです。



「あなたは、つやつやな私を受け入れられない、と言われました。しかし、ドラゴンがつやつやなだけだと思われては心外です。ドラゴンの持つ至高の気持ちよさを、体験させてあげましょう」

「何だって? 鱗のひんやりとしたつやつやの気持ちよさに、初代様もご先祖様も祖父も父上も鼻息を荒くしていたようだが、それ以外の部分があるって言うのか」

「えぇ、もちろん」


 どうやら元々は、つやつや好きの家系だったらしいテオ。しかし、彼はもふもふ好きに目覚めた。そんな彼に、ドラゴンによる更なる性癖いいところを見せてみせます!


 意気込んだ私は、そのままズシンッ、と仰向けに倒れた。慌てるテオを止め、尻尾の付け根から先をしっかりと地面に倒し、真っ直ぐに横たえる。恥ずかしさがありますが、困惑気味の彼に凛とした声を心がけながら話しかけた。


「……さぁ、このシルヴィのお腹とか、尻尾の内側を存分にどうぞ!」

「えっ、えっ?」

「さぁ、どうぞ!」

「えっ、あっ、うん」


 なんだかその場の勢いについ流されてしまったようなテオでしたが、私のお腹を触った瞬間、戦慄を受けたような顔で固まりました。どうですか、これこそが我らドラゴンが神髄。鱗で守られた外側と違った、隠された内側の感触は……!


「ぷ、ぷにぷに…だと……!」

「えぇ、この感触は本来ドラゴン同士でも、なかなか見せない場所。しかしドラゴン女子の間では、いかにこの部分を柔らかく美しく、すべらかにするかで日々競い合っています。昔モテモテだった雄ドラゴンを射止めたのは、このぷにぷに具合といっても過言ではありません。よくわかりませんが、なんでも夜に大活躍だったそうです」

「ふにふにふにふにふに…」


 手のひらをお腹にあて、無心でふにふにするテオに、私は思わず牙を覗かせる。戦闘を主にする雄ドラゴンにとっては弱点でも、谷で暮らす雌ドラゴンにとっては雄落としの最終奥義になる。お母様が、寝言で言っていた通りです。


「手が…止まらないっ……! 今まで様々な肉球を触ってきたが、そのどれとも違いながら、このふにふに感。この張りがある弾力。指を引き込ませる力と押し返す力の絶妙なバランス。こんな、こんなぷにぷにが、あったなんて……!」

「さらに私がもっと大きくなれば、テオをちゃんと支えられますから、身体全体でこのふにふに感を感じられます」

「クッ……!?」


 ドラゴン(わたし)のアピールポイントに、テオが一瞬揺らいだのがわかった。つやつやも、もふもふもいいでしょう。しかし、このふにふに、ぷにぷに感に逆らえますか。もふもふをこよなく愛する彼から、なんとか手を放そうとする意志が窺えますけど、身体は正直です。


 ……私はきっと悪いドラゴンなのでしょう。彼の愛するハーレム(もふもふ)に横入りをしようとするぷにぷに。彼の身体から陥落させ、無理やり意識を改革しようとする――どうしようもない悪女。それでも、彼のハーレムに入るためには、ドラゴンの良さを身体の芯から感じてもらうには、これしかない。これは、ただのわがままだってわかる。


 それでも、テオが手に入るなら。なんかふにふにされていたら、ちょっと気持ちがよくなって、手放したくなくなってきました。さすがはもふもふし続けた実績がある指使い。この技術は、確かに落ちる。これを受けたら、どんな強情なもふもふも陥落するでしょう。それほどの気持ちよさです。



「さぁ、私をハーレムへ入れてください。そうすれば、このぷにぷにボディはあなたのものに…」

「そ、それは、だけど、俺は……。それに、身体だけの関係なんて、君に悪い。君ほどのドラゴンなら、もっといい魔獣術師がいる。俺の兄貴なら、もう鱗の時点でイチコロだぞ」

「……テオがいいの。それに、あなたなら絶対に私を大切にしてくれる。今だって、遠慮なく弾力を味わいたい衝動を抑えながら、私が傷つかないように痛みを感じないように細心の注意を払ってふにふにする人間です。この弾力感に雄は野獣になる、とお母様が言っていたのに、それを私のために理性で抑えてくれる。そんな、そんなテオだから――」

「……シルヴィ」


 気持ちがよくて、とはさすがに恥ずかしくて言えませんでしたが、これが精いっぱいの私の思い。フッ、と突然消えた手の感触に気づき、彼を見つめる。そこには天を仰ぎながら、目を瞑って真剣な顔をするテオ・コーザスがいました。


「……俺は、自分の理想を突き詰めた最高のハーレムを目指したい。そのために技術を磨き、彼らを悲しませないようにしてきた。その考えが、業を背負う者として必要と思ってきた。その所為で、悲しむものがいても貫く意思を持とうと……」

「テオ……」

「だけど、本当にそうなのか。悲しませる存在がいる事実は、本当のハーレムの主と言えるのか。節度は大事だが、選り好みは失礼だ。同じ存在などいない。それぞれの個性を受け入れて愛することこそが、ハーレムだ。本気の思いをぶつけてくれる相手を、袖にする程度の甲斐性で、真実のハーレムを築けるというのか。本当のハーレムとは、もっと傲慢で、紳士的で、どんな思いも受け止める器の持ち主。初代様が、巨大ハーレムを作った時の名言を、思い出せ……」


 ドラゴンだけでなく、様々な鱗を愛してきたらしい彼の初代様。鱗があるなら、魚や虫さえもハーレムに加えた猛者。しかしそんな彼でも、鱗のない種族とも多数契約をしていたようだ。もう亡くなっている人物ゆえ、真実はわかりませんが、彼はこう残したそうです。


『異種族ってだけで、もうなんか燃えてこない?』


 つやつやオンリーだった若年期から、オールラウンダーに変わった更年期のセリフ。なんという業の深さ。しかしここまで己の欲望に忠実とは、ドラゴン()の私でさえいっそ清々しく思います。今でもコーザス家との関わりを絶っていないのですから、間違いなく先代は愛されまくったのでしょう。


「ハーレムを目指す者は、己の欲望に嘘をついてはいけない。つやつやだけを愛していた初代様が、突き抜けてしまったのは、きっと嘘をつけなかったからだ。俺は、俺は確かにもふもふだけじゃなくて、ぷにぷににも燃えてしまった。俺のものにしたい、と心の奥底で思ってしまったッ……!」

「それじゃあ!」

「俺は、……俺は、ぷにぷにも好きなんだァーー!」


 ドラゴンの魅力が、確かに届いた瞬間だった。


「あぁ、テオ! それじゃあ、私と契約を!」

「それはしたいが、君はまだ幼いことは事実。まずはシルヴィのご両親に挨拶をし、長老殿に話をしなければ。両親や兄貴にも、説得が必要だ。特に兄貴は羨ましさから、背中を刺して来るかもしれない。ふっ、ハーレムを持つ者の宿命か」


 私たちの将来プランをたてながら話をしていると、遠くからお父様の声が森全体に響き渡りました。その声は地を揺らし、衝撃波が巻き起こり、森にいた生物たちの呼吸が一斉に遠ざかっていくのがわかります。どうやら、お迎えの様です。


 名残惜しくはありますが、テオとならまた会うことができます。私も彼のハーレムの一員として、相応しくなれるように頑張らなければいけません。彼は私と契約をするために、あらゆる障害を越えてくるでしょう。それに甘えるだけなど、ドラゴン()の名折れ。


 外に出ていけるだけの知識を吸収し、お互いの身を守れるほどの力を得て、今以上のぷにぷに感を目指してみせる。あっ、でも。戦闘要員のドラゴンは、ちょっと硬くなってしまうと聞いています。それでは私の魅力が、でも彼のお荷物などいけません。


「そうです、魔法を習いましょう! 長老様に魔法や古代魔法をいっぱい習えば、どんな敵も近づく前に吹っ飛ばせます。私の目や耳を鍛えれば、半径1㎞ぐらいの探知なら余裕のはず。これなら、私のボディはぷにぷにのままに……」

「あの大きさ、まさか最上位ドラゴンの娘だったのか…。つまり、シルヴィがあれぐらいの大きさになれば、あのぷにぷに感をまさに俺は全身で……」



 心が通じ合っていた私たちは、再会の約束を交わし、この時別れました。それからは本当に様々な障害がありましたが、私たちは4年後。ついに契約の約束を果たし、彼のハーレムを作り上げる旅へと出かけることになりました。


 もふもふとぷにぷにに癒されていたテオが、ついにつやつやにも反応を示すようになり、己の業の深さに飲み込まれそうだった過去。その過去を一緒に支え合って乗り越えたことで、私たちの絆は更に強まりました。彼のハーレムも拡大していき、次期初代様街道まっしぐらだそうです。あのコーザス家の再来だァー! と、他の魔獣や魔獣術師の方たちや国にも、凄い知名度になっていきました。


 私――シルヴィは、今でも彼の隣で変わらぬ愛をいただいております。彼の愛する魔獣たちの彼に報いたいがための戦闘力(頑張り)と、彼の撫で技術はどれほどの傾国の魔獣をも屈服させてきました。そして、全力で愛でてきました。


「いくぞ、シルヴィ! 隣国で、もっふもふの巨大虎の魔獣が暴れているらしい。まさしく俺たちの出番だ」

「もふもふの比重がやっぱり多い気はしますが、お任せください。虎を傷つけないように、丁寧に魔法で動けなくさせます」

「そして、その間にもふもふしながら、俺の技術で昇天……じゃなくて契約をする!」

「――あっ、2㎞先で盗賊が馬車を襲っています。いけません、シルヴィちゃんブラスタァーー!」

「おぉ、相変わらずすごい雷撃魔法」


 ちゃんと出力を抑えているので、死者はいません。私たちは愛の伝道師なのですから。えっへんと胸を張る私に、テオは優しく尻尾を撫でてくれました。


「すごいなぁ、シルヴィは。よーし、今日はいつも以上に愛でてやるからな」

「えっ、でも皆さんには…」

「あぁ、だから今日はみんなには、内緒な」


 若葉色の短髪を揺らし、茶目っ気のある瞳を緩ませながら、テオはいたずらっ子のように笑う。人差し指を口に当てる姿に、つい尻尾をぶんぶん振ってしまいました。近くにいた彼を吹っ飛ばしそうになって、ちょっと怒られちゃいました。


 ハーレムを作る彼と、それを支える私。最初は嫉妬もしてしまいましたが、テオは魔獣に囲まれていると、本当に幸せそうな顔をします。あの顔は私だけでは作れなくて、でも私がいないと作れない。そう考えたら、これでもいいかなー、と思っちゃいました。だから、これだけは5年経った今も堂々と言えちゃいます。


 ――私は、シルヴィはすっごく幸せです!



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[良い点] へんたいだー!! [気になる点] へんたいだいー!! [一言] ・・・ナマズの腹のぷにぷにがまるでおっ○いのようだとほざいた友人(へんたい)が私にはおりますが orz なんという業の深さ…
[一言] 『変わり者な伯爵令嬢の恋愛観』から来ました。この作品もとても面白かったです。さて…… ちょっと待てえええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ! 幼女…
[一言] 見事なミスリード。 癒されながら騙されました。
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