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そして、なぜか着替えを持ってきているという二人が「学校から直行したい」と言うので、いつも以上に授業を上の空で過ごした湯上忍は放課後急いで校門前へと向かう。
「いえーい一番乗りぃ! ……って、こんだけ急いで来たら当然か」
そして待つこと5分。二つの罪な果実を左右に揺らしながら小走りでやってきたのは、水川実依子だった。
「ごめんね湯上くん、お待たせー!」
「……目の保養だ……」
「え? 何?」
「え? あ、何でもないですすみません」
揺れるものを目で追ってしまうのは、男の本能である。心の声が実際に洩れてしまったのは、ただの失態である。
「先輩は……まだみたいね」
そう言って水川実依子は鞄の中から手鏡を取り出し、乱れた髪を直し始めた。
「…………」
念入りに身だしなみを整える彼女を横目に、湯上忍の浮わついた気分は一気に急下降する。
……水川先輩もしかして、冷泉先輩のこと……
しかし、手鏡を鞄にしまった彼女が発した言葉を聞いて、それが杞憂であることを知る。
「湯上くん、もちろんご両親はご在宅よね? どうしよう……ちょっと緊張してきちゃった……あ! 何か手土産を買って行った方がいいかしら?」
「え? ああ、別に何もいりませんよ! お袋が店番してると思うんでさらっと紹介だけして、あとは存分に風呂を堪能してもらえれば」
「そ、そう? ねぇ、湯上くんのお母さんってどんな人?」
「お袋は、いつも機嫌よく笑ってて、お客さんともよく長話してますよ」
「気さくな方なのね! じゃあ突然お邪魔しちゃっても大丈夫そうかな?」
などと、とりとめのない会話をしながら待つこと15分。水川実依子の背中越しに、男子生徒がゆっくり歩いてくるのを湯上忍が視認する。
それは、制服を正しく着こなした、いかにも優等生っぽいメガネ男子……と思ったら、長髪を後ろでひとつに結わった冷泉先輩だった。
「待たせたな」
まるで悪びれるそぶりもなく放たれたその台詞で、初めて冷泉先輩の到着を知った水川実依子は、ちょっと不満を述べてやろうと思って振り返った。
「ちょっと先輩、遅すぎ……はうぅ!?」
髪くくり優等生モードにメガネが似合いすぎる何それ反則――!
水川実依子の心の叫びは、口から洩れこそしないものの、顕著に態度に現れる。しかし、冷泉昴は全く意に介さず「さぁ行こうか湯上。お前の家はこっちか?」などと行って一番遅れて来たくせに先頭を歩く。
「そっちであってますけど……何ですかその格好は。ていうかそのメガネも伊達ですよね?」
制服を正しく着ている男子生徒に対して何ですかというのもおかしな話だが、湯上忍は一応突っ込んでみる。
「あぁ、これか? 視力は両目とも2.0あるが……交渉時やここぞという時にかけるようにしている。そして後輩の家に突然伺うのだから、失礼のないように努めるのは当然だろう?」
「は、はぁ……」
水川先輩といい、そんなものだろうか? 中学の時は放課後に遊びでサッカーや野球をして、砂だらけのまま友達を家に連れてきたものだが……
左前方には色んな意味で有能そうな冷泉昴。
右後方には女らしさ100%の水川実依子。
湯上忍は今までの人生で全く関わったことのないタイプの二人を連れて、いつもの帰路を水川実依子の歩幅に合わせてゆっくりと歩き、風呂屋を営む自宅へと向かった。