2
「冷泉先輩、お待ちしてましたよー!」
昼休み、食堂に一番乗りしたのは湯上忍だった。
隅の方で三人分の席を取り、手ぶらで座って待っていた。
「湯上、スペシャル定食を頼んで来い。……俺の分もな」
そう言って最高級の食券を二枚差し出す最上級生の命に、意気揚々と立ち上がる最下級生。
「了解しましたぁ! お茶も入れてきまぁーっす!」
スキップで食堂の最奥へと向かう湯上忍の姿を、購買部での闘いを終えた水川実依子が食堂の入り口から目撃する。
「……ちょっとチャラいけど、顔はまぁまぁ可愛いし、カツサンドを賭ける価値はあるわよね……あとは、あの邪魔な男――目的は何なのかしら?」
軽くなった自分の財布に内心涙を流しながら、水川実依子は隅の方で着席している冷泉昴の背中を見つけ、渋々近寄る。
「先程はどうも、先輩」
何の感情も籠っていないその声に振り返る冷泉昴――その整った顔面には、先程の休み時間にはなかったものが装着されていた。
「め、め、め……!」
メガネですって――!?
水川実依子はみるみる顔を赤く染め、わかりやすくたじろぐ。何を隠そう、彼女は重度のメガネフェチである。
銀縁メガネが似合いすぎるかっこよすぎる何それ反則――!
思う存分心の中で絶叫した水川実依子は、パニック状態に陥り奇行に走る。
「あ、あの! よかったらこれドウゾ……!」
そう言って水川実依子が湯上忍のために買ってきたはずのホイップ入りメロンパンを目の前のメガネ男子に思わず差し出したところで、使いっぱしりを終えた湯上忍がお盆を二つ持って戻ってきた。
「ちょい待ち水川先輩! それって俺のメロンパンじゃあないんですか!?」
湯上忍は声を大にして抗議した。それに対し冷泉昴は小さく返答する。
「……俺は甘いものが苦手なんだ、遠慮しておく」
コーヒーはブラック派ですかヤダますますツボすぎる――!
「…………はい湯上くん、ドウゾ」
心の叫びを終え何事もなかったかのように席についた水川実依子は、ニッコリと笑ってカツサンドとホイップ入りメロンパンを湯上忍に差し出した。
「……ど、どうも。……ではでは先輩方、ありがたく豪華ランチ、いただきまぁーす!」
約束が守られるならばよしと、100%の笑顔で勢いよく食事を始めた湯上忍に対し、冷泉昴はスペシャル定食を、水川実依子は購買部で買ってきたハムサンドを静かに口に運ぶ。
「……湯上、お前は風呂屋の息子だと聞いたが、兄弟はいるのか?」
先に口火を切ったのは冷泉昴だった。唐突でハチャメチャな質問をぶつけられ、湯上忍は目をパチクリさせる。
「確かに俺は風呂屋の一人息子ですが……それが何か?」
湯上忍はとりあえず答えてみた。そして訊いてみた。しかし、返ってきたのはまた話の読めない問いかけであった。
「そうか。それで、お前は将来家業を継ぐ気はあるのか?」
「え? えーっと……今のところは、まだ考えられないと言うか……」
「ずいぶん曖昧な返答だな……他にやりたいことがあるのか?」
「いやいやいや、俺まだ高校に入ったばかりですよ? やりたいことは山ほどあるけど、明確な将来の夢的なもんは何も……」
そう答えた湯上忍に対し、メガネ越しに鋭い視線を向ける最上級生。
「………………」
……俺、何か間違ったこと言いました……?
蛇に睨まれた蛙がどっと冷や汗をかいたところで、ようやく蛇が視線を逸らした。
「……すまない、獲物を追い詰める悪い癖が……」
……怖い! この人怖い!
冷泉昴の冷笑に恐怖を覚える湯上忍。その隣では、静かに二人の様子を見守りながら、水川実依子が食事を進めていた。
「ところで湯上、今日の放課後は空いているか? ぜひともお前の家の風呂に入らせてもらいたい」
「あ! 湯上くん、私も私も! 昔から銭湯が大好きなの!」
「……はい? 先輩方はつまり、風呂目当てで俺に近づいてきたんですか?」
突然の二人からの申し出に、湯上忍はまさかと思ってそう訊ねた。
「フッ……そう解釈してもらっても構わない」
「わ、私はもちろんお風呂だけじゃなくて、君自身とも仲良くなりたいなと思ってるのよ?」
二人のそんな返答に、湯上忍は周りの目を気にすることなく、大きな笑い声を上げた。そして、箸を置いて湯飲みの茶を飲み干し、静かに合掌した。
「わかりました。美味い飯のお礼に今日の放課後、お二人を我が家へご案内しましょう」