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風呂屋の息子  作者: 繋 しいな
出遭う
1/4

 高校生になってまだ一ヶ月の若者達が集う1年C組の教室。授業と授業の合間のほんのわずかな休息時間は、生徒達の緊張を適度にほぐす。しかし、太陽が燦々と差し込む窓際の席中央で、一人の少年がクラスメイトから延々とのろけ話を聞かされていた。


「でさ、彼女も何だか俺に夢中って感じでさ」


「そーかそーか、よかったなぁー」


 心にもない言葉を発する――これくらい、人間なら誰にでもできる。実際に心にある言葉はこうである――高校生にもなって、たかが付き合いたての彼女と手を繋いだだけでのろけやがって!


 しかし少年は表向きは至って冷静に、そろそろ友人と呼べなくもない間柄のクラスメイトの話に相づちを打つ。

「あーあ、俺にも早く春が来ねぇかなぁー」


 ……つい本音が出てしまった。それを聞いたクラスメイトは締まりのない顔で笑って、「お前ならすぐできるよ、まぁオレの彼女ほど可愛い子はそういないけどな」などと更にのろけてみせる。写メを何度も見せられたが、確かに可愛かった。ああ、クソ羨ましいことこの上ない。


 一方、ちょうど1年C組の教室の真下に位置する職員室では、おじいちゃん先生が熱々の緑茶をすすりながら隣に座る体育教師と世間話をしていた。


「実は昨日、久々に銭湯に行って来ましてのう。おかげで今日は身体が軽い軽い」


「いいっスねー! 銭湯ってアイツのとこですか?」


「はて? アイツとは誰のことですかな?」


「ほら、1年C組にいるじゃないですか、風呂屋の息子が! 確か名前は――」


 その数秒後、各々の用事で来ていた二人の生徒が、「失礼しました」とそれぞれの担任に挨拶をした後、別々の出入口から職員室を飛び出し、正反対のルートを通って同じ場所を目指した。


湯上(ゆかみ)くんはいますか?」


 1年C組の別々の出入口を同時に開け放ち、同じセリフを紡ぐ二人の生徒。


「……はい?」


 窓際でのろけ話に飽き飽きしていた少年が間の抜けた声を上げた。


「おいおい湯上、呼び出しだぞ!」


 クラスメイト達が興奮して少年に声をかける。 すると二ヵ所の出入口から二人の生徒が真っ直ぐに彼の方へ向かい、同時に別々の手を取った。


「あなたが湯上くんね? 私は2年B組の水川実依子(みずかわみいこ)。ちょっと話したいことがあるから一緒に来てくれる?」


 右手を優しく握ってそう告げた女子――水川実依子は、明るく脱色した肩までのストレートヘアにCカールの前髪を大きめのバックルで止めた、可愛い系の女子高生。しかし、大多数の男は彼女の低い身長と童顔に似合わぬ豊満なバストにばかり目を奪われ、他の印象を限りなく薄くしていた。


「お前が湯上だな? 俺は3年A組の冷泉昴(れいぜいすばる)。話がある、ついてきてもらおう」


 左腕を強引に引いてそう告げた男子――冷泉昴は、襟足を長く伸ばした黒髪に映えるシルバーピアスを両耳に光らせる、ちょっと怖い系の男子高生。しかし、端整な顔立ちは真面目そうにも見え、長身でさぞ女子にモテるだろうと推測できた。


 そうやってほぼ同時に別々の人間から呼び出しを受けた少年――湯上忍(ゆかみしのぶ)は、伸ばしかけの茶髪に着崩した制服と見た目は少しチャラいが、別にクラスから浮いているほどではない、至って今時どこにでもいるような男子高生である。


「おい湯上、美男美女からの呼び出し、お前どっちを受けるんだよ」


 クラスメイトが耳打ちする。


 そりゃあ当然、俺にアッチの趣味はない。普通ならば優しく繋がれてる右手を振り払う理由などあるはずがないのだが――


 チラリ。湯上忍は冷泉昴と名乗った最上級生を見やる。


 この人が三年でどんな立場なのかを把握していない今、彼の呼び出しを無下にすると俺の高校生活は下手したらひと月で幕を閉じかねない……!


 ダラダラと冷や汗をかきはじめた湯上忍の右手を決して離すことなく握り続けている水川実依子が、小さな唇を再度開く。


「ちょっと先輩、レディーファーストって言葉を知らないんですか?」


「そう言う君は二年生だな? 高校生活先のない上級生に貴重な時間を割かせまいという普通の精神は持ち合わせていないのか?」


 冷泉昴の冷たい眼差しが低い声と共に水川実依子に突き刺さる。二人が睨み合ったその数秒後。


「ちょ、ちょっと待って下さい先輩方!」


 観念した湯上忍が声を上げた。


「俺、次の授業の準備があるんで、後にしてくれませんか?」


 本当は準備なんてない。だが、先延ばしにしたことで二人の予定をずらせれば――そう思っての苦肉の策だった。


「そうね、それじゃあ今日の昼休みはどう? 購買部のカツサンドとホイップ入りメロンパンを奢るわよ」


 そう言って先に手を放したのは水川実依子だった。柔らかな皮膚の感触が消えて、湯上忍は少し名残惜しく思う。


「それならこちらは学食のスペシャル定食を奢ってやってもいいが……どうだ湯上?」


 左腕を解放した冷泉昴がそう言って威圧的な眼差しを向ける。


 ……結局またダブルブッキングかよ!  だがしかし、購買部で10個限定のカツサンドに、食堂で一番高いスペシャル定食――迷う要素はひとつもない!


 湯上忍は勢いよく立ち上がった。そして嬉々とした表情で答えを告げる。


「先輩方……その話、両方乗ったぁあああ! 昼休みに食堂で待ち合わせしましょう!」


 こうして、彼は高校生活初の豪華ランチを手に入れた――二人の先輩との謎の会合と引き替えに。




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