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11月2日の夕暮れ

作者: 林檎

 今外の世界で何か起きて、朝が来なくなればどんなにいいでしょう。

もしくは貴方の家の猫になる。

そうすれば待つ事が出来る。

さぁ毛並みを整えてちょうだい。


 コーヒーには砂糖を入れないし、甘い物は苦手なのです。

黒や紫が好きだから明るい色は嫌いです。

触れるか触れないかの距離を大切にしてください。

うっとおしくなければいつまでもここに居てくれるでしょう?


 また何か忘れ物をしてくれれば有り難いのですが。

この部屋に理由がなくなっちゃうと、私は夕暮れ時に負けてしまう。

眠れない夜には唯ひとつを考えています。

約束はやっぱり果たされないし。

無事に明日が来たって喜ぶべき事は何もないのです。

真っ暗な窓ガラスには私しか映らないし。

見えない貴方と背比べしてみても、胸が苦しくなるだけで。

願いは透き通る夜気に吸い込まれて、ビルの向こうへ流れていったけれど。

星がないから今はそれさえできず。


 貴方の涙はさぞ美しかろうに。

貴方の背中はさぞ温かかろうに。

私による貴方の笑顔はさぞ愛しかろうに。

見えない事ばかり。

し忘れたことばかり。

貴方が帰ってしまうと、やり残した事がポツポツと壁に映るのです。

壁はスクリーンのように冷たい文字を映しだします。

何故に私独りなのか。


 見えない貴方の行く末を案じます。

そこには私の嫌いな太陽の光と、それを反射させる青い水があることでしょう。

私の蔭はないのです。

いくら分厚い扉に耳を当ててみても、足音どころか風の音すらしません。

ここは唯のちっぽけなワンルームだったはずなのですが。

いつしか複雑な空間になっていました。


 お酒を作る気にはなれません。

来月の携帯代すら危ういのですが。

もうどうしようもないのですよ。

ほんの少し昔に憧れていたあの彼すら、今では輝きを失ってしまい私には出て行く目的がひとつもないし。

途方にくれたので赤いペディキュアを塗りたくっています。

次会う時まで美しく保てたらいいのですが。


 貴方は無邪気な顔をして残酷な事を平気で言いますが。

それでも何も無いよりはまだマシです。

この間、マンションのエレベーターで屍体を見つけました。

誰かに似ている、と不思議に思ったのですが。

どうやらそれは私だったようです。

ピンヒールを履いた美しい脚の女の人が後ろで笑っていました。

気が遠くなります。

外での私はもう死んでしまったのです。


 気がふれたとお思いでしょう?

いいえ。

私はここで貴方の残り香と眠っています。

温かい毛布の中ですら唇が震えますが。

生活の全てを破棄してしまいそうですが。

貴方が生きているだけで、まだ私が生き続ける意味があるようです。


 思い返せば、満たされた事など一度もありません。

街路樹から白い羽虫が飛んできて、煩わしいほどTシャツに紋様を作ります。

払っても払っても、果てしなく毎日は連なります。

もうかれこれ、こうして二十年と少し歩いているのです。

貴方なら恐らく笑い飛ばす事でしょう。

平然と無視をして、私のTシャツを破り捨てるのは明らかです。

なんだっていいのです。

それなら少しは意味があると。

こじつけたらいい。


 いつか見せてもらったあの景色ほどの孤独を、私は今まで知りませんでした。

私の頬に触れる貴方の指先ほどの悲しみを、私は知りませんでした。

貴方の茶色い瞳ほどの苦しみを、どうやったって他に見つけられないのです。


 一人で歩けば、冷たい風が睫毛に触れます。

公園には誰一人居ないのに、茜に照らされたブランコは揺れていました。

コスモスは群れて、クラクションと笑い声は途絶えません。

なんて寂しいのでしょう。


 暮れるか暮れないかの時、ジオラマの街並には光と影のコントラストが美しいでしょう。

ちゃんと暗くなったら、私はあそこを走っていきます。

金色のピンヒールで。

最後まで読んで頂いた方、ありがとうございました。

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― 新着の感想 ―
[一言] またもや、すばらしいですね。 私はこれ好きですねえ〜。林檎ワールド炸裂です!! 文句なし笑 でも、これ、行間をめちゃくちゃ遊ばせて 「詩」でアップしてもいいかもしれません。 個人的な趣…
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