ようこそ、魔法世界へ
1,ようこそ、魔法世界へ
九重千慈は大の本好きで、暇さえあれば本を読む少年だった。いわゆる「本の虫」というものである。
そんな彼の一番の愛読書はライトノベル「剣に嫌われた剣士」。
これは呪いで剣に触れなくなった剣士が幾度とない敗北や仲間の裏切りにも屈せず、人を信じて戦い続ける魔法ファンタジー作品だ。
この本がきっかけでセンジは魔法世界に興味を抱き、魔術に関する本を読み漁っては夜な夜な儀式を行うようになった。
当然の事ながらどれも失敗に終わり、失意の中眠りにつくのが彼の常であった。
「今日も上手くいかなかった…」
いつものように落胆して布団に潜り込んだ彼はその夜、不思議な夢を見る…
◆◇◆◇◆
「ようこそ、魔法世界へ!」
俺の目の前で見覚えのない少年が嬉しそうに声を張り上げる。
見たところは12歳くらいの子供だが、白髪に琥珀色の瞳、傾国の美女ならぬ美少年と言っても差し支えない美貌は俺に「こいつ普通の人間じゃない」と悟らせるには十分だった。
呆気にとられる俺に会釈をすると、少年は口を開いた。
「あなたには今日から、魔法世界で生きてもらうことになりました。この世界にあなたをお呼びした目的は存在しますが、詳細は後ほど。
それから、あなたの冒険を補助する目的で一種類のみ特殊能力の使用を許可します。決定後はいかなる変更も受けつけないので、よく考えてお選び下さい。あ、お決まりになりましたらパネルにタッチしてくださいね」
大きく振られる少年の手に合わせ、空中に無数のパネルが浮かび上がった。よく見ると、「00603605-重力操作」のように説明が書いてある。
とりあえず一つ一つ見ていこう。
えーと…「00603822-雷系統魔法全取得」、「00889229-マインドコントロール」、「00325707-魔眼」…
お、「00000745-時間跳躍」とか良さそうだ。パネルに手を伸ばした瞬間、
俺は、盛大にずっこけた。
…何もないところでコケるなんて阿呆らしいですよね。でもよくある事です。俺にとってはよくあることなんですからそこの白髪頭の方お願い笑わないで!
指先の違和感に気づき視線をやると、俺の左手がとあるパネルに触れていた。パネルにはこう書かれていた。
「00000662-はんぺんの召喚および消去」。
はんぺんの召喚!?
何で!?何でそんなコマンドが能力に入ってるんだよ!?
俺の視線に気づいたのだろう、少年が淡々と告げる。務めて平静にしているように見えるのは気のせいか。
「えー…さっきも言った通り、一度決められた能力の変更はできません。……ま、頑張って☆」
「頑張って☆」じゃねえよクソガキ!必死に反論を試みるも、何故か体全体が痺れたように動かない。
「はーいつべこべ言わなーい。頑張れば上手いこと活かせると思います………多分」
俺の意識は暗転した。
◆◇◆◇◆
「はっ!!!!」
よ…良かった…今までのくだりは全て夢だったんだ…。夢オチでこんなに嬉しい事はないなと伸びをする俺の目に、ヨーロッパ風の城らしきものが映った。辺りを見回すと、俺が寝ていた場所は自室の布団から小高い草原に変わっていた。城を含め、粗末な造りの民家が一望できる眺めのいい場所に。
試しに手を広げ、「はんぺん出ろ」と言ってみる。手の上にはんぺんが現れる。
はんぺんを口に含み、咀嚼。もちもちした柔らかい食感と程よい塩味が口の中に広がる。
はんぺんを飲み込んで、大きく息を吸ってから一言。
「夢じゃなぁぁぁぁい!!!」
俺の絶叫は、青空に吸い込まれていくようにして消えた。