第八十五話「察しのいい鈍感」
冬。
ここ、ラノア王国魔法都市シャリーアも例外なく雪に包まれた。
魔法大学の敷地内も除雪はされるものの、真っ白に染まる。
建物から建物への道はあるものの、校舎裏などは自力で除雪しなければ入れない。
そんな季節だ。
そんな折、俺に一通の手紙が届いた。
差出人は『ゾルダート・ヘッケラー』。
S級の冒険者で、パーティ『ステップトリーダー』のリーダー。
冒険者だった頃に、ちょくちょくパーティに混ぜてもらっていた。
腕利きの冒険者たちだ。
中身をみてみる。
「ふむ」
手紙によると、ゾルダートたちはこの町に来ているらしい。
なんでも、クランの集会があるらしい。
『ステップトリーダー』の所属するクラン『サンダーボルト』は、数年に一度、この街に集結するそうだ。
集結して何をするかというと、クランの方向性についての会議だそうだ。
冬の間、2~3ヶ月かけて入念に議論を交わす事で、これからの事を決める。
大型のクランともなると、そういう事をしなければならないらしい。
ゾルダート達はS級であり、幹部の一人である。
ゆえに欠席するわけにもいかず、わざわざラノアまでやってきた。
ゾルダートはクランリーダーとの仲は悪く、ぶっちゃけラノアくんだりまで来たくないと思っていた。
これはつまらない数ヶ月になる。
そう思っていた時、ふと俺の事を思い出した。
そういえば『泥沼』もこの町にいたな、と。
思い立ったが吉日。
ゾルダートはせっかくなので久しぶりに会って飯でも食おうと思い立ち、手紙を出したのだそうだ。
確かにゾルダートとはそこそこ仲も良かった。
しかし、一度疎遠になったからと、わざわざ手紙を出してまで会おうとするほど親密だったわけでもない。
俺は気前よくやってきたつもりはあるが、わざわざ会いたいと思われるような人物ではなかろう。
となれば、ゾルダートの目当てはエリナリーゼだろう。
仕方ない、連れて行ってやるか。
そして、クリフとのラブラブっぷりを見せつけて、複雑な気分にさせてやろう。
そう考え、次の月休みはナナホシの実験の手伝いは休みと伝えた。
フィッツ先輩も一緒にどうかと誘ってみたが、彼は微妙な顔をして、その日は行けないと首を振った。
「えっと、その日は、ちょっと午後から出かけるんだ……アリエル様の護衛でね」
護衛の仕事の一つ、という事だろう。
彼は世間が休みの日が全て休みになるわけではないのだ。
むしろ、世間が休みの時こそ忙しい。
そういった社畜様なのだ。
おっと、社畜はフィッツ先輩に失礼だったな。
仕事熱心、と言い換えておこう。
ともあれ、予定が合わないというのなら仕方がない。
俺はエリナリーゼとクリフを連れて、冒険者ギルドへと赴く事にした。
---
冒険者ギルドへと歩く。
雪掻きはされていると言え、道は踏み固められた雪で真っ白だ。
夜中になると吹雪が強くなるから、どれだけ除雪しても追いつかないのだ。
現代知識を利用して地面の下から水が出る装置とか作ったら、大儲けできるだろうか。
「おい、ルーデウス、聞いてるのか?」
「はいはい、聞いてますよ」
先ほどより、クリフが現状について自慢気に話している。
彼は最近、呪いに関する研究を行なっているらしい。
エリナリーゼの呪いを解くために。
呪いは古代から存在しており、今まで研究が進んできたが、そう簡単に解呪できるものではない。
実際、この半年での成果は何もないそうだ。
「成果が無いのはこたえませんか?」
「僕は天才だからな、いずれなんとかしてみせる!」
クリフは自信満々にそう言った。
凄い奴だ。
俺は努力しても到達できない領域があると知っているので、そこまで頑張れない。
今まで誰も到達していない領域に足を踏み入れるってのは、天才の所業だ。
俺には、そんな才は無い。
「ルーデウス。呪いについて何か知っている事があったら、教えてくれないか?」
「うん……?」
そう聞かれ、俺は考える。
呪い。
そのキーワードは、魔大陸からここまで旅している間に、何度か聞いた。
「そうですね」
さて、しかしどこで聞いただろうか。
呪い、呪い。
この単語を思い浮かべると、なぜか足がすくみそうになる。
というのは、恐らくオルステッドが呪い持ちだったからだろう。
それを人神に聞いたのだ。
……そういえば、ラプラスも呪い持ちだと言っていたな。
その呪いを槍に移して、スペルド族を迫害の歴史へと追いやったとか。
「かつて、ラプラスは自分の呪いを道具に移し、別の種族になすりつけたそうです」
「道具に?」
「ええ、スペルド族がラプラス戦役で持っていた槍がそれに当たるそうです。
そのせいで、スペルド族の戦士たちは狂い、一族が迫害されるに至ったとか……」
そう言うと、クリフは目を見開いて俺を見てきた。
「スペルド族!? 本当なのかそれは!」
「さぁ、僕も人から聞いた話なので、真実かどうかに関しては……」
誰から聞いたんだったか。
それも人神か。
一応、信用できる筋と言えなくもない。
そんな事で嘘ついてもしょうがないしな。
「でも、そうか……呪いは道具に移すことができるのか」
俺の話を聞いて、クリフが考えるように顎に手をやっていた。
「やり方はわかりませんがね」
「いや、前例があるというだけで大きな進歩だ」
今まで呪いを道具に移す、というのはラプラスしかやらなかったのだろうか。
まあ、魔神だし、そういうあくどい事もやるだろうとは思っていたが。
禁術とかだったりしないんだろうか。
確か、神子と呪子は同じものだという話だ。
その力を道具に移すというのは、もっと誰かが考えてもいいのではないだろうか。
「呪子ではなく、神子の能力を移そう、とかは誰も考えなかったんですかね……」
「ん? なんでここで神子が出てくるんだ?」
クリフは首をかしげていた。
あれ?
何か齟齬があるのか。
「いや、神子と呪子は同じものなんでしょう?
生まれつき魔力が異常を起こしていて、変な能力を持っているって。
それがプラス方向か、マイナス方向かというだけで」
「…………初耳だ」
エリナリーゼを見ると、彼女も驚いたような顔で俺を見ていた。
どうやら初耳らしい。
意外と、知られてないのか?
いや、でもなんか誰かからサラッと聞いたような……。
ああ、これも人神か。
全部あいつじゃねえか。
常識的に知られてない事をさも常識のように言いやがって。
「でも、そうか……なるほど、道具か……なるほど……もしかして」
クリフは俺の言葉を聞いて、何かとっかかりが掴めたとでも言わんばかりにそわそわしていた。
人の話は鵜呑みにしないほうがいいと思うがな。
しかし、呪いという単語に『神』という単語が関連してるな。
人神、龍神、魔神。
そして神子。
関連性があるのやら、無いのやら。
「ありがとうルーデウス。君のお陰で何かわかったような気がするよ」
クリフはそう言って、晴れやかな顔をしていた。
ついでに、俺に掛けられた呪われし病もどうにかしてほしいもんですね。
---
ゾルダート達は、俺を見るとみんな笑顔になっていた。
思った以上に歓迎されているな。
エリナリーゼが目的ではなかったのだろうか。
近くの店へと移動し、そこで卓を囲んだ。
クリフとエリナリーゼの関係を知ったゾルダート達は、かなり驚いていた。
お前みたいなビッチが結婚とか、何の冗談だという軽口を叩いて、クリフを激怒させた。
ゾルダートたちはそんなクリフの態度も笑い飛ばし、クリフの怒りは怒髪天を超えた有頂天。
この怒りはしばらく収まる事を知るまい。
と、思ったが、エリナリーゼがあっさりとクリフをなだめ、会話を方向転換させた。
さすがエリナリーゼといった所か。
どんな時でも、ヘイトの管理はお手の物。
そういえば、俺は彼女が本気で怒ったり、泣いたりしている所を見たことがない。
むっとしている所を見たことは何度かあるが、ハッキリと憤っているのを見た事はない。
嫌いだと明言しているのもパウロだけだ。
パウロは、一体なにをやったんだろうか。
話題は俺の服装の件へと移行した。
俺は本日、制服を着てきている。
「泥沼よ、お前がそんな格好してると、そこらのルーキーにしか見えねえぜ?」
魔法大学の生徒には、冒険者として制服の上にローブを羽織ってギルドに来る者もいるそうだ。
ほとんどがFからEなので、ゾルダートたちと関わり合いになる事もないそうだが、
たまにサンダーボルトに入れてくれ、と頼み込んでくる奴もいるのだとか。
「じゃあ、ルーキーらしく、いつかみたいに『荷物持ち』でもしてあげましょうか」
「そんで、またお前に助けられるのか? カンベンしてくれよ」
ゾルダートたちとの出会いは、彼が俺をルーキーと間違い、
すげー見下した態度で荷物持ちに誘ってきた事から始まっている。
懐かしい話題である。
それから、話題は思い出話から、冒険譚へと移行していく。
クリフはしばらく怒っていたが、
ゾルダート達の冒険譚を聞いていると、次第に目を輝かせ始めた。
そういや、クリフは冒険者に憧れてたって話だったか。
普段は生意気だが、そのへんは歳相応だな。
食事が終わる。
さぁ、これからどうすんべ、となった時、
ゾルダートの所にクランの使いが来た。
「ゾルダートさん、もう一度、集合です」
「またかよ、午前中にやったじゃねえか!」
「仕方ありません、今回はリーダーも張り切ってますので」
どうやら、パーティリーダーを集めての緊急会議をするらしい。
「今日は一日、泥沼と遊ぼうと思ってたんだが……仕方ねえ。泥沼、悪かったな。また今度頼むわ」
「ええ。また誘ってください」
ゾルダートは大仰にうなずきつつ去っていった。
さて、どうしたものか。
集会の主役がいないのでは、解散かね。
時刻は昼下がり少し前といった所。二時半ぐらいだ。
帰っても時間が余るな。
「どうします?」
「そうですわね……わたくしは、クリフに冒険者のイロハを教えてあげようと思いますの」
「ほう」
エリナリーゼは、今の話を聞いて、クリフに冒険者としてのいい所を見せたくなったようだ。
「お、いいな、ルーキーの教育か」
「私たちも付いて行っていい?」
ステップトリーダーの他の面々もそれに賛同する。
場の空気は、クリフに冒険者としての真髄を教える、という流れになっていった。
A級の討伐依頼でも受けて、クリフに経験をつませよう、なんて感じだ。
クリフは下に見られて少々ムッとしているようだったが、それ以上にワクワクしてもいるようだった。
「ルーデウスはどう致しますの?」
「僕は…………遠慮させてもらいます」
クリフにマルチプルな魔術師としての立ち回りってやつを教えてもいいが、
クリフも、年下の俺に上から目線であれこれ言われるのはイヤだろう。
こういうのは、周囲は年上だけ、という状況の方が素直になれるもんだ。
ついでに言えば、俺は依頼で数日も空けるつもりはない。
せめて伝言の一つでも残しておかないと、ナナホシがへそを曲げそうだしな。
奴はあんな引きこもり生活をしているくせに人が恋しいらしく、サボると機嫌を悪くするのだ。
引きこもりをするなら、孤独に誇りを持ってほしいものだ。
まあ、随分と日本を恋しがってるみたいだし、日本語の通じる相手が欲しいってのは、わからないでもない。
この世界で生きていくと決めている側から見れば、もうちょっと外に出てみろと言いたくもなるがな。
「そう、じゃあ、他の方にはよろしく言っといてくださいまし」
「エリナリーゼさんたちも……初心者が一緒なら、あんまり厳しい所には行かないよう、気をつけてください」
「あなたじゃありませんし、竜や魔王になんて挑みませんわよ」
別に好きで挑んだわけではないんだが。
まあいいさ。
---
俺は彼らと別れ、一人、帰路についた。
冒険者区から、街の中央にある広場へと移動する。
すると串焼きの香ばしい匂いが漂ってきた。
見れば、広場は雪が積もっているというのに商人がいくつか露店を出しているのが見えた。
このクソ寒いのに、大変だな。
しかし、時間があいてしまったな。
帰っても、勉強と修行とフィギュア製作ぐらいしかやることがない。
変な遠慮せずに、クリフたちに付いて行けばよかったかもしれない。
「せっかく街に出たのだし、ちょっとブラッと歩いてみるか」
独り言を呟き、俺はフラフラと商業区の方へと歩き出した。
買い物というほどではないが、何か面白いものが見つかるかもしれない。
あと、クリフとの話で、魔力付与品や魔道具に関しても興味が湧いてきた。
ラプラスの作った呪われた槍というのも、魔道具の一種だろうしな。
今までは売ってる物も高額だし、あまり欲しいとも思っていなかった。
でもフィッツ先輩も、魔力付与品を装備してる。
ナナホシもなんか便利そうなのを持っていた。
魔術ギルドのお膝元であるこの街なら、何か面白いものが見つかるかもしれない。
買う気はないが……。
ウィンドウショッピングと洒落こんでみるか。
ちなみに、俺も最初はゴッチャになっていたのだが、
魔力付与品と魔道具。
この二つは違うものである。
二つの違いは以下の通りだ。
:魔道具:
どこかに魔法陣が刻んであり、使用者が魔法陣を励起するための詠唱をする事で魔力が流れ、効果が発動する。使用者の魔力が続く限り、何度でも使用出来る。人工物。
:魔力付与品:
物に魔力が注ぎ込まれて特殊能力を得たもの。ある一定の動作をする事で効果が発動する。一日に数度しか使えないが、時間経過で魔力が回復する。
ざっくり説明すると、
魔道具は回数制限無しだけど、魔力を使い。
魔力付与品は一日の回数制限があるけど、魔力を使わない。
ってところだ。
現状、一日に回数制限はあるものの、魔力を使わず、魔力を流すという工程(詠唱)も無い魔力付与品の方が便利と言われている。
だが、迷宮などから発掘されるものが大半で、効果もランダム性が高い。
そのため、いい効果を持つ魔力付与品は極めて高額である。
フィッツ先輩が履いていたブーツなんかは、恐らく俺の現在の全財産でも買えないだろう。
ちなみに、一部の魔剣なんて呼ばれる物は人工物でありながら魔力付与品の特性を持っている。
俺の場合、魔力は腐るほど余っているので、魔道具でも問題ない。
発動に魔力を使いすぎるような魔道具でも、俺なら大丈夫だろう。
そういった一見すると欠陥品な物も、魔術ギルドのお膝元であるこの魔法都市シャリーアなら、見つかるかもしれない。
「ん?」
そこで、ふと、知った顔を見つけた。
ルークとフィッツ先輩だ。
二人は何やら楽しそうに話をしながら、服飾系の店の前で話をしていた。
フィッツ先輩は店先にある小物を見て、随分と嬉しそうな顔をしている。
ルークは苦笑だ。
彼の手には、大きな袋が下げられている。
まるでデート中みたいだな。
出かけるとは聞いていた。
けど、二人でここにいていいんだろうか。
王女様の護衛はどうしたんだ……。
ま、挨拶だけはしておくとしようか。
「おはようございます。奇遇ですね、こんな所で」
「お前……!」
声をかけると、ルークの顔がこわばった。
相変わらず、俺の事は好きではないらしい。
彼らのメンツは守っているつもりだが……。
まあ、最近は俺も有名になりすぎた。
彼にしてみれば、面白くないのかもしれない。
ま、俺はフィッツ先輩と仲良くできればそれでいいんだがな。
「……おや?」
なんか今日のフィッツ先輩は雰囲気が違うな。
なんだろう。
服装が若干違うのだろうか。
いや、もっとこう、全体的に……。
「フィッツ先輩、今日はちょっと、イメージ違いますね?」
そう言うと、フィッツ先輩は驚いたような顔をして、俺を見てきた。
ふむ。
何が違うんだろうか。
なんというかこう、物腰?
と、見ていると、フィッツ先輩に顔をそらされた。
同時に、ルークがずいっと前に出てきた。
「ルーデウスか。どうした。こんな所で、何の用だ?」
彼はフィッツ先輩を背中に隠すように立った。
口調は、穏やか。
目線もやや強いが、睨むというほどではない。
だが、声音は硬い。
何かまずい所に出くわしたのだろうか。
まさか、ルークとフィッツ先輩がデート中だとか?
ルークは実は男もイケる口で、フィッツ先輩とはナウい息子でレスリングな仲とか。
王女の護衛がそんなホモホモしいとバレたら一大事なので、隠れてこっそり密会しているのだ。
冗談なのに、なんか自分で考えてちょっとショックだな。
なんでだ。
「いえ、見かけたので声だけでも掛けておこうと思いまして……ええと、フィッツ先輩?」
先輩は先程から、俺の方を見ようとしていない。
……あれ?
もしかして、避けられてる?
何でだろうか。
何かしたっけか。
「そうか、挨拶に感謝する。
フィッツは、王女の護衛中は一言も喋らない事になっている。
悪いが、察してくれないか?」
ルークはぞんざいな感じで、俺を追い払おうとしている。
……やはり、何かまずいタイミングで来てしまったのだろうか。
でも、一言も口聞いてもらえないってどうなのよ。
「……」
フィッツ先輩は、俺の方を見ない。
いや、チラチラと見ているのだが、どうにも否定的な感じで、眉をひそめている。
早く行ってくれないかなー、って感じだ。
あからさまだ。
こうまでされれば、俺だって気づく。
拒絶されているのだ。
「どうした?」
「いえ、なんでもありません。失礼します」
俺はその場を後にした。
外面だけでも平静は装えたと思う。
だが、内心は、何も考えられないぐらい、ガツンときていた。
買い物をする気は失せていた。
帰ろう。
目の前には、少し汚れた白い道が続いている。
雪が降り始めていた。
寒い。
---
魔法大学に帰ってきた。
どうしてフィッツ先輩に避けられたのか。
わからない。
考えてもわからない。
嫌われるような事はした覚えが無い。
誰かに今の気持ちを相談……いや、愚痴りたい気分だった。
ザノバは確か、神子の研究とやらで魔術ギルドの方に出向しているはずだ。ジュリも連れて行ってるはずだ。
リニアとプルセナは……なんか真面目に聞いてくれなさそうだな。変に揶揄とかされそうだ。
エリナリーゼはさっき別れたばっかりだ。
バーディガーディも今日は学校には来ていないようだ。
ナナホシ……は、割りといっぱいいっぱいだから、俺の愚痴なんて聞いてくれないかもしれない。
ザッと考えて思いつかない。
俺は友達が少ない。
なので、俺はそのまま図書館へと移動した。
こういう時は、どうでもいい本でも読んで静かに過ごすのが一番だ。
そうだな、何かスカッとする本がいいだろう。
何かこう、英雄譚的な。
キシリカとかバーディガーディって本になってたりしないんだろうか。
奴らの本なら、きっとスカッとする事が書いてあるはずだ。
そんな事を考えつつ、図書館の中に入る。
守衛に目で挨拶。
会話した事は無いが、すでに顔パスになる程度には覚えられている。
入り口で雪を落とし、無詠唱魔術で服の表面をサッと乾かす。
ほっと一息ついて中に入り、いつもの席へと向かう。
今日も、図書館は人気がない。
この世界では、休日に図書館で過ごそうという生徒は少ないらしい。
識字率も低いしな。
「…………あれ?」
フィッツ先輩がいた。
彼はつまらなさそうな顔で、本を読んでいた。
いつも俺と一緒にいた席で、頬杖を付いて暇そうに。
「あ、ルーデウス君」
そして、俺の姿を見かけると、いつものようにはにかんで笑いかけてきた。
「お帰り。早かったね。もう友達とは会えたの?」
「え、ええ……」
俺は彼の前に座り、まじまじとその顔をみた。
いつもどおりだ。
いつもどおりの格好と、雰囲気だ。
そして違和感だ。
先ほど出会ってから図書館まで。
俺はまっすぐやってきた。
恐らく、最短ルートだっただろう。
ここに彼がいる。
おかしい。
「ど、どうしたの? 顔に何かついてる?」
フィッツ先輩はそう言って、自分の頬をペタリと触った。
しかし、この雰囲気。
先ほど拒絶されたと感じたからだろうか。
今のフィッツ先輩は、俺を完全に受け入れてくれているような気がする。
警戒心も何もない感じだ。
さっきと違う。
全然違う。
「さっきは、どうして無視したんですか?」
ふとそう聞くと、フィッツ先輩の笑顔が凍りついた。
その後、努めて真面目な表情を作る。
「実は、護衛中のボクは声を出しちゃいけないって事になっているんだ。
『無言のフィッツ』だからね。ボクの声は子供っぽいからナメられるし、
人前では……特にアリエル様の護衛中は声を出さない事になってるんだよ」
「そうですか、それにしては、アリエル王女の姿は見えませんでしたが」
「近くのお店にいたんだよ。信用のできるお店さ。護衛は僕らだけじゃないからね。
彼女らがアリエル王女の傍を固めて、僕らはちょっと離れた位置から見守る、そういうフォーメーションなんだよ。
あ、これは他の人には言っちゃダメだよ?」
よどみなくスラスラと答えていくフィッツ先輩。
まるで、そうした答えを事前に決めていたかのようだ。
いや、決めていたのだろう。
「そうですか、そんな時に話しかけてしまい、申し訳ありませんでした」
「ううん。いいんだよ。ボクの方こそ、相手できなくてゴメンね」
少しばかり、察しがいってしまった。
恐らく。
恐らくだが。
なんらかの方法で、アリエル王女がフィッツ先輩に化けているのだ。
魔力付与品か、魔道具か、どっちかで。
声を出さないのは、声は変えられないからだ。
もしかすると、目の色も変えられないのかもしれない。
フィッツ先輩いつも目を隠しているのは、万が一王女の変装が見破られかけた可能性を考慮して……。
うん、そう考えると辻褄があう。
先ほど避けられたのは、俺が不用意に接触すると、それがバレるからだ。
決して、俺がフィッツ先輩に嫌われたからではないはずだ。
そうだ、そうに違いない。
俺、嫌われるような事、何もしてないもんな。
そういう事にしよう。
「そうなんですか、フィッツ先輩に嫌われたかと思ってヒヤヒヤしましたよ」
「あはは……ボクが君を嫌いになるわけないじゃないか……」
フィッツ先輩は耳の裏をポリポリと掻いていた。
その動作は彼の特有のものだが、最近はそんな動作を見ていても、ドキドキする。
こんなに可愛い人がなぜ男なのだろうか。
……本当に男なのだろうか。
気になる。
フィッツ先輩の事が気になる。