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無職転生 - 異世界行ったら本気だす - 作者:理不尽な孫の手

第7章 青少年期 入学編

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第六十四話「泥沼の冒険者」

 魔力災害。
 通称『フィットア領転移事件』から五年が経過した。

 領主サウロス・B・グレイラットは死亡。
 その息子であり、城塞都市ロアの町長、フィリップ・B・グレイラット及びその妻も死亡。
 その報告のしばらく後。
 フィリップの娘エリス・B・グレイラットも死亡したと報告された。
 それにより、ダリウス・シルバ・ガニウス上級大臣は資金援助をうちきった。
 個人で捜索活動を続ける者はいたが、フィットア領捜索団は事実上解散。
 難民キャンプはその活動を捜索から開拓へと移行していった。

 こうして、アスラ王国にとっての転移事件は終了した。


 だが、当事者にとって、まだ何も終わってはいなかった。


---


 甲龍歴422年。
 ここは中央大陸北西部にある、バシェラント公国。
 バシェラント公国は魔法三大国と呼ばれる、北方大地でも指折りの大国の一つである。
 そんな国の第三都市ピピア。

 その町に滞在しているのが、
 今回密着する対象となる冒険者……。

 巷で『泥沼』と呼ばれている男である。

 彼は転移事件により遠方に飛ばされた人物であり、
 数年掛けてフィットア領に戻った時、絶望を味わった大勢のうちの一人である。
 彼は自分の家族を探すべく中央大陸北部――通称『北方大地』へと移動し、
 冒険者として各国を虱潰しに探している。


 泥沼の朝は早い。
 信仰深い彼は、日が登り切る前に起きだし、神への祈りを捧げる。
 小さな箱に収められた神仏への、静かなる祈り。
 ミリス教団のものではない。
 それはミリス教団から見れば眉を顰めるものであろう。
 しかし祈るその姿は真摯そのものだ。

 朝の祈りを終えた泥沼が次に行うのは、トレーニングである。
 動きやすい服装に着替え、町を一周するようにランニングをする。
 冒険者である彼の屋台骨を支えるのは、体力だ。
 泥沼は言う。

「僕は魔術師ですが、それ以前に冒険者です。
 いざという時に動けないと、やっていけませんよ」

 一時間ほどのランニングの後、
 彼は故郷に伝わる独特のトレーニングをする。
 バシェラント公国では類を見ないものだ。
 身体をうつ伏せに倒し、腕を使い、身体を持ち上げる。
 彼はその動作を100回以上は繰り返す。
 その後、仰向けになり、上体を起こす動作を、さらに100回。
 彼は、これを毎日かかさず続けているという。

「筋肉は嫉妬しますからね。毎日かまってやらなければ、そっぽを向かれてしまいます。女と一緒ですよ……。でも、女と違って、突然いなくなるような事はありません。筋肉は裏切らないんです」

 泥沼はそう言って、寂しそうに笑った。


 朝の運動を終えた頃、町が動き出す。
 泥沼が向かうのは、宿の一階にある食堂。
 朝食を取るのだ。

 冒険者の平均食事量は、一般人の2倍とも3倍とも言われている。
 もっとも、北方大地の食費は高く、中には食事を少量に抑える者もいる。
 だが、泥沼は違う。
 彼は食べる。
 大きく盛られた米と豆の料理を、通常の冒険者の約1.2倍は食べる。
 朝をしっかり食べる事が、彼の力の源なのだ。

 朝食を取った彼が向かうのは、冒険者ギルド。
 街中の荒くれ者の集うスポットだ。

 泥沼が中に入れば、その視線は彼に集まる。
 泥沼は固定のパーティを持たない。
 状況に応じて臨時でパーティを組み、大きめの依頼を受けるのが彼のスタイルだ。
 優秀な魔術師である泥沼の需要は大きい。
 今日もまた、Sランク冒険者パーティのリーダーが、彼に声をかけた。

「よう『泥沼』聞いたか?
 北の方ではぐれの赤竜が出たらしいぜ!」

 Sランク冒険者、ゾルダート・ヘッケラー。
 北方大地の人間特有の彫りの深い顔立ちをした彼は、剣神流の上級と水神流の中級を修める剣士である。
 この辺りでは有名な冒険者の一人だ。
 そんな彼が率いる冒険者パーティは『ステップトリーダー』。
 バシェラント公国全土で活躍するクラン『サンダーボルト』の傘下にあるパーティの一つ。
 討伐依頼を主に受ける、武闘派パーティだ。

 『ステップトリーダー』のパーティ構成は六人。
 剣士2人。
 戦士1人。
 治癒魔術師が2人。
 攻撃魔術師が1人。
 かつては7人パーティであったが、
 魔術師の一人が不慮の事故で死亡してからというもの、火力に欠けていた。

「なあ、『泥沼』。そろそろウチのパーティに入れよ。
 お前だって、居心地が悪いとは思ってないんだろ?」

 ゾルダートは毎日のように泥沼を勧誘している。
 だが、泥沼が首を縦に振ることは、無い。

「いえ、有名になってしばらくしたら、また次の国に行きますので」

 泥沼には目的があった。
 家族、母親の捜索である。
 しかし、泥沼は知っている。
 転移事件から五年。
 すでにそう簡単に発見できるわけがないと。

 ゆえに、泥沼は己の名前を広めている。
 そうしながら、一つの国を慎重に探している。
 国の端々まで、見落としがないように、細かくだ。
 そこには、有名になれば、家族の方が自分を見つけてくれるかもしれないという、思惑があった。

「あ、でも、はぐれ竜退治には行きますよ」

 泥沼は仕事の依頼を受けた。
 竜退治に成功すれば、名声は跳ね上がる。
 彼らはすぐさまカウンターに赴き、パーティ登録をした。

「でもまさか、僕らだけじゃないですよね?
 他のパーティはどこが参加するんですか?」
「これから募るが……久しぶりの大仕事だ。皆やる気満々だろうぜ」


 竜退治は複数のパーティによって行われる。
 たった一つのパーティで行うのは……自殺行為だ。

 今回、赤竜退治には、5つのパーティが参加を表明した。
 Sランクパーティ『ステップトリーダー』
 Aランクパーティ『ロッドナイツ』
 Aランクパーティ『鉄塊兵団』
 Aランクパーティ『ケイブ・ア・モンド』
 Aランクパーティ『泥酔者の戯言』

 総勢25名。
 竜退治は万全を期すなら、7以上のパーティで行われる。
 この数は、やや少ない。

「おいおい、赤竜だぜ?
 一攫千金だってのに、なんでこんな少ないんだ!?
 みんなAランクじゃねえか! Sランクはどこいったんだよ!」
「この間、東の方に迷宮が発見されたって話だぞ。
 みんなそっちを見に行ってるんじゃねえのか?」

 焦るゾルダート。
 そんな中、一人の男がため息混じりに声をあげた。

「……俺たちは抜けさせてもらうぜ、これじゃさすがに無理だ」

 『ケイブ・ア・モンド』が抜け、21名になった。
 さすがに解散かと思われた。
 この人数では厳しい。
 誰もがそう思った。
 が、ゾルダートが鶴の一声を上げた。

「よし、21人でなら、報酬はたんまり入るな!」

 誰もが不安に思った。
 だが、リーダーの声に逆らう者はいなかった。


---


 彼ら21人は北方大地の痩せた土地を歩く。
 うっすらと雪の積もる道。
 木々は葉を落とし、枝々には白い化粧が施されている。
 もうすぐ、長い冬が来るのだ。

「泥沼、偵察を頼む」

 泥沼はゾルダートの言葉に従い、魔術により、柱を生み出した。
 その上に乗り、遠目に周囲を見回すのだ。
 泥沼はその目を持って、周囲の状況を伝える。
 赤竜は大きい。
 定期的に偵察すれば、見落とすことはない。

 おや?

 泥沼が何かを見つけたようだ。

「二時方向に、ラスターグリズリー。群れでいます。すごい雪ぼこりです!」
「何匹だ!」
「8……いや、10匹はいますね! こっちに気づいてますよ! まっすぐ近づいてきます! 速い!」

 ターゲットではなかった。
 少人数で赤竜を目標とする彼らに、余計な魔物と戦う余力はない。
 だが、振りかかる火の粉は、払わねばならない。

「散開しろ! 泥沼、降りてこい、援護頼む!」
「了解!」

 ゾルダートの号令で、4つのパーティが散開した。
 群れで突っ込んでくる熊の魔物を、囲うように待ち伏せるのだ。

「泥沼!」
「ほい」

 ゾルダートの号令で、泥沼が動いた。
 彼はその異名を持つ通り、泥の沼を発生させる術を得意としていた。
 十数匹に及ぶラスターグリズリーの群れ。
 彼らは唐突に目の前に出現した粘着性の高い泥に足を取られ、その動きを鈍らせた。

「いまだ!」

 同時に襲いかかる冒険者たち。
 高ランクに属する彼らの攻撃は鋭く、次々と魔物を屠っていく。
 そこに容赦はない。
 確実にトドメを刺さなければ、次は自分が死ぬ。
 そんな常識を、彼らは持っていた。
 ラスターグリズリーはあっという間に駆逐される。

 だが、あと数匹という所で、誰かが気づいた。

「おい、赤竜だ! 来てるぞ!」
「グリズリーはこいつから逃げて、うおお!」

 赤竜だ。
 群れからはぐれ、地に落ちた中央大陸最強の生物。
 彼の獲物は、ラスターグリズリーの群れだった。

「泥沼! どういうことだ!」
「雪ぼこりで見えなかったんですよ!」

 赤竜に対し、冒険者は為す術もなく蹂躙された。
 彼らは元々、遠方から見つけ、奇襲を掛けるつもりだったのだ。
 それが準備もなく、逆に奇襲を掛けられた。
 勝ち目はない。

「ちっくしょ、撤退だ撤退!」

 赤竜は空を飛ぶ生物だ。
 だが、その四肢は強靭で、見た目以上に軽快に動く。
 ドラゴンとは地に落ちてなお、強力な生物なのだ。
 混乱する現場。
 泥沼が動く。

「煙幕を掛けます! バラバラに逃げてください!」

 泥沼は冷静だった。
 手慣れた手つきで火魔術を使い、周囲の雪を溶かし、水蒸気の壁を作り上げる。
 自然を使った即席の煙幕。
 熟練の魔術師は、こうして敵の目を欺くのだ。

 しかし、はぐれ竜は賢く、めざとい。
 泥沼が狙われた。

「……くっ!」

 泥沼は逃げる。
 仲間たちとは逆の方向へと。
 狙われたのなら、逃がすのが、彼の役目だった。

 すばしこい泥沼。
 毎朝のトレーニングが、生きていた。
 動き続け、逃げ続けることが生きる秘訣だと、彼は知っている。

 業を煮やした赤竜の口内に火が点った。
 吐き出される火炎。
 一瞬にして、周囲が火に染まった。
 赤竜の必殺技。
 ファイアブレスだ。
 まともに食らえば、あらゆる生物が焼失する。

 泥沼は死んでしまったのか。
 いや。生きていた。
 泥沼は素早く振り返り、巨大な水の壁を作り出していたのだ。

 もうもうと立ち上る水蒸気を切り裂いて泥沼が動く。

 炎の残り火がローブの端を焦がす。
 それを気に留めず、彼は岩の砲弾を作り出す。
 高速で打ち出された弾丸は、赤竜の鱗を穿った。

「ギャアァァァァ!」

 次々と放たれる弾丸。
 赤竜はいくつかを回避する。
 だが、高速で打ち込まれる弾丸を全てを回避することはできない。

 赤竜はすぐさま身を翻し、逃走にかかった。
 赤竜は賢い生き物だ。
 ちっぽけな泥沼が高い攻撃力を秘めていると、即座に理解したのだ。

 泥沼は追わない。
 格好の獲物を逃がすのか?
 そう思われた、その時。

「グギャァァァアア!」

 赤竜の咆哮が響き渡った。
 かけ出した先に、泥の沼があった。
 粘着質の高い泥に赤竜は沈み込んだのだ。
 泥沼はさらに魔力を送る。
 暴れ回り、泥から逃げようとする赤竜。
 その周囲の泥が、さらに強い粘着性を帯びる。

「おぉ、掛かった……」

 泥沼は小さく、意外そうに呟き、藻掻く赤竜に、巨大な岩の塊を叩きつけた。


---


 散り散りになった冒険者達が戻ってくる。

「いやぁ、泥沼、お前本当に強いよな……」
「伊達に魔大陸を旅してきてねえな」
「強い強いとは思ってたけど、倒したのかよ」

 仲間たちは口々に泥沼を褒め称えた。
 泥沼は謙遜する。
 彼は驕り高ぶらない。
 驕りが軋轢を生むことを、知っているからだ。

「相手も死にかけでしたからね。
 いや、それでもまさか僕も一人で倒せるとは思いませんでしたよ。
 そんなことより、竜の死骸を運びましょう。持てるだけ」

 気前よく、己の手柄を山分けする。
 そうすることで、彼の名声は国中に響き渡るのだ。

「いいのかよ?」
「どうせ一人じゃ持てませんし、置いといても魔物に食われるだけです。
 持てるだけ持ったら、あとは全部焼きますから。ドラゴンゾンビになったら大変ですしね」


 こうして、泥沼の一日は終わる。
 実際には赤竜の居場所まで往復で7日ほど掛かっているが、一日が終わる。
 今日の収穫は、赤竜の素材。
 一財産はできる素材を売り、泥沼は懐を暖かくして寝床へと戻ってくる。

 朝食に比べ、やや控えめな食事を酒場で取り、自室へと戻る。

 信心深い彼は一日を終わりに、無事過ごした事を神に感謝する。
 一日の終わりを意味するその儀式は、知らぬものが見れば奇異に映るだろう。
 しかし、彼にとって、これは大切な事なのだ。

 こうして泥沼の一日は終わり、また翌日から家族を探す生活が始まるのだ……。




--- ルーデウス視点 ---


 それは、夜の出来事だ。
 俺は酒場でいつものように飯を食っていた。

 もちろんお一人様だ。
 飯は一人に限る。
 孤独で豊かって奴だ。
 別に寂しくなんかねえよ。
 俺は群れるのが嫌いだからな。

『その時である! 赤竜が現れたのだ!』

 酒場のお立ち台では、三人の吟遊詩人が楽器を持ち寄って演奏をしていた。
 一人が前に立って玲瓏とした声で物語を紡ぎ、
 他の二人がそれに合わせてバックミュージックを演奏したり、ジャランとSEを入れたりしている。

 吟遊詩人。
 それは酒場のお立ち台なんかで歌ったり、弾き語りをしておひねりをもらう職業だ。
 大きな町だと、劇場なんかと専属契約を結ぶ事もあるらしい。

 だが、それだけじゃない。
 冒険者にも「吟遊詩人」という職業の者は結構いる。
 他の冒険者と共に旅をしたことを詩にしてみたり、
 面白い冒険をした者から話をきいて冒険譚にしてみたり。
 冒険者と吟遊詩人の相性はいい。
 また、著作権のないこの世界。
 他人の詩を自分なりにアレンジする、なんてことも日常的に行われている。
 互いの持ち歌を持ち寄り、アイデアを出しあって進化させる、なんてこともあるのだ。

 中には、違う楽器の弾き手が数人でパーティを組み、
 バンドを形成して世界を旅して回っている奴らもいる。
 もちろん、そんな奴らでも、多少なりとも魔物と戦える技能を持っている。
 歌って踊れて戦える冒険者。
 それがこの世界の吟遊詩人だ。

 今お立ち台にいる三人も冒険者ギルドでたまに見かけることがある。
 確かC級のパーティだったはずだ。
 パーティ名は『ビッグボイス楽団』。
 ビッグになろうという意志が見える素晴らしい名前である。
 とはいえ、才能の方はイマイチらしく、自作の歌は人気が無い。

 人気はなくとも創作活動は続けていくようで、
 俺も先日に受けた討伐依頼について、あれこれとインタビューを受けた。

 今彼らが歌っているのは、俺から話をきいた話をまとめた冒険譚だ。
 歌ってみましたって奴だな。
 違うか。
 まあいい。

 俺は生前から音楽がからっきしだった。
 その昔、某カロイドで歌を作ろうとしてみた事があったが、一瞬で挫折した。
 それ以来、俺に出来る楽器はケツドラムぐらいだと言い続けている。
 出来るといっても叩かれる方だがね。

 俺から聞いた話だけで物語を作り、弾き語る。
 彼らに才能はなくとも、その創作性は認めるべきだろう。

 彼らの歌は、村に一人はいる語り部の爺さんのような口調で奏でられる。
 俺の感覚だと、ドキュメンタリー番組風だ。
 なので、俺としては聞いていて面白い。

 だが、淡々とした語り口調は、歌としてはやはり不評なようだ。
 つまんねーから曲目を変えろと、すでにヤジが飛んでいる。
 歌の主人公本人がいるってのに、酷い事だな、おい。

 などと思っていた時だ。


 バン!


 と、突如として酒場の扉が開かれた。
 吹き込んでくる冷たい空気。
 集まる視線。
 ぶるりと身震い。

「ようやく見つけましたわ、『泥沼』のルーデウス!」

 フランスパンみたいな髪型をした長耳族が立っていた。
 冒険者風の格好なのだが、どこかドレスっぽい服装。
 背にはバックパック、腰には剣と盾が吊り下げられている。
 顔は一言で言うなれば、美人だ。
 切れ長の目に、長い耳、輝く金髪。
 そしてスレンダーな身体に平たい胸、長い耳。
 まさにエルフって感じだ。

 彼女が指差す先には、俺がいた。
 視線が俺に集まる。

「げっ……『泥沼』いるじゃねえか……」

 先ほどヤジを飛ばしていた男が、苦々しい顔をしていた。
 が、無視。
 俺は寛大だからな。
 俺はエルフの方へと振り返る。

「とうとう見つかってしまいましたか……」

 適当にそう返事をしつつ。
 しかし、彼女にはちょっと見覚えが無い。
 俺はここ数年で、誰かに恨まれるような事はしていない。
 名前が売れるようには動いた。
 『泥沼』のルーデウスと、名前も売れてきた。
 人助けをして、喧嘩を避け、悪名にはならないように気をつけてきた。
 こんな美人に話しかけられたのは初めてだが、
 見知らぬ相手にお礼を言われる事は多々あった。
 彼女もきっと、その類……。
 ではないだろうな、と直感的に思った。

「聞いていた通り、目立つからすぐ見つかりましたわ」
「今さっき、『ようやく』って言ってませんでしたか?」
「もっと東にいると思っていたんですの」

 女はそう言いつつ、綺麗な目でじっと俺を見てきた。
 なぜかその口元から涎が垂れた。
 彼女はそれをペロリとなめとる。

 なんだ、一目惚れでもされたのか?
 それとも、最近けっこうたくましくなってきた肉体に垂涎かな?
 ふふ、最近はすこし鍛えているからね。
 成長期でもあるし。肉がついてきたのだよ。肉が。

「どうしました?」
「いえいえ、なんでもありませんわ!」

 エルフの女はコホンと咳払いしつつ、俺の隣に座った。
 酒場が「おお!」とざわめいた。
 端々から「泥沼に女がいたなんて」なんて声も聞こえる。
 そいつは驚きだ。
 まさか俺に女なんて大それたものがいたとは。

「ふぅ」

 彼女はバックパックを降ろして足元に置き、
 椅子をガタリと近づけてきた。
 近い。
 なんか距離が近い。
 もし俺がDTだったら、「こいつ俺の事好きなんじゃ」って勘違いする所だ。

「わたくしの名前はエリナリーゼ。
 エリナリーゼ・ドラゴンロード。
 あなたの父、パウロの元パーティメンバーで……」
「はぁ」

 なるほど。
 パウロの友人か。
 なら、俺を探していたというのも頷ける。
 何かメッセージでも運んできたのだろう。

「そして、ロキシーの友人ですわ」
「えっ! 先生のですか! 先生は今どこに?」

 久しぶりに他人の口から聞いたロキシーの名前。
 それに興奮し、俺は身を乗り出した。
 エリナリーゼはその問いには答えなかった。
 一番聞きたい事は教えてくれなかった。
 そのまま身を乗り出した俺にキスでもするように、耳元に口を近づける。

「聞きましたわよ、はぐれ竜をほぼ単独で撃破したそうではないですの」
「え……ええ、まあ、相手も死にかけてましたがね」
「ロキシーが自慢するのもわかりますわね」

 余裕というわけでもなかった。
 だが、龍神オルステッドと相対した時に比べればプレッシャーは少なかった。
 人間「アレに比べれば」と思えるような何かがあれば、不思議と落ち着けるものらしい。

「先生に自慢されてるって聞くと、なんだかくすぐったいですね
 ……なに触ってるんですか?」
「胸板ですわ。たくましいですわね」

 見ると、エリナリーゼが俺の二の腕や胸元のあたりをまさぐっていた。
 くすぐったいわけだ。
 そして俺もたくましいと言われ、悪い気はしない。

「あら?」

 と、エリナリーゼの指があるものに触れた。
 リーリャからもらったペンダントだ。

「あらあら、不恰好で可愛らしいですわね。どなたに頂いたの?」
「うちのメイドですよ」
「メイド? 長耳族の方ですの?」
「え? いえ、違いますけど……なんでそんな事聞くんですの?」

 おっとしまった、うつった。

「いえ、大したことではないのですけれど」

 エリナリーゼは特に気にするでもなく、
 自分の腰につけている剣。
 その鞘に付いているものを見せてくる。
 同じ形をしたペンダントだ。
 しかし、俺のものよりも精巧に作られている。
 俺のを素人の作品だとすると、これはプロの作品だ。

「お揃い、ですわね」

 エリナリーゼはそう言いつつ、俺にしなだれかかって来た。
 なんなんだろう。
 さっきから随分と接触が多いんだが。

「さっきからなんなんですか? もしかして僕の事が好きなんですか?」
「ええ、いい男ですわね。予想以上に。びっくりしましたわ。
 もっと子供だと思っていたんですけれど……逞しくって、ス・テ・キ……」

 からかわれているのだろうか。
 ちょっとドキドキ。

「えっと……ふふ、お姉さんもなかなか美しいですよ」

 フフン。
 だが、俺はからかわれて慌てるようなDTではないのだ。
 そう思い、顎に指を這わせて持ち上げる。

「ん……」

 すると、エリナリーゼはそっと目を閉じた。
 まるでキスでも待つような仕草だった。
 なんの冗談だと思ったら、彼女の手が俺の頭の後ろへと回された。

「…………え?」

 マジで?
 なんか雰囲気出てるんだけど、え? いいの?
 ズキュゥゥゥンってやっちゃっていいの?
 と、思った瞬間、エリナリーゼの目がパチリと開いた。

「おっと、いけない。わたくしったら」
「あんまりからかわないでくださいよ」
「わたくし、男をからかったりなんかはしませんわ。でも、パウロの娘になるつもりはありませんし、ロキシーの友達でもあり続けたいんですの」

 ……どういうこっちゃ。
 パウロは昔この人らと喧嘩別れしたらしいし、その息子とは付き合えないという事だろうか。
 まあ、どうでもいいか。

「で、エリナリーゼさんは僕になにか御用ですか?」
「ええ。貴方に朗報を届けに参りましたわ」

 エリナリーゼはニコリと笑った。



 その日。
 俺はゼニスが見つかったことを知った。
+注意+
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