第四十六話「親子喧嘩」
パウロの泊まっている宿屋、『門の夜明け亭』。
そこの隣にある、大きめの酒場。
木製の丸テーブルが10席ほど並び、
俺が座っているのはその一つ。
目の前には、パウロが座っている。
また、まだ昼間だというのに、全ての席に人が埋まっている。
先ほど気絶させた奴らも、パウロの仲間の治癒術師に治療してもらい、座っている。
言うまでもないことだが、俺に対してはあまりいい目を向けていない。
ここにいる全員、パウロの仲間だそうだ。
特に気になるのは、パウロの後ろ斜め後方。
そこに座っている女戦士だ。
髪は栗色でショート。外ハネ。
アヒル口で、チャーミングな印象を受ける。
特筆すべきはその体つきと格好だ。
バインとでかい胸と、キュっとくびれた腰、むっちりとした尻。
これらをいわゆるビキニアーマーに身を包んだ、10代後半の少女。
そう、パウロにヴェラと呼ばれていた女戦士である。
それはもうパウロの好きそうな体をしており、
俺ですら見ただけで釘付けになりそうだった。
ビキニアーマーというのは、この世界ではそれほど珍しくない。
多少の傷なら治癒魔術で簡単に治る世界だ。
攻撃を受けることを前提にして、より軽量を目指す。
鎖帷子など邪魔。
そんな剣士が大勢いる。
魔大陸でも結構見た。
恐らく、彼女もそんな一人なのだろう。
しかし、それにしても、あそこまで薄着なのは初めてだ。
普通は薄手の服の上につけるものだし、
肩や肘といった関節にはプロテクターをつける。
今は酒場だからはずしているにしても、
それなら普通は外套を羽織ったりする。
少なくとも、今まで魔大陸で見てきたお姉さま方はそうしていた。
あんな格好で寒くないのだろうか。
ミリスは7つの塔のおかげで気候がいつも安定していると聞いた。
なら、大丈夫なのか。
とりあえず拝んでおこう。
眼福。
と見ていると、ふと目があった。
バチッとウインクされた。
ウインクを返しておいた。
「おいルディ……ルディ?」
と、パウロに呼ばれ、俺は女戦士から目線を剥がした。
「父様、お久しぶりです」
「まあ、なんだ、ルディ……よく生きていてくれたな」
パウロは、疲れた声で言った。
なんというか、随分と変わっていた。
頬はげっそりと窶れ、目の下には隈があり、
無精髭を生やして、髪はボサボサで、
息は酒臭く、全体的にやさぐれている。
俺の記憶にあるパウロとは似ても似つかない。
「ええ……まあ……」
どうにも、頭がついていかない。
なぜ、パウロがここにいるのだろうか。
ここはミリシオンだ。
アスラとはアフリカとモンゴルぐらい離れている。
俺を探しにきてくれたのだろうか?
いや、魔大陸に転移したなんてわからないはずだ。
なら、別件か。
ブエナ村を守るという仕事はどうなっているのだろうか。
「その、父様はどうしてここに?」
まずはそこだ、そう思って聞くと、
パウロは意外そうな顔をした。
「どうしてって、伝言を見ただろう?」
「伝言……ですか?」
伝言。
なんの話だろうか。
そうしたものを見かけた記憶はない。
疑問符を浮かべる俺の顔を見て、パウロはむっと顔を顰めた。
何か気に障るような事でも言っただろうか。
「なあルディ、お前、今までどうしてきた?」
「どうといわれても、大変でしたよ」
事情を聞きたいのはこっちなのだが。
そう思いつつも、俺は今までの道程を話した。
魔大陸に転移し、
ある魔族に助けられ、
冒険者となり、
エリスと共に一年間かけて魔大陸を抜けてきた事。
思い返すと、中々楽しい旅だった。
最初の出だしこそ悪かったものの、
半年経過したぐらいから冒険者としての生活にも慣れた。
それがゆえにか、俺の口調は次第に饒舌になり、これまでの旅におけるエピソードを語る口調に熱が入った。
語られるは完全ノンフィクションの一大スペクタクル。
旅の内容は三部によって分けられ、
第一部、心の友ルイジェルドとの出会い、そしてリカリス村での大騒動。
第二部、ルイジェルドを助け、大魔術師ルーデウスが世直しをする旅。
第三部、卑劣な獣族の罠に掛かり、とらわれの身となって絶体絶命な俺。
一部誇張表現はあるものの、俺の口は滑らかに動き、
段々楽しくなってきて身振り手振りを交え、
大げさな擬音を発しての大演説へと発展した。
ちなみに、人神のことはボカした。
「そして、ウェンポートへとたどり着いた僕らが目にしたのは……」
「……」
第二部『魔大陸ブラリ三人旅・人情編』が終わった所で、俺はふと言葉を止めた。
パウロが不機嫌になっていた。
顔をゆがませ、イラついた表情でテーブルをトントンと指でたたいていた。
何が気に障ったのだろうか。
俺は理解できぬまま、続きを話そうとした。
「それで、その後大森林に赴いて」
「もういい」
パウロはイライラした声音で、俺の言葉を遮った。
「お前がこの一年ちょっとの間、遊び歩いてたって事は、よくわかった」
パウロの言葉に、俺は少しばかりカチンときた。
「僕も大変だったんですが」
「どこがだ?」
「えっ?」
聞き返されて、俺は変な声を出した。
「お前の口調からは、大変さなんて微塵も感じられねえ」
それは、そういうふうに話したからだ。
確かに、ちょっと調子には乗っていたかもしれないけど。
「なあ、ルディ、一つ聞きたいんだが」
「なんでしょう」
「お前、どうして魔大陸で、他に転移した奴らの情報を集めなかったんだ?」
俺は黙った。
黙らざるをえなかった。
どうして、といわれても答えようがなかった。
そんなのはただ一つ。
理由はただひとつだ。
忘れていたからだ。
最初は自分たちの事で精一杯で、
しかし余裕が戻ってきた時には、
まさか自分たち以外の人物が魔大陸にいるとは思っていなかった。
「わ、忘れていました……その、余裕がなくて」
「余裕がない?
見ず知らずの魔族を助ける余裕はあっても、
他に転移されたであろう人達を気にかける余裕は無いってか」
俺は黙る。
優先順位を間違った。
そう言えば確かにそうかもしれない。
けど、後になってからそんな事を言われても困る。
あの時は、本当に忘れていたのだ。
仕方がないだろう。
「ハッ!
人も探さず、手紙の一つもよこさず、
可愛い可愛いお嬢様と二人で、遠足気分で冒険者暮らし。
しかも、強力な護衛まで付いているときた。
それで。ハッ、なんだ、ミリシオンに来て最初にやったことが、
人攫いの現場を見つけて、パンツかぶって正義の味方ごっこか?」
パウロはあざ笑うように息を吐くと、隣のテーブルにおいてあった酒瓶を手にとる。
グッと一息で半分飲んだ。
そして俺を馬鹿にするように、ペッと唾を吐いた。
そのあからさまに馬鹿にした仕草にイラッとする。
酒を飲むなとは言わないが、
今は大事な話をしてるんじゃないのか?
「僕だって一杯一杯だったんですよ。
右も左もわからない状況で、でもエリスだけは守らなきゃって思って……。
多少抜けてる事があったって仕方ないでしょう?」
「別に悪くはねえよ」
馬鹿にするような口調。
とうとう、俺は声を荒げた。
「じゃあ、なんで突っかかってくるんですか!」
我慢にも限界があった。
パウロがなんでこんなことを言うのかわからない。
「なんで?」
パウロは再度、ペッと唾を吐き捨てた。
「お前こそ、なんでだ?」
「なんでって、何が?」
理解できない。パウロは何を言いたいのか。
「エリスってのはフィリップの娘だったか?」
「え? ああ、もちろん、そうですよ」
「オレぁ見たことがねえが、さぞ可愛いお嬢さんなんだろうな。
手紙を出さなかったのは、お嬢様の護衛が増えると、
イチャイチャすんのを邪魔されるとでも思ったからか?」
「だから、それは、忘れていたからだって言っただろうが」
それ以上のことは考えていない。
確かに、エリスはいいところのお嬢さんだ。
グレイラット家はでかい。
あるいは、ザントポートの領主あたりに話をすれば、
護衛の一人や二人はつけてくれたかもしれない。
けど、それは俺が獣族の村で捕まっていたから無理だったと、
ちゃんと説明……は、してないか、そこまでは話していない。
だとしても、だ。
俺は俺なりに出来ることはやってきたつもりだ。
全てを最善手で行えてはいないが、
だからといってそれを責められる筋合いはない。
「団長。それぐらいにしてあげたらどうです?
まだ小さいんですから、あんまり言ったってしょうがないじゃないですか」
と、俺が黙っていると、先ほどのビキニが、後ろからパウロの肩に手を置いた。
それを見て、俺は鼻で笑った。
結局こうだ。
この男は、偉そうな事を言ったって、
女に見境がない男なのだ。
それが、そんな男が。
どうして俺に何かを言えると言うのだ。
俺はエリスには一切手出ししていない。
確かに危ない瞬間はあった。
煩悩に支配されそうにもなった。
けど、決して、俺は、手を出していない。
「女の事で、父様にとやかく言われたくないですよ」
「……あ?」
パウロの目が座った。
そのことに、俺は気付かない。
「その女の人は、なんなんですか?」
「ヴェラがどうかしたのか?」
「近くにそんな綺麗な女の人がいるって、
母様やリーリャは知ってるんですか?」
「……知らねえよ。知ってるわけねえだろ」
パウロの顔が悔しげにゆがむが、俺はそれを見ていない。
ただ口喧嘩に勝ちつつあると錯覚していた。
「じゃあ、浮気し放題ってわけだ。
ずいぶんとエロい格好させちゃってまあ。
こりゃ、新しい弟か妹が出来る日も近いですかね」
気付けば。
気付けば俺は殴られて、
地面に倒れていた。
パウロが憎々しげな顔をして、俺を見下ろしている。
「ふざけた事言ってんじゃねえぞルディ」
殴られた。
なんでだ。
ちくしょう。
「てめえ、ルディ。ここに来たってことは、
ザントポートにも足を運んだんだろうが」
「それがどうしたってんだよ」
「なら知ってるだろうが!」
もうワケがわからない。
ただ、パウロが何かを隠匿し、
それを知らない俺を、
知っていて当然だと、糾弾している事だけはわかった。
ふざけるんじゃない、と思った。
俺にだって知らないことはある。
知らないことだらけだ。
「知らねぇつってんだろ!」
俺は拳を振り上げ、パウロに殴りかかった。
避けられる。
同時に予見眼を開眼する。
<足を掛けられて転ばされる>
俺は思い切りパウロの足を踏みつけた。
そして、振り向きざまにパウロの顎先を狙う。
<避けられ、カウンターで殴り返される>
酔っ払ってるのによく動く。
俺は右手に魔力を込める。
肉弾戦じゃまだパウロに及ばない。
だが、魔術を使えばいいのだ。
右手から竜巻を発生させ、パウロに叩きつける。
「うおお!?」
パウロはキリモミしながらぶっ飛び、カウンターの奥へと突っ込んだ。
ガシャンと酒瓶をばら撒きながら、床に落ちる。
「くそっ! やりやがったな!」
すぐに起き上がってくるが、足にきている。
飲み過ぎだ、バカが。
昔のパウロはもっと強かった。
恐らく、あんな体勢でも、俺の竜巻を受け流してみせた。
「てめえ、ルディ……」
よろめくパウロに、別の女の人が駆け寄っていく。
ローブ姿の魔術師だ。
自分は女に囲まれてるってのに、
よくもまぁ俺の事をとやかく言えたもんだ。
「触んじゃねえ!」
パウロはその人を振り払い、俺の前まで歩いてくる。
「パウロ、お前。俺がいない間に、何人と浮気してんだ?」
「黙りやがれ!」
<右拳で殴りかかってくる>
なんとも無様なテレフォンパンチだ。
これが本当にあのパウロだろうか。
予見眼無しでも回避できそうじゃないか。
俺はその腕を掴み、一本背負いの要領で投げ飛ばした。
もちろん、俺は柔道なんざ出来ない。
風魔術を使い、反動をつけて無理やり、力任せに地面にたたきつけた。
「ぐはぁ……!」
受け身も満足に取れなかったらしい。
この世界に受け身があるのかは知らんが。
無様に倒れたパウロに馬乗りになる。
エリスがいつもやっているように、
膝で両腕を抑えこみ、抵抗できなくする。
「俺だって! 一生懸命やってきたんだ!」
殴った。
殴った。
殴った。
パウロは歯を食いしばり、憎々しげな顔を俺に向けてくる。
くそっ。
なんだよその眼は。
なんでそんな顔されなきゃいけないんだよ。
「仕方ないだろ!
何もしらない場所で!
誰も知っている人がいなくて!
それでなんとかここまできたんだ!
なんで責められなきゃいけないんだよ!」
「……てめぇなら、もっとうまく出来ただろうが!」
「できねぇよ!」
それから、俺は無言で何度もパウロを殴った。
パウロは何もいわない、ただ口の端から血を流し、
俺を見ているだけだ。
苛立たしそうに。
話の通じない奴を見るように。
なんでだ。
こんな顔する奴じゃなかったはずだろ……。
くっそ……。
くそ。
「やめてえええぇぇ!」
その時、横合いから何かが飛び込んできて、俺にぶつかった。
俺はその反動でパウロの上でよろめき、
次の瞬間には、パウロは俺を突き飛ばして起き上がっていた。
俺は追撃がくると即座に身構える。
しかし、パウロは動かなかった。
俺たちの間には、一人の少女が立ちはだかっていた。
「もうやめて!」
パウロによく似た鼻立ちと、ゼニスによく似た金色の髪。
一目みてわかった。
ノルンだ。
妹だ。
俺の妹。
随分と大きくなった。
今、確か五歳だったか?
いや、もう六歳になったのか?
なんで、俺の方を向いて、両手を広げてるんだ?
「おとうさんをイジメないで!」
俺は呆然と、その言葉を受け止めた。
イジメ?
いや、だって。
え?
ノルンは泣きそうな目で俺を睨んできている。
ふと周囲を見ると、なぜだろうか。
俺に批難の目が集まっていた。
「……なんだよ、それ」
すっと心が冷えた。
何十年も前のことを思い出す。
イジメられていた時の事だ。
あの時も、ちょっと俺が何か言い返せば、
教室中から批難の目が集まったものだ。
ああそうだろうとも。
俺は間違ったことを言ったんだろうさ。
諦めた。
心が折れた。
もういい。
帰ろう。
何も見なかった。
俺は何もしなかった。
宿に戻って、エリスとルイジェルドを待とう。
そして、すぐに旅立とう。
明日か、明後日か。
なに、首都じゃなくても金は稼げる。
ウェストポートにだって冒険者ギルドはあるはずだ。
「ルディ。転移したのはお前だけじゃねえ、
フィットア領のブエナ村の奴らも全員、転移災害に巻き込まれた」
パウロが何かを言っているのを、
ボンヤリと聞いた。
……。
え?
なに、今、なんつった?
「ザントポートにも、ウェストポートにも、伝言は残した。
冒険者ギルドだ。
お前、冒険者になったんだろ?
なんで見てねえんだよ……」
そんな事を言われたってザントポートにもそんなもの……。
いや、そうだ。
ザントポートの冒険者ギルドには寄ってない。
ルイジェルドを迎えにいって、そのままドルディア族の村に行ったから。
「お前がのんきに旅してる間に、何人も死んだ」
何人も。
あの規模。
魔力災害。
転移災害。
どうして思い至らなかったんだ。
人神だって、『大規模な魔力災害』と言っていた。
俺は、どうして、ブエナ村が無事だって思ったんだ?
そうか。
みんな行方不明……。
「って事は……シルフィも?」
そう言うと、パウロはまた、苛立たしそうな顔をした。
「ルディ。おまえ、自分の母親より、女の心配か?」
うっ、と俺は息を飲んだ。
「か、母様も見つかってないんですか!?」
「ああ。まったく見つからねえよ! リーリャもな!」
パウロの悲痛で、たたきつけるような言葉。
俺はぶん殴られたようによろめいた。
足がフラフラする。
倒れそうになる。
よろめいた先には、椅子があった。
なんとかすがりつく。
「オレたちは、転移した奴らを探すために、こうして捜索団を組織している」
捜索団。
そうか、これは、
ここにいる人達は捜索団なのか。
「そ、捜索団が、なんで、人攫いを?」
「奴隷になった奴もいるんだよ」
奴隷。
転移されて、そこがどこだかわからない状態で、
騙されて、奴隷にされて……。
そんな人が、大勢いたという。
パウロたちは、行方不明者のリストと照らし合わせ、
奴隷を一人ひとり訪ねては、その主人に対し、解放するように頼み込んだらしい。
だが、中には、そうして手に入れた奴隷を手放したくない人も多い。
ミリスの奴隷法によると、いかなる事情があれど、
一度奴隷に落ちてしまえば、その者は主人の所有物だ。
なので、パウロは、無理やり奴隷を攫うという手を使ったのだという。
奴隷を盗むのは当然犯罪だ。
だが、法には抜け道がある。
パウロはその法の穴を突いて、奴隷を何人も解放した。
もちろん、望むなら、そのまま奴隷でいることも許した。
けれど、ほとんどの奴隷は、故郷に帰りたいと涙ながらに懇願したという。
今回救出された少年も、そんな一人だ。
どこかで見たことがあると思ったら、
あの少年は、昔シルフィをいじめていた内の一人、ソマルだった。
彼はこの一年の間、男娼のような扱いを受けていたという。
奴隷となった者の悲痛な叫びを聞いて、
しかし中には助けられなかった者もいるという。
一部の貴族たちからは疎まれ、
団員たちにも、その強引なやり方についていけないという者も出てきているという。
上からも、下からも、横からも責められて。
パウロは神経をすり減らすような毎日を送りながら、
しかし決してあきらめることなく、頑張ってきた。
ただ、魔力災害で転移した人を助けるために。
「ルディ。お前はとっくに事情を察して、
すでに動いてくれてると思ってたよ」
パウロの言葉に、俺は力なくうなだれた。
無茶、言うなよ……。
どうやって事情を知れっていうんだよ。
ああ、でも、そうか。
そうだな。
もしかすると、今まで旅してきた魔大陸の町にも、
フィットア領から転移した人がいたのかもしれない。
その人達から話を聞けば、
災害の規模がどれぐらいだったか、わかったかもしれないのだ。
俺は状況確認を怠った。
災害のことを知るよりもまず、
ルイジェルドの事を優先した。
失敗だ。
「それが、のんきに冒険とはな……」
脳天気。
ああそうだ。
そうだな。
俺がエリスのパンツに興奮したり、
冒険者ギルドのお姉さんの体に興奮したり、
魔界大帝の太ももをなめたり、
猫耳少女の体をまさぐったりしている間、
パウロは懸命に家族を探していたのだ。
怒るわけだ。
「……」
ただ、俺も謝罪は出て来なかった。
だって、仕方ないじゃないか。
どうしろっていうんだ。
あのときは、あれが最善だと思っていたんだ。
「……」
パウロは何も言わない。
ノルンも黙っている。
ただ、その視線からは、強い拒絶の感情を感じた。
この感覚は、俺をえぐる。
心をえぐる。
魂をえぐる。
周囲を見回すと、
パウロの仲間だという団員も、
俺を責めるような目で見ていた。
脳裏に昔のことがよぎる。
あれは、不良に全裸にされて貼り付けにされた次の日。
クラスに入った時の、全員の視線の……。
頭の中が真っ白になった。
---
気付けば、自分の宿に戻ってきていた。
俺はベッドに倒れこんだ。
よくわからない。
何がどうなっているのか、わからない。
何も考えられない。
服の中でガサリと音がした。
探ってみると、便箋が出てきた。
俺はそれをクシャリと握りつぶして捨てた。
足を抱えてベッドに座った。
何もしたくなかった。
思えば、俺は両親に冷たくされるのは初めてだった。
前世でも、今世でも。
なんだかんだ言いつつも、親は俺に甘かった。
さっきのパウロは完全に俺を突き放していた。
あの態度は、そうだ。
俺を家の外に放り出した時の兄貴の態度だ。
何がいけなかったのだろうか。
わからない。
うまくやったつもりだ。
思い返してみても、自分の判断に致命的なミスはない。
あえて言うなら、最初にルイジェルドを頼ったことぐらいだ。
神を疑いつつも助言に従い、ルイジェルドを助けた。
旅の事も、なるべく楽しく話した。
調子に乗っていたのもあるが、
パウロを心配させる事はないと思ったし、自尊心もあった。
俺はやれるんだぜ、って言いたかった。
パウロにしてみれば、面白くなかったかもしれない。
パウロの仲間たちにしても、やはり面白くなかっただろう。
確かに失言はした。
母親よりもシルフィを優先したつもりはない。
だって、パウロとノルンがいたんだ。
ゼニスだって大丈夫だったと思うだろう?
いや、言い訳だな。
俺はあの瞬間、ゼニスの事は頭になかった。
女の事は、あいつから言い出した事だ。
俺はエリスに手なんか出していない。
だから、浮気症のパウロにどうこう言われる筋合いは……。
ああ、そうなのか。
もしかすると、パウロも手を出していなかったのか。
なるほど。
それなら怒るわけだ。
オッケー、すこしまとまってきたような気がする。
よし。
明日、もう一度話そう。
なに、パウロだってちょっと感情的になっただけだ。
前にもこういうことはあったじゃないか。
話せばわかるさ。
そう、大丈夫。
俺だって、家族のことを心配してないわけじゃない。
調べなかったのは、ちょっとした情報の行き違いだ。
確かに、一年半、魔大陸を捜索できた俺が何もしなかったのは痛い。
だが、俺だって生きていたんだ。
なんとかなるさ。
そうとも。
じっくり探せば大丈夫だ。
パウロだってわかってるはずだ。
この広い世界で、すぐに探し人が見つかるわけがないと。
だからパウロを落ち着かせて、今後の計画を練るんだ。
まだ探していない所を重点的に。
俺も手伝おう。
エリスをアスラに届けたら、その足で北部か別の場所に行けばいい。
そう、まずはパウロに会って……。
あの、酒場に戻って、パウロに会って……。
「………うっぷ」
唐突に吐き気がして、俺はトイレに走った。
そのまま、ゲーゲーと全てを吐き出す。
理屈でわかっていても、心は晴れない。
久しぶりに家族から向けられた拒絶に、心はすっかり折れていた。
---
昼下がり、ルイジェルドが帰ってきた。
ルイジェルドはいつもよりちょっと嬉しそうな顔で、
何かを手に入れたのか、封筒のようなものを見せようとしたが、
ベッドに座る俺を見て、顔をしかめた。
「何かあったのか?」
そう聞かれた。
「この町に、父様がいました」
と答えると、ルイジェルドの顔はさらに険しくなった。
「……何か、嫌な事でも言われたのか?」
「ええ」
「久しぶりに会ったのだろう?」
「まあ」
「喧嘩したのか?」
「ええ」
「詳しく話せ」
包み隠さず、何が起こったのかを話した。
ルイジェルドは「そうか」と一言。
そこで会話が途切れた。
彼はしばらくしていなくなった。
---
夕方頃、エリスが帰ってきた。
何があったのか、ずいぶんと興奮した様子だった。
服には葉っぱがついていて、頬には土埃がついている。
けど、嬉しそうだ。
あの調子だと、うまいことゴブリンは狩れたらしい。
よかった。
「おかえり」
「ただいまルーデウス、あのね! あ……」
笑いかけると、エリスはギョッとした顔になった。
そして、そのまま駆け寄ってくると、
「誰よ、誰にやられたの!」
必死な表情で俺の肩を揺さぶった。
「なんでもないよ」
「そんなはずない!」
何度か、そんな問答が続いた。
しつこかったので、パウロに会ったことを伝えた。
包み隠さず、淡々と。
どんな話をして、どんな反応が返って来て、
どんな事が起こったのかを伝えた。
「なんなのよ、それは!」
すると、エリスは大層ご立腹となった。
「そんな勝手な事を言うなんて、許せない!
ルーデウスがどれだけ頑張ったと思ってるの!
それを遊んでいたなんて……!
絶対に許せない! 父親失格よ!
ぶっ殺してやるわ!」
物騒なことを言って、剣を片手に飛び出していった。
俺は止める気力もなくそれを見送った。
---
数分後、エリスが戻ってきた。
ルイジェルドに首根っこを捕まれ、猫のように。
「離しなさいよ!」
「親子喧嘩に口をだすな」
ルイジェルドはそう言い放つと、エリスを床に下ろした。
エリスはすぐに振り返り、ルイジェルドを睨みつける。
「親子喧嘩でも言っていい事と悪い事があるわ!」
「ああ、だが、俺にはルーデウスの父親の気持ちも分かる」
「じゃあルーデウスの気持ちはどうなるの!
あのルーデウスが!
いつも飄々としてて、蹴っても殴っても平然としてるルーデウスが!
こんなに弱ってるのよ!」
「弱っているなら、お前が慰めてやれ。
女なら、それぐらいできるだろう」
「なっ!」
エリスは絶句して、ルイジェルドは、下に降りていった。
部屋に残ったエリスは、
落ち着かなげにあっちにうろうろ、こっちにうろうろ。
チラチラと俺の方を見ては、たまに腕を組んで仁王立ちをして、
口を開きかけてはやめて、またうろうろ。
落ち着きがない。
動物園の熊みたいだ。
最終的には、エリスは俺の隣に座った。
大人しく。
何も言わず。
座った。
微妙に距離を開けて。
エリスはどんな顔をしていただろうか。
よく見ていなかった。
人の顔を見る余裕がなかった。
しばらく時間が流れた。
ふと気づくと、エリスは隣にいなかった。
どこに行ったんだと思った時、後ろから抱きしめられた。
「大丈夫よ、私がついてるから……」
エリスはそう言って、俺の頭を抱えた。
柔らかくて、熱くて、ちょっと汗臭くて。
その全てが、ここ一年で嗅ぎ慣れた、エリスの匂いだった。
安心感があった。
家族に突き放された不安感が、恐怖心が、
すべて払拭されていくような感じがした。
もう、エリスも俺の家族なのかもしれない。
もし前世にエリスがいれば、
俺はもっと早い段階で救われていたかもしれない。
そう思える抱擁だった。
「ありがとう、エリス」
「ごめんなさいルーデウス。
私、あんまり、こういうの得意じゃないから」
俺は前に回されたエリスの手を握った。
剣タコがあって、力強くて、貴族の令嬢とは思えない手。
努力の手。
「いえ、助かりました」
「……うん」
折れた心がつながり、
少しだけ、余裕が戻ってきた。
俺はその事を実感し、ほっとしつつ、エリスに体重を預けた。
少しだけ、寄り掛からせてもらおう。




