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無職転生 - 異世界行ったら本気だす -  作者: 理不尽な孫の手
第2章 少年期 家庭教師編
14/286

第十三話「自作自演?」

 目が覚めると、そこは小汚い倉庫の中だった。


 鉄格子付きの窓から、日の光が漏れている。

 体中が痛かったが、とりあえず骨が折れていない事だけは確認して、小声で治癒魔術を掛ける。

 後ろ手に縛られていたが、なんのその。


「よし」


 全回復。

 服も破れていない。



 作戦通りだ。


1.お嬢様と一緒に町の服屋へと赴く。

2.お嬢様はヤンチャなので一人で店の外へと出たがる。

3.いつもは護衛のギレーヌは付いてくるが、今回は『偶然』目を離していて、お嬢様は外に出る。

4.俺が付いてくるが、所詮は喧嘩でぶちのめしたばかりの年下の小僧。お嬢様も気にしない。

5.お嬢様は俺を子分のように引き連れて、どんどん町の端のほうへと移動していく(どうやら冒険者に憧れているらしい)。

6.そこで、グレイラット家の息が掛かった人さらいが登場。

7.俺とお嬢様を簡単に昏倒させて、隣町へと拉致監禁。


 で、今に至る。

 あとは俺が魔術と知識と知恵と勇気を駆使して華麗に脱出すればいいだけだ。


 リアリティを持たせるために、かなりアドリブでいく。

 この後の大まかな流れとしては、


8.魔術を使ってこの監禁場所を脱出。

9.隣町だということをどこかで察知する。

10.パンツの中に隠したお金を使って、乗合馬車に乗る。

11.家に帰り着く、お嬢様を偉そうに説教。


 ……うまくいくのか……?

 不安だ……。




 しかし、ちょっと予定と違うな。

 この倉庫はかなり埃まみれで、端の方には壊れた椅子や穴の開いた鎧なんかがゴチャっと捨ててある。

 もうちょっと綺麗な所だって話だったが……。

 まぁ、芝居だとばれないように本気でやるって話だったし、こんなもんか。


 しばらくして、お嬢様が起きた。

 バッと身体を起こそうとして後ろでを縛られているのがわかり、


「なによこれ!」


 騒ぎ出した。


「ふざけるんじゃないわよ! 私を誰だと思ってるのよ! ほどきなさいよ!」


 すっげぇでかい声だった。

 館にいる時も思ったが、彼女は声を抑えるということをしない。

 あの広すぎる館で、声一発で端まで届くようにという配慮なのか……。

 いや何も考えてなどいまい。


 お嬢様のお祖父様、サウロスはひたすらに大声を出して相手を威圧するタイプだ。

 そんなのに可愛がられていたのだ。

 お祖父様が使用人やフィリップを恫喝する所を何度も目撃しているのだろう。

 子供は真似をする。悪いことは特に。


「うっせぇぞクソガキ!」


 お嬢様が喚いていると、乱暴に扉が開いて、一人の男が入ってきた。

 粗末な服装、全身から立ち上る臭気。禿げた頭。無精髭。

 山賊です、と名刺を渡されたら納得するいでたちの男だ。

 ナイスチョイスだ。

 これなら自作自演だとバレる事もないだろう。


「なっ! 臭い! 近寄らないでよね! 臭いのよあなた!

 私を誰だと思ってるの! いまにギレーヌがきてあんたなんか真っぷたうげっ!」


 ゴヅッ。

 と、痛ましい音と共に、お嬢様が蹴り飛ばされた。

 お嬢様は淑女とは思えない声を上げて吹っ飛ぶ。

 ふわっと宙に浮いて、壁にたたきつけられた。


「クソが! 何調子乗ってんだ、アァ!?

 てめぇらが領主の孫なのはわかってんだよ!」


 後ろでを縛られて動けないお嬢様へ、男は容赦なくストンピングする。

 やりすぎじゃなかろうか。


「いた、痛……やめ……ぐっ……やめ、あぐっ……やめて………」

「ペッ」


 男は結構長い時間、お嬢様を蹴り続けた。

 最後にその顔に唾を吐いて、俺をジロリと睨んだ。

 サッと目をそらした瞬間、顔に蹴りが飛んできた。


「……いづっ!」


 いてえ。

 演技とはいえ、もうちょっと手加減してほしい。

 そりゃ治癒魔術を使えるとは言ってあるけどさ。


「ケッ! 幸せそうな顔しやがってよ……!」


 倉庫から出ていった。

 扉越しに、声が聞こえる。


--------------------

「おとなしくなったか?」

「ああ」

「殺してねえだろうな……あんまり傷つけると値が下がるぜ?」

--------------------


 何か、会話がおかしいな。

 迫真の演技……。

 ………だったらいいな。

 もしかすると、これはアレかもしれない。


--------------------

「あ? まぁ、大丈夫だろ。最悪、男のガキだけでもいいしな……」

--------------------


 よくないよ。

 何言ってんの!


「………」


 声が聞こえなくなってから、たっぷり300秒ほど数えた後、

 俺は縄を火の魔術で焼き切り、お嬢様の所にいく。

 お嬢様は鼻血を流しながら、虚ろな目でブツブツと何かをつぶやいていた。

 聞いてみると、絶対に許さないとか、お祖父様に言いつけてやるとか、

 あと聞くに堪えない物騒なセリフを幾つか吐いていた。

 とりあえず、触診して怪我の具合を確かめる。


「ヒッ!」


 痛みを感じたのだろうか、お嬢様は怯えた顔で俺に視線をあわせる。

 俺は口元に指を一本持ってきて、静かに、とジェスチャ。

 お嬢様の反応を見ながら、患部を確認。

 骨が二本も折れていた。


「母なる慈愛の女神よ、(ぼそ

 彼の者の傷を塞ぎ、(ぼそ

 健やかなる体を取り戻さん……(ぼそ

 エクスヒーリング……(ぼそ」


 中級のヒーリングを使い、お嬢様の身体を癒す。

 治癒魔術は魔力を込めれば効果が上がるというものでもない。

 ちゃんと治っただろうか。

 骨が変な風にくっついてなければいいが……。


「あ……あれ? 痛みが……」


 お嬢様は不思議そうな顔で自分の身体を見下ろす。

 俺は彼女の耳に口を近づけ、ひそひそと耳打ちする。


「シッ、静かに。骨が折れていましたので、治癒魔術を使いました。お嬢様、どうやら領主様によからぬ感情を抱くならず者にさらわれたようです。

 つきましては……」


 お嬢様は聞いていなかった。


「ギレーヌ! ギレーヌ、助けて! 殺されちゃう! はやく助けて!」


 俺はさっきの男がくる前に、縄を服の下に隠し、部屋の隅を背にして両手を後ろにやって縛られているフリをした。

 お嬢様は叫んだ。力の限り。

 バーンと男が乱入。

 お嬢様は、さっきより多めに蹴られた。

 学習能力とは一体なんなのか……。


「クソが、今度騒いだらぶっ殺すぞ!」


 ちなみに、俺も2回蹴られた。

 何もしてないんだから蹴るなよなぁ……。

 俺も泣くぞ……。

 と、思いつつ、お嬢様の所に移動する。


「かひゅ……かひゅ……」


 こりゃ、酷い……。

 肋骨はわからないが、お嬢様が口から血を吐いているので、内蔵が破裂してるかもしれない。

 ふむ。

 手足の骨も折れている。

 医療に関してよく知ってるわけじゃないが……。

 これは、放っておけば死ぬんじゃないのか?


「神なる力は芳醇なる糧、力失いしかの者に再び立ち上がる力を与えん、ヒーリング(ぼそ」


 とりあえず、初級で少しだけ治す。

 口からの血が止まった。

 これで死なないだろ……多分。


「かひゅ……ま、まだ、痛いわよ……ちゃ、ちゃんと治し……なさいよ」

「嫌ですよ。治したらまた蹴られるじゃないですか。自分で魔術使ってください」

「で、できないわよ……そんな、こと……」

「習ってれば、できましたね」


 俺はそれだけ言って、倉庫の入り口の方へと移動する。

 そして、扉に耳をくっつける。


 もう少し、彼らの会話を聞きたかった。

 どうにも話と違う。

 いくらなんでもお嬢様をあれだけ痛めつけるのはやりすぎだ。


--------------------

「で、例のヤツに売っぱらうのか?」

「いや、身代金にしようぜ?」

「足がついちまわねえか?」

「構わねえだろ。そんときゃ隣国だ」

--------------------


 本気で売っぱらおうとしているような会話が聞こえてくる。

 女の子を襲わせるように知り合いに頼んだら、偶然本職が絡んでしまいました的な。


 どこで歯車が狂ったんだろうか。

 俺たちをさらう予定の奴らが狙われたのだろうか。

 それとも、最初に襲われた時点だろうか。

 あるいは、フィリップが娘を売ったとかか?

 最後はさすがにないか。


 ………まあいい。

 どちらにしろ、俺のやることは変わらない。

 『安全』って言葉がなくなっただけだ。


---------------------

「値段は売るより身代金のほうが高えんだろ?」

「とりあえず、夜までには決めとこうぜ」

「どっちにしろ、な」

---------------------


 俺たちをどこかに売るか、領主に身代金を要求するかで揉めているらしい。

 夜にはここを引き払うらしい。


 なら、日があるうちに動かないとな。



 さて、しかし、どうするか。

 魔術で扉をブチ破り、魔術で誘拐犯を倒す。

 自分をぼこぼこにした誘拐犯を倒した俺を、お嬢様は尊敬……。


 しなさそうだなー。

 自分は縛られていなければ勝てた、とか考えそうだ。


 それに、結局は暴力だと思ってしまうのも、よくない。

 暴力は何も生み出さないと教えないと、

 ずっと殴られるハメになる。

 もっと無力感を与えたい。


 ……あ、そもそも俺が誘拐犯に勝てるとは限らないか。


 誘拐犯がパウロと同じぐらい強かったら、負ける自信がある。

 そうなれば、俺は殺される。間違いなく。


 よし、とりあえず、誘拐犯にはノータッチでここから脱出しよう。


 俺は背後を確認し、お嬢様が怒りの篭った目で俺を睨んでいるのを確認してから、作業にかかる。

 まず、土と火の魔術を使い、扉の隙間を埋め立てていく。

 ドアノブを火の魔術でゆっくりと溶かし、回らないように固定する。

 これで、ただの開かずの扉になった。

 が、蹴破ろうとすれば、すぐだろう。

 保険だ。


 そして、窓に近づく。

 鉄格子がはまっている。

 火の魔術を一点に集中させて焼ききろうかとも思ったが、熱そうなのでやめる。

 周囲の土を水の魔術で少しずつ溶かす。

 そうして鉄格子をまるごと外す事に成功した。


「お嬢様。どうやら、領主様によからぬ感情を抱くならず者に拐かされたようです。今夜には仲間が来るから、みんなでなぶり殺しにすると相談しています」


 もちろん嘘だ。

 お嬢様の顔が真っ青になった。


「僕は死にたくないので逃げます……さようなら」


 鉄格子を外した所に手を掛けて、よっこいしょと身体を引き上げる。

 と、同時に、ドアの方から声が聞こえた。


「おい、開かねえぞ!

 どうなってやがる!」


 ガンガンと乱暴にドアを叩く音が聞こえ、

 お嬢様を見ると、絶望的な顔でドアと俺を交互に見ていた。


「ぁ……お、おいていかないで……たすけ……」


 おや、意外と落ちるのが早いな。

 さすがにお嬢様でもこの状況は怖いと見える。

 俺はすぐさまお嬢様に近づくと、耳元で囁く。


「………家にたどり着くまで、僕の言うことを聞くって約束できます?」

「き、聞く、聞くから……」

「大声ださないって約束できます? ギレーヌはいませんよ?」

「する、するから……は、はやく、きちゃう……あいつが、きちゃう……!」


 お嬢様はこくこくと頷いた。

 恐怖と焦燥のこもった顔は、俺を殴っていた時とは大違いだ。

 一方的に殴られる者の気持ちがわかってくれて何よりだよ。


「約束破ったら、今度こそ置いていきますから」


 俺はなるべく冷徹に聞こえるように言って、土の魔術で扉を埋め立てた。

 火の魔術で縄を焼き切り、ヒーリングで傷を完全に治す。

 そして、鉄格子から外に出て、お嬢様を引き上げた。



---



 倉庫から外に出ると、そこは見覚えのない町だった。

 城壁が無いので、少なくともロアではない。

 村というほど小さくは無いが、すぐに次の手を打たないと、すぐに見つかるだろう。


「ふう、ここまでくれば大丈夫ね!」


 お嬢様が逃げ切ったと勘違いしたのか、いきなり大声を上げた。


「家に帰るまで大声を上げないって約束したじゃないですか」

「ふん! なんで私があなたとの約束を守らなければならないの!?」


 このガキャァ……。


「そうですか。じゃあここでお別れですね、さようなら」


 お嬢様はふんと鼻息を一つ、歩き出した。

 が、次の瞬間、遠くの方から怒号が聞こえてきた。


 扉を開けられたとは思えない。

 開かないことに気付いて、窓から様子を見ようとしたら鉄格子が外れていた。

 逃げたと感づいて追ってきた、という所か。

 お嬢様はすぐに戻ってきた。


「さ、さっきのは嘘よ。もう大声は出さないわ。家まで案内なさい」

「………僕は、お嬢様の召使でも使用人でもないんですが」


 調子のいい言葉に、ちょっとイラッとして返事をした。


「な、なによ、家庭教師でしょ?」

「違いますよ?」

「えっ?」

「お嬢様が気に入らないと言ったので、まだ雇ってもらえてません」

「や、雇うわよ……」


 お嬢様は、渋々といった感じで、そっぽを向いた。

 ここは確約が欲しいところだ。


「そんなこと言って。館に戻ったら、さっきみたいに約束を破るんでしょう?」


 できる限り、冷たく言い放つ。

 感情は込めず、淡々と。

 しかし、お前は絶対にそうする、と言わんばかりの口調で。


「や、破らないから……た、助けなさ……助けてよ……」

「大声を出さない、俺の言うことを聞くって約束が聞けるなら、付いてきてもいいですよ」


 よしよし、と俺は内心で思いつつ、行動に移す。


 まずはパンツの中に仕込んでおいたアスラ大銅貨5枚を取り出す。

 これが現在の全財産だ。

 ちなみに、大銅貨の価値は銀貨の10分の1。


 時折聞こえてくる怒号から遠ざかるように、町の入り口まで移動する。

 そして、入り口で暇そうに立っている門番に、大銅貨を1枚渡す。


「僕らの行方を探してるっぽい人がいたら、町の外に出たと言ってください」

「え? なに? 子供? わかったけど、なんだ、かくれんぼでもしてるのか?

 って、大金じゃないか……どこの貴族だよ、まったく……」


 とりあえず、くれぐれもと頼んでおく。

 足止めぐらいにはなるだろう。


 入り口の近くには乗合馬車の待合所。

 まっすぐそこへと入る。

 利用方法は壁に書いてある。確認済み。

 ついでに、現在位置と運賃もわかった。


「ここは、ロアから2つ離れたウィーデンという名前の町みたいですね」


 ひそひそとお嬢様に耳打ちする。

 お嬢様も大声を出すなという約束を守っているのか、ひそひそ声で返してくる。


「なんでわかるのよ?」

「書いてあるでしょう」

「読めないわよ……」


 よしよし。


「読めると便利ですよ。乗合馬車の利用方法も書いてありますから」


 それにしても一日でここまで運ばれるとは。

 知らない町は不安だなぁ……。

 トラウマが甦りそうだ。

 いやいや、俺はハロワの場所もわからなかったあの頃とは違うんだ。

 そういや、パウロとハロワって字面が似てるな。


 と思ってると、怒号が近づいてくるのを感じた。


「! 隠れて……!」


 俺はお嬢様を抱えて、待合所のトイレへと入り、鍵を締めた。

 外から、どたどたと激しい足音が聞こえる。


「どこだこらぁ!」

「逃げきれると思ってんじゃねえぞ!」


 うおお、こええー。

 やめろよな、そういう声で探しまわるの。

 せめて、もっと猫なで声でさー。


 と、お嬢様が口元を手で抑えて、ガタガタと震えていた。


「………だ、大丈夫なの?」

「まあ、見つかったら精一杯抵抗しましょう」

「そ……そうね……、よし……」

「多分、勝てませんけどね」

「そ、そう……?」


 お嬢様がヤル気を出しそうだったので、ちょっと方向修正。


「ところで、さっき運賃を見ましたが、ここからだと乗合馬車を2度、乗り換えないといけません」

「………?」


 それがどうした、というお嬢様の顔。


「乗合馬車は、朝8時から2時間置きに5本出ています。これはどの町でも同じです。そして、ここから隣町まで3時間は掛かります。

 今から出るのは4本目です。つまり……」

「つまり?」

「隣町にたどり着いても、そこからロアに出る馬車がありません。

 一晩は次の町に泊まらないといけません」

「!………そ、そうなの、ふうん」


 なにか叫びそうになったようだが、お嬢様はぐっと我慢した。


「ここに大銅貨が4枚ありますが、ここから隣町、隣町で一泊、隣町からロア。

 この三つでそれぞれお金を使うと、ギリギリです」

「ギリギリ……足りるのよね?」

「足ります」


 お嬢様はほっと胸をなでおろす。

 安心するのはまだ早い。


「お釣りをごまかされなければ、ですがね」

「お、お釣り……?」


 何のことかわからない。

 お嬢様はそんな顔をした。

 自分のお金で買い物をしたことがないのかもしれない。


「僕らのような子供を見て、宿屋とか乗合馬車の人は算術が出来ない、と思うでしょう。

 すると、騙してお釣りを少なめに渡してくるかもしれません。

 その場で間違いを指摘すれば適正のお釣りを渡してくれるでしょう。

 が、もし算術が出来なければ……」

「どうなるの?」

「最後の乗合馬車に乗れなくなります。

 そして、さっきの男たちに追いつかれて……」


 お嬢様がぶるぶると震え始める。

 今にも漏らしそうだ。


「お嬢様、トイレはそこですよ」

「わ、わかってるわよ」

「では、ちょっとだけ外を見てきます」


 個室から出ようとすると、裾を掴まれた。


「い、いかないでよ」


 お嬢様の放尿シーンを見てひとしきり興奮した後、外に出た。

 ちなみに、この国のトイレは汲み取り式です。


 男たちはいないようだった。

 町の外を探し始めたか、町の中を探しているのかはわからない。

 見つかったら魔法をぶっぱなして無力化するしかない。

 勝てる相手だと祈ろう。


 待合所の隅に隠れるように待機した。

 そして、出発の時間と同時に御者に金を渡して、馬車に乗り込んだ。



---



 隣町にはなんなく移動でき、あばら屋同然の宿に泊り、藁の上で寝た。

 お嬢様は興奮して眠れないようだった。

 物音がひとつ響く度にビクリと身を起こし、怯えた目で入り口を睨んだ。


 翌日、朝一番の馬車に乗って数時間。特に問題なくロアにたどり着いた。

 途中でさんざん脅したので、お嬢様は馬車の背後をずっと警戒していた。

 何度か単騎の馬が後ろから追い抜いていったが、誘拐犯ではなかった。

 結構な距離を移動したし、諦めたのかもしれない。

 俺は呑気にそう思った。


 頼もしき城壁を通過し、遠くに見える領主の館を見ると、安堵感が押し寄せてきた。

 ここまで来れば安全だ、と無意識に思った。

 人、それを油断と言う。



 お嬢様が路地裏に引きずり込まれた。


「………え?」


 俺は2秒ほどそれに気づかなかった。

 2秒なんて短時間目を離した隙に、お嬢様の姿はなくなっていたのだ。

 本当に消えたのかと思った。

 視界の隅に映ったのは、建物の角に引っかかっていたお嬢様の服の色と同じ布切れ。

 すぐに追いかける。

 今更になって、監視の目を逃れて町を遊び歩きたいなんて思ってはいまい。


 路地に入ると、お嬢様を抱えて向こう側の通りへ抜けようとしている二人組の姿が目に入った。

 俺は咄嗟に土の魔術で壁を発生させ、彼らの行く手を遮った。


「なんだぁ!?」


 お嬢様は猿轡を噛まされて涙目になっていた。

 この数秒で猿轡とは。早業だ。すげぇ手馴れてる。


 一発殴られたのだろう、お嬢様の頬が赤く腫れていた。

 相手は二人だった。男の二人組だ。

 片方は俺に蹴りを入れてくれやがった乱暴者。

 もう一人は恐らくあの倉庫で話していたヤツだろう。


 どっちも山賊みたいな格好をしている。

 監禁場所で見た時と違い、腰に剣を差していたが。


「なんだガキ、おとなしくしてりゃ家に帰れたのによぉ……」


 突然発生した壁に驚いた二人だったが、振り返った所に俺がいるのを見ると、ニヤリと笑った。

 乱暴者の方はそのまま、無警戒に近づいてこようとする。

 もう一人はお嬢様を捕まえている。

 他に仲間はいないのだろうか……。

 とりあえず、威嚇を込めて、指先に小さな火球を発生させる。


「むっ! てめえ!」


 乱暴者は剣を抜いた。

 もう一人も見るまに警戒し、お嬢様の首筋に剣先を当て、じりじりと後ずさりはじめた。


「てめぇ、クソガキ、妙に落ち着いてやがると思ったら護衛の魔術師だったのか……。

 どおりで簡単に逃げ出されたわけだ、クソッ、外見に騙されたぜ!」

「護衛じゃないですよ。まだ雇われてはいません」

「なにぃ? じゃあなんで邪魔しやがる」

「いや、これから雇われる予定なんで」

「ヘッ、金目当てか?」


 金目当て。

 うん、魔法大学の学費を稼ぐためだ。


「否定はしません」

「なら俺らの片棒を担げよ。

 俺のツテに身分の高い娘を高く買い取ってくれる変態貴族がいてな……。

 身代金を要求してもいい。ここの領主は孫娘に首ったけって話だし、いくらでも出すぜぇ」

「ほう……」


 感心したような声を出してみると、お嬢様が真っ青な顔で俺の顔を見た。

 彼女も、俺が魔法大学の学費目当てで雇われようとしていると聞いているのかもしれない。


「それは、具体的にはいくらぐらい?」

「月に金貨1枚や2枚なんてみみっちいレベルじゃねえぞ。

 ざっと金貨100枚よ」


 ドヤ顔で言われた。

 こっちの相場がどんなものかはよくわかっていないが、

 百万円だぞ、すげーだろー、って感じか。

 小学生みたいだ。


「ヘヘッ、てめえも、そんなナリをしちゃいるが、中身は結構いい歳なんだろ?」

「ん? どうしてそう思います?」

「さっきの魔術と、その落ち着き具合を見りゃわかるぜ。

 見た目のことで苦労してきてんだろ? なら、金の大切さはわかるよな? なあ?」

「なるほど」


 知らない人から見れば、そういうものか。

 確かに、体感年齢は40歳を超えている。

 ビンゴだ。大当たり。

 さすが山賊さんだぜ。


「確かに、この歳まで生きてきて、金の大切さは身にしみてわかっていますよ。

 まったく知らない土地に、一銭も持たずに着の身着のままで放り出された事もあります」

「ヘヘヘ」


 もっとも、それ以前には金の心配をまったくしない生活をしていた。

 二十年近いニート生活。

 エロゲとネトゲにまみれた俺の半生。

 そこから、俺はあることを学んでいた。

 ここでお嬢様を裏切る事の意味。

 ここでお嬢様を助ける事で繋がる展開。


「だからこそ。金より大切なこともわかっているつもりです」

「綺麗事ぬかしてんじゃねえよ!」

「綺麗事じゃありません。金では『デレ』は買えないんです」


 おっとしまった、本音が漏れた。

 乱暴者は「デレ? なんだそりゃ?」と呆気に取られた顔をしたが、

 交渉が決裂したという事実は伝わったらしい。

 嫌らしい笑みが消え、険しい顔になってお嬢様の首筋に剣を当てる。


「ならこいつは人質だ! まずはそのファイアーボールを空にでも向かって撃つんだな」

「………空に向けて撃てばいいんですか?」

「そうだ。間違ってもその指先を俺たちに向けるんじゃねえぞ。

 どんな早くてもこのメスガキの首を掻っ切って盾にするほうがはええからな」


 普通に消せとは言わないんだろうか。

 いや、知らないのかもしれない。

 詠唱魔術ってのは、発射までが自動的だしな。


「了解」


 俺は発射する前に、魔力を操作して火球をいじった。

 火球の中にもう一つ、特殊な火球を作る。


 ポヒュン。


 と、マヌケな音がして火球が上がっていき。



 バァゴオオオオォォォオオン!!!



 巨大な爆発が空中で起こった。

 鼓膜が破れんばかりの轟音と同時に、目が眩む光と火傷しそうな熱が降り注いだ。


「なっ!」

「おお!?」

「んぐー!?」


 誰もが上を見上げた瞬間、俺は走った。

 走りながら魔術を使う。手癖のように二種類の魔術を構築。

 風の魔術で真空波を作り出し、乱暴者の腕を切り落とす。

 それと同時に、土の魔術で岩石を作り出し、もう一人の男に射出する。


「ギャァア!」


 乱暴者がお嬢様を取り落とす。

 がっちりキャッチ。お姫様だっこ。

 もう一人の方はと見ると、岩石が真っ二つに切り裂かれる所だった。


「うっわ……」


 あわわわ……。

 ヤバイ。ヤバイ。

 岩切りやがった。


 剣豪系だ。

 流派わかんねぇけどとにかくヤバイ。

 パウロぐらい強かったらヤバイ。


 俺は風と火の魔術で足元に衝撃波を発生させ、後ろに飛ぶ。

 足の骨が折れるかと思うほどの衝撃があった。


 一瞬遅れて、俺のいた場所を剣が素通りする。

 危ない。


 だが、パウロほどのスピードは無い。

 ここは落ち着いていけ、剣士相手のシミュレートは何度も練ったじゃないか。


 俺は空中にいながら、次の魔術を用意する。

 まずは火弾(ファイアボール)をヤツの顔面に向かって放つ。

 射出速度はゆっくり。


「こんなもので!」


 ヤツはそれを見極め、迎撃しようと剣を構える。

 着弾までのタイムラグ。

 その間に、水と土の魔術を使い、ヤツの足元に泥沼を発生させる。

 火弾は迎撃されたが、ふくらはぎまで粘着性の高い泥に浸かり、ヤツの動きが止まる。


「なにっ!?」


 よし、勝った!


「逃がすか!」


 ……え……?

 いきなりヤツが剣を投げた。


 破れかぶれじゃない。

 パウロに教えてもらったことがある。

 北神流には、魔術師に足を止められた時に剣を投げる技があると。


 避けられないと、反射的に悟ったが、なぜか俺は冷静だった。

 剣がスローモーションで飛んでくる。


 軌道は頭だ。


 …………せめて死なないことを祈ろう。

 ………南無。



 キン!


 俺の目の前に、茶褐色の何かが飛び込んできたと思った瞬間、陶器がぶつかり合うような音をして剣が落ちた。


「………あ……?」


 ついでに、泥沼に足がハマっている男の首も落ちた。

 茶褐色の筋肉の塊の人の尻尾がぴくっと動いた瞬間、落ちた手首を抑えている乱暴者の首も落ちた。


 死んだ。


 俺の思考は付いていっていなかった。

 ただ、数メートルは遠くにいるはずの二人の体が崩れ落ちるのを、ぼんやりを見ていた。

 現実の光景には見えなかった。

 何が起きたのかも、よくわかっていない。


「ふむ。ルーデウス。敵は二人だけか?」


 話しかけられて、ハッと我に返った。


「あ、はい。ありがとうございます。ギレーヌ……さん」

「さんはいらん。ギレーヌでいい」


 茶褐色の筋肉の……ギレーヌは振り返り、うむ、と頷いた。


「いきなり空中で爆発が起こったので見に来たが、正解だったな」

「ず、随分はやかったですね。てか、あっという間に倒しちゃいましたし……」


 最初の魔術を使ってから一分も経っていない。


「近くにいたのだ。それに、早くなどない。デドルディア族の戦士なら誰でもあの程度は瞬殺できる。

 ところで、ルーデウスは、北神流と戦うのは初めてか?」

「殺し合い自体が初めてですよ」

「そうか。奴らは死ぬ寸前まであきらめん、注意しろ」


 死ぬ寸前……。

 そう、死ぬ寸前だった。


 剣が飛んできた瞬間のことを思い出し、足が震えそうになる。

 殺し合いだ。

 流れでそんな感じになったが、今のは殺し合いだったのだ。

 ニート時代には、何度も殺し合いや戦いの妄想をしたが、今、この場に溢れる血の匂いまでは妄想していなかった。

 気持ち悪い……。


「か、帰りましょう」


 この場で吐いては、せっかくお嬢様を誑かすために頑張ってきたことが無駄になってしまう。

 そう思い、俺はこの場を離れた。



---



 館にたどり着くと、お嬢様はくたくたと力無く、その場に座り込んでしまった。

 緊張が解けて、腰が抜けてしまったらしい。

 慌ててメイドたちが駆け寄っていく。


 お嬢様はメイドが助けようとすると、その手を跳ねのけた、

 そして、生まれたての子鹿みたいに足をプルプルさせながら立ち上がった。

 腕を組んでの仁王立ちだ。

 家に帰ってきたことで気迫を取り戻したのかもしれない。


 メイドたちがその姿に異様なものを感じ、止まる。

 お嬢様は俺のほうをビシッと指さして、大音声で言った。


「家に帰るまでって約束だったんだから!

 もう喋ってもいいわよね!」

「ああ、はい。もういいですよお嬢様」


 俺はその大声を聞いて。

 失敗したのだ、と直感した。

 所詮は、浅知恵だったのだ。

 あの程度のことで、このワガママで凶暴な子が変わるわけもない。

 むしろ、初めての殺し合いで、俺の方がブルってしまった。


 お嬢様は、それを察したのかもしれない。

 偉そうにあれこれと言っていたが、俺はやっぱり弱いのだと。


「特別にエリスって呼ぶことを許してあげるわ!」


 しかし、お嬢様の言葉は、俺の意表を突いた。


「え?」

「特別なんだからね!」


 お、おお!

 マジか!

 せ、成功した?

 やった!


「ありがとうございます! エリス様!」

「様はいらないわ! エリスでいい!」


 エリスはギレーヌの口調を真似て、そのまま仰向けにバッタリと倒れた。



---



 こうして、俺はエリス・ボレアス・グレイラットの家庭教師になった。

:ステータス:

名前:エリス・B・グレイラット

職業:フィットア領主の孫

性格:凶暴

言う事:聞かないこともない

読み書き:自分の名前は書ける

算術:足し算まで

魔術:興味はある

剣術:剣神流・初級

礼儀作法:ボレアス流の挨拶は出来る

好きな人:おじいちゃん、ギレーヌ

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― 新着の感想 ―
[一言] ステータスの魔術が「さっぱり」から「興味はある」になってる
[良い点] 花火
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