第十一話「離別」
バイトをしたいとパウロに言って一ヶ月が経過した。
本日、パウロの元に手紙が届いた。
そろそろ返事が来たのだろうと、心の準備をして待っていた。
剣術の稽古の後か、昼飯、いや夕飯時かもしれない。
そう思って、いつも通り剣術の稽古を真面目に受けていた。
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話は剣術の稽古の最中だった。
「なあ、ルディよ」
「はい、なんでしょう父様」
できる限り、キリッとした顔を心がけ、パウロの言葉に耳を傾ける。
なにせ、初めての仕事だ。
生前も含めて初めての仕事だ。
頑張るぞ。
「お前……さ。シルフィと別れろって言われたら、どう思う?」
と、パウロは変なことを聞いてきた。
「は? 嫌に決まってるじゃないですか」
「だよなあ」
「なんなんですか?」
「いや、なんでもない。話をしたって、どうせ言いくるめられるだけだしな」
その言葉を言った瞬間だ。
パウロが豹変した。
素人の俺でもわかるほどに殺気をむき出しにした。
「えっ!?」
「………!」
無言の圧力と共に、パウロが踏み込んだ。
死。
そんな単語が脳裏によぎった。
俺は反射的に魔力を全開にしてパウロを迎え撃つ。
風と火の魔術を同時に使い、パウロとの間に爆風を発生させる。
自ら後ろに飛び、熱に押し出されるように大きく後ろへ移動する。
何度もシミュレートした。
パウロ相手には、一度距離を取らなければ勝ち目はない。
爆風は自分にもダメージがあるが、怯ませる事が出来れば距離が稼げる。
パウロは爆風など無いかのように前傾姿勢でなおも突っ込んできた。
(やはり効果がない!)
想定していた事とはいえ、焦る。
次の回避行動を!
後ろじゃダメだ。
踏み込みのほうが速い。
反射的にそう考え、自分の真横に、叩きつけるような衝撃波を発生させた。
ぶん殴られるような衝撃と共に、俺の身体が横方向に吹っ飛ぶ。
背筋の凍るような風切り音が耳を掠めた。
ちょうど俺の首があったであろう場所に、パウロの剣が振られるのが目に入る。
よし。
一撃目を避けた。これは大きい。
まだ近いが、距離も取ることができた。
俺の勝ちが見えた。
俺は今まさにこちらに向かって踏み込もうとしたヤツの足元を陥没させる。
パウロが落とし穴 (小)を踏み抜いた。
と思った瞬間、一瞬で体重を逆足に乗せ替え、ほぼタイムラグ無しで踏み込んだ。
(両足を止めないとだめなのかよ……!?)
俺は足元に泥沼を作り出す。
沈み込む前に足裏から水流を出し、滑るように後退する。
(しまった、遅い……!)
思った時にはもう遅い。
パウロは沼の端で、地面を踏み固めるような一歩。
踏み込みで地面が凹んだ。
たった一歩で俺に肉薄した。
「う、うああああ!」
慌てて剣で迎撃する。
型も何もない、無様な一撃だった。
力任せに振るった俺の手に、ぬるりと嫌な感覚が伝わった。
(水神流の技で受け流された……)
それだけは分かった。
水神流の技で流されたという事はカウンターがくる。
知っていたが、対処は出来ない。
スローモーションのように、パウロの剣が俺の首筋に吸い込まれる。
(ああ、木剣でよかった……)
首筋に衝撃を覚え、意識が暗い闇へと落ちていった。
---
目が覚めると、小さな箱の中にいた。
ガタガタと大きく揺れる感覚から、ここが乗り物の中であることを感じ取る。
身体を起こそうと思ったら、指先ひとつ動かなかった。
見下ろしてみると、縄でぐるぐる巻きにされている。
簀巻きだ。
(どうなってんだ……?)
首を巡らせてみると、ねーちゃんが一人座っていた。
チョコレート色の肌、
露出度の高いレザーの服、
ムキムキの筋肉、
全身に傷、
眼帯をつけていて姉御って感じのするキリッとした顔立ち。
まさにファンタジーの女戦士という感じのねーちゃんだ。
あと、獣っぽい耳と、虎っぽい尻尾があって、ちょっと毛深い。
獣族ってやつだろうか。
俺が見ている事に気づいたのか、目が合った。
「初めましてルーデウス・グレイラットと申します。
こんな格好で失礼します」
先に名乗ることにする。
会話の基本は先に喋ること。
先手を取れば主導権を握れる。
「パウロの息子にしては礼儀正しいのだな」
「母様の息子でもありますから」
「そうか。ゼニスの息子だったな」
両親の知り合いらしい。
ちょっとだけホッとする。
「ギレーヌだ。明日からよろしく頼む」
明日から?
何言ってるんだろうか。
「それは、どうも、よろしくお願いします」
「ああ」
俺はとりあえず、火の魔術を使って縄を焼き切った。
身体が痛い。変なところで寝ていたせいか。
ぐっと伸びをする。
開放感。
狭い部屋で指先だけを動かすのには慣れているが、ドSっぽいおねーさんの前で縛られていると変な気分になるからな。
周囲を見ると、現在の場所は、まさに小さな箱だ。
前後には腰掛ける場所が付いており、俺はギレーヌと向い合せに座っている。
左右には窓がついており、外の様子が見えた。
外の光景は、見知らぬものである。
予想通り、乗り物だ。
揺れは大きく、長く乗っていると乗り物酔いになりそうだ。
進行方向からパカパカと音がする。馬だろうか。
だとすれば、馬車だ。
俺は、なぜか馬車にマッチョなねーちゃんと一緒に乗せられている。
………ハッ!
も、もしかして、俺はこの筋肉ウーメンに攫われたのか!?
可愛すぎる俺を慰み者にしようってのか!?
やめろ、お、俺は確かに筋肉質な女も嫌いじゃないが、
俺にはシルフィという心に決めた女性がいるんだ。
だからせめてやさしくしてね……?
いやいやいや!
おお、お、落ち着け。
こういう時は落ち着くのだ。
素数を数えて落ち着くのだ……。
素数は1と自分の数でしか割る事の出来ない孤独な数字……わたしに勇気を与えてくれるって神父さんが言ってた。
3、5、えっと、11? うんと、13? えっと、えっと……。
わからん!
素数なんてどうでもいいから落ち着こう。
冷静に、考えてみるのだ。
なんでこんな状況になっているか。
はい、深呼吸。
「すぅ………はぁ………」
よし。
わかる範囲で、状況を整理していこう。
まず、パウロがいきなり襲いかかってきて、気絶させられた。
そして起きたら縛られていて、馬車の中にいた。
恐らく、何らかの理由で気絶させて、馬車の中に放り込んだのだろう。
馬車の中には、明日からよろしくとかいうマッチョウーメンが乗っていた。
パウロと言えば、そういえば襲い掛かってくる前に妙なことを言っていた。
シルフィと別れろとか、
シルフィはお前にはもったいないとか、
シルフィは俺の女だとか。
あ、あのロリコン野郎……俺のシルフィにまで手を出すつもりか!?
いや、後半は言ってなかったか?
うーん。
シルフィの事を考えていたらよくわからなくなった。
くそっ、パウロのせいだ……!
まあ、聞いてみればいいか。
「あの」
「ギレーヌでいい」
「あ、じゃあ、僕のことはルディちゃんでいいですよ」
「わかった。ルディちゃん」
冗談が通じないタイプであるようだ。
「ギレーヌさん。父様から何か聞いていませんか?」
「ギレーヌでいい。さんはいらん」
ギレーヌはそう言いながら、懐から一通の紙を取り出す。
そのまま俺に差し出す。
紙の表面には、何も書いていない。
「パウロからの手紙だ。読め。あたしは字が読めんから、口に出してな」
「はい」
俺は適当にたたまれた紙を開き、読み始める。
『我が愛する息子、ルーデウスへ
この手紙を読んでいるという事は、俺はもうこの世にはいないだろう』
「なんだと!」
ギレーヌが驚愕の声を上げて立ち上がる。
この馬車、意外と天井高いな……。
「座ってくださいギレーヌ。まだ続きがあります」
「む、そうか」
そう言うと、ギレーヌはおとなしく座る。
続きを読む。
『というのは、一度書いてみたかっただけで冗談だ。
お前は、オレにボコボコにされて無様に這いつくばった挙句、縄でぐるぐる巻きにされて、囚われのお姫様のような情けない姿で馬車に放り込まれた。
何が起こっているのかわからないと思う。
全てはそこの筋肉ダルマに聞け……と言いたいが、そいつは脳みそまで筋肉でできているので、ロクな説明ができないだろう』
「なんだと!」
ギレーヌが怒声を上げて立ち上がる。
「座ってくださいギレーヌ。次の文で褒めてます」
「む、そうか」
そう言うと、ギレーヌはおとなしく座る。
続きを読む。
『そいつは剣王だ。
剣を習うなら、そいつ以上の適任は剣士の聖地にでも行かなければ見つからないだろう。
腕前は父さんが保障する。父さんは一度も勝った事が無い。
ベッドの上以外ではな』
いちいち余計なことを書くな、バカ親父。
けどギレーヌは満更でもない顔をしている。
ホントモテるのな、アイツ。
てか強いのな、ギレーヌさん。
『さて、お前の仕事だが、フィットア領で一番大きなロアという都市に住むお嬢様の家庭教師だ。
算術、読み書き、あと簡単な魔術を教えてやってほしい。
すっげーワガママなお嬢様で、学校から来ないでくれと頼まれたぐらい乱暴だ。今まで何人もの家庭教師を返り討ちにしている。
が、お前ならなんとか出来ると信じている』
なんとかって、丸投げかよ……。
「ぎ、ギレーヌってワガママなんですか?」
「あたしはお嬢様じゃない」
「ですよねー」
続きを読む。
『そこにいる筋肉ダルマは、お嬢様の家に雇われている用心棒兼剣術の師範だ。
お前に剣を教える代わりに、自分も算術や読み書きを習いたいとか言い出したらしい。
脳みそも筋肉のくせに何を言ってるんだと、笑わないでやってくれ。
こいつもきっと真剣なんだ(笑)』
「なんだとぉ……」
ギレーヌの額に青筋が浮かんだ。
この手紙は、俺に状況を説明すると同時に、ギレーヌを煽るためのものでもあるらしい。
どういう関係なんだ、二人は。
『物覚えは決してよくないだろうが、講師代が浮いたと思えば、悪い話じゃないだろう』
講師代。
そうか、俺はこの人に剣を習うのか。
パウロは感覚派だからな。よりよい講師を用意したのか。
いや、俺の上達しなさに落胆したのか。
最後まで面倒みろよな……。
「ギレーヌに剣術を習うと、普通はどれぐらいお金取られるんですか?」
「月にアスラ金貨2枚だ」
金貨2枚!
ロキシーが俺の家庭教師を受け持つのに、月にアスラ銀貨5枚だったはずだ。
ざっと4倍か。
なるほど、確かに悪い話じゃないかもしれない。
ちなみに、一人頭のひと月の生活費はアスラ銀貨2枚程度である。
『お前には、これから五年間、お嬢様の家に下宿して勉強を教える事になる。
五年間だ。
その間、帰宅を禁じる。
手紙などのやり取りも禁じる。
お前が村にいると、シルフィが自立できないからだ。
またシルフィだけでなく、お前も彼女に依存し始めているように感じたので、無理やり引き離させてもらった』
「なん……だと……?」
え、なに?
ちょ、ちょっとまって。
……え?
ナニソレ。
五年間、シルフィと会えないって事?
手紙も無しなの?
「なんだ、ルディちゃんは恋人と別れてきたのか?」
絶望的な顔をしていると、ギレーヌが愉快そうに聞いてきた。
「いいえ、大人気ない父親に叩きのめされてきたんですよ」
別れを告げる暇もなかったのだ。
やってくれたな、パウロォ……。
「そう落ち込むな、ルディちゃん」
「あの」
「なんだ?」
「やっぱり、ルーデウスって呼んでください」
「ああ、わかった」
けれど、冷静に考えれば。
パウロの言う事ももっともだ。
確かに、今のままシルフィが成長してしまったら、ヘタなエロゲに出てくる幼馴染キャラみたいになってしまったかもしれない。
いつまでも主人公にべったりで、主人公を世界の中心として回っている衛星みたいな、自己の無いキャラ。
リアルな世界だと、学校で友達と付き合うなり、習い事をするなりしているうちに依存性は無くなっていくんだろうが、シルフィは髪のせいで友達ができない。
五年経っても、まだ俺にベッタリという可能性は大いにありえた。
俺としてはそれでも構わないのだが、周囲の大人はそうは思わなかったらしい。
そりゃそうか。
いい判断だよ。
『報酬の件だが、
お前には毎月アスラ銀貨2枚が支払われる。
家庭教師の相場よりは安いが、子供の小遣いとしては多い。
暇を見つけて、町中で金の使い方を覚えるように。
金ってのは、普段から使っていかないと、いざという時にうまく使えないからな。
もっとも、優秀な我が息子なら覚えなくともうまく使いそうだが。
あ、間違っても女なんか買うなよ?』
だから余計な一言を書くなと。
それとも、これはあれか?
ダ○ョウ倶楽部的なあれか?
絶対買うなよ、ってやつか?
『そして、五年間、投げ出すことなく見事にお嬢様に読み書き・算術・魔術を教えきった暁には、特別報酬として、魔法大学の学費二人分に相当する金額が支払われる契約になっている』
ふむ。
なるほど。
五年間、真面目に家庭教師をやれば、約束通り好きにしていいってことか。
『まあ、五年後にシルフィがお前についていくとは限らんし、お前の熱も冷めて心変わりしているかもしれんがな。シルフィの方は、こっちでうまく言っておく』
うまくって……嫌な予感しかしないよ、パパン。
『五年間、まったく新しい場所で色々な事を学び、さらなる飛躍を遂げることを祈っている。
知性溢れる偉大すぎる父親パウロより』
なにが知性だ……!
力ずくだったじゃねえか!
が、今回の判断には脱帽せざるをえない。
俺のためにも、シルフィのためにも。
シルフィは一人ぼっちになるかもしれないが……。
自分の問題は自分の力で解決しなければ、いつまで経っても成長できない。
俺に甘えていてはダメなのだ。
「パウロはお前のことを愛しているな」
ギレーヌの言葉に、俺は苦笑した。
「昔はもっと余所余所しかったんですけどね。
自分に似てる部分があるとわかったら、ぐいぐいくるようになりましたね。
でも、ギレーヌさんだって……」
「ん? あたしがどうかしたのか?」
俺は最後の一文を読む。
『P.S.お嬢様には合意の上なら手を出してもいいが、筋肉ダルマは俺の女だから手を出すな』
「ですって」
「ふむ。その手紙はゼニスに送っておけ」
「了解」
こうして、俺はフィットア領最大の都市、城塞都市ロアへと赴くこととなった。
思う所はたくさんあったが、今はこれでよし。
ちょっとだけ目が覚めた。
うん。これでよかったんだ。
シルフィと一緒にいてはいけない。
決して未練はないぞ。
うん。
そう、自分に言い聞かせて。
(でも1年に1回ぐらいは会いたいなぁ……)
ちょっと心が揺れながら。
--- パウロ視点 ---
「あ、あっぶねぇ……」
気絶した我が子と、泥で汚れた靴を見下ろす。
今日で剣術を教えるのは最後だし、ちょっと本気出して怖がらせて父親の威厳ってヤツを見せつけてから気絶させようと思ったら、すっげぇ反応速度で魔術を使いやがった。
それも攻撃としてではなく、足を止めるための魔術を中心に、だ。
しかも、全部違う魔術だった。
「さすが俺の息子だな。戦いのセンスがある」
時間にしてみれば一瞬だったが、完全な奇襲であったにも関わらず、三歩も使った。
特に最後の一歩は、少しでも躊躇すれば、足を取られて、一気にやられただろう。
魔術師相手に三歩だ。
他に仲間がいれば、二歩目ぐらいで援護が入っただろう。
あるいはもうちょっと距離があれば、四歩目が必要になっていた。
内容的には完璧に負けていた。
今のままどこかのパーティに放り込んで迷宮の探索をさせても、コイツは魔術師としてこの上ないぐらい役に立つだろう。
「さすが水聖級魔術師の自信を喪失させた天才か……」
我が子ながら末恐ろしい。
だが、嬉しい。
今までは、自分より才能があるヤツには嫉妬しかしなかったが、不思議と自分の息子だと、嬉しい気持ちしか湧いてこない。
「っと、こんな事言ってる場合じゃないな。
早くしないとロールズ達が来てしまう」
手早く気絶している息子を縄で縛り、縛り終えた頃にきた馬車へと放り込む。
タイミングよく、ロールズも来ていた。
シルフィも一緒である。
「ルディ!?」
シルフィは縛られたルーデウスを見て、助けようとでもしたのか、いきなり中級の攻撃魔術を無詠唱でぶっぱなしてきた。
難なく受け流したが、無詠唱な上に、威力も速度も申し分ない魔術だった。
オレじゃなければ死ぬ所だ。
ルーデウスめ、なんてもんを教えてやがるんだ。
ギレーヌに手紙を渡し、ルーデウスを馬車に放り込み、御者に出るように伝える。
チラリと見れば、ロールズがしゃがみこんで、シルフィに何かを教えている。
そうそう。
教育は親の役目だ。
ルーデウスにまかせていた分は、自分で取り戻さないとな。ロールズ。
ほっと息を吐いて、温かい目で見守っていてやると、しばらくして風に乗ってシルフィの声が聞こえてきた。
「わかった。ルディを助けられるぐらい強くなる……!」
んー、愛されてるね。我が息子は。
それを見ていると、家の中から二人の妻が出てきた。
危ないので見ているなら家の中から、と言ってあったのだが、見送りに来たのだろう。
「あぁ、私の可愛いルディが行ってしまう」
「奥様。これも試練でございます!」
「わかっているわ、リーリャ。ああ、ああぁルーデウス! 旅立つ息子! そして一人息子を奪われて可哀想なわたし!」
「奥様。もう一人息子じゃありません」
「そうだったわね。妹が二人生まれたわね」
「二人……! お、奥様!」
「いいのよリーリャ。私はあなたの子供でも愛して見せるわ!
だって、私は、あなたを、愛しているのだもの!」
「ああ! 奥様わたくしもです!」
やたらと芝居がかった口調で馬車を見送る。
ルーデウスは優秀だからか、この二人もそんなには心配していない。
それにしてもこの二人、仲がいいなー。
オレとも仲良くしてくれると嬉しいんだけどなー。
てか、仲良くオレをイジメるのをやめてくれると嬉しいんだけどなー。
「しかし、下の子たちが物心ついた時には、ルーデウスはいないのか……」
ルーデウスも、カッコイイお兄ちゃん計画とやらを目論んでいたようだが、残念なことだ。
可愛い娘の愛情は、父親が独占することとなるのだ。
ぐへへへ。
や、でも待てよ。
これからルーデウスはあの剣王ギレーヌから英才教育を受ける。
5年後というと、12歳。
身体はもう立派だ。
帰ってきた時に魔術ありの模擬戦とかやったら、俺ってルーデウスに勝てないんじゃないか?
ヤバイ、五年後の父親の威厳がヤバイ。
「母さん、リーリャ。
ルディもいなくなったことだし、俺も少し鍛える事にするよ」
ゼニスのシラッとした顔。
リーリャがひそひそとゼニスに耳打ちする。
「ルーデウス様に負けそうになって、いまさら危機感を憶えたんですよ」
「昔からそうなのよ。負けそうにならないと努力しないの」
時すでに父親の威厳がヤバかった。
(まぁ、威厳なんてなくてもいいんだけどな)
無駄に威厳ばっかりあった父親に心当たりがあるだけに、心からそう思う。
だからオレは、もう少し女にだらしないダメオヤジのフリをするのだ。
威厳なんてない、親しみのある父親を目指すのだ。
せめて、三人の子供が大人になるまでは……。
チラリとゼニスを見る。
子供を二人も生んだとは思えない、いい身体だ……。
(まぁ、四人目、五人目が出来たら延長するけどな。うひひ)
ま、四人目の話はさておき。
(ルーデウス……)
こんなやり方は、オレだって好きじゃない。
けど、お前は言っても聞かないだろうし、オレも言って聞かせられる自信はない。
かといって、何もせずに見ているのも親として失格だ。
力不足で他力本願だが、こういう事をさせてもらった。
強引かもしれないが、賢いお前ならわかってくれるだろう……。
いや、わかってくれなくてもいい。
お前の行く先で起こる出来事は、きっとこの村では味わえないものだ。
わからずとも、目の前の物事に対処していけば、きっとお前の力になる。
だから恨め。
オレを恨み、オレに逆らえなかった自分の無力さを呪え。
オレだって父親に押さえつけられて育ってきたんだ。
それを跳ねのけられなくて、飛び出した。
その事には後悔もある、反省もある。
お前に同じ思いはさせたくない。
けどな、
オレは飛び出したことで力を手に入れたぞ。
父親に勝てる力かどうかはわからないが、
欲しい女を手に入れて、守りたいものを守って、
幼い息子を押さえつけられるぐらいの力はな。
反発したけりゃするといい。
そして力を付けて戻ってこい。
せめて父親の横暴に負けない程度の力をな。
ルーデウスの乗った馬車を見ながら、パウロはそんな事を考えていた。
第1章 幼年期 - 終 -