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夏の夜長に戯れて

作者: 氷純

小腹の空いた夜半すぎ、コンビニへ行こうと下宿を出れば道の先で女の子が泣いていた。

赤い浴衣を着た12歳ほどの女の子は電信柱に向かってしゃがみ込みしくしくと泣いている。

祭りの帰りに道に迷ったかと声をかける俺をパッと振り向く顔には目鼻がない。

「……なぜ驚かん?」

時代がかった口調で問われるので彼女の腰を指さす。

「小狸、尻尾は隠せよ」

ゆらゆらと毛並みの良い尻尾が振れていた。冬場はともかく夏真っ盛りには暑苦しい。

小狸は慌てて俺に向き直ると背中で尻尾を隠した。

うつむいた顔から表情は読めないが人の形をした耳は真っ赤に染まっている。

「じゃあな。狐に化かされない内に帰れよ」

そうして、背中越しに手を振って別れた。


友人と酒を飲んだ帰り道。

ほろ酔い気分に空をたなびく雲など見ながら歩いていると電信柱が一本多いのが気になった。

増えた電信柱に近づいておもむろに土産を取り出す。

酒と菓子パンを並べて供え情感たっぷりに念仏を唱えた後。

「この電柱があったばかりに、息子は……息子は」

「止めんかっ! 縁起でもない!!」

まさか街灯に叱られる日が来ようとは。なかなかに新鮮である。


バイト帰りの月夜道、曲がった先に女がいた。

気にせずにすれ違いざま俺は口を開く。

「毛並みの良い尻尾だなぁ」

言いながら振り向いた先には尻を押さえる先ほどの女。別に尻尾は生えてない。鎌をかけただけだ。

女がギリギリと機械仕掛けのように振り返るので、俺はニヤニヤと笑みを浮かべる。

ポンとコルク栓を抜いたような音がして小狸が少女の姿になった。

「……だ、騙したなぁ」

涙目で地団太を踏み悔しがる様が大いに嗜虐心を満たしてくれたのでバイト疲れも吹っ飛んだ。

今日も気持ち良く眠れそうだ。


教授に指示された実験がやたらと長引き、日も落ちた暗い帰り道。

下宿の玄関扉に自転車が立てかけられていた。

この時間なら迷惑にならないと思ったか、不作法者め。

気付かぬ振りで近づいて、不意をついて抱きしめる。

ポンという小気味良い音がしたと思うと真っ赤な顔した小狸が腕の中で硬直していた。

離してやれば、へなへなと座り込む。

「変なのに襲われない内に帰れよ」

声をかけて頭を軽く撫でてやり、俺は下宿に入った。


夏風邪をひいたようだ。

熱が39℃ある。

うんうんと唸っていると窓から子狸が顔を見せた。

「昨晩の罰があたったんじゃ。いきなり抱きしめた罰じゃ」

意地の悪い笑みを浮かべてしばらく俺を眺めていた小狸も何時の間にかいなくなったようだ。

部屋の扉が叩かれて返事を返す。

ふらつく足でたどり着き廊下に顔を覗かせると管理人さんが心配そうに俺を見上げていた。

「先ほど、小さな女の子が訪ねてきて、お見舞いの品だけ置いて行かれました」

差し出されたのは桃の缶詰と手紙だった。

想像力を刺激される子供らしい字が踊っているのを管理人さんと解読する。

何やら挑発的な文句が書かれているらしい。初々しいヤツめ。

管理人さんにお礼を言って再び部屋へ。

手紙は添削して返してやることにして、とりあえずは机にしまう。

桃缶は実にうまかった。

水を一杯飲んでベッドに腰を下ろす。

さり気なく増えている枕を揺さぶって子狸に戻してから、抱きすくめる。

しばらくギャーギャー喚くのでかき消されないように耳元で囁いてやる。

「ありがと」

ふんと鼻を鳴らして小狸は大人しくなった。


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[一言] ほのぼのさせて頂きました。 m(__)m
[良い点] 狸可愛い
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