最強の称号を手に入れたら、勇者が「俺、いらなくね?」と消えそうになったので、全力で慰めています
「なぁ、頼むからさ。ちょっと考え直してくれよ」
「もういいだろう。俺のことなんて、放っておいてくれよ」
ここは王都の中心から離れた場所にある、少し寂れた酒場。そこには、二人の悩める青年がいた。
一人は金髪碧眼の中肉中背で、白を基調とした身なりの良い服装。もう一人は黒髪紅目の長身で、黒いロングコートを羽織っていた。どちらもこの酒場には似合わない風貌で、マスターや僅かにいる客も、困惑した表情で二人の会話に耳をそば立てている。
「ほら、ダチの素晴らしい門出を祝いに来た、俺の顔に免じてさ」
「そのダチが、俺のミジンコのようなプライドを全力で潰しに来た自覚はないのかよ」
盛大にため息をつくのは、金髪碧眼――レオンだ。彼はつい先日、このエスターク王国の王城で行われた勇者選抜の儀にて、聖剣に選ばれた勇者だ。
魔王侵略の恐怖に怯えていた国民達は、勇者誕生に大いに喜び、王都は連日お祭り騒ぎした。そして、共に歩んでいた聖女の他に優秀なメンバーを集めて勇者チームを結成。明日、いよいよ魔王討伐に向けて出立するところだった。
レオンは使命に燃えていた。十五歳の時、片田舎の名もなき小さな村から旅立って三年。女神の祝福も受け、いよいよ自らの限界を超えて挑む、この大きな使命の前に心を躍らせていた。
この男――黒髪紅目の幼馴染、カイルが現れるまでは。
カイルは、魔王討伐への出発を翌日に控え、謁見の間で国王より激励の辞を賜っている最中、突如として空間転移で現れた。「あれ? もしかして俺、場違い?」とふざけたことを抜かすカイルに、慌てふためいたのがレオンだった。
彼は国王に「ああーっと、王様! 人生で二番目に大切なことを思い出したので、少し俺に時間下さーいっ!」と叫んだ後、カイルの首根っこを掴んで全力で王城から脱出した。さらには、この不届きものが投獄されないようにと、街並みを屋根伝いで駆け抜け、ようやくこの酒場で落ち着いたのであった。
なぜ『二番目に大切なこと』なのか。それは、一番目は本気でやばい状況のために取っておきたいという、レオンなりの考えがあったからだ。ちなみに王城では、国王が「……まぁ、勇者とは既知の仲のようだったし、積もる話もあるじゃろう」と寛大な判断を下してくれていたと知るのは、明日の朝のことである。
ともあれ、出会いは奇天烈ではあったものの、レオンはカイルとの再会を大いに喜んだ。なぜなら、三年前に共に村から冒険の旅に出た幼馴染が彼だったからである。しかも、カイルは一年前、突如として姿を消してしまったため、冒険を続けながら行方を探していたレオンは、カイルの元気そうな姿に心から安堵した。
そして、彼らはこの寂れた酒場で果実水を注文――まだ未成年のために酒が飲めなかった――して乾杯した後、レオンは「な、なぁ……俺、実はさ」と徐に勇者に選ばれたいきさつを話した。レオンのステータス画面、職業欄に確かに『勇者』と書かれているのを確認したカイルは、我が事のように大変喜んだ。
そして――
「てか、なんでお前の職業欄に『最強』の文字が入ってんの? ただの『魔術師』でいいのに、なんで職業が『最強の魔術師』なの? マジで意味分かんないんだけど??」
せっかくだからと、レオンがカイルのステータス画面も見せて欲しいとせっつき、少し躊躇いがちではあったもののカイルの画面を見せてもらったら書いてあったのだ。
『最強』の二文字が。
「いやさ、俺もちょっとこれ気になっててさ」
「おかしいよな、本当に。なんで? なんかのバグ? しかも『最強』って、なんか『勇者』よりも強そうに見えんだけど?」
「なんか厨二病っぽく見えて嫌だから消したいんだけど、消す方法って知らね?」
「嫌な理由が『厨二病っぽい』ってなんだよ、お前! てか、職業欄なんだから消せねーよ! 俺だって元は『剣士』で、聖剣掴んだら『勇者』に変わったけど、これ、自分で変えられるもんじゃねーからな!」
「え? そうなの? じゃあ、俺、一生このまま?」
嫌だなぁ厨二病が永遠に残るのは、とよく分からない内容を残念そうに呟きながら、カイルはため息をついた。
「それに、なんなんだよ、その魔力の横の『∞』の記号。俺そんなの、初めて見たぞ」
レオンはグラスを傾けながら毒づく。すっきりした果汁が、大声を出した喉を潤してくれる。
「お前さ、俺と離れてる時、何があったんだ? というか、お前、なんで俺に何も言わずにいなくなった?」
一年前のあの日のことを、レオンは今も忘れられずにいた。昔から、おかしなところが一面も二面も三面もそれ以上あるような男ではあったが、レオンにとってカイルは大事な幼馴染だった。共に冒険譚の絵本を読みながら育ち、幼き頃から夢見た冒険へと、目をキラキラさせながら一緒に踏み出したカイル。大事なんて、そんな言葉では説明しきれないくらい、レオンにとっては大きな存在だった。
それなのに、新しい仲間を紹介した途端、カイルは顔色を変えて突然宿から身一つで飛び出してしまった。レオンは彼女に断りを入れ、それから三日三晩カイルを探し回った。そして、彼はついに姿を現すことなく、レオンの前からいなくなってしまったのであった。
レオンに問われたカイルは、口を閉ざして顔を背けた。視線がどこか定まらない。レオンは「まずいことを聞いたか?」と内心少し焦るが、カイルは意を決したような面持ちでレオンを見つめた。
「だってさ――、お前」
「……ああ、なんだよ」
カイルは何と言うのだろうか。レオンはどんな内容でも受け止めるつもりで、唾をごくりと飲み込んだ。
「……女の子、連れてきたじゃん?」
「は?」
「俺と二人だけの旅だったのに、急に女の子連れてこられたらさ、俺、超気まずくね?」
レオンはこの瞬間、もし自分を客観的に見ることができたなら、こめかみ辺りの血管がいく筋も浮かんでいただろうと、頭の片隅で少しだけ思った。
「……俺さ。彼女連れてきた時、『回復役見つけた』って、お前に説明してなかったっけ?」
「うん、聞いた」
「なら分かるよな? それまでずっと、不味い回復薬飲んでるのにうんざりして、早く回復できる仲間を増やしたいって、俺は何度もお前に言ってきたはずだけど?」
「いや、でも、だってさ――」
「しかも彼女、『聖女』の称号持ちよ? 聖女ってさ、回復や補助魔法のトップクラスよ? そりゃあ、まだ当時はレベルも低かったから旅の途中は何度もやばい場面あったけどさ、今回の魔王討伐ではもちろん彼女も一緒だぞ?」
「でも……ほらよ? その……男の友情に水刺すような行為――」
「うっせぇよ、馬鹿!! 死にそうな思いでお前を捜索した俺の三日三晩を返しやがれ!!」
レオンは、グッと飲み干したグラスをカウンターに叩きつける。割ってしまっては賠償ものなので、もちろん加減はしていたが、あと一回繰り返されたら確実にヒビは入りそうだった。
「でも、レオンだって、俺が女の子苦手なの知ってるだろ? それなのに『新しいパーティーメンバー見つけてきたぞ!』と連れてきたのが女の子で、俺だってショックだったんだぞ」
「仕方ねぇだろ、彼女しか適任者いなかったんだから。それに、お前が女苦手なのは、そもそもその顔のせいだろうがよ。恨むんなら、お前の両親を恨みな」
「なんだよ、俺の親は関係ねーだろうが」
ぶうっとむくれるカイルに、レオンは大きく息を吐いた。レオン自身もそこそこ自分の顔立ちが整っている自覚はあったが、カイルはその比ではなかった。サラサラの黒髪に神秘めいた情熱的な紅目。すっと通った鼻筋に、形の良い唇。どこからどう見ても、黙っていれば女性が放っておかないような美青年である。
昔から幼女から老婆まで人気だった彼は、いつも女性に追いかけられてはレオンの背中に隠れていた。そしてある晩、自分の寝室に見知らぬ女性が忍び込んできたのをきっかけに、極度の女性恐怖症になってしまったのだった。
さすがに年齢を重ね、ある程度の分別のつく女性相手なら何とかなるかとレオンは思っていたのだが……カイルのそれは、かなり重症だったようだ。
「まぁ……そうだな。お前のビョーキの重症度を測りきれなかった俺も、悪かったかもな」
「そう言ってくれるのか、心の友よっ!」
「いきなり手ぇ握んなよ、気持ちわりーな! けど、だからと言ってそのままトンズラこく奴あるかよ! 俺、ずっとお前のこと探してたんだからな!」
突然カイルに握られた手を奪い返して、レオンは何度か手を大きく振った。美形なカイルは手も整っているのか肌艶も良かったが、嫌な秋波がこびりついてそうで、レオンは心底気持ち悪そうな顔をした。
「あ――、俺も、ちょっと悪かったなとは思ったんだけどさ。ほら、俺、魔法の開発とかしてただろ?」
カイルもグラスを傾けながら話す。レオンは空になったグラスをマスターに渡して新しい果実水を受け取った。マスターは二人に隠れて、こっそりグラスの底にひび割れがないか確認していた。
「それでさ。そろそろ大きい魔法とかにも挑戦したかったからさ。変に巻き込んでも良くないかと思って――」
「なんだよ、それなら先に言ってくれたっていいだろう? それに、実験期間だけ少し離れたところにいたりするとか、工夫すれば一緒に旅を続けられたんじゃねーの?」
「いや、だって爆発とかしたら、お前のこと守れるか自信なかったし――」
「爆発!?」
「うん、それに空から隕石とか」
「はっ? 隕石!?」
「後は地中からマグマ――」
「ちょっ、お前、何やってんのっ!?」
あまりの規模の違いに、レオンは思わず席から立ち上がった。
「え? てか、もしかして――西のカデラ地方の魔の森消失事件。一晩で全域が跡形もなく消えたかと思ったら、三日後には復活していたという怪異。あれ、お前が関与しているとかって話――」
「あ――……」
「犯人はお前かよ!! 一体何やらかしてんだよ、お前は!?」
レオンは気まずそうに苦笑いするカイルの襟元を掴んで、前後に大きく揺さぶった。カイルは頭に手をやりながら「あれはさすがにビビったけど何とか元通りになったし、魔物もいなくなって平和になったでしょ?」と笑いながら話す。首がもげそうな状況は気にもしていなかった。
「まぁまぁ。ほら、落ち着けよレオン。小腹も減ったし、なんか頼もうぜ」
両手を上げてギブサインを出しながら、カイルはマスターに軽食を二人分注文した。マスターは手を動かしながら、店内の客が自分たちの食事を手にして彼らから遠い席へと移るのを見逃さなかった。
レオンも仕方なくカイルの襟元から手を離し、席に付く。カイルは「あー、腹減ったなぁ」と呑気に呟いていた。
「んで? 魔の森の件は――まぁ、アレだけど。盛大にやらかしても三日で直せた?んなら、俺んとこに戻ってきても良かっただろ?」
「いやね、アレには続きがあってさ」
「はぁっ? 続き!?」
「そうそう。なんか『時空魔法」って奴にも興味が出ちゃって、ちょっと色々試してたらさ――」
レオンはその時、嫌な予感しかしなかった。
「なんか俺、別世界にいっちゃったみたいで」
「はぁぁっ!? べ、別世界って、何だそりゃ!?」
カイルのトンデモ発言とレオンの叫び声に、店内のある客は盛大に飲み物を吹き出した。マスターは二人にサンドイッチを提供した後、布巾を持ってその客の元に向かった。
「そうそう。それでさ、なんかそこの神様?が言うにはね、その世界の魔王を倒さないと元に戻れないとか言うからさ。仕方ないから俺――」
「その世界の魔王を倒したってのかよ!?」
「ちょー面倒臭かったんだぜー。なんか俺が来たのは手違いだったみたいなんだけど、『もう変更利かないから、責任取ってお前がやれ』とか言われてさ。仕方ないから数年がかりで――」
「数年っ!?」
「あ、でもさ、凄いんだぜ! あっちで全部終わった時はさすがに俺も少し老け込んでたのに、こっちに戻ってきた時はまだ一年も経ってなかったし、なぜか背も縮んで――」
「さらっと魔王倒したって言っておきながら、気にするところ、そこ!?」
「でも、背は戻ったのにステータス画面は向こうと同じままでさ。しかも、こっちに戻った途端に、あの『最強』の文字が――」
「そりゃあ、あっちの世界で魔王を倒してたら、『最強』の文字くらい付くだろうがよ!! 何ふざけたこと抜かしてんだよ!!」
叫びすぎてゼーハーしていたレオンは、自分がまた席から立っていたのに気付く。大声出し続けたため、少し周りの客を気にして店内を見回すが、客は下や壁を向いていたので誰一人として目は合わなかった。
「まぁ、そんなツレないこと言うなよ。俺、お前にもう一度会いたくて、必死になって戻って来たんだぜ」
サンドイッチを頬張りながら、カイルはレオンにウインクをした。中身の酷さを知らなければ、今の仕草だけで女性は数人ほど落とせたかもしれない。
「お前さ――」
レオンはがっくり肩を落としながら席に座る。
「そんなこと言うなら、最初から俺から離れようとすんなよな」
「あ、それもそうだったな!」
あははははと笑うカイルの口調は、至って軽い。それこそ、魔の森消失事件と、別世界の魔王討伐の話が出た時と全く変わらない軽さだった。
レオンは何度目になるか分からないため息を盛大についた。目の前には、美味しそうなサンドイッチが食欲を誘うように並んでいる。気持ちを落ち着かせる意味も込めて、レオンも食べ始めた。
しばし二人の間に、沈黙が宿る。店内には、食器の触れ合う音だけがかすかに響いていた。
そして――レオンは思い付きたくもなかった、一つの結論を得てしまうことになる。
「…………お前さ?」
「うん、なになに?」
声をかけられたカイルは、サンドイッチを頬張りながら答える。
「職業欄に『最強』が付く魔術師なんだよな?」
「うん」
「そんで、訳分かんねー魔術の開発とかして、魔の森消失事件の犯人な訳だよな?」
「え――と……まぁ……うん」
カイルは咥えていたサンドイッチを口から離した。レオンの目が、だんだん据わっているのに気づいたからだ。
「そんでよ。更には、その……別世界とやらに行って、そこの魔王まで倒してるんだよな?」
「まぁ…………うん、そうだね」
「しかもお前のことだ。パーティーなんてものは――」
「もちろん、俺一人だよ? だって、他の人間なんていても面倒――」
「だよな!! やっぱりそうだよな!!」
予想していたとはいえ、嫌な予感が当たってしまい、レオンは大声で叫んだ。このコンチクショウは、異世界で『ソロで魔王討伐』なんて偉業を成し遂げていたのだ。その事実を改めて突きつけられ、レオンは頭痛がしてきた。
「あ、あのさ……レオンくん?」
怪しげな雰囲気になってきた気まずさに、カイルはおろおろしながらレオンの顔色を伺った。
「お前がいるなら――――『勇者』、いらなくね?」
「えっ?」
カイルの手から、サンドイッチがぼとりと床に落ちた。
「だってお前、『最強』だろ? 魔力『♾️』だろ? んで、既に魔王を倒してきた『実績』もあるだろ? それなら、『勇者』じゃなくて、『最強』が行けばすぐに解決するんじゃね?」
「いやいや、さすがにそれはっ。それに、レオンは聖剣に選ばれたんだろ? 俺、たぶん聖剣なんて持てないよ?」
両手を必死に振りながら弁明するカイルを見ながら、マスターは落ちたサンドイッチの回収は、閉店後にしようと決めた。
「じゃあ、試しに持ってみろよ」
「えっ?」
ゴトリと、カウンターに聖剣が置かれた。
「でもさ、これ。確か、勇者以外は拒絶反応出るって――」
「いいから、早くしろよ」
有無を言わさない雰囲気に、カイルは仕方なく聖剣に視線を向ける。聖剣は勇者以外には重量が激増して持ち上げることができず、かつ手が白炎に焼かれると言われている。
レオンは、聖剣に手を伸ばすカイルの姿に、ごくりと唾を飲み込んだ。彼の手は聖剣を掴んだ瞬間白炎に包まれ――そして、軽々と持ち上げていた。
「お前!! なんで普通に持ってるんだよ!?」
「いや、でもこれ、めっちゃ重いよ? それにすんげー熱いし」
「重いし熱いし、じゃねーんだよ!! 普通の人は持てないの! 大火傷すんの!! なのに何で火傷した先から回復してんだよ!!」
「あ、これね? 実は自動回復スキルっていう便利なもの――」
「だからって焼かれながら持ち上げる馬鹿がどこにいんだよ! マゾかお前は!!」
二人の激しいやりとりに、マスターはその白炎が店を焼いてしまわないか、内心焦りながら見ていた。しかし、当人たちはまるで気にしている様子はなかった。
「あー、重かった。身体強化使ってこの重量なら、かなりのものだね。それをレオンは普通に扱えるだなんて、さすがは女神の祝福ってやつだな!」
「うっせえ! 女神の祝福を力技で全部台無しにするような奴がほざくな!」
ドンっとカウンターに拳を叩きつけるレオン。サンドイッチは既に食べ切っていたので、皿だけが衝撃に揺れていた。
「なんなんだよ、お前は! あぁっ!? 急にいなくなったと思ったら、訳分かんねーバケモンみてぇになって突然俺の前に現れやがってよ!! 『勇者』の矜持を全部片っ端から潰して、なんのつもりなんだよ!?」
「いや、そりゃあ、大事な俺の幼馴染が『勇者』に選ばれたって聞いたから、門出を祝いにーー」
「その門出を見事に潰した自覚ねえのかよ!! なんでいきなり、謁見の間に現れんの!? 俺、後で王様になんて謝罪したらいい!?」
「いや、あれはほら。お前の気配を辿っていったら、なんか厳重な結界に囲まれていたから、やばいことでも起きてるのかと――」
「王都の真ん中だろ!! 城の中!! なんの結界なのか、それくらい分かれよ!!」
あまりの苛立ちに、レオンはカイルの両こめかみをグリグリと力一杯ひねった――が、カイルはなぜか嬉しそうな顔をした。
「いやぁ、懐かしいな! このウメボシ攻撃! まだ現役だったんだ、これ!」
実はこの技、幼少期からカイルがやらかした時にレオンが制裁する際の攻撃方法だった。幾度となくこめかみをいじくり回しても、カイルはいつも嬉しそうにするばかりだったと、レオンは改めて思い出した。
「――そうだった。コイツは、俺に何度やられても喜ぶヘンタイだった」
「やだなぁ、ヘンタイだなんて。俺、めっちゃ普通じゃんよ」
「全然普通じゃねーよ、お前は!!」
レオンはグラスに残った果実水を一気飲みした後、カウンターに叩きつけた。哀れなグラスは、勇者の手によって粉砕されてしまった。
「――辞めだ」
「え?」
「もう辞めた。俺ぁ、降りるぞ。もう『勇者』なんて辞めてやる。明日は城にも行かねぇで、俺は宿で一日中寝る」
項垂れたレオンは、組んだ両腕の中に顔を伏せてしまった。慌ててカイルは席から立ち上がる。
「いや、ちょっ! マジ? お前、明日から魔王討伐に出発するって――」
「だから、討伐には行かねぇっつってんだよ! 『勇者』は行かねーから、『最強』が行けよ」
「えっ!? い、嫌だよ、俺! 行きたくねーよ!」
「お前、『最強』なんだろ? 別世界で魔王をソロで倒したんだろう? なら、こっちだって楽勝じゃねーか」
怪しい雲行きになってきた会話に、店内の客たちは自分たちの明日の命運に不安を抱いた。
「いや、だってさ。俺、『勇者』じゃないし、『聖剣』も力技で無理やり持っただけだし、何より女神の祝福も受けてないし――」
「全部無くても『勇者』より強ぇーじゃねーかよ、お前は」
「で、でもさっ! 俺、この通り、お前以外とのコミュ力壊滅的じゃん? 女性恐怖症じゃん? だからさ、この世界で『勇者』の代理なんてできる訳――」
「本音は?」
「えっ?」
組んだ腕の隙間から、横目でレオンがカイルに聞いた。
「建前はいらねぇから、本音はなんだよ?」
「だって二回目の魔王討伐なんて面倒この上ないし、数年苦労したばっかだから、そろそろ俺もスローライフというやつでもやってみようかと――」
「やっぱテメェが面倒なだけじゃねーかよ!! お前のスローライフのために、俺らを死地に送り出そうとすんなよ!!」
レオンはカウンターをだんっと叩いた。
「もういい!! 俺のことなんて、放っておいてくれよ!!」
「ちょっ、レオン!?」
「マスター、酒をくれ!! 酒でも飲まねーと、やってらんねーよ!!」
あまりの剣幕で怒鳴り立てるレオン。彼を哀れに思ったマスターは、一瞬躊躇いつつも、アルコール度数が最も低い酒を彼に提供した。
「ちょっ、酒なんて飲んで大丈夫なの!? 明日の朝、早いんじゃ――」
「うるせぇ! 俺ぁ行かねーっつってんだろ! テメェも飲みやがれ!」
「あ――……じゃぁ、俺も一杯だけ」
マスターは今度こそ手を止めた。もし目の前の『最強』が酔っ払って粗相でもしてしまったら、それこそ王都が吹き飛んでしまうのではないかと。しかし、その意図をしっかり汲み取ったカイルは、「俺、ザルなんで大丈夫っす」とこっそり耳打ちしたので、安心して酒を提供した。
そして――酒を一口飲んだレオンは、グズグズと泣き始めた。
下戸だったようだ。
「……俺さぁ。本当に、嬉しかったんだぜ? 俺が『勇者』だって分かった時はよぉ」
泣きながらレオンは呟いた。カイルはグラスを傾けつつ、レオンの肩をトントンと叩く。
「うん、そうだよな」
「だって、お前さ? 小せぇ頃からとんでもなく出来る奴だったろ? 俺、置いてかれないように、いつも必死だったんだぜ?」
「置いて行かれそうだったのは、俺の方だよ。レオンはいつも皆の輪の中にいてさ、俺だけ端っこでいつもボッチで」
「ボッチじゃねーだろ、お前は。いつも周りに女共がいて――」
「違ぇよ、俺が求めてんのはそっちじゃねーの。お前の周りだけやけにキラキラしてて、俺は中に入れなかったってだけ」
「なんだよそれ、気持ちわりーな。遠慮なんかしてねーで、普通に中に入ってくりゃぁ良かったじゃんよ」
「入れなかったんだよ、俺には。でも、お前はいつも、そんな俺を見つけて引っ張り出してくれた」
カイルがグラスを傾けると、カランっと氷の音がした。薄暗い光を浴びるカイルを見上げながら、いつもコイツはイケメン面しながらも、寂しそうな顔をしていたとレオンは思い出す。
「だから、お前が『勇者』に選ばれたと聞いて、俺は本当に嬉しかったんだ。ガキん時から、お前を見てたからな。選ばれて当然とすら思ったけどさ」
「何が当然だよ、俺には分かんねーよ」
「いいんだよ、レオンは分からなくても。俺は分かってるから」
カイルが笑みを浮かべる。心の奥まで見通しそうな紅目に、レオンは小さく毒づいた。
こいつは、いつもこんな感じだったと。
「――言っとくけどな。どんだけ持ち上げようとしたって、俺は『勇者』辞めっからな」
「えっ? 今いい感じの流れだったのに駄目だった?」
しんみりした時間は、あっけなく終わってしまった。
「おいっ! やっぱり俺に押し付けようとしてたな!?」
「いやさ。ほら、やっぱり魔王討伐は、この世界の『勇者』がやらないと」
「その『勇者』より強い『最強』がやればいいだろ! お前なら秒で終わんだろーがよ!!」
「いや、さすがに数時間ははかかっても秒は――」
「数時間で倒せんなら、お前が行けよな!?」
再び始まった口論は、マスターの「閉店です」の言葉が挟まれる夜中まで続いた。ちなみに、周りにいた客たちは自分たちの命運をこの二人に任せるのが馬鹿らしくなり、明日からの仕事にいつもより精を出すことを心に決めたという。
「――ま、早く終わらせて、俺と一緒にスローライフに突入しようぜ」
「うっせ馬鹿。俺に近づくな、話しかけんな。俺はまだテメェを許してねーんだからな」
翌朝。勇者一行に、『みそっかす』としてカイルが付いていくことで決着――カイルはレオン以外との交流を断固拒否したが――をつけた彼らは、魔王討伐の旅へと出発した。もちろん、カイルは補助支援のみの参加を確約させたが。
ニコニコ顔で後ろを歩くカイルを見て、レオンは思った。
(頼むから、俺の出番だけは奪わないでくれよ)
この旅がどんな結末を迎えるかは、まだ誰にも分からない未来の話――
よくある『最強』と『勇者』の関係とは、ちょっと違ったものを見てみたくて書いてみました。
少しはテンプレからズレた内容になったかな?と思います。
楽しんでいただけたなら嬉しいです。
ちなみに、彼らはBLではありません(笑)
カイルのレオン愛が異常なだけです(笑)
「だって俺、レオンに嫌われたら、たぶん生きていけない……」
「は? 重ぇーんだよ、お前のキモチは」
「でもさ、レオン、本当は俺のこと好きだよね?」
「うぜ、嫌いに決まってるだろーが」
「ガーン」




