これだから男は!
木原恵が走っている。
セーラー服姿で、息せき切って走る彼女の姿は、まるで何かのスポーツの試合に向かっている活発な女子高生のよう見えなくもなかったがちょっと違う。
少し前に大きな破壊音がした。きっと近くで異能力者がまた暴れているのだろう。恐らく彼女はその犯人を取り押さえる為に向かっているのだ。それが分かっているからだろう。彼女の姿を見かけた野次馬の一部が歓声を上げた。その歓声に彼女は軽く手を振って応える。
「キャー!」
すると、野次馬の中に彼女のファンでもいたのか更に盛り上がった。彼女はここ最近、巷を賑わしているスーパーヒロインなのだ。
“ハッ! すっかり、有名人気取りじゃないの、木原”
そんな光景をビルの二階にあるバーガーショップから綾小路穂香という女子高生が観ていた。いかにも忌々しそうな表情。彼女は木原恵の活躍を快く思っていない。しかし、持っていたコーラを一口飲むと、何故か彼女は笑みを浮かべる。それも、口の端を歪めた、残忍で意地の悪そうな嫌な笑み。
“まあ、いいわ。どうせ、今日でそのスーパーヒロイン活動も終わるのだもの。悪人にボコボコにされちゃいなさいな”
上機嫌な様子で彼女はゴミを片付けると、バーガーショップを出る。彼女は木原恵が迷惑な異能力者にやられる光景を見物するつもりでいた……
――半年ほど前だった。何故か、突如として世界中に異能力を持った者達が現れ始めた。念動力、ワープ、透視能力エトセトラ……、法則性は不明。人間に限らず、動物にも力が発現する場合があり、そういった異能力者の中には世の中に危害を加える困った者達も少なからずいた。警察では手に負えない事もしばしばで、そういった場合、善良な異能力者が事件の解決に当たる事が多い。
そして、木原恵もそんな異能力者の内の一人…… と、そう世間では思われていたし、彼女自身もそう思っているはずだった。人間離れした身体能力を持ち、ビームまで発する事ができるのだから、そう思ってしまうのも無理はない。
だが、それは勘違いだった。
木原恵は、異能力者ではない。
それに気が付いているのは、恐らく世界で綾小路穂香ただ一人だ。もちろん、木原の力自体は異能力によって発現している。しかし、それは彼女の異能力ではないのだ。彼女の能力は、彼女の同級生である薬谷という大人しい男子高生の異能力によって発現しているのである。薬谷は“好きな相手に、常人離れした能力を与えられる”という異能力の持ち主なのだ。ただし、本人もその能力に気が付いていないようなのだが。
……つまり、薬谷は木原恵に惚れているのである。そして、無意識の内に、彼女に力を与えてしまっている。
ならば、木原恵から力を奪う手段は簡単である。薬谷の心を奪ってしまえば良い。それだけで彼女は普通の女子高生に戻るはずだ。スーパーヒロイン気取りで悪人と戦えば痛い目を見る。
“想像するだけで、気分が良いわ!”
そう考えた綾小路は、薬谷に近付いた。女性にあまり免疫のない彼は、彼女からのアプローチに簡単に落とされてしまった。今ではすっかり彼女に惚れている。それを彼女は確信していた。何故なら、彼女には異能力を感知する能力があるからだ。彼の異能力によって、彼女は自分がパワーアップしている事を実感していたのだ。もちろん、木原恵が彼の能力で力を得られている事に気付けたのもその感知能力のお陰だ。
“……さぁて。もう、やられちゃっているかしらね?”
バーガーショップの階段を降りた彼女は、木原が戦っているだろう人だかりに向かっていた。もちろん、ピンチに陥っている木原恵の姿を想像して。ところがだ。
「どりゃあぁぁぁ!」
彼女がそこに辿り着いた時、タール状の触手のようなものを操る異能力者に、木原恵は鋭い蹴りをくらわしていた。顎にヒットしている。急所だから、恐らくは勝負はついただろう。異能力者が倒れると、操っていた触手が地面に溶けていく。
それに綾小路は目を丸くした。
近くで聞き覚えのある声が聞こえた。
「やったぁ! さすが、木原さん!」
薬谷である。
“そんな……”と、彼女は思う。確実に彼の心は奪ったはずなのに。
「あの薬谷君……」と彼女は彼に話しかけた。
「あなたは私に好意を寄せてくれているのよね?」
突然話しかけられて薬谷は驚いているようだったが、それでも「もちろん」とはっきり返した。
「君の事は好きだよ、綾小路さん」
彼女は目を白黒させる。
「じゃ、どうして、木原さんを応援しているの?」
その質問に彼は首を傾げた。
「いや、だって、僕、木原さんも好きだもの。ファンのつもりだし」
その答えに綾小路は愕然となった。
“――つまり、二股か! この野郎!”
正確には付き合っている訳じゃないので、二股ではないが、二人同時に好意を持っているのは事実である。
“これだから男は!”
と、彼女は苦悩した。
……何にせよ、それからも木原恵は、スーパーヒロインとして活躍したのだった。




