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いろんな人がいろんなところで

ヒロコ

掲載日:2026/03/01

「もう、わたしさぁ」


 その声を聞いた瞬間、ああ、始まった、と思う。

 ヒロコは幼稚園からの友人だ。悪い子じゃない。むしろ明るくて、場を盛り上げるのがうまい。失敗談だって、たいていは可愛らしい。


「なになに?」


 グループのみんなもすぐ食いつく。いつもの光景。

 でも、ここはショッピングモールの狭い通路のど真ん中だ。人がひっきりなしに通る。


 わたしは周囲を見て、反射的に言った。


「ちょっと待って、そこ邪魔。二歩でいいから脇によけて」


 するとヒロコは口を尖らせた。


「ひどーい、わたしを邪魔者扱いなんて」


 違うのよ。あなたを邪魔者にしてない。だけどその場所に立つのは邪魔なの。

 そう言い直す前に、もう笑いに紛れて話題はチョコの話に移っていた。


 貸し切りバスでゼミの研修旅行に行った。

 サービスエリアのトイレで、ハンドドライヤーを使い終わった瞬間、くるっと体をひねって後ろの友達に話しかける、ヒロコ。


 ヒロコの後ろは知らない人。その後ろにわたし。


「そこ場所を譲ってもらっていい?」


「え?」


「そこ、邪魔。次に使いたい」


「あ?」


 ヒロコは明るくて、テンションが高い。


 だけど、周りを見ない。


 でもある日、偶然耳にした。


「なんかさ、最近あの子、口うるさいんだよね。せっかく楽しんでいるのに」


 その、あの子が自分だと分かるのに時間はかからなかった。


 それからわたしは注意をやめた。


 グループから抜けることもしなかった。ただ、自分だけは少し離れるようにした。


 立ち話が始まれば、わたしは少し離れる。

 通路の中央に集まれば、わたしは端に寄る。

 テンションが上がって周囲が見えなくなると分かっているから、わたしは先に安全地帯へ移動する。


 それが、わたしの身の守り方だった。


 これ、やっておいてよかったと思うことがあった。


 下りエスカレーターにグループは乗り込んだ。わたしは階段を選んだ。


 案の定、下についてすぐ、ヒロコが立ち止まった。


「売り場はどっちだっけ?」


 後ろの人が困惑しているが、すり抜けた。だけど、その後ろ、その後ろ、人はどんどん降りてくる。


「どこ邪魔だ。どけ!」

 と上から声がかかった。


「邪魔?」と上を見上げるが、動かない。


 周りの人が、グループを囲んで一斉に動いた。


「まわりを見ろ。状況がわからないのか? くそが。事故になる」


 グループの一部ははっとしたようだが、ヒロコはポケッとしている。


「怖かった。なにあれ」


 変わらず明るいヒロコの声が聞こえた。


 卒業して就職しても、家はそれほど離れていない。

 でも、できるだけ会わないようにした。偶然を装って、距離を取った。


 ある日、母が言った。


「最近あんたに会えないって、ヒロコちゃんが言ってるって、向こうのお母さんが言ってたよ」


「だよね、なぜか会えないんだよね」


 わたしは笑ってそう答えた。会いたくない理由を説明しても、注意してあげればいいじゃないと返ってくるだろうから、そこは流した。


 わたしだって最初はそう思っていたぐらいだ。だけど、無理なんだ。世話するのは嫌なんだ。


 ある日、ヒロコが怪我をしたと聞いた。


 お店で立ち話をしていたら、後ろから人に突き飛ばされ、棚にぶつかって、荷物の下敷きになったらしい。


 もしかすると、一生、車椅子の生活になるかも知れないと母は顔を曇らせている。


 状況は、簡単に想像できた。通路の真ん中。テンションの高い声。

 周囲の流れを止める迷惑行為。


 たぶん、邪魔されて動けない人が睨みつけても、にっこり微笑みを返しただろう。敵意に鈍いヒロコだもの。


 だから、いら立って突き飛ばすというよりぶつかったのだろう。勢いがちょっとだけ強かったのだろう。


 同じような場面は何度も見てきたから、容易に想像できてしまう。


 どう注意すればよかったのだろう。


「危ないよ」と言えば、口うるさい。

「邪魔」と言えば、ひどい。

 黙れば、何も変わらない。


 明るくて、悪気なく、楽しく笑っているあなた。


 その人に「いつか身を滅ぼす」とどう伝えればよかったのか。


 わたしは結局、自分を守ることしかできなかった。

 離れること。距離を取ること。巻き込まれないこと。それしかできなかった。


 それは冷たいことなのだろうか。

 それとも、必要な選択だったのだろうか。


 ヒロコの怪我の話を聞いた夜、わたしはずっと考えていた。


 もしあのとき、もう少し違う言い方ができていたら。


 でも――


 わたしは、人混みで立ち止まる人を見つけると迂回する。


 そして少しだけ胸が痛む。


いつも読んでいただきありがとうございます!


誤字、脱字を教えていただくのもありがとうございます。

とても助かっております。

楽しんでいただけましたら、ブックマーク・★★★★★をよろしくお願いします。

それからもう一つ、ページの下部にあります、「ポイントを入れて作者を応援しよう」より、ポイントを入れていただけると嬉しいです。


どうぞよろしくお願いいたします。



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