重大インシデント発生
メラニィ・ルコードは奮起した。
それは彼女自身が多大な労力を要し、決断した結果である。
これには彼女の使用人たちも安心していた。
正直どうかと思うところのある主であったが、死んでほしいわけではないし落ちぶれてほしくもない。
これは仕事としても私情としても当然のことであった。
そのメラニィが頼ったイレギュラは、メラニィとルテリアだけではなく使用人も連れて森に入ろうとしている。
普段は門の前にゴブリンの影はないが、今は門のすぐ前にゴブリンの群れが見えている。
そのような状況なのに、入ることを推していた。
「試験の日以外は生徒以外も入れる。ここは頼りになる使用人の方の力をお借りしましょう。彼らはルテリアよりも強いですから、しっかりとあなたを守ってくれますよ」
「それは、そうだけど……」
「こう言っちゃなんですけど、俺やルテリアよりもこの人たちの方が信頼できるのでは?」
「……」
メラニィは不安そうだったが、使用人たちは誰もが誇りを込めて強く頷いている。
全員が公爵令嬢を任されるほどの猛者。彼らの姿勢に、メラニィはなんとか自信を立て直していた。
「難しいことはナシ。メラニィ様がまず魔法で遠くの敵を攻撃して、敵が近づいてきたら使用人の方々やルテリアが迎撃。その繰り返し。それも学校のすぐそば。コレ以上ない好条件ですよ」
「そうね……お父様やお母様に失望されないためにも……始めましょう!」
イレギュラに背中を押されて、メラニィは森へと踏み込んだ。
恐怖。まずそれが彼女を支配する。
最も弱いモンスターであるゴブリンが、こちらに接近してくる。
とっさの反応、防御的な所作。
彼女は悲鳴を上げるかのように、パニックから魔法を『乱発』した。
まったくこれっぽっちも狙っていない魔法だった。
再使用まで時間を要するにも拘わらず、最初の一発を適当に撃ってしまっていた。
それが周囲にわかるほど、彼女はおびえていた。
「ほら、簡単。貴方は天才なんですから、これぐらい楽勝ですよ」
「そうね……お父様やお母様、お兄様もそうおっしゃってくれたわ」
それでもなお、彼女の天才性は発揮される。
遠距離、広範囲。二重のアビリティによる攻撃魔法は、数体のゴブリンを吹き飛ばしていた。
前回も出た成果である。
だが前回よりは、彼女も冷静だった。
「これは作業です。遠くにいる内は、適当に発射。近づいてきたら下がって、仲間に任せて傍観。その繰り返し、難しいことは何もないでしょ?」
「ええ、そうだわ。できて当然、できなかったら、恥よね」
「いえいえ。出来なかったら、もう一回やればいいんですよ」
「そうかしら?」
「簡単って言うのはね、できて当然って意味じゃないんです。失敗がないってことです。成功するまで続ければいいんですから、失敗のしようがない」
「……そうかも」
こうしている間にもゴブリンは接近してくる。
その数は膨大だ。
だが彼女はもう一度魔法を撃つ。
今度は十体がまとめて吹き飛んだ。
「ここで後ろを向いて、全力ダッシュです!」
「そうね!」
恥も外聞もない。ギリギリまでひきつける気もない。
イレギュラが先に背を向けたことで、メラニィもダッシュできた。
それと入れ替わる形で、彼女の使用人たちが前に出る。
「はあああああ!」
ルテリアでも眼で追えない速さで、使用人たちはゴブリンを制圧していく。
完全に過剰戦力だった。
十人ほどいる使用人たちだったが、一人いれば十分と思わせる強さを持っていた。
「……すご」
「そりゃ当然だろ。公爵家令嬢の使用人だぞ? 強いに決まってる」
出る幕の無かったルテリアはぼそっと感嘆する。
イレギュラはそりゃそうだと笑いながら評した。
息を切らして振り向いたメラニィは、そこにゴブリンが残っていないことを確認する。
「……本当に簡単ね。いえ、その……頼りにするわ」
「ええ、お任せください」
「な、勇気は必要ないだろ? 準備がしっかりしていればいい」
「……すごいなあ、最初から段階が違うよ」
メラニィは最初からこうして、安全に強くなることができたのだ。
これからでも加速度的に強くなれるだろう。
(まあもっとも、彼女にコレで満足してもらうつもりはないけどな)
メラニィは痛い目を見た分、必死で強くなるだろう。
真の仲間と言って差し支えない。
公爵令嬢を真の仲間にできたという事実を、イレギュラはフル活用するつもりであった。
「ところでさ……試験のとき以外はこれでいいとして、試験の時はどうするの? イレギュラさんは戦えないし、私一人で前線を支えるのはちょっと……」
「貴方はとても強いじゃない! 前の試験の時も私を救ってくれたでしょ?」
「あの時は無我夢中で、正直覚えてないし、実感もないんだけど」
「まあまあ、その点も俺に考えがありますからご安心を。ただメラニィ様にも、それなりに出費してもらいますけどね」
男爵家や子爵家と違い、公爵家は立派な貴族である。権威も財力も桁違いだ。
メラニィが悩んでいるのが馬鹿らしくなるくらい、話は簡単なのである。
※
メラニィとの訓練に立ち会った後、イレギュラはこの英雄校で知り合った生徒たちに会って回っていた。
レベル上げを手伝っただけという薄い縁であったが、それでも会うだけなので誰もが了承していた。
その内のひとりの、その一幕である。
「俺とルテリアはメラニィ・ルコード様の傘下に入った。君も入らないか?」
「……え、マジで?」
「マジもマジさ。そんなに深く考えず、これから先の未来を考えようぜ」
イレギュラは実に性格の悪い顔をしていた。
思惑があって誘っていることは明らかである。
しかし彼がこういう顔の男であることは知っているので、今さらであった。
「この間みたいなことがなかったとしても、これから先は角付きゴブリンなんぞよりもっと強いモンスターと戦うんだぜ。今のままの装備で生き残れるか? 強い武器と防具が必要だろ。用意できるアテがあるか?」
「……あったら、とっくに頼ってるよ」
「だよなあ。まあ借金とか借用とかでムリヤリ用意することもできるだろうが、その場合も壊れたらそれまでだ。武器は消耗品、身の丈に合わないものは経済的に破綻する。だがメラニィ様なら、少なくとも今の装備より数段上の物を都合してくださるだろう」
「そう上手く行くか?」
「メラニィ様からすれば俺たちは壁だぜ? 壁の硬さをけちると思うか?」
周囲からすれば、メラニィの好感度は低い。
しかしイレギュラが推していることもあって、いきなり拒絶することはなかった。
「……お前がされたみたいに、成果を奪われるんじゃないか」
「ソレ、自分の命と釣り合うか? 武器や防具を買うカネと釣り合うか?」
「ノルマ以上の成果は差し出して、見返りとして武器や防具を貰うってことかよ」
「ああ。無償で奪われた時は、正直俺もルテリアも腹が立った。だが今はメラニィ様も考えを変えたよ。今後は対価を用意しておられるのさ」
イレギュラはここで席を立った。
「返事はすぐにしなくていい。それに俺からの勧誘を断ったところで、メラニィ様に恥をかかせたことにはならねえよ。だから次の試験の前日までに考えておいてくれ」
「……お前さ、その条件で俺が頷くと思ってるのか。そう思ったから声をかけたのか」
「いいや。前の試験を切り抜けたお前の実力を買っている。安心して推薦できるから声をかけたのさ。無能だったら放置しているよ」
お世辞なのはわかっている。だが事実であることは声をかけられた者の方がわかっている。
先日の異変、突然のインフレに自分は対応できた。自信がついた。
その自信は誇りとなり、その誇りを肯定されることは甘露であった。
わかっていても、食いついてしまう。
「待て……もうちょっと詳しく聞かせてくれ」
※
数日後。
まだまだ試験まで余裕のある日。
英雄校の中にある武器店に、多くの生徒が集まっていた。
男爵家、子爵家の令息令嬢たちが、自分たちの身分に合わないであろう武器を手に迷っている。
それを見守っているのは、メラニィ、ルテリア、イレギュラの三人であった。
「公爵家って本当にお金持ちなんだね。私の槍だけでもすごく高かったのに、こんなたくさんの人に武器を買えるなんて……うらやましい」
「正直に言うけれど、私にもこんなに余裕はないの。この前に一位を取ったから、そのお祝いとしてお小遣いをいただいたのよ。それがなかったらさすがにここまで買い物はできなかったわ」
「……すごい額のお小遣いだね。本当に階級社会だなぁ」
男爵令嬢は公爵令嬢の財力に打ちのめされていた。
自分も一位とか二位をとったが、そのときに実家からお祝いとかをされていない。
彼女の実家は手紙を送る余裕どころか、こちらの事情を知る余裕もないのだろう。
「どちらかというと、イレギュラの手腕に驚いたわ。こんなにたくさんの『試験で使える兵力』を用意できるなんて驚きよ」
「そんなたいしたことはしてませんよ。彼らとはあくまでも割り切った仕事だけの関係、大人と大人のカネでの繋がりです」
「言い方が一々汚いわね……」
「きれいな言葉よりわかりやすいでしょ?」
イレギュラの勧誘は、おおむね成功していた。
彼が声をかけた者たち。つまりこの英雄校に来るまで、特に準備をしてこなかった『落ちこぼれになるはずだった者たち』。
その数は二十名ほど。全員が前衛を務めるわけではないが、それでも結構な数だ。ルテリアが加われば立派に前線を構築できるだろう。
仮にイレギュラが『自分の仲間』として勧誘していればこうはならなかった。
イレギュラに彼らへ武器を用意できるほどの財力はないし、なにより子爵だ。珍しいアビリティを持っているだけで、どこにでもいる子爵令息の部下になりたがる生徒はそういないだろう。
もしも理由があるとすれば、ちょっと恩があるだけだ。それだけで部下だとか仲間だとかになるわけがない。少なくとも全員がそうなるとは思えない。
旗印がメラニィ・ルコードだからこそ、この状況になっている。
「この人たちが命懸けで戦ってくれると思う?」
「『自分が友達に望んでいる通りに、友達には振る舞わねばならぬ』ですよ。メラニィ様は、この場の一人一人のために命懸けで戦えますか? そう思えるほどの何かを差し出せるんですか? 自分だったら武器を買ってくれただけの相手のために命懸けで戦いますか?」
「ああもう! しつこいわよ! わかったわよ! 望みすぎたわ! ふん!」
一々うるさくて、超然としている。
何もかも想定通りという顔だ。
胡散臭いが頼りになる。
ルテリアが信頼するのもわかる。
少し前は未来を悲観し絶望していたのに、今はまあまあ明るい未来が見えていた。
見えない何かにぶつかっても、彼が何とかしてくれそうだ。
メラニィがそう思っていた時である。
ルテリアが自分の手を打った。
「そういえば! 私のところに『仲間になりたい』っていう人が来たんです! 低ランクですけど、回復魔法が使えるんですよ!」
「それはありがたいわね。パピヨも回復魔法の使い手だったけど帰っちゃったし……新しい人が来てくれるなんて願ったりかなったりよ。紹介してもらえる?」
(おっと……組織が形成されれば、その分人も集まってくる。いいぞいいぞ! 回復魔法の使い手なんて何人いても腐らないしなあ! それに低ランクでけっこうだ。高ランクの回復魔法使いなんて、それこそ主人公シナリオでもないと必要ないしな! 俺にとっても『隠れ蓑』になる!)
新しく回復魔法の使い手が来るということで、メラニィもイレギュラも喜んでいる。
十分な前衛がいるのなら、回復魔法の使い手は喉から手が出るほど欲しい。
組織が大きいのならなおさらだ。
「失礼します……伯爵家令息、アメル・カンカール、です。アビリティは回復魔法だけです……よろしくお願いします」
現れたのは、イレギュラよりもさらに背が低い男子生徒だった。
自信なさげな表情も相まって、少女にも見える顔をしていた。
「有望株ね、歓迎するわ。これもイレギュラの手柄ってことになるのかしら。それともルテリアのお手柄……?」
「あれ、どうしたの。なんかすごい顔をしてるけど」
「僕が何かしましたか?」
その少年の顔を見たイレギュラの眼は見開かれ、今までになく……でもないが、クナオル以外が見たことのないびっくり顔になっている。
(なんでだよ! こいつ主人公の仲間のひとり、男の娘枠のアメルじゃねえか! 序盤はクソ雑魚な回復役だけど、後半に入ると覚醒して瀕死になった主人公の呪いとかも治しちゃう、シナリオ的にもゲームシステム的にも必須のキャラじゃん! なんで俺のところに来てるんだよ! お前はルテリアともメラニィとも、俺とも接点ないだろ!?)
彼が恐れていた事態につながりかねない重大インシデント。主人公の仲間が自分のところに来てしまう、が発生していた。
ラスボスが勝利する確率が高くなるという、避けなければならない事態であった。
「あ、アメルさん……弊社を志願なさなったのは、どのような動機によるものでしょうか?」
(ヘイシャ? 兵舎のことかな?)
イレギュラは珍妙な質問と単語を出した。
文脈でなんとなくわかるのだが、古語表現のようで落ち着かない。
とはいえアメルは素直に答える。
「ゴブリンが大量発生したとき……僕は姫様に助けていただいたんです。その時に憧れて……おそばに行きたいと思いました。でも、今の僕は大してお力になれません。ですからここで成長して、姫様のもとに行けるようになりたいんです」
「……キャリア形成のためということですね、承知しました」
イレギュラは物凄く困っていた。
彼の手は見えない粘土を握っているかのように開いたり閉じたりしている。
(どうする、どうする俺!? こいつは本来、あのイベントのあと主人公のところに直接行っていたはずだ! バタフライ効果かなにか、あるいは俺が組織を作ったことでそこに流れが生じたのか!? とにかく、なんとか断らないと、世界が滅ぶぞ……!! だがどうやって断る!?)
ここでイレギュラはメラニィを見た。
彼女が『そういうことなら姫様のところへ直接行きなさい!』と怒っていれば話は簡単だったが、ただただイレギュラの変な顔に驚いているだけだ。
(もはやこれまで!)
イレギュラは早押し問題のように時間制限のある中で決断を下していた。
「かんげいします! いっしょにがんばりましょうね!」
「……は、はい! がんばります!」
もう受け入れるしかなかった。
(やべえええええ! どうしよう! こんなの想定外だ~~!)
そんな彼の顔は、内心が現れていて、全然歓迎しているように見えなかったのだった。




