もう抜け出せないねぇ
男爵家令嬢、ルテリア・クラッセル。
身体強化というありふれたアビリティを並みのランクで獲得しているだけの、どこにでもいる普通の男爵令嬢である。
本人も申告していたように、貧乏貴族の中でお腹を空かせながら生活し、縁談が組まれることもなく、半ば捨てられるような形で軍属になってしまった少女だ。
強くなれるとも、強くなりたいとも思っていなかった。だから弱かった。
しかしイレギュラによって強くなれると知った。強くなればお金持ちになれるかもしれないと希望を抱いた。
彼女は及第点以上の成果を得るため、イレギュラと共に励んだ。
その結果が『差』として現れたのが先日のことである。
自分たちから上前をはねた公爵家と侯爵家のご令嬢様が無様をさらし、自分はそんな彼女らを救う余裕すらあった。
自分は間違っていなかった。
もしも弱いままだったら、及第点の強さすら求めていなかったら、あのときに死んでいただろう。
及第点以上の強さを求めていなかったら、彼女らを救うことはできなかっただろう。
強くなることは楽しくないが、その強さを実感できることは楽しいと知れた。
まだまだだ。自分はまだまだ強くなれるし、もっと活躍できるようになる。
お金持ちにだってなれるだろう。
彼女はそう考えていた。
※
現在ルテリアは、英雄校の食堂で食事をしていた。
イレギュラ以外に特に親しい友人もいない田舎娘の彼女だが、今は多くの戦友と同じ釜の飯を食っている。
長く分厚い木の机を囲み、丸い座椅子に座る生徒たち。
男爵家、子爵家の令息令嬢。
イレギュラに教えを乞い、強くなる手助けをしてもらった生徒たちもいるが、そうではない生徒らもいる。
彼らは全員、先日の凶事を自力で乗り越えていた。
それだけでもうれしいが、自力で頑張っていなかった生徒らが無様をさらしたことが痛快だった。
暖かい食事を囲んでいるが、それが主役ではない。
お酒の一滴も飲んでいないのだが、それでも顔を赤くしながら互いをたたえ合っていた。
ズルをしていた上級貴族の生徒らをバカにして笑ってもいた。
なかなか若い、そして楽しい宴であった。
(ふふふ……これがパーティーかあ……楽しいなあ)
宴に参加しているルテリアは、基本的には黙っていた。
乾杯をしたり大笑いをしたり、拍手をしたりなど、パーティーの出席者の一人としてのふるまいはしていた。
自分から積極的に話しかけることはないし、話しかけられてもそんなに大きな反応をすることもなかった。
だがそれでも彼女は、他の出席者と同様にニコニコと幸せそうな顔をしていた。
(輪の中に入っている感覚……疎外感がないって、こういう感じか~~!)
だれに話しかけられても困らない。
無理に話しかける必要がない。
そして自分がここにいていいのかと悩まなくていい。
この宴に参加していいのかどうかは、すでに検討され終えている。
できるかできないかではなく、達成しているかどうかの話だ。
後ろめたさなどあるわけもない。
当事者としてお互いをたたえ合える宴の一員になれたこと。
男爵家の令嬢のひとりでしかなかった彼女にとって、この宴は間違いなく思い出の一ページだった。
(きっと、他の生徒もそうなんだろうなあ。イレギュラさんもくればよかったのに……)
改めて思う。これが栄光だ。
学校の成績を『お化粧』しただけでは絶対に得られない真の栄光だ。
本物の努力の成果を得た彼女は、終始心から笑い続けていた。
※
楽しい時間はあっという間だった。
もっと積極的に話せばよかったかな、とか。
いやいや、あれでよかったんだよ、とか。
そんなことを考えながら、ルテリアは寮内の自分の部屋へ歩いていく。
軽快にスキップしていく姿は、上機嫌そのものであった。
しかしそれは唐突に終わってしまう。
「ルテリア・クラッセル様でしょうか。私めは、メラニィ・ルコード様の遣いの者です」
執事服に身を包んだ、上品な雰囲気の男性に声をかけられた。
自分の父親ほどの男性に敬語で話しかけられたのは初めてなので、不意打ちもありこわばって転びそうになる。
(ルコード家の遣いって……この人きっと、伯爵家とか侯爵家の出身だよね!? 普通に私よりいい生まれの人じゃん! なんでそんな人がわざわざ話しかけてきてるの!?)
相手は使用人であるが、自分よりも上の人間であると理解し、だからこそ硬直する。
浮かれていたこともあって、どうしていいのか気構えが足りていない。
一方で男性側はこれを想定していた。手短に要求を伝える。
「メラニィ様がおよびです。どうかご同行願えないでしょうか」
「ひゃい!」
ルテリアはまず返事をし、そのあとで内容を把握し、そして断れないことであると悟っていた。
ものすごく嫌な要求であったが、最下級でしかない男爵家の令嬢ごときが、最上位である公爵家令嬢のお願いを断れるはずもない。
(もしかして、さっきのパーティーで『不合格』の生徒をバカにしていた声が聞こえていたとか……殺されるかもしれない)
とても素晴らしい所作で先導する執事の後ろに、ルテリアは青ざめた顔で続く。
強くなった自覚はあるが、目の前の男性と殺し合えば負けるだろう。
なにより、家のことを持ち出されれば抵抗すらできない。
(調子に乗ってすみませんでした~~! イレギュラさん、助けて~~!)
絞首台に向かう心持ちで、メラニィの部屋に入ったルテリア。
そこにはメラニィが待っていたのだが、想定外なようで想定内の姿をしていた。
今の自分よりもよほど憔悴した顔を隠そうともしない、やつれ切った顔をしていた。
メラニィは笑わず、礼儀作法もなにもなく、震えながら椅子に座っている。
彼女の椅子の前には机があり、その上には上品で高級な菓子やお茶が準備されているのだが、その印象が霞むほど余裕がなかった。
公爵家令嬢は敗者の顔をしていた。
思わず、生唾を呑む。
先ほどの宴が勝者の栄光ならば、ここにあるのは敗者のネガがあるのみだ。
「失礼します……」
着席を促されるより先に、ルテリアはメラニィの前に座った。
礼儀に反する行為だったが、このままだとメラニィは何も言わないだろうと思ってのことだ。
周囲には先ほどの執事と同等の生まれであろう使用人もいるのだが、それを咎めるどころかむしろ推奨している雰囲気がある。
とはいえ、なぜこうなっているのかルテリアにはわからない。
だからこそメラニィが話しかけるまで待つしかなかった。
(気まずい……)
改めて思う。さっきは天国だった。
どう話しても、誰も気にしなかった。
だが今は何を話しても悪い風に働くと思う。地獄である。
「あのね……」
憔悴しているメラニィは、お茶にもお菓子にも手を付けず、勧めることもなく本題に入った。
本題に入って数秒間、彼女は何も言わなかった。
地獄の責め苦のような、長い数秒であった。
「先日、貴方たちからゴブリンの核を奪って……私が一位になったでしょう」
「ええ、はい……」
「そのことが実家にも伝わったようでね、お父様やお母様、お兄様からもお褒めの手紙と『お小遣い』をいただいたの」
「それは、よかったですね」
「ええ……とても、うれしかったわ」
自分の娘がドラゴンをしとめたと聞いたらさすがに信じないだろうが、ゴブリンをたくさん仕留めたというのならなにもおかしなことではない。
彼女の家族は『粉飾決算』を真に受けて、娘を称賛しボーナスまで渡したのだ。
敗北を喫するまでの彼女であれば、これも受け止められただろう。
家族をだましていることに罪悪感を覚えず、むしろ調子に乗っただろう。
だが今の彼女にとって、この状態は最悪だった。
「お父様もお母様も、また私を褒めてくださるわ。きっと私のことを、自慢の娘だと褒めてくれるわ」
先日の無様によって、メラニィの心は折れていた。
恥も外聞もなく家に帰って引きこもるつもりだった。
他の生徒、パピヨを含めて無様を晒した生徒はすでにそうしている。
だがメラニィにそれはムリだった。
「今帰ったら、それがなくなってしまうの!」
家族からの『自分が望んでいた暖かい手紙』が届いたことで、その妄想は自壊してしまった。
今家に帰れば失望される。それを否定できるものはいなかった。
「私は……もう、一位で居続けるしかないの! そうじゃないと、お母様もお父様も私を嫌いになってしまうわ!」
幼稚なことを言うが、幼稚だからこそ真剣だった。
彼女は親に嫌われることを、この世の終わるかのように恐れている。
それは、幼稚だからこそ共感が容易で、ルテリアの心を動かしていた。
(そうだよね。この人は公爵令嬢で、私なんかとは格が違うけど……来たくて来たわけじゃないのは一緒なんだよね。それで成果を出せたら、嘘でもそのまま褒められたいよね)
ごほん。
ルテリアはここで踏み込んだ。
「私を呼んで、どうしてほしいんですか?」
「前回の試験はうやむやに終わったけど、これからも試験は続くわ。知っての通り、私はそれについていけない。使用人を護衛として連れていくこともできない。だから……仲間が必要なの! 貴方やイレギュラに、仲間になってほしい!」
「なんで、私たちなんですか?」
「貴方たちは、私を見ても、軽蔑しなかったから……」
これは普通なら素晴らしい提案である。
公爵家の令嬢が子爵家の令息ごときを仲間にするのは相当な好条件だ。
ルテリアにも恩恵はあるだろう。だがそれでも、あっさり引き受けるほどルテリアは聖人君子ではない。
「その前にやることがあると思います」
メラニィは精神的に参っていた。
もしものことが起きないとも言い切れない。
だがルテリアが拒否するのも当然だ。
弱っている権力者の嘆願に価値などない。
話し合いを見ている使用人たちは最悪の事態すら想定し、諦めかけていた。
「貴方はまず私とイレギュラさんに謝るべきだと思う。話はそれからだよ」
ルテリアは強い目をして訴えた。
メラニィは自分の都合を押し付けているだけだ。
彼女自身の抱えている事情が幼稚であることは仕方ないが、幼稚な態度のままではだめだ。
上の立場であっても非を認めるべきだとルテリアは訴える。
「……ええ、そうね。本当に、ごめんなさい。貴方たちの成果を差し出させたこと、謝らせて。それから、あの時は助けてくれてありがとう……」
メラニィは少し前進した。
一足飛びの成長ではなく、幼稚な少女の、適切な前進であった。
※
戦友たちの細やかながら楽しいパーティーが催されていた時。
イレギュラ・ブラッカーテは自室でクナオルと一緒にくつろいでいた。
彼は戦友たちにも劣らぬ上機嫌なふるまいをしている。違うのは、喜んでいるのが彼だけで、クナオルは普段通りに冷え切っているということだろう。
「ふはははは! 万事計画通り! この俺の作戦は順調そのもの! 悪くなる要素ナシ! これはもう俺個人の才能のエグさがあらわになったといっていいな!」
「下品さと下劣さがあらわになっております」
「君の前だから問題ないだろう。んん?」
「好きな女性の前で格好をつけるのが殿方だと思っております」
「あいにくだが俺は好きな子に隙を見せる系男子だぜ」
「大嫌い」
「ぐふははははは! なあに、そのうち惚れさせるさ! そのためにも未来を確保しないとな!」
くつろいでいるというが、イレギュラは自室内をスキップし、飛び跳ねている。
百年の恋も冷めるであろう、卒業しているべき幼児の振る舞いであった。
「メラニィ様を仲間にする計画はどうなっているのですか?」
「できたらいいな、だ。まあ正直、こういう形になったから上手く行っているとは言い難いな。このまま実家に帰るかも知れないし」
「それではどういう予定だったのですか?」
「一位になる快感を知ったうえで、これからさきに行き詰まれば俺を頼ると思っていた。索敵能力は珍しいからな、手近な俺を傘下にしようとしても不思議じゃない」
「傘下でいいのですか?」
「十分だろ? 公爵家の令嬢と対等以上の仲間になれるなんて、期待する方がおかしい」
「身の程を知っているのか、知らないのかわかりませんね」
「俺と君の距離感は把握しているよ。さあて、今回のプレイは……」
いやらしい顔で、クナオルに着せる用の服を探し始めた彼の耳に、ドアのノック音が入ってくる。
「やべっ!」
(これで計算高いつもりなのが笑えないわね)
イレギュラは慌てて自室の椅子に座った。
勢いよく座ったので転倒しそうになったほどである。
「失礼します~~!」
(本当に失礼だな)
よほど慌てているのか、こちらが許可を出していないのに入ってくる。
ノックしたのでギリギリだが、もしものことがあったらどうするのだろう。
と、思ったのは少しのことだ。
まずルテリアが入ってきたのだが、次いで入ってきたのは……この学校の男子制服を着ているメラニィであった。
男子用のブレザー、男子用のズボン、男子用の靴を履いている。
本人はこれでいいのか、と困惑気味であった。
「なってませんね」
これでいいのかなと思っている本人へダメ出しをしたのは、寄りにもよってクナオルであった。
「男装を勧めたのはルテリア様ですね?」
「は、はい! イレギュラさんは、女の子に男の子の格好をさせるのが好きだって言ってたので!」
「確かに坊ちゃまは男装が好きです。しかしこれは男装と呼べるレベルではありません」
男子の服を着ているだけでは男装ではないと淡々とこき下ろし始めた。
「この男装からはなんのテーマも感じられません。男子の服をあえて着ることで体形を顕わにすること、男子の服をあえて性的にデザインすること、女性性をあえて封じること。いずれでもない。恥ずかしがってすらいない。髪型すらそのまま。これではとてもとても、坊ちゃまは満足なさらないでしょう」
「なんでお前が俺の癖について熱く語ってるんだよ。しかも相手が公爵令嬢だぞ? 弁えろよ」
「差し出がましい発言でした。申し訳ありません」
「本当だよ……距離感どうなってんだよ……」
これにはイレギュラもドン引きである。
「それで、どのようなご用件ですか?」
「あの、まずは謝らせてちょうだい。貴方とルテリアの成果を奪ってしまったことを、謝りたいの」
「……そんなことは気にしなくていいんだけど。まさかルテリアちゃんは、その点を突っ込んだの?」
「え、あ、あ! はい!」
「相手は公爵令嬢なんだけど、君も命知らずだねえ……」
やれやれと常識人ぶる奇行の男。
彼は本題へ進めようとしていた。
「謝罪は受けさせていただきますが、どのようなご用件で?」
「貴方とルテリアさんに、一緒に戦ってほしいの。私は家族の期待に応えたい……成果を出さないといけないの! 厚かましいのはわかっているけど、協力してちょうだい!」
「望むところです」
彼女は確かに努力不足だ。
現在の森に入れば死ぬしかない。
だがまだ間に合う。
「貴方は十代で生徒です。ベリーイージー、ボーナスステージ、チートコード、イベント中。よゆー、よゆー」
「?」
「家族の期待通りの強さを本当に得られるってことですよ」
クナオルとルテリアは、あらためてイレギュラの顔を見た。
自信満々に笑う彼はやはり頼もしかった。




