別視点にて
英雄校の試練の森。
現在異常発生したゴブリンたちが、英雄候補たる生徒たちに襲撃を仕掛けていた。
苦戦する生徒も少なくない。
しかしそれを救う生徒もいた。
傷つき倒れ、助けを乞う生徒たちは、希望の眼で『姫様』を見つめている。
「はあああああああああ!」
フレイヤー・ウルフドッグ。
この国の皇帝の娘であり、第二位の皇位継承権を持つ女性である。
激しくもおびただしいオーラを放つ彼女は、手にしている豪華な剣を振るう。
その剣そのものが、何体ものゴブリンを切り裂いた。
さらにその剣から放たれたオーラは、その奥にいた別のゴブリンたちすらも切り裂いていく。
フレイヤーのアビリティ、オーラ。
身を守る鎧であり、近距離や遠距離両方へ攻撃が可能な複合アビリティである。
彼女はコレを高ランクで備えている。
それだけでも他よりも上だというのに、これに加えて自己強化という複合アビリティも高ランクで備えている。
家柄相応、この英雄校の中でも最強の生徒であろう。潜在能力を加味すれば、この国全体でも二番目の実力者と呼んで差し支えない。
「普通のゴブリンどころか、角付きのゴブリンすら一刀両断……ぐぬぬ! オレも負けてられませんわ!」
彼女の従姉妹に当たる、皇帝の血筋の少女。
マルデル・ウルフドッグ。
フレイヤーと共に他の生徒たちを守る彼女のアビリティは、メラニィと同じ遠距離攻撃魔法と広範囲攻撃魔法である。
マルデルがメラニィと異なっている点は、今日までまじめにゴブリンを倒してきたということであろう。
ただそれだけであるが、より広範囲、より遠くのゴブリンたちを吹き飛ばしていく。
その殲滅速度はフレイヤーよりも上かも知れなかった。
「さすがだね、マルデル。これでほとんど終わったようだ」
「角付きを倒せていないのが見えるでしょう!? オレに対する嫌味なのかしら!?」
マルデルの攻撃を生き残った角付きゴブリンたちは、体を焦がしながらもフレイヤーたちに近づいてくる。
その前に立ちはだかったのは、また別の令嬢であった。
「そっちはアタシが終わらせるから安心してちょうだいな」
ずしんずしん。
小柄な少女ワワ・スムールは、身の丈をはるかに超える巨大な金棒を担いでいた。
普段から着ているフリルたっぷりの服によく似た、装飾の多い戦闘服をたなびかせつつ、その巨大な金棒をフルスイングした。
「これでは、下の下ですわ!」
ぶち。
明らかなオーバーキル、過剰火力。
通常のゴブリンよりも頑健であるはずの角付きゴブリンたちは、金棒に当たるや否や、吹き飛ぶこともなくそのままバラバラになった。
生卵をバットで殴打すると飛ぶのではなく炸裂するかのように、ワワの一撃は角付きゴブリンを粉砕し地面にばらまいたのである。
「……すごい、さすが姫様とその御仲間だ」
「助かりました、ありがとうございます!」
救われた者たち……伯爵家、侯爵家の令息、令嬢たちは涙で顔をぐしゃぐしゃにしながら感謝を伝える。
やはり皇帝の血筋は格が違う。その仲間もまた優秀な精鋭だ。
真の英雄とは彼女らのような者をいうのだろう。
もはや信仰の対象かのように崇めていた彼らであったが、振り向いた彼女の顔を見て愕然とする。
明らかに憤慨していたのだ。
気品のある美少女から怒りを向けられたということで、ただでさえ腰を抜かしていた生徒たちは縮んでしまう。
彼女が何かを言う前に怯え切っていた。
そうとわかったうえで、フレイヤーはしっかりと叱責する。
「これほどのゴブリンの群れに遭遇することは、この森ではまれなことでしょう。角付きがこれほど発生したことは前例がないのかもしれません。ですが、倒せない強さではありませんでした。少なくともここに来るまでの間、いくつかの組の生徒に会いましたが、独力ではねのけていましたよ。貴方たちは今まで何をしていたのですか!」
極めて常識的な指摘であったため、令息令嬢たちは黙ってしまう。
今日まで怠けていた自覚があるからこそ、本当に返す言葉がない。
まして相手が恩人、皇帝の娘とあれば縮こまるしかなかった。
「おやおや。四方八歩を駆けまわって助けていたお姫様ですから、てっきりお優しい言葉をおっしゃるのかと思っておりましたけど、意外とかわいくないことをおっしゃる」
森の奥から、一人の少年が現れる。
周囲の令息や令嬢と同じく、仕立てのいい戦闘服を着ているが、所作や言葉が貴族令息のそれではない。
彼はコー・スレックシュ。
才能があると認められた結果、侯爵家に養子として入った少年である。
「こういうのをなんでしたっけ、水に落ちた犬を棒で叩く、でしたっけ?」
「彼らが犬なら暖かく抱きしめます。彼らが無辜の民でも同じこと。ですが彼らは英雄になるための訓練を受けている最中です。ゴブリン相手に後れを取るなど、サボタージュといって差し支えない」
「差し支えないも何も、今までサボっていたのは本当でしょうに! ま、それはオイラも同意見。こんだけいい武装をしていて、メシやらフロやらの世話をしてもらって、訓練期間があって、それでこのザマならお説教の一つでもしたくなりますわな」
コーは周囲の『無力な英雄候補』を見下しながら同調、しない。しかし笑いながら微笑んでもいた。
「ですがねえ、くどいですけども……助けておいて説教はするなんて、大事に思っているのか、嫌いに思っているのか。一貫性の欠如ってことなんじゃないですか?」
「好意も敬意も抱けませんが、見捨てるほどではない、ということです」
「なるほどねえ、オイラに突っつかれても迷うことはないってことですか。かわいくないお姫様だ」
平民からの成り上がりが偉そうに、帝国の姫と歓談している。
その姿に、守られている者たちは歯ぎしりをしてしまう。
だが彼らの苦難はここからが本番だった。
※
普段よりも早い時間に、全ての生徒が森から門の中に戻っていた。
その反応は、素人でもわかるほど二分されている。
今までまじめに努力をしてきたもの。
今までよりも圧倒的に多いゴブリンの遭遇に驚き、慌てて戻ってきてはいるが、疲れてもいなければ大したケガもない。
なにより、角付きのゴブリンも倒していた。
対照的に、今まで最低限の努力すらしてこなかったもの。
彼らはすっかり怯え、体だけではなく服も『自分の体液』で汚れ切っていた。
最低限のノルマはおろか、核の一つも持ち帰れていない。
後者は悲惨だった。自分たちが少数派の落ちこぼれだと突き付けられてしまっていた。
フレイヤーのような『本物の英雄』が平然としているのはまだいい。
コーのような成り上がり組が同様なのも、噴飯ものではあるが納得できなくはない。
だが子爵、男爵の下級貴族出身の生徒らは全員が前者側だった。
自分たちよりも身分が下で、装備も貧弱な支給品で、ついていた指導者も劣っている。
アビリティも一つの者ばかり。
それなのに、英雄側の人間になっている。
自分たちをちらちらと見て、鼻で笑っている。
つらかった。
だが、もっとつらいのは、自分たちと同等の者からの視線だ。勝って帰ってきた同格の者たちだ。
フレイヤーもそうだが、他の者も明らかにさげすんできている。
お前たちは上級貴族の恥だ。お前たちのような者がいるから、私たちも恥をかいたのだ。
本来なら、上級貴族側が全員余裕で合格して、不合格の下級貴族を見下すべきだというのに。
ああ、死ねばよかったのに。
それを口にするものまでいた。
「早い段階でふるいにかけられてよかったよ。お前たちのようなゴミと肩を並べて戦うことになっていれば、本番で足を引っ張られることになっていた。さっさと実家に帰って、世間に姿を晒さずに生きていくといい」
侯爵家令嬢、ベルマ・マードン。
フレイヤーと並んでも見劣りしない背の高さと、彼女以上の豊満な体形の持ち主であった。
その目はフレイヤーよりも数段鋭く厳しい。
比較的遅く帰ってきた彼女は、単独で、どっさりと角付きの核を持ち帰っている。
その実力は、フレイヤーの周囲の者にも後れを取らないだろう。
「というのは建前だ。本音を言えば、全員死んでほしいよ」
強者からの厳しい指摘は、すでに折れていた心を叩き潰すには十分すぎた。
この後、多くの生徒が自主退学することになる。




