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餌にかかったな!

 入学して一週間も経過しないうちに、ルテリア・クラッセルという真の仲間候補を得たイレギュラ。

 現在彼は、自室に飾った『ルテリアの男装服』を見つめてにやにや笑っている。

 そんな彼のすぐそばで、クナオルは紅茶を淹れている。


「ところで坊ちゃま。ルテリア様にユニット生産能力について説明なさるのですか?」

「するわけねえだろ。仮に俺が彼女の立場だったとして、いきなり『俺はラスボスの下位互換なんだ』なんて説明されても反応に困る」

「賢明な判断ですね。それでは……彼女への評価はいかほどで?」

「お前と同じ、低ランクの身体強化アビリティ……十分だ」


 同じアビリティでもランクが存在し、ランクが高い方が強いという当然のルールがある。

 レベルで負けていても、アビリティのランクが高ければ勝てるということもあるぐらいだ。

 まして同じレベルならば、その差は言うまでもない。


 それを知ったうえで、イレギュラは十分だと言い切った。


「これがスポーツのレギュラーだったりRPGのパーティーみたいに一定の枠があって、しかもこっちが好きなだけ選べる立場ならよりランクが高いのを厳選するさ。だけど俺は所詮子爵の男子、跡取りですらない。厳選なんてできるかよ、バカバカしい」

「それもそうですね、身の程をわきまえていて安心です」


 身体強化はありふれたアビリティである。

 だからこそ、イレギュラとしてもランクの違いがどの程度の差なのか把握することはできていた。


「では最初から、高ランク持ちについては諦めているということですね」

「そうでもない。チャンスがあれば引き入れたいさ。その相手に目星もつけてある」

「坊ちゃまに目を付けられるとは、不運な相手ですね。そのお名前は?」

「メラニィ・ルコード」


 イレギュラが口にした名前を聞いて、クナオルは瞠目する。


「ルコード!? アビリティどうこうではなく、公爵家ではありませんか!」

「そうだぜ。だけど想像してみろよ……公爵令嬢が俺のところに来て、男装して、俺の仲間になりたいって言いに来る様をよお……くくく、最高に楽しみじゃねえか」


 すでに仕込みは進んでいる。

 これから先どうなるとしても、イレギュラが損をしないような流れになっていた。



 メラニィ・ルコード。

 金髪碧眼、見目麗しい、整えられた髪の少女である。

 背は平均よりもやや低いが、侮るなかれ。

 二つのアビリティを持つ、天才側の人間である。


 ルコードと言えば公爵家。

 貴族の階級において最上位である。

 これより上は皇帝の一族しかいない。


 一般人が想像する、とても裕福で華やかな生活を送っている貴族像そのものの貴族の家だ。


 そのルコード家の出身であるメラニィは、現在とても不満に思っていた。


 彼女は公爵家用の、寮の中のとても大きな部屋の中で、並んでいる使用人たちを怒鳴りつけていた。


「明日は試験の日ですわ。それまでに貴方たちには、ゴブリンの核を百個以上集めて来いと言ったはず。それで、この結果?」


 執事、メイド。

 それぞれが公爵家に使えるに足る、素晴らしい経歴の持ち主の使用人たちだが、現在絨毯の上で正座をさせられていた。

 その前にはゴブリンの核が山のように積み上げられている。

 彼らが数日かけて、苦心して集めた成果だが、メラニィにはまだ足りなかった。


「貴方達、それでもルコード家の使用人なのかしら!? 言い訳があるのなら聞いてあげる」


「恐れながら……仮に次の機会をいただいても、ご期待には沿えないかと」


「なんでよ! あの、名前を呼ぶこともおぞましい子爵家の小僧っ子と男爵家の小娘ごときが、一日で百体以上もゴブリンを倒しているのよ!? なんで貴方たちが何日もかけて、それを達成できないのよ!」


 家の格が、そのまま子弟本人の実力に比例するとは限らない。

 しかし使用人の格は家の格に比例すると言っても過言ではない。

 裕福な家ほど、優秀な人材を厳選できるからだ。


 仮に、イレギュラが優秀で有能だったとしよう。

 だとしてもこの場にいる、優秀な使用人たちの総力より上というのは納得できない。


「まず……試験以外の日には、多くの使用人があの森に入ってゴブリンを狩っております。それゆえに、もはやモンスターが湧く数が追い付いていません。ゆえに我らであっても、ゴブリンをこれ以上狩ることは難しいのです」


 伯爵家、侯爵家、公爵家の子弟たちの多くは使用人を使って『ノルマ』を達成させている。これは例年のことだが、今年は事情が違った。

 イレギュラが子爵家、男爵家の生徒たちを鍛えたことにより、全体で赤点を取る者がいなくなった。それどころか十体以上を狩ることが普通ということになっている。

 それゆえに伯爵家以上の子弟たちも、格下相手と同数では満足できず、より多くを狩る必要ができてしまった。

 一種の過当競争が生じているのである。


「だったらアイツは、なんであんなに狩れているのよ!」

「間違いなく、彼自身が索敵系のアビリティを持っているのでしょう。子爵家や男爵家の者からも、そのように聞いております」

「だったら、お父様やお母様に言って、索敵系のアビリティを持った者を送ってもらえば……」

「それは、難しいかと」

「!!」


 メラニィの顔に血管が浮かんだ。


 使用人は難しいと言っただけで理由は説明しなかったが、彼女自身もわかっていた。


 索敵系のアビリティは少ないが、希少というほどでもない。

 ならばルコード家に索敵系のアビリティを持つ者がいないわけがない。

 いなかったとしても探して用意できるだろう。


 それが難しいということは、ルコード家がメラニィに対して『そこまで』の入れ込みがないということだ。

 現在ルコード家は、彼女に対して有力な使用人を与え、学生には過分なほどの金子を用意してもいる。

 この現在以上の援助を、ルコード家はする気がない。少なくとも、彼女がなにがしかの成果を上げるまでは。


「おのれ……あの、自分の身分も弁えぬ小者め……!」


 使用人たちは彼女を少しだけ憐れんだ。

 申し訳なさもあって、何とか慰めようとする。


「恐れながら……彼がここまで活躍できるのは、一時のことです。いずれゴブリンなどよりももっと強いモンスターと戦うことになれば、彼ではどうにもならなくなるかと」

「ほんの一時であったとしても! 私に格下の後塵を拝すせというの!? ウルフドッグのお二人ならまだしも、子爵家に後れを取るなんて……あ」


 ここでメラニィは、ある答えに行きつく。

 公爵家の少女は、年齢相応のいやらしい顔をしていたのだった。



 入学してから三回目の試験の日。


 あと十五分ほどで試験時間が終わるという時であったが、イレギュラとルテリアは大きな袋にどっさりとゴブリンの核を入れて歩いていた。


 まさに余裕の凱旋、という雰囲気であった。


「いいのか? 少しぐらいなら俺も持つぜ」

「これぐらいしないと私の気が済まないから、気にしないで。それより、この核の分配は半分ずつでいいの?」

「いいのいいの。どうせ半分にしても、一位二位独占は間違いないからさ」


 イレギュラは案内するだけで、実際にゴブリンを倒すのも、核を摘出するのも、核を運ぶのもルテリアが行っていた。

 これで配当が同じというのは、ルテリア側が大いに損をしているように見える。しかしむしろルテリアからすれば、希少な索敵能力持ちが、いくらでも替えの利く自分と一緒に行動してくれているだけでもありがたかった。

 自分の分を減らして、イレギュラの分を増やしてもいいと思うほどである。

 それでも半分だというイレギュラをいい奴だと思っていた。


 二人がそのまま歩いていくと、学校の門の少し前に二人の女性がいた。


 片方はメラニィ・ルコード。

 もう一人はメラニィの友人(・・)であるパピヨ・シルクン。銀髪に赤い目を持つ、侯爵家の令嬢である。


 言うまでもなく、下級貴族である男爵家や子爵家からすれば格上の二人であった。


「お待ちしていました。二人とも。前回といい今回といい、ずいぶんと張り切りましたわね」

「ええ。頑張っていて何よりですわ」


 格上の二人は、まさしく格上であることを隠そうともせずに、見下してきていた。

 これには委縮するほかない。


「ですが……皇帝の一族であるウルフドッグ家の二人よりも多く成果を上げる、というのはよろしくなくてよ。貴方たちにはわからないかもしれないけど、それは恥をかかせることなの。だから……その成果を私に譲ってくださらない?」

「まあ、素晴らしい提案ですわ! 公爵家のご令嬢であるメラニィ様なら、その成果を示してもあのお二人にとって恥ではありませんもの! こんないい話はありませんわ! それともまさか、こんないい話を断るとか、恥知らずにも対価を要求するとか……そんなことはなさいませんよねえ」


 柔和に見えて高圧的で、邪悪な雰囲気の二人。

 彼女らは武器を持たず、威嚇もしていない。

 だがこの状況はカツアゲ、恐喝に他ならない。


「ルテリア……これはお二人に譲ろう」


「え、ええ!? いいの!? せめてノルマ分ぐらいは確保しないと!」


「公爵家ご令嬢、メラニィ様に失礼なことはできない! 今からでもノルマ分を確保することはできる! だからこの分はすべてお譲りするんだ!」


 イレギュラは慌てて頭を下げると、森の奥へ引き返していった。

 ルテリアもそれに逆らえず、核の詰まった袋を置いて追いかけていく。


 その滑稽な姿に、二人は大笑いしていた。


「無様ね!? アレが一位と二位だったなんて、最初から分不相応だったのよ!」

「ええ、全くですわ! 公爵家のご令嬢たる貴方様こそ、一位をとっても恥じぬお人!」

「あらあら……あの二人、本当に頑張っていたわねえ。私が一位、貴方が二位になっても足りるわ」

「まあ、光栄ですわ!」


 思ったよりは聞き分けが良かった。

 あるいは身の程を知っているからか。

 戦ったとしても、自分が圧勝していただけ。まさに無駄な抵抗だ。


(ああ、最初からこうすればよかった!)


 悦に浸るメラニィは、パピヨに重い荷物を持たせるとさっそうと門へ入っていく。


 これからもこうすればいい。何もかも問題は解決だ。



 こうするしかないとわかっていても、ルテリアの顔は悔しさにゆがんでいた。

 ついさっきまで、自分はたくさん倒したゴブリンの核を持ち帰るはずだった。

 それが、何もしていない、生まれがいいだけの女に全部持っていかれてしまった。

 悔しくて涙がこぼれそうだった。


「さて、もういいよ」


 けろっとした態度で、イレギュラは足を止めた。

 慌ててゴブリンを倒さなければならないはずなのに、近くにあった茂みに手を伸ばす。

 そこには、二人分のノルマには十分な量の核が置かれていた。


「……隠してあったの!?」

「そりゃね。あの二人が陣取っているのは、それこそ千里眼でわかってたんだ。これぐらいの備えはするよ」


 イレギュラに索敵能力があることは周知されている。本来なら、あの二人に会わないように立ち回ることも可能だろう。

 しかし二人もバカではない。出入り口は一つしかないのだから、入り口付近で待ち構えていれば会わざるを得ないと踏んでいたのだ。

 とはいえイレギュラも馬鹿正直ではない。わかっているのだから準備ぐらいはしている。


「今すぐ戻ったらあの二人に怪しまれるから、ギリギリに滑り込もう」

「それは、いいけど……」

「なにか不満でも?」

「……ちょっとイヤだなって」


 ルテリアは少し落ち込んでいた。

 今回のことも残念だが、この一度だけではすむまい。

 少なくとも自分たちが好成績をとれている間は、ずっと無償で搾取されるに違いない。


「そんなに気にしなくていいだろ。そりゃまあ、俺たちが少し知恵を回せばあの二人を陥れることはできるさ。だけどそんなことをしてなんになるんだ。少しスカっとするだけだろ。公爵家のご令嬢を敵に回すリスクに合ってない」

「……うん」

「最低限のノルマは果たせるんだ。先生からの覚えが悪くなることもないよ。だからそんなに気に病まずに行こう」

「うん」


 まだ納得しきれていないルテリアだが、なんとか飲み込もうとしている。

 一方でイレギュラは、内心で笑っていた。


(なんとか反撃しようって言いだしたらどうしようかと思ったが、そんなことはなかったな。この調子なら俺が提案しても断ってくれるか……そりゃそうだ。この程度のことで公爵令嬢と事を荒立てるなんて、まったく釣り合ってねえ)


 心の中で何を考えているのかと言えば、言った通りの内容であった。

 さらにそこから先のことも想像している。


(想定していた通り、向こうから接触してきた! 俺たち側から声をかけても無視されるか叱られるだけの相手が、接点を作ってくれたんだ。むしろ好機!)


 メラニィ・ルコードはイレギュラから搾取するつもりのようだが、そうはいかない。

 この時のために入念な計画を立てていた彼にとって、この状況も想定していた中での、上振れ側のイベントでしかなかった。


(お前も俺の真の仲間になってもらおうか)

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― 新着の感想 ―
男装させるのがゴールと考えると笑えますね
学校の設立目的や重要度から鑑みた場合、学校やら実家やらが「まとも」だったなら、使用人達の独断でゴブリンの餌にされても、追認が入るレベルちゃうか、コレ。
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