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バカ

 アレス・ブルービアン。


 己の城のバルコニーに立つ彼は、普段通りに額まで包帯で覆いつつ、眼下の栄えた街を眺めていた。


 もうすぐこの街は炎に包まれる。

 黒の泉から被害を受けていない楽園のような人々も、遠からず阿鼻叫喚地獄に放り込まれたかのように泣き叫ぶのだ。


 彼もさっさと逃げろと言いたいのだが、被害の規模や避難する人々の数を考えれば不可能であった。

 そもそも、彼にそこまでの強権はない。この街には裕福な人々や情報通もいるからこそ、これから訪れる未曽有の事態に対処できないのだ。


「それも、仕方のないこと」


 最高位の千里眼、最高位の心眼、最高位の天啓。

 それらは常に、愛する民の悲劇を見せつけ続けてきた。

 もはや見慣れている、日常の風景。

 それが実際に起きるというだけのこと。

 彼に動揺はない。


 だが彼のすぐそばに控えていた妻、カサンドラ・ブルービアンは動揺していた。


「仕方ないことなんてありません! 本当によかったのですか!? あの子供たちに未来の選択を託すなんて! 大公閣下ご自身がお決めになるべきではありませんか!」

「そうですね、本来ならば私が決めて、彼らへ説明するべきことでした」

「あ、いえ……重責を大公閣下へ押し付けているわけではなく……」

「それも分かっています。しかしこれが『人類滅亡を避ける最善』なのですから、仕方がありません」


 包帯でも隠せないほど、三つの眼窩から光があふれた。


「政策は常に、失敗したらどうなるか、を考えなければなりません。今回の私の選択ならば、どう失敗(・・・・)しても(・・・)人類の滅亡は防げる」


 アレスの言葉は正しい。

 カサンドラはその考えを否定できなかった。


 彼女は唯一、予言のすべてを知っている。

 あるいはアレス以上に、アレスの予言を信じていた。


 だからこそ、これから先に起こりうる最悪の事態が呪わしくて仕方ない。


「仲間を殺せとは言いませんが、さっさと折ればいいのに……誰もがあなたの言葉を信じて、その通りに生きればいいというのに」

「そんな頭の悪い人間しかいない世界なら、滅びた方がいいと思います」


 アレスは相変わらず、人々のいる街を見下ろしている。

 そこに住む人々は、最高の指導者であるアレスの庇護を受けて暮らしている。

 一方でアレスが『真実』を赤裸々に公開、自らの口で説明したとしても信じることはない。


 そんな彼らだからこそ、アレスは愛している。

 実にまともで頭がいい。


「カサンドラ。あなたのように、私と長く時間をとって分かってくれた人ならともかく、直接為人を知っているわけでもない者が言ったことを頭から信じるなど……あってはならないのです。というかイヤです」


 アレスは先ほど学徒兵たちへ『仲間を全員殺すのが最善』と伝えた。


 それは彼の認識において真実だ。


 だが本当にそれをされたら心底から軽蔑するだろう。


「自分で情報を精査せず人生の一大事を決める不真面目な輩を、私は軽蔑します」


 どうでもいいことなら、相手の忠言に従ってもいいだろう。

 だが人生の一大事だとわかったうえで、何も考えず権威に従うのは人としてどうかしている。


 まして今抱えている問題は、世界の一大事だ。

 全身全霊で向き合わなければならない。

 たとえその結論が先延ばしやどっちつかずであったとしても。

 それでも考えて答えを出さなければならない。


 それが人間の心理というものだ。



 クラッセル城跡で待機していたメラニィ派閥であったが、攻撃魔法の音を聞いて警戒した。

 攻撃魔法を使うのは人間だけであるが、現在の状況で『未確認の味方』が来たと勘違いするほど、メラニィ派閥は能天気ではなかった。


 入学式で注意を受けていた終末教団。

 その動きは学徒兵として各地を回る間も聞いていた。


 今回のような災禍に見舞われた者たちへ救いの手を差し伸べ、信徒として勧誘するという。

 それだけならまだいいが、拒んだものには手のひらを返し、徹底的な搾取や暴行を加えるという。


 まさに火事場泥棒というべき犯罪者集団であった。


 今までは遭遇したことがなかったのだが、今回遭遇したのは偶然でもないだろう。


 現在のクラッセル領は壊滅状態である。

 終末教団がここにくるのは当然のことだ。


「おお、ここか。くくく……アイツ等、一目で(おとうと)(くん)の仲間だってわかる格好していやがる。恥ずかしくないのかねえ?」

「が、う……」


 ほどなくして、国旗を逆に掲げている終末教団が現れた。


 その先頭には不真面目そうな、鎧も着ていない派手な格好の男がいる。

 彼はその手で一人の男性を引きずっていた。

 クナオルの兄である、マメカシであった。すっかりボロボロになり、拘束されているわけでもないのに抵抗すらできずにいた。


「おっと。ずいぶんと不安そうな顔をするじゃねえか。安心しろよ、死んでないし、人質にする気もない。ほら兄貴、解放してやるから帰りな」


 男は粗雑にマメカシを(ほう)った。

 マメカシは痛々しく絶叫する。


 終末教団は愉快そうに笑い、そうではない者たちは悲鳴を上げることもできずにいた。


「お……お……」

「ほらほら。兄貴の好きな『地道にコツコツ』『辛くても苦しくても忍耐』だぜ? 不肖の弟に、立派な兄貴の背中を見せてくれよ」


 嘲られながらも、マメカシは必死で這っていく。

 四つん這いにもなれない、不格好な匍匐前進。

 あまりにも痛々しい姿であり、城の避難民は思わず目を覆うほどだった。


「アメル!」

「はいっ!」


 ある程度近づいたところで、正気に戻ったメラニィがアメルに指示を出した。

 傷ついていたマメカシに駆け寄り、高ランク高レベルの回復魔法で一気に治療する。


「すみません、遅くなってしまいました」

「そんなことはおっしゃらないでください。コレは私の身内の恥です……!」


 痛みが消えても心の傷は消えていない。起き上がったマメカシは、憎悪を燃やしながら自分を放り捨てた男をにらむ。


「奴はヒナオト……私の弟であり、クナオルの兄。そして現子爵を裏切った男です!」


「……ああ、もしかして、第二アビリティが解放されたことで調子に乗って領地を出て、紹介状がないから帰ってきて、追い出されて勘当されたって人ですか?」


「そ、そうです。(おとうと)(ぎみ)から聞いていたのですね。奴は我が家の恥です!」


(ということは、あの時のイレギュラは自分の恋人のお兄さんの醜聞を笑っていたのか!? 趣味悪っ!)


 話を聞いたとき、クナオルは相当怒っていた。

 その理由を理解して、メラニィ派閥はイレギュラに呆れていた。


 一方でヒナオトは自分の醜聞を笑っている。


「ふ……もう昔のことだ」

「お前が勝手に過去にするな! あの一件で、どれだけ私や母が肩身の狭い思いをしていると思う!」

「過ぎたことだろ。それに……俺があの子爵領を出なかったとして、どうなっていた? なにも変わってなかったさ」


 終末教団の部隊を率いている者らしく、ヒナオトは説法を始めた。


「少し、未来の話をしよう!」


 さながら劇場の上の主役か。

 身振り手振りを加えて、大仰に演出する。


「黒の泉による被害は減少傾向にある。遠からず根絶され、帝国は終息宣言をするべく式典を催すだろう。君たちという被害者をそのままにして、取り戻した平和を祝うのだ!」


 悪戯気に、あるいは堕落を誘う悪魔のように。

 道化は明るい未来を照らし出す。

 その影になる者たちを哀れんで笑った。


「選りすぐられた強者に守られてきた、より豊かな者たちは今までと変わらない日々を取り戻す。世界は救われたと安堵する! 君たちはそれに異を唱えないのか? 初代皇帝の言葉通りに世界は恐怖に包まれたのだ、人々はその絶望を分かち合うべきだ! 終末が足りない、もっと終末が来るべきなのだ! 我らの手を取り、ともに公平と平等を成そうではないか!」


 ルテリアやクラッセル領の住民は、おもわず揺れかけた。


 周囲を見れば、もはや見慣れてしまった瓦礫がある。


 今から新しい領主が来てくれるとしても、今日までの喪失がなかったことになるわけではない。


 世界が救われたとしても、この領地が救われるのは遅かった。

 それで納得できるのか?


 彼らは己に問いかける。


 そしてメラニィたちもまた、心が揺れずにはいられなかった。

 バーニエ・コッカースやピット・テリァも同じようなことを言っていたではないか。

 世界が救われても、自分たちが救われなければ意味がないと。


 終末教団に参加している者たちも、各々の道理があるに違いない。


 自分たちが将来を悲嘆している今も、どこかで誰かは笑っている。

 それを許せないのは自分たちも同じだ。

 犯罪への誘惑だと分かっているが、惹かれている自分もいた。一笑に付すことも、無視することもできない。


「いらない! 私には……私が希望だから!」


 ルテリアは揺れる自分を律しながら、強く抵抗した。


「領地はこうなっちゃって、たくさんの人が死んじゃったけど、まだ生きている人がいる! まだ未来はある! だから……犯罪なんかしない!」


「おうおう、確かにそれはそうだ。で? それで? その希望はどの程度のもんだ」


 突如としてヒナオトの口調が変わる。

 先ほどまでのものが台本通りの受け売りなら、ここから先は彼自身が咀嚼して吸収した、血肉になった言葉なのだろう。


「お嬢ちゃん、もしかしてここの令嬢だったりするか? 下級貴族、下っ端の貴族だよなあ。裕福な暮らしはできなかっただろ? だけどよ、それでも貴族だった。これからはそうもいかねえだろ」


 崩れた城を舐めるように見つめ、その(あま)みをヒナオトは楽しんだ。

 

「お前がどれだけ頑張っても貴族には戻れねえ。今まで以下の生活しかできないだろ。それがお前の人生の上振れ(・・・)だ」


「何が言いたいの」


これで(・・・)よかったのか(・・・・・・)?」


 奇妙な言い回しだった。


 だが胸を打つ言葉でもあった。


「お前の人生が何事もなく過ぎていたとしようか。親に言われた通りの相手と結婚して、相手の家で『ハラ』として扱われて、子供からも大して尊敬されずに過ごして、いずれはベッドの上で死ぬ」


 たっぷりの感情をこめて、ヒナオトは嘲った。



「それが上振れ(・・・)だろ?」


「……」


「そうなった時、お前はベッドの上でこう思う。これで(・・・)よかったのか(・・・・・・)、とな。その時になって後悔しても遅いけどな」



 ヒナオトは大きく笑う。

 彼の部下たちも笑っていた。


「今のお前はそれ以下だ。なあ、自分の人生を想像してみろ。その先の先、希望溢れる未来を描いてみろよ。それが上振れだとして、満足できるのか?」


 若いルテリアには現実感のない、大往生の未来。


 働いて働いて、その先に幸せはあるのか。


 自分の人生はコレでよかったのか、と後悔せずにいられるのか。


「俺についてくれば、もっと上の上の、想像もできない上振れがある! 終末教団の教祖はとんでもないお方だ! あの人に着けば、終末の先の新しい帝国での未来が待っている!」


 ヒナオトはそこに付け込んだ。


「俺だって破滅主義者じゃない。天下泰平、戦争のない安全な生活が大事だとは思っているさ。万人が幸福な帝国を大事に思っているさ。ただし! 今のままじゃない! もっと上の地位での天下泰平が欲しいんだよ! お前もそうだろ? 今まで天下泰平だったからこそ、これから先の天下泰平が夢物語じゃないってわかるだろ!? 争いのない帝国、モンスターの無い帝国は楽園じゃねえ!」


 ルテリアの体が揺れていた。

 単に誘惑に負けそうになっているとかではない。

 自分に待ち受ける未来に負けそうになったのだ。


「くだらないな、お前は何も学習していない。仮に未来を悲嘆しても、私ならお前にだけは人生を委ねない。他の者も私への扱いを見れば、信頼も信用もしない。お前を捕まえて得られるだろう報奨金を皮算用するほうがまだ現実的な計算になるぞ」


 あまり、いい考えではないが……。

 気に入らない人間の言葉は、ただそれだけで却下できる。


 マメカシはヒナオトの言葉を真っ向から否定した。


「信頼と信用、ねえ? そんなもんは実力さえあればいくらでも作れる! 人間の価値は能力だ! それを証明してやるぜ!」

「何をバカなことを! 世の中には信頼も信用もあるうえで実力も備えた人間が山のようにいるのだ! なぜわざわざ信じるに値しない人間を雇うのだ!」

「実際にそうなっているからだ」

「何の話……いや、誰の話だ?」

「お前たちの大好きな、弟君。イレギュラ・ブラッカーテのことだよ!」


 クラッセル領の領民とメラニィ派閥。

 そしてヒナオトの部下たちすらも、何がなんだかわからなかった。


 だがこの二人は、とある情報を共有している。


「お前、まさか!? あのことを言うつもりか!!」

「ああ、そうだ! 弟君の御仲間であるお前たちにも教えてやるよ!」

「だ、黙れ! それを口にすることは許さん!」

「イレギュラ・ブラッカーテは……」

「黙れ~~~!」

「奴は、偽物(・・)だ!」


 マメカシの静止も聞かず、ヒナオトは過去を語り始めた。


「俺の両親はブラッカーテ子爵領で商人をやっていた。親父は凄腕だったらしくて、とんでもなく大儲けをしたらしい。だがその親父は、俺と兄貴がガキの時に死んじまった」

「なんで死んだのかまでは覚えてねえが、事件だとか殺人だとかじゃなかったらしい。恨まれちゃいなかったんだとよ。だけどよお、妬まれてはいたし、親父のワンマンで、他に凄い奴はいなかった」

「お袋も結構頑張ったが、水に落ちた犬みたいなもんだ。周りから叩かれまくって、家は壊滅寸前。そこでお袋は当時の子爵だったガスタ・ブラッカーテの情人(オンナ)になることと引き換えに庇護を得て、家を建て直したんだよ」

「そうしてお袋とガスタの間にできたのが、お前たちも知っているだろうクナオルだ! 認知はしてもらえなかったんで、クナオルの父親はいないことになっているがな」

「俺も兄貴も、ガキのころはよく考えずに妹が生まれたことを喜んでいたんだが……その時だ。ガスタはどかっから生まれたばかりの赤ん坊を持ってきて、お袋へコイツの乳母になれって命じたんだよ!」

「お袋はもちろん、この子供が誰の子なのか聞いた。それに対してガスタはこう答えた! 『血はつながっていないが、俺の子供ということにする』だとよ!」

「分かるだろ? その赤ん坊がイレギュラ・ブラッカーテだ!」

「血がつながってないイレギュラ・ブラッカーテに、自分の娘であるクナオルをメイドとしてあてがったんだよ!」

「そのイレギュラが、領地でどんな扱いを受けていたと思う? ガスタの本物の息子であり次期子爵のバイオグよりも尊敬されていた!」

「神の子、奇跡の子ってな! あいつの耳に事件が入れば、次の日には解決するってな! もう宗教になってたぜ!」

「俺は世界の真理を悟ったよ! 真実にも、信頼にも意味がないってな! 能力さえあれば、肩書の真偽なんて誰も気にしない! 本物よりも評価される!」

そのはず(・・・・)なんだよ! そうならないとおかしいんだよ! そうじゃないと筋が通らないんだよ!」

「お前たちはどうだ? 弟君は優秀で有能で、頼りがいがあっただろ? 何でも解決してくれただろ? この話を聞いて、今更アイツを信用できなくなったか!? 違うだろ!?」

「ああそれとも……アイツを信用できなくなったか?」


 信頼できると答えても、信頼できないと答えても。

 どちらもヒナオトにとっては愉悦の時だ。


 信頼できると答えれば自分の人生観(・・・・・・)が肯定され、信頼できないと答えればイレギュラを貶められる。

 いずれにせよ、悪い話ではなかった。


 反応を待つヒナオトに対して、学徒兵たちは困惑していた。

 互いの顔を見合いながら、ただ黙っている。


「どうした、何か言えよ!」


「あの……えっと、その……」


 メラニィが代表して、困惑の理由を明かした。



「続きはないの?」



 この反応は全く想定していなかった。

 メラニィだけではなく、派閥の全員が『話が途中で終わった』かのような反応をしていたのだ。

 なんなら、クラッセル領の領民も同じ顔をしている。


「そ、そうだ! だからなんだ!」


「……だからなに?」


 くしくも、双方共に同じことを言い合う。


 何か言えよ。だからなんだよ。


 お互い、それで首を傾げ合っていた。


「あ、ああ~~……あのさあ」


 ここで双方の認識の違いに気付いたレオナが挙手する。


「ぶっちゃけ、ウチも貴族の血、継いでないよ。そこそこの名家で生まれて、使い道がないアビリティだったから男爵様のところに引き取られて、『英雄校に行く要員』って感じで育てられてたの」


「は?」


「他にそういう奴もいるんじゃないの?」


 メラニィ派閥の中から、レオナと同じ境遇の生徒が何人か挙手した。

 それぞれ微妙に理由は違うのだろうが、貴族の血を継いでいない者は結構いるらしい。


「その通りですよ。だいたい、話を聞く限りだと先代子爵は全部事情を把握していたんですし、イレギュラさんは家督を継いでいないんですよね。それなら何が問題なのかわかりません」


 アメルが補足する形で道理を説いた。


 ガスタがイレギュラを実子だと思い込んでいて、しかもイレギュラが家督を継いで子爵になっていたら確かに大問題である。

 なぜなら、家督を継ぐという事は『全財産を受け継ぐ』ということだからだ。

 実子だと思い込んでいた子に全財産を譲って、そのあとで実子ではないと気づいたら大騒ぎになる。


 そうでないのなら『よくあること』だしどうでもいいのだ。

 よって、英雄校にとってイレギュラは異物でも何でもないのだ。


「そのとおりだ……そもそもブラッカーテ領でも、(おとうと)(ぎみ)を先代様の実子だと思っているものなどご本人ぐらいだったぞ! まったく似ていないから、どこから拾ってきたのかと噂になっていたぐらいだ!」


(そんなに似てないのに、本人は気づいてなかったのか……)


 マメカシは激怒していた。

 怒ってはいるが、秘密にしておくべきことを明かしてしまった、程度の意味しかない。

 メラニィがゴブリン相手に粗相をしたと言いふらすようなものである。


「それじゃあクナオルが認知されなくて、メイドになっていたことはどうなんだよ! お袋はめちゃくちゃ根に持ってたぞ! めっちゃ愚痴ってたぞ!」


「お前が自分で話していただろうが! 先代様は傾いた我が家の後ろ盾になってくださって、実子という事になっている弟君の乳母という役職も与えてくださったのだぞ! その上でクナオルを認知しろなどと、思ってもご本人へ言えるわけがない! だから愚痴を言うだけにとどめていたんだ! クナオルとて虐待されていたわけでもないしな!」


(むしろ、クナオルがイレギュラに加虐しているしね……)


 ここでさらに、メラニィは追加で補足した。その顔はすっかり白けている。


「あと、私の侍従は全員侯爵家の子女よ。もちろん認知されているわ。家督を継げなかった子女がよその家の侍従になるのは上振れの就職先よ?」


 想定と違いすぎる状況に、ヒナオトは顔を赤くしながら絶叫した。


「それじゃあ! 結局信頼と信用ってのはなんなんだよ! なんでお前たちは普通に受け入れられていて、俺は就職先が決まらなかったんだよ! 紹介状とかいう紙一枚は、何の意味があったんだよ!! 誰も信じてないってことだろうが!」


 もう気の毒になってきたが、ルテリアが答えた。


「たとえば、ほら。イレギュラさんが英雄校で花瓶を割っちゃったとするじゃん。そうしたらイレギュラさんの実家のブラッカーテ家の人は弁償してくれるでしょ? そういうことだよ」


 信頼とか信用があるというからわかりにくいのだが、この場合は保険や補償があると言うのが正しい。

 

 紹介状というのは誰が身元引受人なのかを示すものであり、身元引受人はその人物が出した損害をある程度補償するのである。


 その補償が無い者を雇うと、リスクを雇用者がすべて引き受けることになる。


 なので紹介状がない者は煙たがられるのだ。


「ちなみに我が家も、お前が正式に出ていくのならそういう紹介状を書いていた! 勘当したからもう書かなかったがな! 血のつながりなど関係なく、な!」


 マメカシが〆た。


 そこでその場は、喜劇として笑っていいのだと認識された。


 避難民たちすら笑いを漏らしてしまう。実に和やかであった。

 こんなに面白いのは、領地が崩壊してから一度もなかった。

 彼らの心は間違いなく救われていた。


 一方で悪役を気取っていた道化は、自分の人生観が根こそぎ間違っていたと認識させられ、羞恥で顔を赤くする。


「何を言い出すかと思ったら……ただ世間知らずだっただけじゃねえか」

「恥ずかしっ! 馬鹿じゃねえの」

「子供はキャベツ畑でとれるとか信じてそう」


 声に出してバカにし始めたのは、ヒナオトの部下たちだった。

 彼らの認識においてもヒナオトの言ったことは真実(一般常識)であり、自慢げに語るのはむしろ恥ずかしいことだった。


 自分が無知で非常識であることを語っただけのヒナオトは、ごまかすように叫んだ。



「もういい! お前ら全員、皆殺しだ!」



 真実を隠ぺいするべく、ヒナオトは暴力に訴える。

 誇り高き戦士は、己の尊厳のために戦うと決意したのだ。


「冥途の土産に見せてやるぜ……教祖様に認められたことで得た力……俺が真に評価され、信頼されるに足る実力者であるという証明を!」


 彼が上着を脱いだ。

 あらわになった上半身の、その皮膚の一部は金属の光沢を放っていた。


 それを見て、今度こそメラニィたちは驚愕した。


「体が素で金属になっているだと!? ヒナオト……まさかお前は、第三アビリティに達しているというのか!?」


 知識としては知っていても、実際に見るのは初めての現象であった。


 まさしく超絶の強者の証。


「お前たちに使うにはもったいないが……見せてやる! これが第三アビリティ『奥義』だ!」


 ーーー短い時間で二度も覚醒を果たしたということは、彼の人生観が二度も壊れたということ。

 それだけ愚かということであるが、愚かだからこそ迂闊に指摘すれば双方の破滅を招くのだ。

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― 新着の感想 ―
…………あー…なるほど。馬鹿で単純で考え無しで人の言葉を鵜呑みにする奴ほど簡単に力を手に入れられて簡単に人の道を捨て、一種の災害として討伐される対象にされるのか………… 逆にこう言うのを使う奴は使い捨…
更新ありがとうございます。 もしもイレギュラが何らかの手段で台詞まで把握してたら「父上の子供じゃなかった」で大公さまが避けたがってた覚醒を果たしてしまってたのでしょうか。 次兄恐るべし。
伏線だったのかどうか判断付かんが、クオナルがベルマにストンピングかましてるシーン含め、クオナルのベルマへの対応を思い返すと、ものすごく納得と言うか、理解が通るバカだわ。 上下の兄と妹がある程度の常識を…
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