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真の仲間を養殖中

 最初の試験から十日後。


 イレギュラはまだ本当の仲間を得ないまま、英雄校での日々を過ごしている。


 そんな彼の前でクナオルは、普段の仕事着であるメイド服から、女性用の戦闘服に着替えている。ルテリアが森に入る時の装備と大差はない。

 しいて言えば、ルテリアは両手持ちの槍だったが、クナオルはナイフの二刀流であった。


「まいどのことですが、この服には興奮なさらないのですね」

「戦うためにズボンはいたって、それは男装じゃない! 俺にとって男装はコスプレなの! 戦う時は男装をしてほしくないの! むしろ俺としては、戦う時もメイド服を着てほしいんだ!」

「メイド服で戦えとおっしゃるのは、私に死ねと言っているのと変わりません。アレは家事用の服で、戦闘用ではないのです」


 女性の着替えを残念な顔で見つめるイレギュラに対して、クナオルは進捗を問うた。


「それで……あれから十日経過しましたが、ご友人はできたのですか?」

「ぜんぜん。今はまだ真の仲間を不完全養殖しているところだ」

「偽りの仲間すら得られそうにないセリフですね」

「なあに、真の友は一日にしてならずさ。それになんの成果もないってわけじゃない」


 イレギュラの接待によって、ルテリアのレベル上げは一日で終了した。

 現在の彼女は、この森の『上振れ』である三体のゴブリンに奇襲をされても余裕で勝てるようになっている。

 その成果を実感した彼女は、お礼を言って去っていった。


 その次の日、イレギュラの元には同級生が大勢やってきた。

 ルテリアと同様にノルマを達成できなかった者たちである。


 彼ら彼女らはルテリアと同様に、イレギュラにレベル上げを手伝ってもらいに来たのだ。

 これに対して、イレギュラは快く引き受け、全員をルテリア同様の水準へ強化した。


 そんな同級生に対して、彼は特別な要求はしていない。

 お礼としてお茶をごちそうになったぐらいである。


「男爵や子爵出身の準備不十分な生徒は、ルテリア同様に俺を頼ってきた。俺は計画通りだとしめしめ笑いながら、そいつらがノルマを達成できるだけの力を与えてやったのさ」

「意外ですね。男性の依頼は全員分断って、女性全員には対価として男装を強要するかと思っていました」


 装備が途中で脱げないよう、ヒモなどの固定を確かめるクナオル。

 彼女の軽口を、イレギュラは小ばかにしながら否定した。


「逆の立場になって考えろよ。たかが小テストで赤点を回避できたってだけだぜ? それで男装してくれと言われて飲む女子がいると思うか? 男子はダメだけど女子はいいよと言われて食いつく女子がいると思うか?」

「いませんね」

「だろ? いるとしたら普通に不潔だよ。むしろ俺がそんなのと関わりたくねえよ」


 今はまだ、頼れる同級生という役目を周囲に見せるだけでいい。

 有用な友人を求めるイレギュラは、有用な自分を売り込むことに成功していた。


「今回のアクションで、俺の同級生たちは『ノルマ達成』ができるだけのレベルを得た。今後も躓くたびに俺を頼るだろうよ。そんでもって、俺のおかげで全員が脱落することなく順調に強くなっていく。くくく……真の意味でタイパ、コスパのいいレベル上げ法を知れば昔には戻れまい。俺を酷使枠として依存する初期症状に入ったのさ」

「それに何の意味が?」

「何事もなく世界が平和なまま、俺たちが英雄校を卒業したとしよう。俺はたくさんの『優秀なお友達』から引く手あまた。めちゃくちゃ酷使される可能性が無きにしも非ずだが、無職になって浮浪者になる未来よりはマシだ。そして俺の想像通りに世界が破滅へ向かっていったとしたのなら、その時には足手まといのいない『まともな仲間』が大勢そろっていることになる。その中から真のお友達を厳選するもよし、全員と協力体制を構築するもよし。いずれにせよ損はない」


 なるほど普通のことだな、とクナオルは納得する。

 同級生はイレギュラを利用すれば簡単に強くなれるが、イレギュラ側も同級生を強くすることにさほど労力を割いていない。

 その程度の手間で多くの生徒に恩を売れるのなら悪い話ではなかった。


「とはいえ……じつはちょろっと、期待してもいる。現時点で俺の真の仲間へ覚醒する奴のこともな」

「覚醒……第二、第三のアビリティに目覚めることですか?」

「それは期待してない」


 イレギュラの求める『真の仲間』。

 その条件は二つしかない。


 一つはこの世界を救う主人公の仲間ではないこと。もう一つは……


「俺にも理想の仲間像はある。強力なアビリティを三つ持っていて、強い武器を持っていて、家柄がよくてお金持ちで、常に全力でレベル上げをしている、かわいい女の子」

「最低の発想ですね」


 クナオルは軽蔑しきった目で見つめていた。


「理想のお友達なんてみんなそんなもんさ。だが俺は現実を見ている。仮にさっき言った最高のスペックの女子たちがいたとして、俺に全面協力してくれる上に男装して男装百合してくれると思うか?」

「詐欺以外の何物でもありませんね。むしろ何が目的であるにせよ、貴方相手にそこまでするプロ意識に感服するほどです」

「俺もそう思う! 『自分が友達に望んでいる通りに、友達には振る舞わねばならぬ』。俺は友人が相手でもそこまでやれないしやりたくない。だから求めない!」


 理想のお友達という底なしの欲望は認めつつ、現実的な要求は求めていた。


「俺が真の仲間に求めるのは『常に全力でレベル上げをしている』だけだ。野球で言ったら、現役プロ野球選手を求めているわけでも、甲子園優勝間違いなしの天才を求めているわけでもない。甲子園目指してまじめに頑張っている球児ぐらいだ。希少性は下がるが、要求水準としては本当に最低限だと思うぜ」

「そうですか。それでは私も、その真の仲間から漏れないように頑張らせていただきます」

「おう、応援しているぜ」


 しっかりと武装したクナオルは、二人の部屋から出ていった。



 この学校の森に入ることは、試験の日以外は認められている。(もちろん門限はあり)


 子爵家の使用人であるクナオルもまた、この森に入ることを許可されていた。

 これは他の家の使用人も同じである。


(やはり、私と同じように森に入っている使用人も多い……もっとも、目的(・・)は違うでしょうがね)


 クナオルのほかにも多くの家の使用人が森に入っていた。

 年齢もそうだが、装備や雰囲気で、貴族の子か使用人かはなんとなくわかるものだ。


 彼らももちろん、モンスターを倒すために入っている。

 だがその目的は自己研鑽ではない。

 ゴブリンを倒し、その核をご主人にささげることだ。

 そのご主人は、使用人から受け取った核をノルマと称して教師に見せる算段である。


 学校側もそれをある程度許容しており、半ば公認のズルであった。


(伯爵家以上ならば、私と同等以上の強さを持つ使用人を多く抱えてもおかしくない。しかし子爵家や男爵家ではこうもいかず、自分で努力するしかない。だからこそ、坊ちゃんに頼るものが多いということですか)


 当然ながら、周囲の使用人たちは仕事でここにいる。

 彼らに指示を出した者たちがどの程度の認識で送り込んでいるにせよ、伯爵家以上の貴族に仕える使用人のプロ意識は高い。


 一々クナオルに突っかかることもなく、粛々とゴブリンを退治して核を集めていた。

 もちろん、クナオルも同じである。


「ふぅ……はぁっ!」


 三体のゴブリンの群れと、正面からぶつかる。

 二本のナイフを高速で動かした。右の一振りで首を断ち、次の一体の胴体を左の一振りで断ち、最後の一体もまた両手のナイフを十字に切って断った。


「やはり同じゴブリン。領地のゴブリンと大差ありませんね……」


 クナオルのアビリティは身体強化。それもランクの低いものである。

 同じ身体強化のアビリティ持ちでも、彼女より高級なものは多い。

 とはいえ、この森のゴブリン相手に後れを取ることはない。その程度には彼女も強いのだ。


 クナオルは幼少期からイレギュラと共にレベル上げをしてきた。

 それゆえに、並の戦力には成っている。


 むしろ……イレギュラにとって、彼女は有効なテストケースである。

 やる気があるだけで並み程度のアビリティしかないクナオルでも、接待してレベル上げをしてやれば強くなれる、ということを証明しているのだ。


 クナオルがハズレ値であれば、今回のような広く浅くの交友関係を作ろうとはすまい。


(ゴブリンをいくら倒しても、私はこれ以上強くなれない。とはいえ……実戦の勘を忘れないように努めるべきですね)


 戦うことに迷いはないが、戦う理由を語ることには迷いがあった。

 自分で自分に言い訳をしつつ、彼女は次の獲物を探して歩こうとする。


 そのような彼女に、声をかける者がいた。


「あ、あの……貴方は、イレギュラさんの使用人だよね? ちょっといいかな」

「貴方は、ルテリア様ですか」


 ルテリア・クラッセル。

 最初にイレギュラへ協力を要請した男爵家令嬢であった。


 彼女もまた武装をしていたが、戦いに来たという雰囲気ではない。

 小森に入った時はともかく、少なくとも今はクナオルと話をしたい様子であった。


「私ね、貴方のご主人様と会って、すぐに強くなれたの。他の子にも聞かれたからそれを教えたわ」

(坊ちゃんとしては願ったりかなったりでしょうが、普通なら軽率ですね)

「みんなも強くなれた。それはいいんだけど……私は、まだ満足できないの」


 ルテリアは心からの言葉を発した。


「私ね、お金持ちになりたいの」


 切実な野心であった。


「男爵家なんて、名ばかりの貴族。私の家は年中貧乏で、家族がそろってお腹いっぱいになるまでご飯を食べられないことが多い……だからさ、お金がたくさんほしいの。家族もそうだし、私自身も……贅沢がしたいの」


 贅沢がしたいという質素な願い。

 その目には野心が燃えている。


「そのためには、本当の意味で英雄になるしかない。他の人と同じじゃダメ、生き残れるぐらいじゃダメ。もっと強くなって……限界まで強くならないとダメなんだ」

(なるほど、これが覚醒。坊ちゃんが求めているのはこういう人材ですか)


 自分でも強くなれると知ったルテリアは、及第点やら赤点回避に甘んじなかった。

 もっと強くなって、お金を稼げるようになりたい。

 心の余裕が向上心につながっていた。


「ならば、それを普通に伝えればいいのでは? なぜ私などに声をかけるのです」

「う……それは……普通に声をかけても、そんなに意味がないかなって」


 イレギュラの心中を知っているクナオルからすれば、今のように『自分の限界を目指したい』という意思を伝えればそれに付き合ってくれると知っている。

 事情を知らないルテリアは、普通に声をかけても他の生徒と同じ扱いをされるだけだと考えてしまっていた。


「私みたいにコネもお金も、特別な才能もない人間が強くなるには……イレギュラさんの力を借りるしかない。でもイレギュラさんは誰にでも優しいから、今のままだと特別な相手にはなれない」

(まあ……そうでしょうね)


 誰の友にもなろうとする人間は、誰の友人でもない。

 本来の意味合いではないだろうが、この文章こそがイレギュラの人付き合いを現している。


 依頼さえあればだれにでも協力する。

 特定の誰かと仲よくしようとしていない。

 生徒が友人を作ろうとしているというよりも、店主が広報をしているに近い。


 彼女からすればイレギュラの友人になるということは、繁盛している店の店主と友人になろうということだ。

 もうどうしていいのかもわからない。


「私は……あつかましいかもしれないけど、あの人に贔屓をしてほしい。そのためなら何でもする……どうしたらいいのか、教えてほしいの。あの人は、こう、なにか……好きなこととかある?」

(ふむ)


 ルテリアはもちろん、何をどう言えばいいのか知っている。


 めちゃくちゃ強くなりたいから全面協力して。その代わり私は貴方と一緒に戦う。


 こう言ったうえで行動が伴うのなら、イレギュラは受け入れるだろう。


 そうとわかったうえで、彼女は口角を釣り上げた。


「ええ、それではお教えしましょう。坊ちゃんの好みを……」


 あえて、言葉をそのままうのみにする。イレギュラが好きなものを口にしたのだった。



 寮の個室でくつろいでるイレギュラであったが、彼のメイドが部屋の外から戻ってきたことでその時間は終わりを迎える。


「坊ちゃま。ルテリア・クラッセル様が、お会いしたいとのことです。お通ししてもよろしいでしょうか?」

「ああ、もちろんだ」


 この十日間で、イレギュラは多くの同級生と交流した。

 当然ながら、全員が凡庸で印象に残ったものは少ない。


 その少ない、印象に残った一人こそルテリアであった。


 理由は最初のひとりだったから、である。

 これは文字通りの意味もあるが、自ら進んでファーストペンギンになったという意味も大きい。


(薄いが期待はしていた。前世でもそうだが、結局のところ、とっとと、さっさと、行動できる奴が強い! 行動した奴がすごくなる! 夏休みの宿題を最終日に慌ててやる奴よりも、さっさと終わらせる奴の方が危機感を持っているに決まっている!)


 ルテリアはすでに及第点をとれるだけの実力がある。

 現時点において、彼女からすればイレギュラは用済みだ。

 それでも積極的に声をかけてきたということは、現時点のその先を見ているということ。


(これは期待が上がる! もっともっと強くなりたいと願って俺のところに来たのなら、それだけで大歓迎だ!)

 

 もうすでに興奮していたイレギュラであったが……部屋に入ってきた『彼女の姿』を見てそれは吹き飛んでいた。


「あの、これでいいんですか?」

「いいから」

「はい……」


 入ってきたのは、古着屋で買ってきたかのような、ボロボロでダボダボの労働者の服を着た者であった。

 サイズがあっておらず、体形がまったく分からない。

 その上大きな帽子をかぶっているので顔も見えなかった。


「あ、あの……私、貴方の仲間になりたいんです!」


 ここでルテリアは帽子を脱いだ。

 今まで隠れていた顔があらわになり、女子らしいボブカットが帽子からこぼれてくる。


「よろしくお願いします!」

「……!」


 ここでイレギュラは親愛なる使用人を見た。


 どうですか?

 最高!


 二人は無言で親指を立て合う。


 そして不安そうなルテリアに対しても、笑顔で迎えるのだった。



「大歓迎! よろしくね、ルテリア!」



 部屋に入るまで『これでいいのかなあ』と思っていたルテリアだったが、上手く行った後で『これでいいのか……』と思うに至ったのだった。

 ちょっと、後悔してしまうのだった。

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― 新着の感想 ―
主人公だけじゃなくて主従ともに何だかヘンな性癖だったー
友人に求めるハードルを下げる事で、自分の超えるべきハードルの高さを下げるっちゅうのは、前向きと言うたらエエのか後ろ向きと言うたらエエのか。
このメイド、実は結構主人の事が好きだな?
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