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逆に考えるという事は、思考を放棄しないという事

 クラッセル領内にて。


 メラニィ・ルコードはしばらくの間、天へ助けを乞うていた。

 これが千里眼を持っている仲間への訴えであることは、ハセット家の使いも聞いている。

 なのでそこまで奇異には思わなかったし、取り乱す気持ちもわかっていた。


(フレイヤー派閥が異常なだけで、彼らも十分強い。メラニィ派閥……英雄校出身の学徒兵の中でも、抜きんでた成果を上げている部隊だ。それでも最高戦力であるベルマ・マードンを引っこ抜かれたら取り乱したくもなる……)


 ハセット家の使者は、彼女の気持ちを否定できなかった。


 命令を受けてここに来た使者だけではなく、この命令を出した伯爵も無理な指示であるとわかっていたのだ。


『メラニィ・ルコードの元へ行き、ベルマ・マードンを貸してもらえるように頼んできてくれ』


『もちろん、無茶であることはわかっている……分かっているが、必要なことだ』


『……いや、必要だ、というわけじゃないな。必要じゃないことが必要というか、必要なだけじゃ不安というか……』


『整理しよう……現在の私の戦力でも、ドラゴンの群れを相手にしても勝てる。確実に勝てる。犠牲が出る可能性も低い』


『犠牲が出る可能性が低いということは、何人か死ぬ可能性が排除できていないということだ』


『ドラゴンを倒せる一軍戦力は希少だ。死んだら被害は甚大だ。死ぬ可能性は可能な限り下げなければならない』


『できれば深手も負ってほしくないし、疲れ切って動けなくなることも避けたい』


『それはメラニィにとっても同じではだと? そうだな。だが逆に考えろ、勝ち目の薄い戦いに捨て駒として参戦しろと言っているわけじゃない。勝ち戦に参戦してくれと頼んでいるわけだ』


『戦力をひっこ抜かれるのは変わらないのではだと? それはそうだな、だが逆に考えろ……考えろ。何とか説得するのがお前の仕事だ!』


(無理がありますって……)


 伯爵の考えは間違っていない。

 論理的には正しい。


 しかし相手の都合を軽視した考えであることは事実だった。


「こういう時イレギュラなら……イレギュラが今まで、私の前で……」


 メラニィはひたすらぶつぶつと、今日までイレギュラから受け取ってきた言葉を思い出そうとしていた。


 彼の判断や発言は、何時だって政治的に正しく、自分たちをいい方向に騙してきた。

 だからこそ、それに縋らなければやっていけない。


 必死に短い関係を洗い直し、なんとか正解にたどり着く。


「……コレよ!」


 メラニィは打開策というか、妥協案をひねり出していた。


「うんうん……まず! 私たちがここを助けたのは自己判断よね? 誰に責任があると言えば……ルテリアには悪いけど、クラッセル家の責任よね?」


「はい……そうだと思います」


「そんなに落ち込まないで! でもそのあとクラッセル家はハセット家にこの領地について託したわよね? 今私たちがこの領地を守っているのは、ハセット家の要請によるものよね? それでベルマを差し出せっていうのもハセット家の要請よね?」


(猛烈に嫌な予感がしてきた……)


 ハセット家の使者は話が大きくなっていることに戦慄を隠せない。


「それなら! その要請の結果、どれだけ酷いことになってもハセット家の責任よね!?」


「おお、そうだな!」


 責任問題についてメラニィが出した回答に、よりにもよってベルマが拍手で賛成していた。


「それなら、あ、え~~……戦力を出した結果、この領地を守り切れなくなって、領民全員とハセット領に逃げ込むのもやむを得ないわよね?」


「それは、困るんですが! 避難してくるのはともかく、この領地がまたモンスターに占領されてしまうと、奪還しないといけなくなるのですが!」


「それなら、この土地を死守しろとおっしゃるのかしら。この! メラニィ・ルコードに! 死ぬまでこの土地を確保せよと、ハセット家が命令するのかしら! そのことについて、私の実家であるルコード家や現当主様に報告してもいいのよね!?」


 周囲の学徒兵が拍手した。

 完璧な理論であった。


 使者はすでに追い込まれてしまった。


(そんなことできるわけないだろ! でも発言は正しい……何もおかしなことはない……返す言葉もない)


 メラニィの主張におかしなところはない。

 ハセットからの使者はよくよく考えて、答えを出した。


(伯爵様はメラニィ・ルコードの引き連れているベルマ・マードンを連れて来いとおっしゃったのだ。その判断が間違っているはずもない。逆に考えれば、どんな要求をされても飲むしかないな!)


 欺瞞であり責任逃れであった。

 伯爵もその程度の覚悟はあるだろう、たぶん。


 それから、メラニィ・ルコードの交渉によって『こちらの判断によって、クラッセル家の領民と一緒にハセット領へ避難していい』という条件の元、ベルマ・マードンは送り出されたのだった。



 ベルマが侍女と共に城を去ってから、メラニィ派閥の空気は少し和らいでいた。


 やはり人の縁、コネは強い。

 ルコード家のご令嬢についてきてよかったと誰もが安堵していた。


 如何に相手の主張が無茶で、こちらの主張に正当性があっても、家の格次第ではひっくり返されかねない。

 その点において、ルコードという家の格は超強い。

 なにせ公爵である。皇帝だろうが大公だろうが、そうそう無下にしていい相手ではない。

 正当性を示せば、相手は従うしかなかった。


 そして肝心のメラニィ・ルコード本人は、初めてお使いをやり遂げた子供のように安堵した顔をしていた。

 とりあえず問題がささっと解決した。コレはとてもいいことである。


 友人であるルテリア・クラッセルもきっと安心しているに違いない。

 最悪の事態が起きたとしても、領民や家族は正当に避難できる。

 きっと自分へお礼を言うに違いない。


「ルテリア。私の交渉によって、貴方の家族や領民の安全は確保できたわよ」

「はい、ありがとうございます! 気を使ってくれて、ありがたいです!」

「……ねえ、もしかして、まだ何か不安があるの?」

「わ、わかっちゃいますか? これはその、メラニィ様に相談するようなことじゃないんですけど……」


 父や兄は、まだハセット家から戻っていない。

 だからこそ、他の家族の安全を守るのは彼女の役目である。

 それは今のところ順調だ。


 また、未来に関しても絶望するほどのことは起きていない。


 よって、未来に向けてどう動くべきか考えていた。


「私、イレギュラさんに振られちゃったじゃないですか」

「……まあそうね」

「そこは否定してくださいよっ! ……まあ本当に振られたんですけどね。男女的なことは抜きにしても、私は必要とされてませんでした。私って、他の子と変わらないんですよ。ベルマ様は、あちこちで引っ張りだこなのに……」

「ベルマみたいに変身アビリティが使えれば、声をかけてもらえたかもってこと? それは……違うんじゃないかしら」

「かもしれません。でも私が他の子と大差ないことに変わりはないでしょう。私はあの人にアピールできる魅力がないんです」


 自分は稼がなければならない。

 自分が家族の生活を支え、豊かさを与えなければならない。

 そうでなければ、家族は危ういことや反社会的なことに手を出さざるを得なくなる。


 そのためにはもっと魅力的な戦力になる必要があった。


「イレギュラさんに拾ってもらえなかったら人生が終わる、なんてあっちゃいけないんです。私はどこでも通用する戦力にならないといけないんです」

「大人ね。私はそういうふうに考えられないわ」

「大人になって、そういうふうに考えないといけないんです」

「貴方は、強いわね。きっともうすぐ、ふさわしいだけの力を得られるわ。でも私は……」

「?」

「なんでもないわ。とにかく、焦る必要はない。貴方はこれからも私を守ってくれれば、それでいいから」

「……そうですね」


 利己的にも思える言い回しであったが、それが失敗すれば多くのことがおじゃんとなるので正しい説明であった。


 そして言い回しに配慮が不要であることは余裕がある証明だった。

 


 一方そのころ、クナオルの兄マメカシは……。

 飛行アビリティを活かして斥候を行っていた。


 彼がこの場にいる正当性、イレギュラから要請されたという事実が彼を必死にさせている。

 彼は目を皿にしながら領地に居座るモンスターたちを探している。


 マメカシの飛行アビリティは、どちらかというと持久力に秀でている。

 彼が本質的に商売人であり、長く飛べる事が大事だと考えているからであろう。


 それは斥候としても重要なことであった。

 大抵のモンスターは、飛べば逃げられる。

 常に飛行できる彼は、それだけで『絶対に帰ってこられる斥候』であった。


「相手は侯爵令嬢……その上、弟君から要請されてここにいる。何としても役目を果たさなければ……」


 イレギュラにも心がある。

 自分の依頼に対して手抜きをしたら、普通に怒って普通に見捨てられる。

 それは避けなければならない。


「黒の泉やモンスターの襲来に関しては早期発見し、報告しなければならない……!?」


 地上を見下ろしていたマメカシは、とある『人間の一団』に気付いた。

 誰もが雑多な装備をしており、とてもではないが正規兵に見えない。

 むしろその敵、賊の集団にしか見えなかった。


 彼らは不遜にも旗を掲げている。

 その模様は、遠くからでもわかるほどだ。


「国旗を逆さに……終末教団か! 滅びた領地を回って人を集めているというが、まさかここにも来るとは……早く戻って、報告しなければ!」


 マメカシは慌てていた、焦っていた。

 相手がモンスターならそれなりの対応ができるが、相手が人間の集まりの場合また別の厄介さがある。


 一番基本的なことは、遠距離攻撃魔法、広範囲攻撃魔法で自分が撃ち落される可能性だ。


「ぐ……案の定、攻撃してきたか!」


 当然ながら、移動系アビリティは防御力に影響しない。


 一撃でも当たれば墜落する。


「私もランクが上がっている。高度を上げるのは不得手だが、それでもなんとか……!?」


 大量の遠距離攻撃魔法が飛んでくる。

 マメカシは回避しきれず攻撃を受けてしまい、無様に落下していった。


 幸か不幸か、森に落ちる。


 多くの枝を折りながらも減速し、大型モンスターの死体の上に落下した。

 それでも体の骨がへし折れている。


「ぐ……うう……」


「お、おいおい。こりゃ驚いた。本当に驚いたぜ。兄貴(・・)、こんなところで何をやってるんだ?」


「お、おま、お前は……!?」

 

 もがき苦しむマメカシのそばに、終末教団の兵を率いる男が寄った。

 まさに傷ついた獲物を見下ろす、肉食獣のごとき野生の雄。


 マメカシやクナオルに似ている部分もある青年であった。


「あの(おとうと)(くん)やクナオルもそばにいるのか? ははははは!」

「き、貴様……我が家の恥であるお前が、あの二人を口にするな!」

「家の恥? おいおい、今の俺を見ろよ、一番出世したと言っていいんだぜ?」

「終末教団に堕したお前が、出世を語るな!」

「終末教団のことを何もわかってないなあ、兄貴は……」


 ヒナオト。

 マメカシと同じくクナオルにとって種違いの兄であり、家の恥となった男であった。

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― 新着の感想 ―
誰にとっても色々な理由で最優先で殺さなあかんクズのエントリー、安心感すら覚える。
うお……マジもんの家の恥じゃん
うーむ…破滅の跫が…人類の七割から八割が破滅する跫が聞こえて来たなぁ(汗)
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