自己都合
クラッセル領を守っているメラニィ一行だが、戦力的に不足はなかった。
多くの通常戦力と、メラニィという雑魚散らしに特化した魔法使い、ベルマという対大型に特化した戦士がいるのだから当然だろう。
移動系アビリティ飛行を持つ者が三人もいるため、斥候は容易。
領内を偵察することによって、モンスターが黒の泉を作り出す前に襲撃を仕掛けることが可能であった。
もちろんケガをすることもある。
その時はアメルが治療してくれるのだ。
物足りないところはあるかもしれないが、非常にバランスが良かった。
残った避難民を護衛しつつ、男爵領を守るには十分すぎる戦力だったと言えるだろう。
イレギュラが抜けても、組織は一応回っていたのである。
※
メラニィ派閥からイレギュラが去ってから一週間が経過していた。
崩れた城の中には集落と呼べるものが形成されつつあった。
その中でも特にいい立地をもらっているメラニィ派閥なのだが、現在彼らは疲れていた。
非常にでも、とてもでもない。普通に疲れていた。
仕事がないときの学徒兵は、全員がそこいらの瓦礫で横になったりしている。
くつろいでいるというよりも、何もしたくないという虚無の顔であった。
イレギュラがいなくなってもなんとかなってはいる。
だが不便で不安だった。
イレギュラがいれば、モンスターの群れが都合よく背中を見せてくれた。多分何かの手段で誘導してくれていたのだろう。
イレギュラがいれば、誰かが危険な一番槍として突っ込んでくれた。今になって確認してみると、誰も一番槍を務めたことがないという。
戦力は低下していないはずなのに、戦術力が激減していた。しかもマスクデータ的に戦力低下もしている。
イレギュラが『自分が抜けたらみんな困るだろう』と思っていたのは真実であった。
詰んではいないが困っていた。
今の彼らにとって希望は、イレギュラが戻ってくることと、ハセット家がこの地を治める戦力を派遣してくれることぐらいであった。
どれだけ強くなったとしても、彼らはまだまだ子供。
ルーティンワークから逃れられない責任に、心がついていけなかった。
「イレギュラは……今、どこにいると思う?」
「まだブラッカーテ領に到着もしていないのでは」
メラニィは無作法にも、瓦礫の上で横になっている。
同じように横になっているアメルへ話しかけているが、どちらも顔を合わせようとしていない。
「多分、もう、ブラッカーテ領に到着しているわ。それで、問題も解決していると思う。それでも子爵が戻ってくるまで待つつもりなのよ」
「いくらなんでもそれはありえないでしょう……と、僕は言いたいですね。でもそうなんでしょうねえ」
同じく疲れている学徒兵たちも、まったく論理的ではない絶望的観測に消極的な同調を示していた。
イレギュラ・ブラッカーテは物的証拠さえなければ、状況証拠をいくらだしても問題ないと思っている節がある。
だが物的証拠が出ないように努めていたことも事実だった。
だから今までは自分たちにも出番が回っていたのである。
もしも彼が一切の制約なく大暴れをすれば、子爵領の一つや二つ救えるだろう。
他でもない彼自身がそう判断したからこその『戦力配分』であった。
その上で、イレギュラは戻ってこない。
彼は凄いのだろうが、全知全能ではない。
ブラッカーテ領が危機に瀕していることが、何よりの証明である。
現在の彼は持てる『力』を領地防衛に割くだろう。
自分が尊敬している兄が戻り、もう何が起きても大丈夫だと判断するまでこっちにこない。
この行動原理自体は咎められないし、とても普通である。
一般人だろうが貴族だろうが、普通はそう考える。
そしてイレギュラはやはり普通だった。
「早く戻ってきなさいよね~~……! 見えているんでしょ! イレギュラ!」
メラニィは空に向かって叫んだ。
彼の千里眼は、今も自分たちを覗いている。なんとかなっているじゃないか、ぐらいには安心して見ているのだろう。
ふざけんな。早く戻ってこい。
養殖されてきた仲間たちは、苦境に耐えられるものの、苦労はしていたのだった。
そのような学徒兵たちへ、慌てた様子の侍従たちが現れる。
「メラニィ様! ハセット家の使いが現れました!」
「なんでっすって! すぐに会いに行くわ! みんな、仕事が終わるわよ! これが終わったら、誰が何と言っても、まともな領地に行って休むわ! そう……ハセット家よ! ハセット領なら行く理由があるし、休めるわ!」
もうすぐ仕事時間が終わる、という時の学生バイトのような気持ちであった。
学徒兵たちは意気揚々とハセット家の使いの元へ向かう。
きっと先日のように、周辺の領主へ文句を言いながら、自分たちへ感謝を伝えつつ引継ぎを行うのだろう。
そのあとは安全な場所でイレギュラを待てばいい。
どこにどう移動しても、彼なら駆けつけてくれるに違いない。
そう思っていたところで、ハセット家の使いが現れた。
先日は威風堂々たる偉丈夫が現れたのだが、今回はやや痩せ型の、慌てた様子の男子であった。
「つ、謹んで、申し上げます! 空白地帯となった領地で、ドラゴンが大量発生しているとの連絡がありました! コレを討つには、我らだけでは心もとなく……ドラゴン退治で名高き、ベルマ・マードン殿に参戦願いたく……」
申し訳なさそうな依頼に対して、メラニィ派閥は最初の課題を思い出した。
そうそう、こういうことってあるよね。
相手の気持ちもわかるよね。
こっちが行かないと大変だよね。
そもそもこっちは従う筋がないんだよね。
それでも貴方が怒られるよね。
でもこっちだって戦力が減るとヤバいんだよね。
これ以上余裕がなくなると、もっと不安になってもっと大変になるんだよね。
「みんな、こういう時にイレギュラならどうするかしら……」
メラニィは皆に問う。
こういう判断もイレギュラが担当していた。
彼は正しい提案をするだけではなく、それを皆に飲み込ませるのも得意だった。
その彼が今はいないわけで。
「とりあえず従うと思いますよ」
「そうよね、それはわかるのよ。でもそこから先が思いつかないのよ……! あああああああ! イレギュラ~~~! 早く戻ってきて~~~! どうせ領地で男装プレイで楽しんでいるんでしょう~~! 戻ってきてよ~~!」
癇癪を起して泣きわめくメラニィ。
しかしそれを止められるものは、この場にはいないわけで。
※
一方そのころ、ブラッカーテ領では……。
イレギュラが戻ってきて以降、モンスターの出現はぴたりと止まっていた。
領民たちは『弟君が奇跡を起こしたんだ』とあえて思考放棄することができていたのだが、避難してきた他の領民たちはそうもいかなかった。
なぜモンスターの出現が収まったのか確認するために、飛行アビリティを持つ者を斥候として送り出していた。
最前線となっていた避難所の復興をしながら待っていたところ、飛んでいるのに這う這うの体で帰ってきた斥候から話を聞くことになった。
「黒の泉は破壊され、た、大量のモンスターの死体が散乱していました……! 周辺の領地からモンスターが制圧しに来ていないことから見ると、その……周辺のモンスターも、根こそぎ殺されていると思われます……!」
奇跡(物理)が起きていた。
多くの領民が逃げ出さざるを得ないほどの大軍勢が、逆にせん滅させられていた。
納得できるが安心できない。
避難民たちは斥候の言葉を聞いても、安堵するどころか戦慄していた。
一体どれだけの力があれば、それを成せるというのか。
子爵家の子息に、それだけの力があるとは到底信じられない。
彼らは視線を移した。
侍女を侍らせてごろりと横になっている少年を見つめる。
周囲から信仰を集める神童、あるいは怪物。
有益であることは認めるが、怯えることしかできない。
「どうします?」
「どうするもこうするもあるか。そもそも我らは避難している身。世話になっている子爵家の子息に手出しなどできるわけもない。今は……恩寵に与る他ない」
避難民たちはイレギュラとその周囲に集まる信徒を遠巻きに見つめつつ、しかし離れることはできなかった。
彼を利用すると口にするだけである。
そのイレギュラは、周囲の信徒から今後もこの地を守ってくださいと願われていた。
「勝手なことを言いやがる」
イレギュラはぼそりと、少し苛立たし気に漏らした。
彼のそばに侍るメイドは何も動じていないが、それ以外の者たちからすれば怪物が自分たちに苛立ったようにしか見えない。
信徒も信徒ならざる者も、心胆から震えあがって大きく下がった。
彼のメイドは、まるで巫女のように主を諫める。
「坊ちゃん。変なことを言うから周りの人が驚いたじゃありませんか」
「ん? ああ……ちゃんと謝るよ。驚かせる気は無かったんだ」
イレギュラはむくりと起きる。
その眼は遠く、自分のことを呼んでいる者たち、そして主人公の訪れている大きな街を見下ろしていた。
「メラニィが早く戻って来いって空へ叫んでる」
「むこうの音を聞くことはできないはずでは」
「挙動から察するぐらい、俺を呼んでる」
「第三者目線だと不審者以外の何物でもありませんね。貴方も含めて」
「そうだよ。それに……そっちだけじゃなくて、主人公の方もイベントマスを踏んでる。どっちかというと、援軍が必要なのはあっちかもな」
「姫様相手に援軍が必要な事態だと?」
「俺のサポートもあってか、本来なら間に合わないはずの街にたどり着いている。そこは『開発中の段階』だとルート分岐点になるはずだったんだが……納期や予算の関係で、製品版では間に合わないルート一択になっていた。間に合った以上は選択することになるんだろう」
「相変わらず何を言っているのかわかりませんが、重要で、助けが必要なのですね」
「そうだ。俺が手を出せば、大きな助けになるかもしれない。それでも、ここは動けない。向こうに割けるコストはない。知っているだろう、俺は制圧は得意でも占拠は苦手なんだよ。一旦陣地を守ると決めたら全力を尽くすしかないし、その場を長く離れられないんだ」
メラニィの想像通り、イレギュラは兄である子爵が戻るまで動く気がなかった。
イレギュラはメラニィを含めた友人たちのことを大事に思っているが、優先順位から言えば領地の方が重い。
「それに、俺があいつらを鍛えてきたのは今回みたいな時のためだ。俺がいなくなったら……『主人公を追放した仲間たち』みたいに一気に瓦解するようなら、真の仲間どころか足手まといだ」
「その理屈で言うのなら、姫様やその仲間は放っておいても平気なのでは?」
「……そりゃそうだ。きっと何とかしてくれるか」
※
そして大公領にて。
独裁聖剣グラディウスの保管場所で話をしている大公は、ぼそりとこの場にそぐわないことを言った。
「『きっと何とかしてくれるか』とは、勝手なことをおっしゃいますねえ……こちらの話です。お気になさらず」
その場の面々も察し、質問をすることはなかった。
「ともかく……貴方たちが想像するような作戦は、もうすでに打った後です。この剣を守り切るだけの戦力をこの地に集めるということは、現在の状況では不可能。よって……この剣を折るか、現在の戦力でこの剣を守るか、仲間を皆殺しにするか。それしか道はありません」
重い選択肢しかない。
場は沈黙が支配した。
その中で大公だけが話を続ける。
「本音を言えば、選択肢は二つにしたいところです。この剣を守り切れる保証がない以上、この場で折るか、仲間を皆殺しにするかの二択であるべきです。しかし皆さんに敬意を表し、折らずに守るという選択肢を用意しました」
敬意。
投票権、参政権、発言権を認める。
世界の命運がかかった場面である以上、確かに敬意がなければ許されないことであった。
「本来なら、グレータードラゴンがここに現れるまでの間に、貴方たちが間に合う可能性はありませんでした。よって私はこの剣を折るしかなく、この領地も壊滅していたでしょう。しかしこの場の皆さん一人一人……そしてこの場にいない、他の仲間の尽力によって、貴方たちは間に合いました。これによってこの領地は救われているのです。端的に言えば、この場に英雄ではないものはいない、全員が英雄という事です」
この言葉に喜んだのは、むしろ一軍以外の者たちであった。
英雄たちが全力で頑張っていたことはよくわかっている。
だが彼らだけでは間に合わなかった。
自分たちも頑張ったからこそ、この地が壊滅する前に間に合い、この剣に関して選択肢が生じた。
歴史の分岐点に立ちあえていることが、お情けではないと喜びに震える。
そしてフレイヤーや一軍たちは、パターン2の黒。つまりマスクたちを想っていた。
彼らもそのつもりだったのだろうか? わからないが、少なくとも自分たちにはいいことだ。
辛い選択肢ではあるが、無いよりはましだった。
「もちろんほかの意図もあります。私がこの剣を無断で折ったなら、後で貴方たちは『なんで勝手に判断をしたんだ』と怒るでしょう。折らずに守るとなれば、ここを守るための戦力を配備するわけですから、結局説明が必要になります。よって、今説明し、選択肢を委ねています」
説明が再開した結果、顔が苦渋に染まっていく。
苦い木の実を咀嚼してくような状況であった。
何も説明を受けていない場合、大公の説明通りに自分たちは文句を言うだろう。怒るかもしれない。
とはいえ、選択肢は迷惑でもあった。いざ自分たちに委ねられると、どうしていいのかわからなくなる。
「私はこの剣を皆さんに見せた以上、選択は委ねています……そのうえで、あえて私は折るべきだと考えています。理由は先ほどから何度も言っているように、確実に守り切ることができないからです。この剣が奪われた場合、大変失礼な話ですが、この場の全員が最悪なほど不幸になります。しかも守りきれたとて、即座に使用可能になるわけではない。救える人間が劇的に増えるわけでもないのですから、危険に見合いません」
「具体的には、どれだけの差があるのですか」
「この剣を折った場合、人類の八割が死にます。この剣を守り切った場合、七割が死にます。誤差は一割ですね」
これでもマシになった方なのですが。
アレスはあえて最後まで言わなかった。
質問をした在野の賢人は青ざめる。
想定以上に、死者の数が多かった。
伝説通りではあるが思考停止したくなる数であった。
「その一割が、何千人、何万人なら、この剣を守ることに意義はあるんじゃ!?」
「数のことを話すのなら、貴方達全員が死ねばいいのです。その場合、死者は八分以下に収まりますよ」
在野の武人に対して、アレスの返しは無敵であった。
フレイヤーが仲間を殺せばそれが一番死者が少ない。
80パーセント死ぬとか70パーセント死ぬとかではなく、8パーセント以下に収まるという。
それが本当なら、確かに誤差であった。
「ボクが……ボクが、いけないんだ。ボクが覚醒を済ませていれば、こんなことには……」
フレイヤーは己を責める。
自分が覚醒を済ませていれば、選択をする必要すらなかった。
この剣を手にして、グレータードラゴンを切り、仲間や国民を守ることができた。
兄に対しても……。
「そうでもありません」
周囲が彼女を慰めるより早く、アレスが彼女の嘆きを否定した。
「簡単に人生観が変わる人間は、はっきり言ってバカです。貴方がバカだと全人類が困ります」
場の空気をぶっ壊す雑な話であった。
「ば、ばかって……」
「人生観が簡単に変わるということは、思考が簡単に極端になるという事です。それをバカと言わず何というのですか? 貴方は確かに迷い悩み、答えを出せないまま、周囲の人間に支えられつつここまで来ました。ですがそれはちゃんと思考や会話、議論ができる証拠です。この苛烈な状況下で覚醒が起きていないのは、むしろ誇るべきことです」
多くのモンスターが現れ、多くの人が死んでいく。
多くの人が覚醒し、強くなっていく。
だがそれは、人々の思考が極端に変わりやすい環境ということ。
悪意ある者の扇動が成功しやすい、危うい状況だった。
「貴方たちが今回の戦いを生き残ることができれば、終末教団の思惑に乗った者たちに会うことでしょう。彼らは例外なく覚醒しており、暴走しています。彼らを見れば、覚醒がいいことではないと嫌でも理解するはずです」
ここで大公は、急に視線を変えた。
コーの派閥に属する、市民出身の学徒兵たちである。
「今更過去や現在について語っても意味はありません。これからの選択について、何かおっしゃりたいことがあるのなら、どうぞ」
「それじゃあ、その……言わせていただきます」
彼らは互いの顔を見合って、コーに視線を向けながら話した。
「俺たちは、とりあえず死にたくないですね。ですから、俺たち皆殺しってのは反対です」
中々言えないことであった。
だが本音であろう。
「俺たちの『家族』は、俺たちがいるから幸せに生きてるんです。俺たちが死んだあと、『家族』が幸せに暮らせる保証がない。だから嫌です。それに……」
彼らは改めて、大公を見た。
彼はコーの派閥に顔を向けているので、向き合う形になる。
「この剣がヤバいのはわかりますけど、それはそれとして、本当に恐怖の魔法使いが復活して世界が滅ぶとか人口の七割死ぬとか言われても……信じられません」
相手は大公。
それも一応の証拠も出しての訴え。
それを信じられないと彼らは言った。
これに対して大公は嬉しそうであった。
「貴方たちはまともですね」
「……うす」
まともですね、という評価に彼らは頷く。
そう評されることは、不自然でも何でもない。
彼は真実を明かしていたのだが、まともに信じられる方が嫌だった様子だ。
「先ほども言いましたが、大公である私が言ったからといって、何もかも受け入れて信じる方がどうかしています。到底まともではない。まともではない人間を見るのも話をするのも疲れます」
彼は少し茶目っ気を出しながら、独裁聖剣グラディウスを手で示した。
「それに私が嘘をついているか誤情報をつかまされていて、この剣を折ると恐怖の魔法使いが復活する、という可能性もある。よって、先送りにするという判断もアリでしょう。ただ……この忠告は、真剣に受け止めてください」
大公は改めて、最重要なことを口にした。
「先ほども申し上げましたが……この剣が奪還された場合、大変失礼な話ですが、貴方達全員が途方もなく不幸になります。そのことだけは、お覚悟を」
あえて、人類が全員殺される、とは言わなかった。
その奥には、それよりも最悪なことが起きるという匂わせがあった。
誰もが息を呑む。
彼の妻だけが、すさまじい怒気を放っている。
おそらく彼女だけは、その最悪の事態を把握しているのだろうが……。
「時間に余裕はありますので、この件は一旦保留としましょう。それでは皆様お待ちかね、歓迎の宴を準備しております。こちらへどうぞ」
彼は仕掛けを作動させ、剣を再び隔離した。
そのあと英雄英傑たちを別の部屋へ案内していくのだが……。
(食欲がない……)
結局、あまり食べられなかったのだった。




