ブラッカーテ家
イレギュラ・ブラッカーテは実際に確認するまで信じない。
無駄にネット知識があるため、攻略本の情報に誤りがあるとか、ゲーム内の説明が正しくないなどを知っているからだ。
であれば、イレギュラが英雄校に入学してから使ってきたユニットは、すべて故郷で試したことがあるという事になる。
戦闘や輸送、偵察は当然ながら、回復もそうだということだ。
イレギュラは幼少期から……。
領内で『子供が行方不明になった』と聞けば、クナオルと共にそこへ行き、あっさりと子供を見つけて見せた。
領内に危険なモンスターがいると聞けば、クナオルと共に現地へ行った。そのモンスターをゴーレムやアーミーで倒していた。
領内で病が流行れば、クナオルと共に赴き、治装を以て人々を癒した。
本人にしてみれば試験の意味が強く、なにより明かすわけにはいかないので、基本的に周囲には黙ってやっていた。
しかし英雄校でのふるまいからわかるように、彼が動いていれば周囲は気づく。
イレギュラ・ブラッカーテは特別な存在だ。
彼に頼めばどんなことも解決してもらえる。
彼に救われたものは数知れず、子供の中には『クナオルのように彼と一緒に戦いたい』と思う者もいた。
それが在野の武人となり、領内における勢力の一つとなっている。
彼ら、彼女らがいなければ、イレギュラが間に合うこともなくブラッカーテ領は壊滅していただろう。
※
ブラッカーテ領と隣の領の境界線には、現在陣地が形成されていた。
多くの在野の武人や兵士たち、および隣の領の武人たちが踏みとどまり、防衛戦を構築していたのである。
無限に湧き続けるモンスターを相手に、彼らは徹底抗戦の構えを見せていた。
特に活躍していたのは、『道化のような鎧』を着ている若者たちである。
彼ら、彼女らは『イレギュラが従えている兵士』と同じ格好を好んでしている、つまり一種のコスプレであった。
メラニィ派閥の鎧と同じデザインであったが、出来は素人の作である。市販できる基準に達していなかった。
だが若者たちの意気は本物だった。
モンスターを領内に入れるまいと、連日奮戦していた。
その勢いは、隣の領地から逃げてきた、背後に家族を抱える者たちよりも上であった。
だがそれも限界が来る。
戦力の中心だった
もはやこれまでかと思っていた時……。
領地に流星が降った。
爆発音とモンスターの悲鳴。
地響きが遠ざかり、何が何やらわからぬままに陣地には静寂が訪れた。
そしてその次に、イレギュラ・ブラッカーテが訪れたのである。
「今戻った。みんな、よく戦ってくれたな、ありがとう」
イレギュラ・ブラッカーテ。現子爵であるバイオグ・ブラッカーテの弟。
彼がメイドであるクナオルを連れて現れたことで、陣地では歓声が上がった。
「おい……おい! あいつら二人しかいないぞ!?」
「弟君に対してアイツ等とはなんだ!?」
「そ、そこじゃない! アイツ等……あの人、二人で向こうの領地から戻って来たぞ!!」
「ああ、弟君とクナオルだ」
「だから! 二人でどうやってあのモンスターの群れを駆除したんだよ!」
「わからん。だが、我がブラッカーテ領ではこういう奇跡が起きるんだ。だいたい弟君が何とかしてくれるんだ……何をしているのか、怖くて誰も探ってはいけないんだ……それがこの領の掟だ」
(宗教なのか!?)
他所から来た者たちは、ただただ困惑するばかり。
士気の高い義勇軍が、反撃することもできなかったモンスターの群れを少数でせん滅するなど……。
噂に聞く皇太子とその仲間か、その妹であるフレイヤーとその仲間。それぐらいの戦力は必要だろう。
(どこかに仲間を隠しているかもしれないが……それを含めたって、皇帝の一族ならまだしも、子爵にもなっていないガキがなんとかできるレベルじゃないぞ!?)
余所者の感想は、そこまで的外れではない。
おそらくこの国の誰もがその感想を抱くだろう。
「いいか、この領地では『悪いことをすると弟君が来て、魂を引っこ抜いて案山子にする』とか『弟君は病人を岩の中に突っ込んで治す』とか『弟君は谷に迷い込んだ牛をつまんで持ち上げる』とか『弟君は女の子に男の服を着せるのが好き』とかたくさんの言い伝えがあるんだ」
(本人がそこにいるのに、言っていいのか!?)
「とにかく、弟君がこうしろと言ったらハイわかりました、がこの領地のルールなんだ!」
(ヤバい領地に逃げ込んでしまった……)
人々が安堵の意気を漏らす中、他所の者は不安で震えていた。
「ところで、ケガ人とかはいるか?」
「重傷者はこの小屋の中で寝かせています」
「そうか……わかった」
イレギュラは重傷者のいる小屋の中に数分間入っていた。
重さで床が抜けるような音が何度かしたが、そのあとイレギュラは平然と出てくる。
「見舞いはした。思ったよりも重傷だったな……3日、いや一週間はこの部屋に入るなよ」
(重傷以前に餓死するだろ!?)
「わかりました!」
(わかるなよ!)
イレギュラの指示に従う領民たちに、余所者は困惑を隠せない。
案外本当に魂を引っこ抜かれて魅了されているのかもしれない。
「みんな、よくやってくれた。俺はこれから一旦実家に帰るが……父上や兄上にも、諸君らの健闘を伝えておく。兄上は今でこそ子爵だが、今回の騒動を治めれば伯爵になってもおかしくない器のお人だ。この場の面々も重用してくださるだろう」
「ははっ! 子爵様はそれだけの成果を上げておられるかと!」
(それは、まあ、確かにな……)
余所者たちは他所から来たからこそ周囲の惨状を知っているし、バイオグ・ブラッカーテを頼った伯爵の話も聞いている。
(普通に考えれば、傘下を助けるどころか助けを求める伯爵なんて、伯爵の座にふさわしくない。改易、格下げされるのも妥当だろう。俺たちの故郷は壊滅しているから、領主どもは生き残っていても犯罪者だな。っていうか俺たちが殺したいし。そうなれば……)
ここで余所者は合いの手を入れた。
「イレギュラ殿。今回は本当に助かりました。無双の働きと言っても過言ではないかと。私や私の家族、領地から逃げ出した者たちも感謝するでしょう。貴殿が次の領主として我等の地を治めてくだされば、我らも安心なのですが……」
気持ちは半分本当で、半分はおべっかだった。
イレギュラが慕われているのだから、褒めれば周囲からの心象が良くなるだろうというものである。
「あいにくだが、私はブラッカーテの領地と民、何より家族を愛している。今はルコードの令嬢の元で働いているが、コレもブラッカーテの名誉のため。兄上の気分を悪くするようなことは慎んでほしい」
「さようで……(思ったよりずっとまともな返事だ。この返事ができて、危険地帯に行ける胆力と実力。確かにこれだけでも上澄みだな)」
「我ら一同、弟君はもっと上を目指せると思っております! 国軍の将軍、末は元帥など!」
「軍属の地位はともかく、もっと上、という言い方も止めてほしい。とにかくここは任せる。モンスターが来るとは思えないが、フタは必要だからな。行くぞ、クナオル」
イレギュラはここに多くのコストを割いたうえで、実家であるブラッカーテ城へ帰るのであった。
※
ほっとするほど、ブラッカーテ城は健在であった。
おひざ元の街もにぎわっており、イレギュラがクナオルと共に現れると歓声が上がっていた。
「弟君がここにいるってことは、モンスターは全て倒したんですね! すげえや!」
「モンスターに占領された領地も全部解放したに違いない!」
「空を駆ける流星が見えた! アレはきっと、弟君の御力に違いない!」
子爵の弟とその侍従が歩いているだけなのに、救世主か教主のように扱われていた。
その中を二人は愛想を振りまきつつ歩き、入城した。
そしてその城の奥、先代子爵の待つ部屋に入る。
「ちちうえ~~! 帰ってきました~~~!」
「おお、よく帰ってきてくれたな。イレギュラ」
あまり似ていない親子だった。
イレギュラは少年らしい、おせじにもがっちりとしていない体格である。
一方で引退したばかりの元子爵、ガスタ・ブラッカーテはがっちりとしていた。
筋肉もそうだが、骨格が太いのである。
イレギュラが幼稚に抱き着いても動かないほどであった。
「聞けばメラニィ・ルコード殿の派閥に属し、索敵係に徹しているそうだな。副官の座すらマードンの令嬢に譲っているとはな、お前らしくて安心する」
「えへへへ。分は弁えておりますから!」
「そこはお前の美点だな。ヒナオトのように実力があるからと出しゃばる者もいるが、それは悪癖だ。扱いにくいと遠ざけられるだけのこと。真に実力があれば重用される。お前のようにな」
「うん、頑張るよ!」
無駄に幼稚なイレギュラに、クナオルはため息をつく。
本当にダメなところはダメな男であった。
「クナオル」
その侍従であるクナオルに、ガスタは声をかけた。
「お前が一番わかっているだろうが、イレギュラは人に気を許しすぎるところがある。お前が引き締めてやらねば立ちいかぬぞ」
「承知しております」
「私やバイオグに遠慮せず、踏みつけて尻に敷いてやれ。それぐらいがちょうどいい」
「承知しております」
「子供については焦らぬことだ。体を大事にな」
「……承知しております」
この後も三人はしばらく話をした。
国家全体の災厄について情報を共有しつつ談笑したのち、イレギュラとクナオルは退室する。
その直後であった。
ガスタの顔が一気に引き締まり、眉をひそめた。
「ヴァイマス、なぜ出てこなかった」
「あの無邪気な化け物と話をしたくなかったのよ。それより貴方、なぜ送り出したの? 残らせるべきじゃないかしら」
彼が声をかけると、部屋の隅に隠れていた女性が顔を出す。
ヴァイマス・ブラッカーテ。
ガスタの妻であり、バイオグの母でもある女であった。
「意外だな。イレギュラが英雄校に行くと言い出した時、お前は二度と帰ってこさせないようにしろと言っていたではないか」
「私だって、バイオグだって、あの化け物を手元に置きたくありませんよ! でもこの状況よ!? 私の実家だって陥落している! ここだってどうなるか……」
「お前の気持ちもわかるが、イレギュラが確認したのだ。大丈夫だろう」
「ずいぶん信頼しているのね」
「お前は信頼していないくせに手元に置くのか」
ヴァイマスは嫌悪感をむき出しにしており、ガスタは呆れ切っていた。
「貴方が信頼していることが気に入らないのよ! いい? あの、得体のしれない化け物のせいで、あの子がどれだけ比較されてきたか! あの子は立派な子爵だというのに、そのプレッシャーに耐えながら、必死で頑張らされてきたのよ! 母親として応援するのは当然じゃない! 父親の貴方があの化け物を贔屓にしている分もね!」
「勘違いするな。私はバイオグのことは信頼している。むしろ同じ年の私自身よりも優秀だと思っている。そうでなければ家督を譲らんよ、これ以上の信頼があるか?」
「でもあの子は辛そうじゃない! 前線にも立っているのよ!?」
「……お前は、はあ」
ガスタは呆れ切って、諫めた。
「いつも言っているだろう。よく知らないのなら調べろ、調べてわからないのなら何も言うなと。領主の仕事がわからないのは仕方ないが、わからないのなら口を挟むな」
「それじゃああの子がかわいそうでしょう! 立派な領主なのに!」
「そこが間違っているのだ。いいか、立派な領主なのに辛そうに頑張っている、ではない。辛くても頑張るのが立派な領主だ」
「納得できないわ。貴方が自分を立派な領主だったと言うのなら、素人の私にもわかるように説明してちょうだい」
「どうあっても納得しないくせに……まあいい」
ここでガスタは手元のベルを振った。
ほどなくして、清楚で静かな、ごく普通の侍従が現れる。
ガスタは二人に小銭を握らせると、部屋の掃除を依頼した。
「すまんがこの部屋を掃除し直してくれ」
侍従たちからすれば、この部屋はさっき掃除したばかりである。
汚いわけでもないのにもう一回掃除しろ、と言われるのは気分がよくない。
それでも侍従は黙々と掃除をして、しばらくすると去っていった。
そんな侍従が出て行ったあとで、ガスタは問う。
「彼女たちが歌を歌ったり談笑しながら掃除をしていたとしよう。もちろん綺麗にはなっている。お前はどうする?」
「……! ……! ……!」
「理解はしてくれたようだな」
一生懸命頑張って成果を出している息子、というのは確かに見ていて痛々しいかもしれない。
しかし周囲からすれば、ある意味当たり前のことだ。
必死になって頑張ってくれないと、むしろ困るのである。
「そのうえで言うぞ。イレギュラは自分で英雄校に行くと言い、実際に成果を上げている。本人が戻りたいと言っていないのだから好きにさせてやろう。それを無理に引き止めれば嫌われるだけだ」
「これだけは教えてちょうだい。貴方は、あの化け物になにを期待しているの!?」
「ブラッカーテ家の栄達、それだけだ。もう十分果たしているが、これからも頑張ってくれるだろう」
「名前だけ栄達しても意味がないでしょう!」
「そうでもない。お前には教えたはずだぞ? クナオルがいれば血もつながる」
ガスタ・ブラッカーテ。
家族を愛し、家名を愛し、血統を愛する。
まったく、優秀で典型的な貴族であった。




