誘導する手順
現ブラッカーテ子爵は優秀であり、彼の部下も優秀である。
イレギュラは『兄貴は自分より優秀で、今回の騒動でも問題なく領地を守れる』と考えており、実際に領地をあっさりと守った。
しかし他の領地はそうもいかなかった。
ブラッカーテ家の上に当たる伯爵家は救援を送るどころかむしろ救援を求めたし、周辺の領地は壊滅状態に陥り領民たちは流入してきた。
結果、ブラッカーテ領には周辺から多くのモンスターが侵攻してくることになってしまったのである。
※
ブラッカーテ領の隣にある、ウィヘッド領。
その中央には城があったのだが、現在は巨大なドラゴンが占拠しており、そこには巨大な黒の泉が存在している。
もはやこの周辺に人里はない。よってこの黒の泉から生み出されたモンスターは、外縁に向かって進行していく。
他の黒の泉から湧いたモンスターの群れと合流し、ブラッカーテ領へ流れていくのだ。
先日、バーニエ・コッカース男爵とピット・テリァ男爵、そしてベルマ・マードンが協力してようやく倒すことができた超大型モンスター、ドラゴン。
このモンスターを討たねば、ウィヘッド領を開放することは叶わない。
それも、この周辺にある十もの黒の泉を攻略したうえでのことであった。
先の三人の事例では、ドラゴン以外に敵がいなかった。
今回はそうではないのだから、どれほどの難事なのかは語るまでもない。
それこそ主人公と仲間たちなら、時間をかけて攻略できるだろうが……。
果たして彼らは、ここにたどり着けるのだろうか。
くあ
ドラゴンは己の強さと現在の領地の占領具合を知っているため、退屈そうにあくびをした。
退屈ゆえに緩んでいるが、サボろうとは思っていない。
ここを離れることはないし、敵が来たら燃やす。その程度には真面目であった。
んむ
そのようなドラゴンであったが、耳や鼻に『刺激』が届いたことで顔を上げた。
目を開けてみると、正面の上空で誘導偵察ドローンが何体も浮遊し、挑発するように旋回していたのである。
近づくこともあれば遠ざかることもあり、上昇することもあれば下降することもある。
釣りで言えばルアーのような、誘う動きであった。
だが、ドラゴンは釣られるほど馬鹿ではなかった。
偽装の力、誘導の誘導力はドラゴンにとって『ハエ』程度のものでしかなかった。
自分の周囲、手が届かないところでハエが飛んで音を出していればイライラするだろう。
それでも自分が守っている持ち場を離れるほどではなかった。
せいぜい、飛んでいるドローンに注目してしまう程度であった。
それがイレギュラの狙いであった。
「誘導に限らず、ハイドもダミーも、偽装による機能は俺が一番当てにしていない力だ。これがそんなに強いんなら、このドローン一つですべてのモンスターを海に誘導して溺れさせて殺しているさ。洗脳だとか催眠術だとかほど強力じゃない。だからひと手間、ふた手間を挟むのさ」
イレギュラは誘導偵察ドローンを上空に展開し、ドラゴンがその存在に気付いた後でドラゴンの足元に移動した。
この手順が逆ならば、イレギュラに気付いた後で誘導ドローンに注視する……という間抜けな結果にならず、イレギュラが潰されて終わっていただろう。
必要な手間を使った結果、イレギュラは最強ユニットをドラゴンの足元へ設置することに成功していた。
「出ろ、フルメタル・キャッスル・ゴーレム! ドラゴンの前足にしがみつけ!」
二本の腕を持つ金属塊が、ドラゴンの前足を抱きしめた。
両者のサイズ差は、大人と子供ほど。
しがみついているが、足一本を封じているだけであった。
思いっきりしがみつかれて、少し痛い、かなりうっとうしい。
ドラゴンは身をよじらせ、噛みつき、尻尾を叩きつけて引きはがそうとする。
声を発さぬ金属が悲鳴を上げている。
構造に負担がかかり、亀裂が走り、堅牢であるはずの拘束が破られそうになっていた。
「キャッスル・ゴーレムのウォームタイムは90秒だ。その時間はもう稼いだ……!」
イレギュラはすでに、フルメタル・キャッスル・ゴーレムから距離をとっていた。
ドラゴンの正面、前方に移動し、再度キャッスル・ゴーレムを己の影から生み出す。
「換装、カノン・キャッスル・ゴーレム!」
大量の大砲を搭載したキャッスル・ゴーレムは、正面にいるドラゴンへ集中砲火を浴びせ始めた。
初見の敵に面喰っていたドラゴンは、全身で大砲の砲弾を浴び続ける。
完全に不意打ちであったが、堅牢なる鱗と分厚い肉がそれを受け止めた。
大ダメージではなかったが、イライラする程度にはダメージになっている。
ドラゴンは大きく息を吸い込み、ブレスによる反撃を試みようとした。
「もう一度言うぜ、90秒だ」
だがその時には、すでに90秒以上が経過していた。
イレギュラはクナオルの背に乗り、ドラゴンの真横、一体目のゴーレムの反対側に回り込んでいたのである。
その上で90秒が経過した。
三体目のキャッスル・ゴーレム、重装フルメタル・キャッスル・ゴーレムがもう片方の前足にしがみつく。
なんだこれは、と思いつつも、ドラゴンは暴れようとした。
だが両の前足を封じられては、先ほどよりも力が出せない。
何より砲弾の雨は続いていた。
ここでようやく、ドラゴンは危機感や戦闘意識を抱いた。
なんだかよくわからないが、このまま撃たれたくない。
一番弱らせている、最初に展開されたフルメタル・キャッスル・ゴーレムを破壊しようとする。
長い首を活かして、自分の脚にしがみついている金属の塊に噛みついた。
普通の動物なら、噛みついたほうがダメージを受けるだろう。
しかしドラゴンの顎は強かった。歯形をつけるどころか、万力で締め付けるかのように軋ませ、圧迫し、ひん曲げていく。
イレギュラの持つ最強ユニットは、ただ噛まれただけで砕け散り、影となって消えていた。
「それは悪手だ。弱っている奴はそのままにするべきだったな。まあ、結果論だが……90秒だ」
一体倒せた感慨にふける暇も与えない。
今度はドラゴンの後足の片方に、フルメタル・キャッスルゴーレムが出現する。
やはり後ろ足にしがみつき、ドラゴンの動きを封じようとしていた。
これにはドラゴンも絶叫する。本当にうっとうしい、煩わしい。
後ろ足のため首が届かず、尻尾を振り回そうにも根本に近すぎて有効打を浴びせられない。
憤慨極まったドラゴンはひとしきり絶叫し、正面にいるカノン・キャッスル・ゴーレムへブレスを浴びせた。
火器を搭載しているキャッスル・ゴーレムはその攻撃によって全身が爆発する。
たったの一撃で大ダメージを受けて、戦闘不能になりかけていた。
「もだえている場合じゃなかったな。90秒だ」
五体目のキャッスル・ゴーレムが、最初のゴーレムが抱き着いていた場所に出現する。
フルメタルへ換装し、焼き直しのようにしがみつき、前足の動きを封じ込めていた。
イライラが止まらない。ドラゴンはさらに癇癪を起して絶叫する。
今は砲弾の雨も止んでいる、ダメージはない。
冷静に対処すればいいだけのことで……。
「カノン・キャッスル・ゴーレム、消えろ」
自分を拘束する三体のゴーレムを破壊しようとしていたドラゴンは、自分が一度燃やしたゴーレムが消えたことに気付かなかった。
そして拘束を破ろうとしている間に、またも90秒が経過する。
「もう一回出て来い、カノン・キャッスル・ゴーレム!」
今度は側面にカノン・キャッスル・ゴーレムが出現する。
大量の砲弾が発射され、無防備な横っ腹に直撃していった。
ドラゴンの、苦悶の叫びが響く。
「ようやく四体出せたな。このまま抑え込んで撃ち殺すぞ」
「……承知しました」
イレギュラを背負ってドラゴンの周りを何周も走っていたクナオルは、ドラゴンを憐れんだ。
イレギュラからすれば『まず逃がさない』が前提にあり、多少時間がかかってもじわじわ撃ち殺すという戦術をとっている。
近くにブラッカーテ領がある以上は最善の作戦であったが、真綿で首を絞めるような……縄で縛られた状態で、素人の拳で殴られていくような。
そんな、絶望的な時間が長く続く殺し方であった。
※
砲弾の雨を浴びて、ドラゴンの死体が残った。
ドラゴンが守っていた黒の泉は無防備になり、あっさりと破壊された。
二人の人間がやったことと考えれば、破格の偉業である。
しかしイレギュラは、ドラゴンの死体の上に立ちながらも遠く、ブラッカーテ領を睨んでいた。
同行しているクナオルにはわかりえないことだが、おそらくドローンの視界により、ブラッカーテ領へ襲い掛かるモンスターの群れを見ていたのであろう。
「この領内にはびこっている黒の泉は、どれもレッサードラゴンの群れが守っている。数は……ブラッカーテに近いのが十、残りを合わせると二十ぐらいか」
「問題ありますか?」
「問題は大ありだが、大急ぎで片づける」
イレギュラの足元から、二十体の偵察ドローンが浮上する。
さらに影がまとわりつき、高速偵察ドローンへと換装される。
「命令だ! すでに把握している黒の泉へ急行し、爆装して爆発しろ!」
二十体の高速偵察ドローンは、イレギュラの指示に従って方々へと飛んでいく。
クナオルはその軌道を仰ぎながら、この暴挙について質問をする。
「坊ちゃん。黒の泉を破壊すれば、それを守っているモンスターが暴れだすのでは?」
「その通りだ」
「暴れだしたモンスターは、誘導ドローンにも引っかからないのでは?」
「検証したことはないが、誘導できる保証はないな」
「ではどういうつもりで?」
「こうするんだよ……」
高速偵察ドローンは、イレギュラの命令通りに方々の黒の泉を爆破した。
これで黒の泉が破壊された……わけではない。
爆発の威力が小さく、ダメージを与えるだけにとどまっていた。
「もう一回だ! 高速偵察ドローン! 今度は直前で偽装に換装してから爆装し、黒の泉へ自爆しろ!」
イレギュラはそうなると知ったうえで、再び高速ドローンを各地へと発射する。
それはさながらミサイルの連射に見えるが、実際はそこまで大したものではない。
「自爆ドローンはある意味で最新兵器だが、その用途は対人でも対戦車でもない。無防備な後方の拠点を破壊することにある。だがその火力は低い。たくさんの爆弾を積めば遅くなるし大きくなるし、航続距離も小さくなる。俺の自爆ドローンも同じようなものだ。今回みたいに黒の泉をつっつく用途が正しい。とはいえ、黒の泉を一撃で破壊することはできない。だがそれがいい!」
イレギュラは、自爆しようとしているドローンの視界を共有している。
一度誘導ドローンに換装しているため、レッサードラゴンたちはしっかりとドローンに気付いている。
ドローンが攻撃してきていると気づいて、黒の泉を守ろうと動いていた。
だが小型で快速、しかも命を惜しまないドローンを防ぐことはできず、黒の泉へのアタックを許してしまった。
「レッサードラゴンたちも、自爆ドローンがどこから飛んでくるのかわかるだろう。だがその攻撃を防ぐことはできない! あと数回攻撃を仕掛ければ、黒の泉は破壊できる! そうなったとき、レッサードラゴンの群れの『多く』はどう動く?」
「ドローンを発射している、ここへ向かってくる」
「その通りだ。自然な流れでそうなる。そこに誘導ドローンを追加すれば……ほぼすべてのモンスターの群れを誘導できる!」
話している間も、イレギュラはドローンを放出し続けていた。
彼の視界を共有できないクナオルは、イレギュラの作戦通りに事が進んでいるかどうかわからない。
しかし城の上で死んでいるドラゴンの死体に立っている彼女は、その開けた視界で四方の異変に気付く。
大量のレッサードラゴンや、その配下であろう上位ゴブリンの群れが接近してきた。
遠目でもわかるほど、大地を揺らし怒りに震えている。
クナオルの眼では見えないが、このモンスターを誘導している多くのドローンも展開している。
だがそれも役目を終えて消える。
「出ろ、カノン・キャッスル・ゴーレム! 四体だ! 向かってくるモンスターを迎撃しろ! それから輸送用ドローン! 俺とクナオルを引き上げて、上空に避難だ!」
まるで城を守るような形で配置されている、カノン・キャッスルゴーレム。
全身に装備した大砲で、四方八方から近づいてくるモンスターたちへ砲撃を開始した。
その射程距離はかなりのものであったが、威力は十分と言い難い。
この領地にいたすべてのモンスターを阻むことなどできるわけもなく、どんどん接近を許していく。
絶望的な状況であったが、イレギュラの足元から生えてきた輸送用ドローンが二人を掴んで上昇していく。
真上へ飛んでいく二人の姿に、モンスターたちは気づかない。
自分たちへ攻撃する頑強な岩塊に殺到し、打ち壊さんと攻撃をし続けていた。
カノン・キャッスル・ゴーレムも砲撃しながら腕を振るって戦っているが、多勢に無勢。
モンスターの群れに飲み込まれて消えた。
「思ったより早く負けたな。インフレしてきたもんだ」
イレギュラはモンスターの群れが通り過ぎた地点に着地すると、再び影を拡大する。
出すのは当然、カノン・キャッスル・ゴーレムであった。
「だが、90秒だ。出ろ、カノン・キャッスル・ゴーレム!」
多くの犠牲を払いつつ、黒の泉を破壊した岩塊を討伐したと猛るモンスターたち。
しかし己が通り過ぎた場所から再びカノン・キャッスル・ゴーレムが立ち上がり、砲撃を再開する。
モンスターたちは何が何だかわからないものの、砲撃に反応して向かってきていた。
イレギュラはそれを確認しつつ、またも輸送用ドローンでクナオルと共に上昇していく。
「この領地に人里が残っていたら取れない作戦だったが、上手くはまったな。あとはコレを何度か繰り返せばいい」
「そうおっしゃいますが、モンスターの逃走が始まっていますよ。ブラッカーテ領だけではなく、他の領地にも被害が及ぶのでは?」
度重なる砲撃により、上位ゴブリンたちも傷を負い始めていた。
勝利の歓喜をかき消す新手の出現により、逃走する群れも現れ始めている。
その群れであっても、村の一つや二つは簡単に飲み込むだろう。
しかし逃げている、焦っている時点で誘導は容易であった。
「前のドラゴンが飛んで逃げた時と同じだ。逃げているなら簡単に誘導できる……適当に走り回らせた後、高い崖からヒモなしバンジーをさせてやるよ」
「ゴーレムで潰すのではないのですか?」
「確かにそうした方が漏れもないだろう。だが俺は急いでいるんだよ。だって明日までにあと二つは領地を鎮圧しないといけないんだぜ」
クナオルは改めて眼下を見た。
イレギュラにとって最強のユニット、カノン・キャッスル・ゴーレムが破壊されていく。
あのゴーレムがどれだけの戦果を挙げたのか、大量の硝煙と死体が物語っている。
それを失うことが、どれだけの損失か。
イレギュラにとって、たったの90秒だ。四体合わせて90秒だ。
彼はそれだけしか失っていない。
「すさまじい戦果ですね」
クナオルはついつい、素で褒めてしまった。
「だろう? 俺はすごいだろう?」
「これだけ強いのに、我を忘れかけていたのですね」
「そ、それは……うん、マジで。ごめんよお……君がいなかったら、俺はこんなに冷静になれなかった。ありがとう」
眼下ではモンスターがゴーレムに群がり破壊していく。
大いに揺れる空の上で、イレギュラは感謝の言葉を述べていた。
「まったく、手のかかる坊ちゃんですね」




