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離見の見

 フレイヤー一行は、仲間と別れつつも前進していた。


 道中で遭遇する『困っている人々』の事情はそれぞれであったが、多くの場合ケガ人や病人がいた。


 そのような人々へ対応に当たっていたのが、『皇女直属特殊部隊』という適当に考えられた組織の人形兵士たちであった。

 フレイヤーが作った仮面をつけた人形兵士たちは、黙々と治療を続けていた。

 休まず、文句を言わない。『マスク』だけでは追い付かなくなっていた救命行為も、九体に増えたことで大幅に加速していた。


 フレイヤーの仲間に回復魔法の使い手がいないわけではないし、彼らが無能というわけではない。

 むしろ瞬間的な回復に関しては、普通に人間の方がずっと上だ。


 ただ休まなくていい、寝なくていいことを加味すると、非戦闘時には人形兵士が活躍していたのだ。

 もしも人形兵士がいなければ、多くの人を見捨てることになっていたかもしれない。


 そのように考えつつも、一行は各地を巡っていたのだが……。

 ある日の夜。野営の陣地で、奇妙なことが起きた。


 フレイヤーが学友……一軍とも呼ばれる仲間と共に焚火を囲んでいる、夜の中。

 人形兵士たちがそろって、木製の仮面を脱いで近づいてきたのである。

 彼らは戸惑うフレイヤーに仮面を返した。フレイヤーは今までにない行動に驚いていたが、質問をしようと思った時にはもう誰もいなかった。


「消えた!? マスク!? 一体どうして……!?」


「こいつぁ一体……マンデル殿下、わかりますかい? オイラにはさっぱりですぜ」

「オレにわかるわけないでしょう! 今までだって、フレイヤーの命令に従う事しか分かってなかったのよ! 見た通り……お別れでも言いに来たのかしらね?」


 夜の闇へ溶け込むように、人形というよりは幽霊のように消えたマスクたち。

 フレイヤーは返却された仮面を手に呆然としており、彼女の仲間たちは周囲を見て戸惑うばかりであった。


 そこへ、一人の『英傑』が近づいてくる。

 在野の賢人のひとり、心眼と千里眼を持つ元宮廷鑑定士、ヒマラヤであった。

 まだまだ働ける年齢であった彼は自主的に早期退職し、故郷で隠居生活を楽しんでいたのだが、モンスターに襲われてしまっていた。

 旧知の縁があったフレイヤーに救われ、そのまま仲間になったのである。


「ふぅむ……皆さん、どうしたのですかな? ずいぶんと慌てていらっしゃるようですが」

「ヒマラヤ殿。聞いてくれ、マスクたちが消えてしまった。ボクに、マスクを渡して、そのまま……」

「ほう、それは……」


 ここでヒマラヤは、空を仰いだ。

 焚火の光で見えにくくなっている星空で、何かを探している様子だった。


「現役を退いた根性無しの私ごときでは、わかることは少ないですな。言えることがあるとすれば、見捨て(・・・)られている(・・・・・)わけではないという事ぐらい……」


「どういう意味だ? 説明してくれ」


「もちろんです。皆さま、焚火を見ながら話を聞いてくだされ」


 ヒマラヤは焚火の近くに座り、周囲の若者にも焚火へ注視するよう促した。


「ずいぶん小さくまとまるわねえ。これじゃあまるで監視している者が近くにいて、その相手に気付かれないようにしろ、と言っているようじゃなくて?」

「ほほほ。さすがは偉大なるワワ様。正解ですの。我らはずっと監視されていたのです」


 ぞっとすることを、千里眼や心眼を持つ男に言われてしまった。

 若者たちは焚火からヒマラヤへ目線を向ける。


「どういうことだ、ヒマラヤ。なぜ今そんなことを言う? それはマスクたちが消えたことと関係があるのか」


「少なくとも関係はあるでしょうな」


 ヒマラヤは、あらためて焚火を注視するよう促す。


 それが終わるまでは話す気がないようなので、若者たちは仕方なく焚火に注目した。


「まず前提の知識からお話しします。皆様は覚醒が起きたとき、発光するのはご存じでしょう。普通ならそうそう見ませんが、今はよく見る光景です。その光の色が、アビリティの種類によって異なることも憶えているはず。心眼を持つ者は、これが常に見えているのです。一目見れば、攻撃魔法系なのか補助魔法系なのか、そしてどの程度のランクなのかもね」


 話の趣旨は分からないが、言いたいことはわかる。


 攻撃魔法系は赤、補助魔法は黄色、移動系は青……という具合に、覚醒が起きたときに人は発光する。

 この過酷な旅で、一行は何度もそれを見てきた。

 心眼持ちは、それを常に見ているのである


「初耳……でもないな。貴方はボクや兄の事も見抜いていた。心眼ならアビリティの種類を見分けられると教えてくれましたね。それが色によるものなのは今知りましたが……」

「ええ、色なのです。この色は実際には、個々人で微妙に違います。色の濃さ、艶などで個性があるのです。この個性を見分ければ……殺された者を見て、誰が殺したのか見分けられるようになります」

「そうでなければ、鑑定士の仕事ができませんね」

「人の色は千差万別。似ていても同じことはありません。まったく同じ色をしている人間は一人としていないのです。ただ……モンスターは違います。モンスターはどの種類であっても、同じ黒なのです。黒の泉と同じ色、と言えば分かっていただけるでしょうな」


 モンスターが全員同じ色をしていて個性がないことは、心眼を持つ者にとってはある意味常識である。

 これは『そういうものだ』と認識するしかなかった。なにせほかのサンプルが一切ないのだから。


 だからこそ、『他の黒』を見たときは瞠目していたのだ。


「そしてあの人形兵士たちは『違う黒』なのです。モンスターが『パターンAの黒』で統一されているのならば、人形たちは『パターンBの黒』で統一されているのです。そして……私が姫様と再会した時から、ずっと上空で見下ろしているけったいな目玉(・・)もまた、パターンBの黒をしています」


 ここでようやく、話が本題に入った。


 今まで人形兵士と共に行動を共にしていたつもりのフレイヤー一行だが、実際にはもう一体の監視者がついていたのだ。

 このことについて、コー・スレックシュは納得した様子である。


「なるほどねえ。マスクは夜襲にも気づいていたけど、それは空を飛んでいる目玉……仲間から教わっていたってことか」

「そう考えるのが自然でしょうな。犬笛のように仲間にだけ聞こえる音で教えていたのやもしれませぬ。そしてその目玉は、人形が消えた今も我らを見ております」

「だから文字通り、見捨ててない、見放されてないってことですか」

「さよう」


 深く頷いたヒマラヤは、自分の見解を口にした。


「パターンAの黒……モンスターは間違いなく我らの敵です。しかしパターンBの黒、人形や目玉は姫様の味方でしょう。今、私に言えることはそれだけです」


 ヒマラヤは、ようやく言いたいことを言えた。


 迂闊な言い回しをして『マスクはモンスターの一種で敵だった』と誤解されないように気を使っていた。


「そうか、ありがとう」


 ぎゅっと、木の仮面を彼女は抱いていた。

 特にマスクの仮面は、友人の形見のように抱いていた。


「彼に、彼らに、また会えるだろうか?」

「おそらく、会えるでしょう。そうでなければ、今日まで姫様を守ってきたことの説明が付きませぬし、目玉が残っていることにも意味はあるはず」

「そうだと、いいんだが」


 唐突に『仲間』と別れてしまったフレイヤーを気遣いつつ、賢人ヒマラヤは思考を巡らせていた。


(伝説の通りなら、全てのモンスターは恐怖の魔法使いが生み出している。だからこそすべてのモンスターは同じ黒(パターンA)なのだろう。だとすれば違う黒(パターンB)の人形たちは別の誰かが生み出しているはず。その術者が姫様を守ろうとしていたのだとすれば、なぜ守ることを止めて監視だけにしている? 術者に何かあったのか? そして……大公閣下はそれをご存じなのか?)


 ヒマラヤはパターンBの監視者に気付いていたが、同時にもう一人の監視者である大公にも気づいていた。

 千里眼、心眼、そして第三アビリティ天啓を得ている()が、この事態に気付いていないわけがない。

 ならばなぜ放置しているのか。


(私ごときの『眼』では何もわからず、できることもない。せいぜい憶測を口にして、姫様の心を少しでも慰めることだけ……)


 心眼と千里眼を持っていても、証明できないことは語れない。

 己の力不足を呪いながら、上位の監視者が善良であることを願うしかなかった。



 イレギュラはクナオルの背中に乗っていたが、その道中で足を止めさせた。


 慌てた様子で己の足元を踏みつけると、自分の『黒の泉』を構築する。


「主人公様のところの人形兵士は全部自壊! 残すのはメラニィ様のところと主人公様の偵察ドローン二体だけ! からの……出て来い! 急装無人飛行機レベル2! 高速輸送ドローン! それから急装無人飛行機レベル1! 高速偵察ドローン!」


 イレギュラの足元から展開されるのは、一体の輸送用ドローンと、大量の偵察ドローンであった。

 いずれも高速仕様であり、イレギュラの内心が現れている。


「高速輸送ドローンは、俺とクナオルを掴んでブラッカーテ領まで飛んでいけ! 高速偵察ドローン群はブラッカーテ領に先行して、その周辺を偵察! 黒の泉を優先して捜索しろ! そのあとはモンスターの移動ルートを確認するんだ!」

「高速輸送ドローンで移動するんですか? 私はともかく、坊ちゃんにとっては負担では」

「死ぬわけじゃないんだ、あとで治せばいい! とにかく現場に急行する!」


 高速偵察ドローンは急上昇し、ドラゴンの最高速度にも負けない速度で飛行していく。

 高速輸送ドローンはイレギュラとクナオルの少し上で浮かびつつ、搭載されているロボットアームで二人を掴んだ。

 もともと人間を移動させるためではないので、固定が十分とはいいがたい。

 それでも構わないと言わんばかりに、イレギュラは現場へ向かうつもりだった。


「うぐ……!」


 ジェットコースターのような挙動で、イレギュラとクナオルは急上昇させられる。

 シートベルトも座席もない強制移動は、素の人間と変わらないイレギュラには負荷が大きすぎた。

 それでも、それどころではないと言わんばかりに目を閉じて念じる。


「もっとだ、もっと急げ……」


 先行している偵察ドローンと、無意味に視界を共有する。

 高速で移動しているが、それでもまだ当分は到着しない。

 それでも他にできることがないからか、イレギュラはただ高速であれと祈っていた。


「大丈夫ですか!? アームで固定している部分から出血していますよ!?」

「肌が削れているだけだ! 靴擦れみたいなものだと思え!」

「その出血量で!? このドローンを治装にしてください! やっぱり無茶だったんです!」

「それだと遅くなるだろうが!」


 普通の人間では耐えられない風圧と振動の中で、イレギュラの体は摩耗していく。

 それでもイレギュラは止まる気がなかった。


「俺と君の故郷が危ないんだぞ!? 一緒に冒険した森とか、遊んだ川とか湖とか、買い物をした店とか、見世物小屋とか! 全部、全部……死体で埋め尽くされるかもしれないんだぞ! 俺があそこに残っていなかったせいで!」

「それでも、焦ったところでどうにもならないでしょ! 死ぬわよ、本当に! それに私は貴方が傷ついたら泣くわよ! 嫌な気分になるわよ!」


 クナオルはイレギュラの腕を掴んで訴えた。


「貴方は私を幸せにしてくれるんじゃなかったの!?」


「……!!」


 意地でも苦悶の顔をしなかったイレギュラだが、必死の訴えには苦悶の顔をした。

 

「『自分が友達に望んでいる通りに、友達には振る舞わねばならぬ』なんでしょ!? 私は恋人だから違うって言うの!?」


「ちが、わないさ」


 イレギュラの意思は変わった。

 それに応じて、高速輸送用ドローンが換装される。

 処置輸送ドローンとなり、急速に減速しつつも、イレギュラの肉体を治療し始めていた。


「頭は冷えたよ。君が諌めてくれなかったら、俺はかなり強硬策をとっていたかもな」

「分かっていただいて結構です。クールでクレバーでミステリアスな少年を気取るのなら、激高しないでいただきたいですね」

「ああ、今の俺は冷静だ。だから……道中で作戦を考えるとしよう。そうすれば移動時間は無駄にならない」


 イレギュラはしばらく目を閉じて、おおまかな作戦を構築していった。


「ありがとう、クナオル。やっぱり君は俺に必要な人だ」

「そう思うのなら、もっと手間をかけさせないでくださいね」



 アレス・ブルービアンは額の汗をぬぐった。


「やれやれ……危ないところでしたね。さすがはクナオル、ナイス」


 ()もまたイレギュラの危険を察知していたが、できたことは祈ることだけであった。

 無事に済んだことを確認できて、クナオルに対してサムズアップする。


「それにしてもヒマラヤ殿も、現状を理解しつつ私のことを察知しているようですね。買いかぶられても困るのです。本当に無力なのは、現場に向かえない私なのですから……」


 どう見られているのか察しているアレスは、その想定よりもはるかに小者な己を嘆くのだった。

アビリティ系統の色について


赤 攻撃魔法

青 移動

黄 補助魔法

緑 身体強化

紫 索敵

白 万能

黒 創造

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― 新着の感想 ―
おお、系統に色があったのね。
国っちゅうか英雄学園がデマを垂れ流し、それを信じさせ、極一部がそれを認識してたってのは、統治上のリスクとしては、割と致命傷やろ。
お手製の仮面を与えていたの、かなり重いっすね…
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