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偏りすぎている

 メラニィ派閥がクラッセル男爵領の城跡地に陣取ってから、皮肉にも領民たちは安心できる日々を送っていた。

 インフレが加速していく中で、城の壁など障子紙のようなもの。モンスターから守ってくれないと、誰もが知ってしまっている。

 城の瓦礫がその証明であり、その城に殴りこんだモンスターの死体こそが『城よりも強い兵』の証明であった。


 学徒兵にあってはフレイヤー・ウルフドックに次ぐ武勇を誇るメラニィ派閥。

 男爵令嬢ルテリア・クラッセルが所属していることもあって、その信頼感は大きかった。


 むしろずっとこの城を守ってほしいとすら願ってすらいたが、それもはかない願い。

 クラッセル家の『上』に当たる伯爵、ハセット家から使いが来たのである。



 ハセット家の旗を掲げて、勇壮なる男子が使いとして男爵の城に着いたとき。

 彼の口角は下がっていた。とても不満そうである。

 隠そうとしているのだが隠せていなかった。


「前男爵、現男爵が現れたとき……てっきり先日の救援の礼かと思ったが。思ったのだが! それが当然だと思っていたのだが! まさかそのあとにモンスターが流れてきて、壊滅状態になったと聞いたときは! ハセット家の者は皆が耳を疑った! 私は今見ているが、我が目を疑っている! ああ、信じたくないとはこのことだ! 先日、この私とその手勢が、草の根を分けて黒の泉を探し出し、そのすべてを破壊して救援したはずの、このクラッセル男爵領が、壊滅したとはな! 私と部下の苦労は何だったのだろうな!」


 使いの男子は、先の戦いで救った領地が壊滅していることに憤慨していた。

 領民がかわいそうだとか、男爵が哀れだとか、そういう理由ではない怒りに震えていた。


 しかし領民も学徒兵たちも納得である。

 強大になっていくモンスターを相手に、一生懸命戦って任務を達成したのに、後日壊滅したのでは虚しくもなる。

 自分が実際に戦ったのなら、憤る権利もあるだろう。


「私と部下は、ハセット家の兵として、傘下の領地を救って回っていた。その武勇は、ハセット家の歴史に栄光として刻まれるはずだった。多くの兵士の働きは、石碑にも刻まれるはずだった! 彼らはすべてのモンスターを倒したのだと、その働きによってすべての領地が救われたのだと……彼らの戦いは英雄譚であると刻まれるはずだったのだ! それに、大きな瑕疵がついた! 我らに一切の非がないにもかかわらずだ! 部下やその家族になんと説明していいのかわからん!」


 激憤していた使いは、言いたいことを言うと深呼吸を繰り返した。

 メッセンジャーというか、スピーチをしに来ているようであった。


「他所の領地の者が仕留め損ねたモンスターが流れてきて、この領地を壊滅させたと、男爵は報告してきた! それが偽りであるはずはない! もしもそうなら、私や部下たちが伯爵様からの命令に対して忠実ではなかったという事になる! 今回のことは、皇帝陛下に訴えてでも、どこから流れてきたのかを徹底的に調べ、その領主や兵にしかるべき報いを与えるつもりだ! ゆえに! 伯爵様への感謝を損なわぬように! 間違っても『伯爵の兵は適当なことをした』だの『伯爵は傘下から絞るだけでいざという時頼りにならない』などと言いふらさぬように!」


 苛烈な言葉であり、伯爵中心的な発言だった。

 それでも悪感情は抱けなかった。

 本気で怒っていることが伝わってくるからである。


「ごほん……お耳汚しを失礼。メラニィ・ルコード殿ですな。この度はクラッセル領を救ってくださり、感謝いたします。伯爵様も直接挨拶にいらっしゃるおつもりでしたが、この非常時故、私一人になったことをお許しください」

「私たちへの礼のために無防備になっては、本末転倒というものですわ」

「さすがはルコードのご令嬢……緊急性を理解してくださっておられる。とはいえ、貴方にここを長く任せるつもりはありません。政治的にも、感情的にも、問題がありますからな。できるだけ早くこちらを抑えさせていただきます。ただ、それまでの間、どうかここをお願いしたい」

「お任せください」


 ハセット家は、クラッセル家の提案である『この土地をお任せしたい』という願いを聞き入れていた。

 遠からずハセット家の、家督を継げなかった誰かが治める流れになるだろう。


 そんな状況でルコード家のご令嬢が長く保護していれば、民心がそちらに動きかねない。

 気分的にもいい話ではないので、できるだけ早く戦力を送り込んで保護するという流れになっていた。


 そのような受け答えをした後、使いは颯爽と戻っていく。

 その姿を見送った彼女は、すっかり黄昏ていた。


「私……どんどん立派になっていくわね。このまま武人として有名になっていくんでしょうねえ……困っちゃうわ」


 本当に困っている彼女の苦悩は深かった。

 本音を言えば、こういう対応もイレギュラにやってほしいのだが、さすがにそれはムリであった。


「まったく、なんで世間はかわいい女の子であることを許してくれないのかしらねえ」


 こうなると、イレギュラが子爵の子息であることが残念だ。侯爵の子息なら、自分の代役を務めてくれるだろうに。

 そんなことを考えながら、メラニィはイレギュラを見た。

 案の定、メイドとイチャイチャしている。


「死ぬような状況でもないのに、なぜあちらに援軍を送ったのですか? まさかとは思いますが、思い悩む姫様を見て同情したとか?」

「こっちに余裕があったから送っただけだ。後々になって『なんであの時助けてくれなかったの』とか言われたら困るだろ」

「坊ちゃんは姫様をそういう目で見ているのですね」

「言い方が最悪だな」


(この二人は毎度ながら余裕そうねえ)


 イレギュラとクナオルを見ているのは、メラニィだけではなかった。

 学徒兵たちも暇だと思ったら二人のことを見ている。


 イレギュラが殴られたり踏まれたり蹴られたりしているところを見ていると、今は平和なんだなあ、と確認できる。

 そうでないときはたいてい緊急事態なので、いいカナリアだった。


「……ん?」


 そしてカナリアが反応する。

 クナオルの尻を撫でようとしていたイレギュラの眼がブレた。


 明後日の上空を見つめ、接近してくる何かを目視しようとしていた。


(おとうと)(ぎみ)~~~!」


 飛行アビリティによって飛んでくる人影が一人。

 ニ十代であろう男性が、イレギュラとクナオルの元に降り立った。


「弟君……ようやく、ようやく、お会いできました……」

「義兄さん、どうしたんですか、そんなに慌てて」

「水でも持ってきますか」

「そ、それどころではない、ので、す……!」


 武人というよりは商人という出で立ちの青年は、しばらく呼吸を荒くしていた。

 汗ぐっしょりになって、へたり込みそうになっている。


 その間に、イレギュラは周囲の人々へ彼を紹介した。


「紹介するか~~。この人はマメカシ、ブラッカーテ領の大商人で、俺の姉の旦那さんだ」

「私の唯一(・・)の実兄でもあります」


 クナオルとイレギュラは乳兄妹なのだが、クナオルの実兄とイレギュラの実姉が夫婦であるため、義理の兄弟でもあるらしい。

 一見複雑な家庭環境なのだが、貴族の子の乳母というのは信用のできる人物であるはずなので、その乳母の息子と領主の娘が結婚するのもそんなにおかしくはなさそうであった。


「あのさあ、そのマメカシさん、すごく慌てているけど、大丈夫なの? ココみたいに、ブラッカーテ領が危ないから助けてとか、そういう話かもよ。ちょっと能天気過ぎない?」


 今まさに実家が崩壊しているルテリアが心配していた。

 そんな不安をイレギュラは笑い飛ばす。


「はははは! 何を言っているんだ。ウチは子爵家という枠組みの中では外れ値級に強いんだぜ? 前にも話したけど領主である兄貴には頼れる戦力がいるし、兄貴本人も滅茶優秀だ。なにせこの俺がいるにもかかわらず、子爵家の当主に選ばれる傑物だからな! この程度の異常事態、解決できないわけがない! 兄貴に新しい子供が生まれたとか、姉貴の妊娠が発覚したとか、そういう話でしょ? それとも俺の母親が見つかったとか?」


「ブラッカーテ領が危機的状況に陥っているのです! 今すぐ戻ってください!」


「……?」


 息を整えたマメカシの言葉を聞いて、イレギュラは首をひねった。

 想定と違いすぎる言葉であったため、意味が理解できなかったらしい。


「ブラッカーテ領でモンスターが暴れているんです!」


「兄貴と部下がいるから余裕でしょ。なんで俺を呼び戻すんですか?」


「その子爵様が不在なんです!」


 イレギュラは今の今まで、領地を守りたいと言ってきたが、現在の領地については何の心配もしていなかった。

 今回は黒の泉が発生し国土を荒らしているわけなのだが、それぐらい簡単に解決できると信じていたのである。

 その通りではあったのだが、問題が起きていないわけでもなかった。


「おっしゃる通り、子爵様は親衛隊を引き連れて、領内の黒の泉を迅速に、悉く破壊しました! その手腕は周辺に轟くほどでした! しかし伯爵領から応援要請が入り、そこへ向かうことになってしまいました! その隙をつくように、周辺の領地からモンスターが侵入してくるようになり……在野の武人たちが各地で抵抗していますが、このままでは持ちこたえられません!」


「そんなことになっているなんて……兄貴はまだ戻ってこれないんですか?」


「伯爵領には強い大型モンスターが多いようで、まだまだ時間がかかりそうです。先代様は、坊ちゃんを呼び戻すようにと……」


「ん」


 イレギュラの優先順位ははっきりしている。

 領地が危険だと言われれば、助けに行くのは確定であった。


 しかしここから抜けるとなれば、『仲間』を説得しなければならない。


 こういう時、彼の指針は『自分が友達に望んでいる通りに、友達には振る舞わねばならぬ』であった。

 この状況で、自分は自分の故郷を優先していいのだろうか。

 ベルマやメイドはいいというかもしれないが、他の者がいいというとは思えない。

 どうしたものか、イレギュラは苦悩している。


「イレギュラさん。故郷が大変なら戻りなよ」


 そこへ許しをしたのはほかならぬルテリアであった。

 まさに実家が崩壊している彼女は、それでもイレギュラを想っていた。


「ここはもう大丈夫だから、安心して、行って」


「気持ちはうれしいけど、他の人が……」


「行きなさい」


 今度はメラニィが許可を出していた。

 仕方がないと苦笑しながら、肩に手を置いている。


「それともなに? 他の子が『実家が危ないから帰らせてくれ』って言われたら、貴方はそれを引き止めるの?」

「……引き止めても無駄ですから、引き止めませんよ」

「『自分が友達に望んでいる通りに、友達には振る舞わねばならぬ』。ちょっと違うけど、貴方が引き止めないように、私も引き止めないわ。もちろんみんなもね」


 イレギュラは己の世界に閉じこもらず、ドローンの視界も借りず、周囲を見た。


 そこには自分を送り出そうとしてくれている友人たちの姿があった。


「ここを留守にするわけにもいかないが、いつものように戦力を二分すればいい。なんなら私たちが同行しようか」


 ベルマも頼もしく笑っている。

 イレギュラは安心しつつも首を横に振った。


「いいえ。この状況ですから、できるだけ戦力を等分しましよう。ベルマ様には残っていただかないと……」


「それならウチは?」


「レオナも残ってくれ。君の火力はいざという時に役に立つし、俺たちじゃあ君を危険にさらしてしまうからね」


「僕が行きますか? ケガ人がいるかもしれませんよ」


「アメル様もここにいて、ベルマ様やメラニィ様を助けてください。貴方がいないと、この部隊で犠牲者が出てしまうかもしれませんから」


 今までになく真剣な顔をしているイレギュラは、戦力を等分するべく自分のメイドに声をかけた。


「クナオル、一緒に戻るぞ」

「当然です」

「ああ。それではメラニィ様、二手に別れましょう!」


 今度は、メラニィ派閥全員が黙る番だった。


 イレギュラは戦力を等分すると言ったのに、自分とクナオル以外の全員をここに残すと言っていたのだ。

 その意味するところは……。


「いや待てよ? それでもまだ偏りがあるな……義兄さん! 申し訳ないですが、俺が戻ってくるまでメラニィ様たちと一緒に行動してください!」


「……わかりました、故郷をお願いします!」


「ええ! それじゃあメラニィ様……これでもまだ戦力が等分とはいきませんが、どうか、ご無事で!」


「……うん」


「行くぞ、クナオル!」


 どうやらイレギュラの認識において……


 イレギュラ+クナオル>>残りのメラニィ派閥+マメカシ


 という力の差があるらしい。


 今現在の彼はとても慌てているので、取り繕う余裕もなく明かしていると思われる。



「……待って! 私もそっちに行くわ!」


「ウチも~~!」


「私も~~!」



 慌てているイレギュラはクナオルに背負ってもらうと、全力で故郷へ向かっていった。

 仲間の叫びに振り向くことなく、一心不乱に領地を救いに行くのだった。

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― 新着の感想 ―
周りの領地へ憤るのは分かるけど寄親の援軍が見直しせず次行ったから崩壊した寄子の領や完全部外者の援軍の前で出すなよと
こう考えると子爵家としてはマジで外れ値だな…… 兄と弟二人ともが相当な傑物とか運が良すぎる
自分の領地を綺麗に掃討しても隣から襲ってくるのは嫌ですね…
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