遠距離戦
クラッセルの城は崩壊しており、戻ってきた領民たちはやはり野ざらしだった。
学徒兵たちは彼らのために廃材を積み重ねて即席の仮説住居を建築せざるを得なかった。
馬力が重機以上にあっても、建築は素人であるため時間がかかっていた。
そうしている間にもどんどん避難民たちが集まってくる。
(イレギュラ、どっかに行ってるよな……そんでどんどん集まってきてるぞ)
(みんな口をそろえて『幽霊が助けてくれた』とか『御先祖様が助けてくれた』とか言ってるし……マジでなに!?)
ほどなくしてイレギュラが『領内で見つかった生存者はもういない』と終息宣言までした。
捜索しているのに領民を運んでくる人たちについてコメントがないのは、彼自身はまったく問題だと思っていないらしい。
これが推理小説だったら犯人は間違いなく彼である。
問題なのは、トリックが見当もつかないという事だけだった。
とはいえ、イレギュラのおかげで生存者たちは早々に確保された。
すでに治療も済んでおり、これ以上の人的被害はないと思われる。
そのような中で、ルテリアの家族が全員生存していたことは間違いなく幸運ではあった。
※
一応の仮説住居も完成し、トロールの死体も外に運ばれ、領民たちも腰を落ち着けられる状況になっていた。
廃墟同然の城の中で、ルテリアは両親や現男爵である兄、その妻。そして弟妹たちと話をしている。
その内容が明るくないことは、遠くから見ている仲間たちからも明らかだった。
城がこの惨状で、明るい話ができるわけがない。
生きているだけめっけもんというが、生きているからこそ問題と向き合う必要があった。
ほどなくして彼女は、暗いような、しかし希望のある顔でイレギュラの元に来る。
「兄さんは責任をとって、爵位を皇帝陛下に返上するって。この領地のことは、このあいだ救援に来てくれた伯爵様に任せるって。その伯爵様の、子供とか甥とかがここの新しい領主になるだろうって」
「そうか」
ルテリアの報告に、イレギュラは短く答えていた。
それを一緒に聞いている仲間たちは、妥当だなと受け止めている。
彼らは犯罪者でもなければ加害者でもないが、責任者ではある。
この状況で続投し今後も世襲していきますと言おうものなら、それこそ家族全員が吊るされかねない。もちろん、文字通りの意味である。
バーニエは沙汰を皇帝にゆだねると言っていたが、今回は確定だ。
被害の差を想えば無理もない。
誰もがバーニエやピットのように、自分である程度何とかできるわけではないのだ。
「……失業することになるわけで、副業とかもやってないから、ある程度の引継ぎをしたら就職活動をするって。新しい領主様に雇ってもらえるとか、そういうことは期待できないって」
「そうか」
爵位を返上するしかないとわかっていても、その先に待つ未来を想うと決断の重さは尋常ではない。
よくぞここで思い切りよく言えたものだ、と感心する。
「私に、頼むって言ってくれたわ」
ルテリアは黙った。
その沈黙の意味を、学徒兵たちは知っている。
遠からず英雄校から退学することになるであろう彼女の状況は絶望的ではない。
家族を養えるだけの収入を得られるだけの見込みがあった。
なんなら、彼女の家族もそれに期待しているから、思い切った手が打てたのだろう。
その期待に応えなければならない。
今の彼女は弟妹に高級なお菓子を買うために出世するのではない。
家族全員を養うために出世しなければならない。
「イレギュラさん、いえ、イレギュラ様……私はどうすればよいのでしょうか」
「メラニィ様に相談だな」
「今の私に、彼女へ話しかける資格はあるのでしょうか」
「まだ男爵令嬢だから大丈夫だ。というか報告の必要があるから、今俺に言ったことはそのまま話した方がいい。今後の予定にもかかわるから。具体的には、その伯爵からここを守るための兵士が正式に送られてくるまで待つことになるだろうから」
「……はい」
うつむくルテリア。
そこで周囲の学徒兵がイレギュラの頭を殴った。
なお、クナオルはそれを見て見ぬふりをしている。
「いで!」
「お前な! 今は『俺のところに来い』って言うところだろ!」
「そうよ! せめて俺の部下にしてやるとか言いなさいよ!」
「メラニィ様はルテリアの友達だけど、公爵令嬢だから迂闊に部下を増やせないのよ!」
「分かりやすいぐらい察しの悪いふりをしやがって!」
「俺がルテリアを招いたらクナオルが怒るんだよ! お前たちも察しろよ! ルテリアは気づいているぞ!」
「そこは何とかしなさいよ! ベッドの上で黙らせなさいよ!」
「そもそもお前一応主だろ!? そこまで卑屈になるな!」
「ああ、もうわかったよ! おい、レオナ! レオナ~~!」
ここでイレギュラは強権を発揮することにした。
「なんでウチ!?」
「ルテリアをお前の部下として雇うんだよ! もちろん正式にクラッセル家が爵位を返上した後でだけどな!」
「ウチ男爵家だからカネないよ!!」
「んなもんはもうそこまで重要じゃねえよ! ぶっちゃけルテリアもお前も、もうすぐルコード家から「おひねり」がもらえるからな! 少なくとも当座は何とかなる!」
イレギュラは改めて、ルコード家の力を強調する。
実際のところ、今日明日を凌げば数年間は飢えずに済む。
その今日明日を凌げた、今、終末が来ない限りは将来の見通しも立つのだ。
「無給でもいいから部下とか護衛にするんだ。それで今までと大して変わらない働きができる。それに男爵家がなくなっても、元男爵家令嬢で、英雄校の元生徒だ。身元ははっきりしているから紹介状も書いてもらいやすい」
「……あのさあ」
「なんだ、レオナ。それだけじゃ何もわからん」
「もう二人とも抱いてさ、ウチのことも抱いてさ、面倒見てよ!」
「クナオルが怒るから駄目! さっきから『それでいいんですよ、それで』って顔をしているし! ……それにだ。落ち目の友人の弱みに付け込んで懐で飼うってのは、俺の趣味じゃない」
情けない男だった。
しかし野心家ならば、あの時二人の男爵に種をまいていただろう。
利益や快楽をものすごく求めている一方で、それよりも義理人情を重んじることができる男であった。
重ねて言う。
利益や快楽をものすごく求めている。
「俺は、もっと、こう、イチャイチャラブラブしたいの!」
(贅沢だな、コイツ……)
「ふぅ……そういうことだ、ルテリア。君のことは見捨てない、俺たち全員が味方だ。そもそも俺たちは家督を継いでいない時点で貴族もどきみたいなもの。元男爵令嬢も男爵令嬢も大差はないさ。そんなに気にせず頑張ってくれ」
ここでイレギュラは立った。
その眼球の瞳孔が、二度三度、わかりやすいほどに収縮を繰り返している。
「ん……少し席を外す」
付き合いの短い友人たちは、彼の反応からおおよそを察していた。
(姫様の方で何かあったのか?)
そして実際、その通りだったのである。
※
時間としては、イレギュラがクラッセルの城について一週間後のことである。
フレイヤー・ウルフドックは仲間と共にいくつかの領地を救っていた。
その道のりは緩やかではなかったが、士気が高く、また優秀な英傑がそろっていたため押し通すことができていた。
またその姿に心酔した在野の賢人や権力を嫌っていた武人、あるいは領主に絶望した騎士たちなどが参戦していく。
皇帝の娘にして、皇太子に次ぐ実力者で知られる彼女の元には英傑たちが集いつつあった。
しかしそれでもなお彼女の道は余裕があったとは言えない。
現に今、彼女は行軍を止めていた。
とある伯爵領がドラゴンに襲われ、領主は家族と共に逃げ出してしまったのである。
その結果軍はがたがた、負傷者多数。多くの領民が無防備となってしまった。
見捨てることはできないと、彼女はこの伯爵領に陣取っていた。
その噂を聞いて、方々から多くの避難民がこの伯爵領に集まってきている。
大局的に見て、黒の泉は減ってきている。
だが多くの人が不安になっているのだ。
時代が英雄を求めている。
その英雄であるフレイヤーは一人、伯爵領の城のバルコニーで星空を眺めていた。
「……」
そこへ一人の少女、侯爵令嬢ワワ・スムールが現れる。
小柄でありながら重厚な存在感と不遜さを持つ彼女は、まるで父親のような安心感を持ちつつフレイヤーに話しかけた。
「小人物には、大人物の気持ちはわからない……偉大なる英雄の気持ちは、同じ偉大なるアタシにしかわからない。悩みがあるのなら、どかんとおっしゃることね!」
「ワワ。ああ、もちろん君には頼らせてもらうよ。大船に乗るつもりでね」
「ええ! 深く大きな心で受け止めるわ!」
ワワの安心感に苦笑すると、フレイヤーは胸の内を明かした。
「今ボクたちは、この伯爵領を守っている。それはこの地の人々を守るためだが、戦力が疲弊していることもある。行軍の密度が濃く、多くの英傑が倒れてしまっているからだ。全員が復帰すれば戦力を分けることができて、この地を守りつつ別の領地へ向かうこともできるのだが……」
「偉大なるアタシたちがベストを尽くした結果だって、姫様もわかってるでしょ。長い目で見れば、これが深い愛だってわかるわよ」
「そうだな。だが、本当にベストを尽くしたのか、わからなくなってきた……」
フレイヤー一行の旅路は、多くのイベントがあった。
そのいずれもが彼女に教訓をもたらした。
「ボクはイレギュラのことを思い出していた。彼は勇気よりも準備を重んじ、練兵というよりも甘やかしていた。荒馬に乗せるのではなく、仔馬に乗せているようなものだった。それを正直どうかと思っていたが……荒馬に乗せれば、ケガをするものだ。当然だが……ボクらの練兵の中で、脱落した者も多い。もちろん、実戦の中でもな。彼らの戦いが無駄だったわけではないが、もっといい方法があったかもしれないと思ってしまう」
「あらあら、厚い胸の内には、実例があるんでしょ? 濁さず即断で出しなさいよ」
「君には敵わないな。ボクが考えているのは、パピヨ・シルクンのことだよ」
「ああ、あの芥子粒みたいな小者ね」
フレイヤー一行は、シルクン侯爵領に補給として寄ったことがある。
シルクン侯爵領は強大であり、領内は平和。周辺の救援もしていた。
だからこそフレイヤー一行は休息し、パーティーなどの歓待もされていた。
この非常時だからか、シルクン侯爵は身分の隔てなく、英傑たちを歓待した。
それはとても好印象だったのだが……。
一点、とんでもない不祥事が起きた。
パーティーに出席を許されていなかったパピヨ・シルクンが乱入したのである。
彼女は以前にメラニィ・ルコードの『友人』だったのだが、ゴブリンが異常発生した際に心が折れて、実家に逃げ帰っていた。
その彼女が、パーティー会場で、誰も話題にしていなかったメラニィについて、大声で、楽しそうに、言ってやったと言わんばかりに、『醜聞の告発』をしたのである。
気が弱っている様子だった彼女は、周囲が思った反応をしなかったことで癇癪を起していた。
もちろんそのすぐ後で、警備員に連れられて行ったのだった。
「彼女は逃げ帰ったことで冷遇されていた。メラニィ殿が躍進しているとの情報もあって、より一層肩身が狭い思いをしていたらしい。そこでメラニィの醜聞を告発することで、彼女の株を下げてやろうとしたようだ」
「小者の言葉なんて誰も信じてなかったわね。そもそもアタシたちは知っているうえで、そんな狭いことを気にしてないけど」
「そうだ。メラニィ殿はちゃんとやっている。ベルマ殿やアメル殿、そしてイレギュラ殿と一緒に各地を救っている。今更醜聞など、何の意味もない。彼女自身は気にするかもしれないがな」
フレイヤーはその時の己の対応が間違っていたかもしれないと考えていた。
「ボクはパピヨを軽蔑していた。だが今にして思えば、欺瞞であっても彼女に手を差し伸べて、連れてくるべきだったのではないかと思う。巧言令色を並べて、調子に乗らせておだてれば、今この場で活躍していたのではないかと、考えてしまうんだ」
自分でも汚い考えだとは思う。
パピヨ本人よりも汚い、詐欺師の思考だった。
だが自分が汚れていれば、この状況を変えられたかもしれない。
彼女をランクアップさせれば、今だけではなく、これから先も役に立ったのではないか。
軽蔑するのではなく、どうすれば使えるのかを考えるべきだったのではないか。
今まさに回復役が不足している状況だからこそ、後悔してしまう。
「そんな低くて汚い姫様はイメージが崩れるから、英傑はついてこないわよ」
「そうか……」
「それにアレはおだててもいざとなったら泣き言を言って、文句を垂れ流して、何もせずに引きこもるわよ」
「そうかもな」
ワワの言葉はもっともだった。
フレイヤーもそう思わないでもない。
だが、ふるいにかけすぎたのではないか、と考えてもしまう。
温室栽培、安全に養殖されていたはずのイレギュラの仲間がここにいれば、それはそれで頼もしかったのではないか。
自分は質と数のバランスを間違えたのではないか。
間違えたのならば、正解はどこにあるのだろうか。
真夜中で黄昏るフレイヤー。
胸の内を語ったことで少し気が楽になっているようだ。
だが解消されてはいない。
深い心をもつ彼女が、こんな簡単に気を軽くできるわけがないのだ。
だからこそ、ワワはこれで満足することにしていた。
その時である。
謎の人形兵、マスクがフレイヤーの前に現れた。
「マスク? 君はまだ治療に当たっていたはずじゃないか」
「なにか案内する気の様ね。短い距離の様だし、相手をしてあげたら」
マスクはフレイヤーの袖を引っ張る。
どこかへ連れて行こうと、案内しているようすだった。
ワワとフレイヤーは、すでにマスクを信頼しきっている。
すでに戦力外ではあるが、索敵と回復に関しては未だに一線だ。
なにせまったく疲れない。
融通が利かないところもあるが、だからこそ信頼できることもあった。
そうして案内されたのは、城の外の、さらに外側。
夜であることもあって、普通なら罠だと思うところだろう。
とはいえこの二人をどうにかできる戦力など、早々ありえないだろうが。
「ここみたいだね。マスク、何かあるのかな?」
「姫様、あっちから何かが……」
よろつきながら、多くの人影が近づいてくる。
二人とも思わず身構えるが、やがてそれは別の驚愕に変わった。
「マスクの仲間か……?」
ヒーリング・トイ・アーミーが16体、フレイヤーの前に現れていた。
おぼつかない足取りなどから、『マスク』よりも下位の個体であることは察しが付く。
その上で治装をしていることから、どのような意図で送られてきたのかは明らかだった。
「姫様、信用するの?」
「……私はマスクを信用している。彼には救われた。そして今は、木偶の手も借りたい」
疲れることを知らない、不眠不休で治療し続けることができる人形兵士16体。
その救援を『厳選』することは、今の彼女にはできないことだった。
事実。この増援によって伯爵領を守るだけの戦力が回復し、この城を守る任務に就けることができた。
気づけばヒーリング・トイ・アーミーは半分の数に減っていたが、それでもマスクを隊長とする形でフレイヤーに同行している。
誰かの意思が、自分を前に進めようとしているのは明らかであった。
だがそれでも彼女は前に進むしかなかった。
「介入してくださりましたか……これで彼女が私の元に間に合う未来が近づいてきましたね」
大公、アレス・ブルービアン。
彼はその千里眼により、フレイヤーの前進と、その一助となった人形兵士たちを見守っているのだった。




