無断で手分け
イレギュラの仲間は強いが弱い。
レベルが上がり、ランクが上がっているので強いだろう。
しかし同レベル、同ランクの相手には勝てない。
たとえばフレイヤーの元にいる『精兵』たちと比較すれば、10対12ぐらいの差がある。
この差は小さいようで大きい。十回戦えば一回勝てるかどうかの差だ。
この差は、競技や芸術では残酷なほど大きい。
ただまじめに頑張っているだけ、課題をこなしているだけでは越えられない壁。
プロになれるかなれるかなれないかという、人生そのものの分岐点となるほどの差だ。
それが競技、芸術の残酷さだ。
なまじその道にまい進しているからこそ、それが人生で役に立たなかったと決まった時の絶望は大きい。
逆に言えば。
競技だとか、芸術の世界以外では大した差ではない。
ケガするだとか、死ぬだとか、耐えかねて脱走するとか。そういう辛い試練を越えてまでの成長までは要求していない。
精兵へ選出するための『ふるい』にかけることはない。
半分に減った精兵よりも、全員が一人前の雑兵になる方が総合力は上だ。
天才じゃなくていい、凡才でいい。まじめに頑張ってくれればそれでいい。
全員を保護して強くしていけば、強い部隊が出来上がる。
人間相手に公正で厳正な競争しているわけではないのだ。
そんな贅沢なことはやりたい奴にやらせればいい。
強い奴を二十人用意すれば、適当に突っ込ませるだけでも勝てるのだ。
戦略的に戦力を用意していれば、戦術などいらない、命令を聞いてもらう必要などないのである。
※
夜光トロール、ともいうべき、蛍の様な光を帯びたトロール。
神聖な雰囲気を持っている一方で、トロールとしての様相はほぼそのままである。
荘厳さもはかなさもない。しかし強さだけは縞模様のトロールを大きく超えている。
そのようなトロールが、クラッセル領の城を踏み荒らしていた。
男爵領であるため、クラッセルの城はとても小さい。
トロールは踏み荒らしたくて踏み荒らしているというより、彼からすれば小さいということなのだろう。
そのトロールは城の中で待っていた。
彼は己の王の命令により、陣を張っていたのである。
トロールによって制圧占領されたこの土地に、恐怖の魔法使いの影響が及び始めていた。
黒の泉が形成されつつあったのである。
現在こそトロールしかいないこの城だが、黒の泉が完成すれば膨大なモンスターが湧き続けるだろう。
さすればこの領地内を黒の泉が満たし直し、周辺一帯へ侵攻を開始するだろう。
トロールに戦略的思考は備わっていないが、この状況を本能的に喜んでいた。
これを完成させることは、モンスターにとって至上の喜び。
邪魔をされたのなら烈火のごとく怒り狂うだろう。
ここに踏み込むものは、ただ大型モンスターと戦う以上の覚悟を持たなければならない。
そのことを知っているのかいないのか。
一人の女戦士がトロールの前に現れた。
激憤するトロール。向き合うのは、さらに激怒している女戦士である。
重く硬い錠前が外れる音がする。
しかしそれはただ外れただけで、彼女に何かの恩恵をもたらしてはいない。
そのことを残念に思う余裕もない。
女戦士は両手に持った槍で突貫する。
それは『大量生産された高級品』。
業物ほどではないが、公爵家が手元に置いて恥ずかしくない代物。
以前は身の丈に合わない、借り物の強すぎる武器だった。
だが今は彼女も使いこなしている。不足はない。
この鉄火場において、この槍は相応の獲物に襲い掛かった。
ずぶりと深く刺さった。大きな穂先がしっかりと肉に埋もれている。
だがトロールの巨体からすればかすり傷であった。
出血しつつも反撃し、女戦士を城の残骸にたたきつける。
それに対して、女戦士は抵抗ができなかった。
無様にも叩きつけられ、肺の中の空気を吐き出す。
それでも、彼女は槍を杖にせず、自分の脚で立ち上がった。
全身が痛むが、それ以上にまだ怒っている。
このトロールを切り刻んだとて足りない怒りが、彼女の体を動かしている。
それはいいことなのか、悪いことなのか。
彼女一人ならば、必ず負ける戦い方に他ならない。
「無理してるな、ルテリア。だけどいいぜ、どんどん無理をしろ。気持ちはわかる。どんどん突っ込んでイイ! どうせアメル様が治してくれるだろうしな。止まれって言ったって止まらないなら、突っ込むのを応援するだけだぜ」
「こんなやつに時間をかけている場合じゃないもんねえ。ガンガンせめて、ガンガンぶっ殺して、ガンガン人命救助しないとねえ」
故郷を残骸に変えた巨大な悪鬼に立ち向かう女戦士に、同じ鎧を着た仲間たちが集まってくる。
格上であるはずの怪物を見上げる姿は、獲物を前に舌なめずりをする絵本の狼の様であった。
咆哮する女戦士、躍動する仲間たち。
純粋に身体強化のアビリティだけで戦う若者たちは、手にした武器で悪鬼を袋叩きにしていく。
彼らの戦法は単純な猛攻である。
全員が突っ込んで、全員で攻撃し続ける。
これに対する夜光トロールの戦法も単純であった。
当たるを幸いに腕を振り回し続ける。
猛攻ゆえの攻め偏重ゆえに、若者たちはハエのように叩きつけられていく。
それでも若者たちは立ちあがっていく。
そこに勇気も知恵もない。勝利の確信だけがあった。
実際、トロールの巨体は確実に料理されつつある。
猛攻に対して猛反撃しているはずなのに、一人も倒せていない。
戦術だとか連携だとか、攻撃を見切っているわけではない。
なのになぜ負けているのか?
答えは単純だった。
若者たちが二十人ほどいるからである。
彼らは多少の能力差こそあるものの、トロールの攻撃が直撃しても、しばらくは耐えられる程度には強い。
その攻撃はトロールへの有効打になる。
対してトロールが一度に攻撃できるのは、せいぜい一人か二人。
双方共にすべての攻撃が当たり続けているのなら、単純にダメージレースで負けている。
「うああああああああ!」
そしてトロールが生物である以上、動けなくなる時が来る。
生きていてもうめくことしかできない状態に陥る。
そこへ女戦士ルテリアが、肉食獣のごとく襲い掛かり、密着し、槍を刺し続けた。
殺意しかない攻撃は、やはり相手を殺してもなおしばらくは止まらなかった。
彼女の仲間たちもまた、しばらくはそれを眺めている。
その顔は勝利に湧くよりも、彼女の痛ましい姿を憐れんでいるようだった。
※
クラッセル領で暮らす一人の少年がいた。
彼は両親からお守りとして首飾りをもらっていた。
これは先祖代々受け継いできたものだから、おじいちゃんやおばあちゃんが守ってくれるよと言われていた。
受け取った時はそれを何とも思っていなかった。
だが現在の彼は、それだけが頼りだった。
領内にある草原の中の、小さな茂みの中でうずくまって泣いている。
もう疲れて、お腹がすいて、ここから出ることができない。
おねがいします、おじいちゃん、おばあちゃん、助けてください。
彼は夢か現かわからぬ、もうろうとした意識の中で、なにか冷たい腕に持ち上げられた。
ぎこちない、弱弱しい動きだった。
ゆらゆらと揺れながら、己の体が運ばれていくのを感じた。
「おじいちゃん、おばあちゃん?」
目がかすんでいて、よく見えない。
人間らしきソレは、ただ無言で子供を運んでいった。
※
輸送用ドローンは、方々に隠れていた人々を発見次第、ダミー・トイ・アーミーを投下していた。搭載されているカメラをもって徘徊しているモンスターを索敵している。
その情報に従ってダミー・トイ・アーミーは避難誘導しているのだが、避難民の体調もあって大周りできない状況もあった。
その際にはダミー・トイ・アーミーの一体が囮としてモンスターを誘導し、爆装して自爆することで安全を確保していた。
それが誘導されている人間からどう見えているのかは言うまでもない。
申し訳ないとか、許してくださいとか、そこまでしなくてもと謝罪されることもあった。
泣きながら、それでも生きなければ、と前に進む者たちもいた。
ダミー・トイ・アーミーはそれに答えない。
ただ人々を誘導し、安全となった城や、その城へ向かう途中のメラニィ一行へ合流させていく。
それを終えると同時に、全て自壊して幽霊のように消えていくのだった。
※
トロールへの死体蹴りを終えて燃え尽きていたルテリアだったが、彼女の耳に多くの人々の声が聞こえてきた。
大型モンスターが殺されたことを知ってたのか、恐る恐るだが城内に入ってきている。
「おお、トロールが死んでいるぞ!」
「なんか変な格好の兵士たちがいる……おい、ルテリアお嬢様じゃないか!?」
「み、みんな、避難していたのね!? そうよ、ルテリア・クラッセルよ! 慌てて助けに来たの!」
ルテリアは知っている領民たちへ、兜を脱いで話しかけていた。
彼女もかなりの傷を負っているので出血しているが、他の領民たちも同じようなものなので誰も気にしていない。
「お父様やお兄様、弟や妹たちはどうなったか知らない!?」
「申し訳ありません。このトロールが城内に入ってきてから、這う這うの体で逃げ出した者ばかりでして……」
「途方にくれつつ隠れていたところを、見たこともない『無言で無表情な者』たちがここまで案内してくれたのです。ついさっきまで一緒にいたのですが、もうどこかに行ってしまったのでしょうか?」
「ケガの治療をしてくれたり、囮になってモンスターを道連れにしてくれたり……人間の善意というか、先祖が助けに来てくれたかのようでした」
「夢かと思っていましたが、この死体は現実です。ああ、祈りが届いたようです!」
ふわふわとした理由でここに集まってきた人々。
なんか助かっているのだが、誰も詳しく説明できていない。
ルテリアたちは確信していた。
(これ、絶対イレギュラがなにかやっただろ……)
(ほかに考えられないわ。アイツが助けてくれたのね)
(どうやったのかはわからないけど、アイツ以外に考えられない)
もはや驚くこともなかった。
呆れてすらいる状況に、本人が登場する。
「おお、ルテリア! 実は道中で逃げていた人たちと合流してな! 一緒に城まで戻って来たぞ! こっちにも領民が集まってきているみたいだな! いや~~よかったよかった! この後も探すから、安心してくれ!」
一緒に戻ってきたメラニィやアメルが『コイツ本気でごまかせているつもりなのか?』と信じがたい顔をしている。
クナオルなど羞恥で赤面しているほどであった。
(この顔……本気でごまかせているつもりだ! 嘘だろ? コイツ自分が千里眼持ちなのに、『なぜか集まってきている』って言って押し切れるつもりなのか? わかんないのはおかしいだろ!)
何をどうやって助けているのかはわからないが、ごまかす気であることは確実だった。
ルテリアはお礼を言うべきなのか言わない方がいいのかもわからないまま、感動を持て余していた。
「ルテリア。貴方の気持ちは……す~~~~~~っごくわかるわ。でも避難している人たちの保護をしましょう、ね?」
メラニィはすべてを諦め、受け入れる顔で提案をする。
彼女もイレギュラの仲間として成長していたのだ。
「あの~~~……避難してきた人たちは、ケガの治療は終わってるんですけど。それなのに! トロール一体倒すだけだったのに! みんなケガばっかりなんですけど! 治すの僕なんですけど! イレギュラさん! あとで説教してくださいね!」
そしてアメルは、イレギュラに治してほしいなあ、と思いつつも自分の仲間を治すことにしたのだった。
戦術のない戦いのしりぬぐいをすることになるのだった。




