取捨選択
不幸中の幸いという言葉がある。
バーニエ・コッカースは領内にドラゴンを発見した際、自分一人では絶対に勝てないと判断していた。
領内にドラゴンが現れたことは間違いなく不幸だが、自分一人ではどうあがいても勝てないという相手だったのは幸運と言えなくもない。
ギリギリ自分で何とかできそうな相手だった場合、一か八かの突撃を仕掛けていたかもしれないのだ。
それが全面的に間違っているとは言えない。
救援を呼ぶとしてもすぐ来てくれるとは限らないし、『上』に助けを求めれば相応の対価を後で要求されてしまう。
まして、一度でも『自分たちで何とかできそうなので救援は不要です』と言っていれば、引っ込みはつかなくなるだろう。
成功すればそれでいいが、苦戦を強いられてしまえば、領主はまた場当たり的な判断をするしかない。
黒の泉を守るモンスターを倒せないのであれば、せめてと思って黒の泉を破壊してから撤退することもあるだろう。
その結果、黒の泉を守っていたモンスターが逃げ出して、他所の領地に入り込んでしまった。
今回起きたことは、そういうことである。
領地内にある黒の泉を破壊してくれた救援部隊が撤退してすぐ後、隣の領地から逃げ出した大型モンスターがクラッセル領に侵入してきたのだ。
※
クラッセル領にある小さな森の中で、十名ほどの人々が震えていた。
彼らは身を寄せ合い、林と区別がつかないほど狭い森の中で潜んでいた。
誰もが武器防具はおろか、食料や水、それを確保するために必要なものさえ持っていなかった。
予定も希望もなく、途方に暮れているだけだった。
子供も大人も、疲れて、空腹で動けない。
いっそ楽になるべきではないか。
そのような誘惑が脳を埋めるほど、何も考えられなかった。
そのような彼らの耳に、多くの足音が届いた。
モンスターの群れが近づいてきているのだ、としか思えなかった。
通り過ぎてくれることを願いながら、この森で震えることしかできなかった。
音が近づいてきても、逃げることもできない。
祈り、願い、待つだけであった。
大丈夫ですか?
幻聴が聴こえた気がした。
美味しそうな匂いがした。
悪魔の誘惑に思えた。
優しい気配がした。
恐る恐る目を開ける。
道化のように派手な鎧を着た人間たちが、自分たちを気遣いながら手を差し伸べてくれていた。
たった十人。世界が滅びたあとの生き残りかのようにふさぎ込んでいた人々に、救いの手は間に合っていた。
「よく見つけてくれたわ、イレギュラ。それにしても……本当に、領内に黒の泉はないの?」
「少なくとも今のところは発見できていませんね。報告を受けていた通り、ここの黒の泉はもう破壊されたあとです。この地のモンスターは、他の土地から入って来たものと思われます」
「はあ……自分の領地を守るために頑張ったって言えばいいのかしらね。私には咎める資格はないわ。私には、ね」
イレギュラから報告を受けたメラニィは、保護した人たちと話をして状況を把握していた。
因果関係はともかく、上からの援軍が帰った後にまたモンスターが攻めてきて、無防備なところを叩かれたと。
城も陥落し、領地全体が壊滅状態だとも。
「イレギュラさん! この領地を救ってください! 私の家族を助けてください! お願いします!」
「そのつもりだけど、物事には手順があるだろ。まず占領されている城を奪還したいんだ」
「そこに家族や領民がいるんですか!?」
「いない。ただそこにまた黒の泉が作られそうだし、何より人を避難させられそうなのはそこだけだ」
「い、イレギュラさん。私、私は、私も、冷静なんです。ちゃんと頭は回っています。だからその、ここの人たちを守らなきゃいけないことも、お城を取り戻さないといけないこともわかっています! だけど、色々なところに逃げている人たちを助けることも大事ですよね!? 今すぐやらないといけないですよね!?」
ルテリアは自分が冷静だと言っていた。
彼女の思考はそうそう的外れでもない。
しかし誰もが……特に、助けられたばかりの人たちが困った顔をしていた。
「ルテリア。この後の作戦を話そう」
「手分けして対応するんですよね!? 貴方の索敵アビリティで捜索する部隊も出すんですよね!? 人数は十分、戦力も十分ですよね!?」
「んん」
イレギュラは短く否定した。
「俺たちは二手に別れる。メラニィ様、ベルマ様、アメル様、レオナ。それから俺はここに残って、この人たちを守る。君は他の学徒兵を率いて、城を奪還しに行ってくれ。奪還が終わり次第、俺たちも合流する。救助をするのはそのあとだ」
ルテリアは首を左右に振って否定していた。
「それじゃあ間に合わない! お父さんやお兄さん、妹や弟……他の人だって、助からない!」
果たして、彼女はどうすれば止まるのか。
イレギュラは誠意を込めて彼女を動かす。
「ルテリア。俺はこの手の、物事に優先順位をつける話をたくさん知っている。その中にはくだらない言葉遊びだとか、力づくで解決するとか、そういう話も多い。回答なんてない、考えることが大事だって話もある。だが俺が一番しっくり着た結論はコレだ」
イレギュラは、今助けたばかりの人々を指さした。
「今! 目の前にいる人を! 助ける! そのあとは近くの人を! 最後に遠くにいる人だ!」
ルテリアは助けた人たちを見た。
助けを求めている人たちだ。
彼らはまだ助かり切っていない。
「そのうえで言うが。城の場所へ迷わずに行けるのは君だけだ。だから君が他の学徒兵の身体強化持ちを率いて城を奪い返してくれ。俺はそれまでの間に、助けを求めている人を探しておく」
「……それが、準備ですか?」
「俺の千里眼でも、この領地に隠れている人たちを探すのは簡単じゃない。かなり時間がかかる。それまでに君たちが城を奪い返してくれれば、時間は無駄にならない」
イレギュラはあえて、早くやれ、とは言わなかった。
ルテリアを動かすにはそれが悪手だとわかっていた。
「イレギュラさん……いつもみたいに言ってください。準備があれば勇気はいらないって……!」
「ああ。俺たちは強い。二手に別れても問題ない。君たちが城に突っ込めば、そのまま制圧できる。だから何も怖いことはない」
「……行きます! 今すぐに!」
ルテリアは周囲の、名前を呼ばれていない学徒兵を連れて走り出した。
全員がランクアップした、適正レベル帯の戦士たち。
その進行はまさしく嵐の様だった。
「ずいぶんと真摯でしたね、坊ちゃん」
クナオルはイレギュラの腹を蹴った。
「おごっ……」
「おや、吐き気でも催したようですね。場所を変えましょうか……話もありますしね」
悶絶するイレギュラの首根っこを捕まえて、クナオルは森の外へ歩いていく。
助けられた人たちは何が何だか、という顔をしているが、レオナが安心させた。
「だいじょーぶ、だいじょーぶ! ウチらのリーダーは、ああやって尻に敷かれているぐらいがちょうどいいから」
※
小さな森からしばらく移動した後で、クナオルはイレギュラを地面に降ろした。
まだ怒っている様子である。
「それで、どのような人選であの場に『仲間』を残したのですか?」
「ルテリアたちは君と同じで身体強化のアビリティがランクアップしているだろう? その分、素の戦闘能力だけならベルマより数段上だ。もちろん機動力もな。足手まとい……というか、自分たちと違う奴がいない方が早く済むんだよ」
「そういうものですか」
「君だって俺を守る時に配慮するだろう? そういう面倒なことをせずにのびのび戦えるのさ」
「こと戦いにおいて、貴方を守ることが面倒だと思ったことはありませんよ。むしろ今の方が面倒に思っています」
イレギュラは本当に蹴り上げられていたので、腹を抑えていた。
しかし何とか立ち上がって、自分の足元を何度か踏む。
「出ろ……無人飛行機レベル2! 輸送用ドローン!」
普段からよく使う偵察用ドローンとはまた違う、大型のドローン。
複数の回転翼がついている上に、運搬用のアームが取り付けられたドローンである。
輸送用の名前通り、他の物を輸送する機能があった。
その輸送用ドローンが全部で四機、イレギュラの陰から浮上してきた。
「ここからさらにぃ……トイ・アーミー、16体! 全部偽装! ダミー・トイ・アーミー!」
輸送用ドローンのコストは2。これが四機。
ダミー・トイ・アーミーのコストは1+1。これが16体。
しめてコスト40分の雑魚軍団が完成していた。
「輸送用ドローンへの指示! 四体ずつダミー・トイ・アーミーを乗せてこの付近を飛行し、隠れている人を探し出せ! 発見次第ダミー・トイ・アーミーを投下しろ! そのあとはダミー・トイ・アーミーの安全なルートを調べろ。ダミー・トイ・アーミーは、発見した人を救助! 俺たちのいる場所か、城へ案内しろ! もちろん可能な限り、モンスターとの戦闘は避けるように! 任務を終え次第、輸送用ドローンと一緒に自壊しろ!」
イレギュラからの指示を受けて、ダミー・トイ・アーミー……人間に変身した人形兵士たちは整列し、それを輸送用ドローンがつまんで持ち上げ、そのまま上空へ飛んでいく。
ドローンが標準装備しているカメラによって隠れている人間を探し出し、ダミー・トイ・アーミーが人々を安全な場所へ連れて行ってくれるのだろう。
「これで最善の手は打った。できればルテリアの家族が生き残っていてほしいが……生き残っていても、現役男爵様と先代男爵様は責任をとらされるかもな。そうでなくとも、領民が失政に怒るかも……切なくなるな」
「このまま領地が滅べば、自分の意のままに動かせる。そうは思わないのですか?」
「なんの冗談だ。俺は『仲間』には自分の能力を明かすんだぜ? その時にどういう反応をするかわからないだろう。それに俺はルテリアにとって『ただの同僚』だ。領地を失ったからって、俺に依存してくれるとは限らない。そうだろう」
「依存、させられるのでは?」
「……? くだらないことを言うな。依存させられるかもしれないが、できないかもしれないんだぜ? なんでわざわざそんなことをするんだ」
イレギュラからすれば、『仲間』としてのルテリアの価値は高くない。
だというのに、依存させよう、というリスクの高い関係を構築するわけがない。
イレギュラの作戦はあくまでも待ちだ。
餌を撒いて釣りをしているだけ。
良くも悪くも、積極的、能動的に『仲間』になることを求めていない。
「先ほどの真摯な対応……仲間候補にすることではありませんよ」
「そりゃ相手は友人だからな。実家の危機で茶化したりしないよ。俺がそういう対応をするところを見たいのか?」
「ふぅ~~。もう少し、私の眼があるところだ、という意識を持ってください」
ここにきてクナオルの内心を察したイレギュラは露骨に呼吸が荒くなる。
思考回路が下半身の意見を採用しそうになる。それをなんとかこらえて、彼女の背中を押した。
「クナオルはかわいいなあ。押し倒したいなあ。でもそういう行動を今したら、マジで最低だから我慢する。さあ、戻るとしようや」
「私への気遣いも真摯にしろ」
「命令もかわいいなあ~~! はははははは!」
笑う風なイレギュラであったが、その眼は笑っていない。
城に突入する仲間たちを見て、心境を案じていた。




