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タイパ、コスパ重視

 初日の試験を終えた後のことである。

 イレギュラとクナオルはあてがわれた部屋の中で今日の成果について話し合っていた。


 話し合ってはいたのだが、それもイレギュラの趣味を満たしながらであった。


 イレギュラは鼻の下を伸ばしながら椅子に座り、クナオルはほぼ無表情で着替えをしている。


 メイド服を着ていた彼女は、イレギュラの前でそれを脱ぎ、下着姿になっていた。

 色気もへったくれもない、普通の下着である。

 しかしそれを見つめているイレギュラは実に幸せそうだった。


「まずは一位をとったこと、賞賛させていただきます。まあもっとも、坊ちゃまのお力からすれば、一位を取って当然ですがね」

「うふふ、ありがとっ」

「気色悪いですね。短いながら、気色悪さが濃縮された発音です。それで、本来の目的はどうだったのですか?」

「今、すごく幸せ」

「私の着替えを見つめる以外で、本来の目的について訪ねています」

「俺は……君が男装するところを見られていれば、それだけで幸せだ」

「領地を守るための仲間が必要ということでしたが、誰かにお声はかけられたのですか?」

「一人も声をかけなかったぜ」

「正気ではないと思っていましたが、本当に正気じゃありませんね」


 下着姿になったクナオルは、そのまま執事服に着替え始めた。

 彼女専用のオーダーメイドというわけではない。

 体形に合っていない男性用の執事服を、丈だけ合わせてムリヤリ着ていた。


 だからこそ、彼女の女性的な骨格や脂肪分がわかりやすく誇張されている。

 重要ポイントを押さえた男装だった。


「これでご友人を得られるのですか?」

「そのつもりだ」

「どうやってですか」


 男装しているクナオルの体に手を伸ばそうとするイレギュラ。

 クナオルは適度に、触れそうで触れない距離をキープしている。


「俺もそうだが、英雄校には家督を継げず、縁談もなかった奴がたくさん来る。実力があるわけもないから、寄りかかり先を求めているに違いない。その需要に応えるんだよ」


 生物にとって、多くの子をなすことは責務だ。

 これは人間社会、貴族社会でも同じこと。

 なにせ人は死ぬ。子供を一人しか作らなかった結果、その一人が死んで、家督を遠い親戚に譲ることになる……という悲劇が起きかねない。


 日本でも徳川家継が早世し、遠い親戚である吉宗が八代目将軍になってしまっている。


 だからこそ貴族は多くの子を成す。それはこの世界でも同じこと。


 しかし継げる家督は一席のみ。

 別の家へ婿入り、嫁入りするにも限度はある。


 貴族の家に生まれたが家督を継げない子供のための、就職準備校。

 それがこの時代の英雄校の位置づけでもあった。


 もちろん悪いことではない。

 無いよりはいいだろうし、名誉もあるし、報酬もなかなかだ。

 家側も代表として送り出すのだから、それなりの教育は施している。

 全く無力なまま送り出して死なせてしまう、ということはあり得ない。


 ただ……だれもが主人公(えいゆう)のように状況へ順応できるわけではない。


「有能さを示して傘下を集めると? なるほど、思ったより普通ですね」

「俺は有用な友人を求めているんだ。だから俺がまず有用であることを示さなきゃならねえ。『自分が友達に望んでいる通りに、友達には振る舞わねばならぬ』アリストテレスの言葉だ」

「いい言葉ですね。それをおっしゃったアリストテレスというお方はどのような偉人なのですか」

「知らん」

「今の返事で、貴方の格言が連鎖的に軽くなりました」


 イレギュラの指が、男装しているクナオルの服に触れた。

 しかしつまむこと、つかむことは許さないと言わんばかりに距離を取っていく。


「いひひひ……」

「変態ですね」


 遊びを終えたクナオルは、男装を解きメイド服に着替えなおしていく。

 イレギュラはそれを、とても幸せそうに眺めていた。



 英雄校のカリキュラムは、実質的にあってないようなものだ。

 決まった指導があるというよりは、およそ部活動やサークルのようなものが主体になっている。


 もちろん教師はいて、その指導を受けることもできる。

 だれでも参加できる講義の予定が掲示され、生徒はいつでもそれに参加することができる。


 しかしこの英雄校に来る生徒たちの多くは、すでに家で教育を受けている。

 それらと違う指導をすることは避けたいため、生徒の自主性を重んじる姿勢になっていた。


 その結果、生徒の成績は実地テストによる評価がほとんどだ。

 新入生の場合は敷地のすぐ隣にある森でのゴブリン退治だが、やがては課外授業が始まる。

 そうなれば死亡率は上がる。赤点以前に死ぬのだ。


 課外授業が始まる前に、一刻も早く強くならなければならなかった。

 世界の危機が本当に訪れるとかそういう話の前に、生徒たちは自分の危機を救わなければならない。


 まして子爵や男爵、あるいは九男とか十男とか、とにかく親から十分な予算を与えられていない者たちは、切実であった。


(ここがゲームの序盤の舞台か~~。シミュレーションRPGだから、校舎にマップなんてなくて、一枚絵とか背景で校舎の内装が描かれているだけだったし、設定集を買うほど熱中していたわけじゃないが……それはそれとして、俺に声をかけてくる奴はいるかねえ)


 間違っても主人公と関わることのないモブキャラを求め、イレギュラは散歩を兼ねて校舎を歩いていた。


 ふと周囲の声に耳を傾ければ、自分に注目する声が聞こえる。

 歴代最高の得点を出した新入生。ゴブリンを五十体も倒したらしい。空気読めよ。子爵家の分際で偉そうに。

 なんとも心地よい言葉であった。この日のためにまじめに鍛えてきた甲斐がある。


 だがそれは副産物だ。本命は違う。


(これで誰も声をかけてこなかったら……お?)


 悠然と歩いているイレギュラの前に、ボブカットの少女が現れた。

 顔立ちは幼いが、身長はそれなりに高い。

 おそらくだがイレギュラと同年代の少女だろう。


「あの、ちょっといいですか?」


 勇気を出して話しかけてくる姿に、イレギュラは少しだけ意地悪く笑った。


「なんだい? ん……あ、ああ」

「?」

「俺の名前はイレギュラ・ブラッカーテ。子爵家の男子だ。お嬢さんのお名前は?」

「し、失礼しました! 私はルテリア・クラッセル! 男爵家の令嬢です!」

「そうか……」


 イレギュラの第一印象は安堵であった。


(この、デザインの手抜き具合……絶対にメインキャラじゃねえな!)


 ねっちゃりと笑うイレギュラに、ルテリアと名乗った少女はぶっちゃけビビっていた。

 だが話しかけたからには話をしなければならない。

 彼女は勇気をもって踏み出す。


「あの! 私も、その、ゴブリンを討伐する試験を受けたんです! でも、全然ダメで……一体も倒せませんでした。コツとかあるのなら、教えていただけませんか!」


 勢いよく、体育会系のようなノリで頭を下げてくる女性生徒。

 これにはイレギュラの笑みは深まった。

 頭を下げているルテリアには見えないが、周囲の人々からすれば邪悪そのものであった。


「いいぜ。それならさっそく、ゴブリンのいる森に行こうか」

「今すぐ!?」

「俺は門の前で待ってるから、君も来てくれ」


 返事も待たず、背を向けて歩き出すイレギュラ。

 ルテリアの視点からしても話がうますぎるのだが、ここは乗るしかない。


「よし! 着替えてこよう!」


 ルテリアは奮起し、自室へと走っていったのだった。

 それを周囲は止めた方がいいのかなあ、と思いながら見ていたのだった。



 ゴブリンの出現する森への門は、試験の日の場合、先生が許可をした、試験を受ける生徒だけが入れるようになっている。

 それ以外の日に関しては、先生の許可がなくとも開放が許されている。


 よって自主練、あるいは趣味や運動などの理由で森に入る生徒も多い。

 そのような生徒たちは、当然ながら運動や戦闘に適した服を着ている。

 

 だからこそ、まったくそれに向かない服を着ている生徒は目立っていた。


 マルデル・ウルフドッグ。


 皇帝の一族に名を連ねる、最高格の家柄の美少女である。

 髪型はセットされており、服も身分相応に華美。

 もちろん顔立ちもよいのだが、表情だけが令嬢から程遠かった。


 まるで殺し屋かのような、殺気のあふれるまなざしを門のすぐそばにいるイレギュラに向けていた。


「あの男……さっき、女生徒をものすごい目で見ていたわね。もしもことに及ぶのならば、その時はオレが……!」


 門の前でルテリアを待っているイレギュラ。

 彼とルテリアの初めての会話に、彼女も居合わせていた。

 だからこそイレギュラを危険視し、門の前で待っていたのである。

 もしもの時はその場で殺すつもりであった。


 マルデルにとって、ルテリアはどうでもいい相手である。

 身分が違いすぎることもあって、名前や顔すらさっき見ただけだ。


 イレギュラも同じようなものである。


 だがそれはそれとして、自分の同級生に性犯罪者がいることや、性犯罪が行われることは看過しがたい。

 正義感とかではなく、純粋に不愉快である。ぶっ殺したくなってもおかしくはあるまい。


 普段着のイレギュラを注視することしばらく。

 彼のもとに、着替えてきたルテリアが現れた。


 女性用の鎧……とはいっても、胸当てやレガースだけの軽く安い防具に、両手持ちの槍が一本。

 シンプルであり、最低限の武装であった。


「ごめん! 待った!?」

「俺が急に決めたんだ、気にしなくていいぜ。それで……森に入る前に、少し話をしよう」


 ここでマルデルの眼がさらに血走った。


 悪質な情報商材のように適当なことを言って調子に乗せて、森の奥に待機させている仲間と合流し辱める気だろう。


 そんなことをさせるものか。


「ルテリアのアビリティは身体強化かな?」

「あ、うん! その……それ一個です」

「気にしなくていい。珍しくないけど、弱点もないしハズレでもないだろ?」

「ランクが低いから、そんなに強化されてないんだよ。だからゴブリン相手でも怖くて……」

「ん……そこからだな」


 マルデルもルテリアもびっくりするほど、イレギュラは真剣な顔をしていた。


「君に足りないのは勇気とかコツとかじゃなくて、準備だよ」

「……いい武器を買うお金とかなくて。この装備も、その、中古で……」

「それならいい武器を買う以外の準備はしてこなかったのか? 同じような境遇の仲間を誘っておくとか、実家にいるときにゴブリン相手に戦っておくとかね。君はそういうことをしたか?」

「してないですはい」

「俺が言うと嫌味に聞こえるかもしれないけど、ゴブリンを倒すなんて難しくないんだ。現に俺以外の生徒も二十体以上倒している。あの人たちはあの試験を知っているにせよ知らないにせよ、この学校に入る前からゴブリンを倒せるだけの準備をしていたんだ」


(いいことを言うわね。オレだって準備をしていたのよ……いい装備もそうだけど、訓練を積んでおいたのよ! アビリティを二つも持っているからというだけじゃないわ!)


 二十三体倒したマルデルは、自分が褒められているので悪い気はしなかった。


「だから君のように一体も倒せなかった生徒は、今から次の試験までに準備をする必要がある。少なくともノルマを達成できる程度にはね」

「間に合うかなあ」

「もちろんだ。十代で生徒なんだぜ? ベリーイージー、ボーナスステージ、チートコード、イベント中だ。よゆー、よゆー」

「?」


 ルテリアは彼が何を言っているのかわからない。その気持ちが顔に出ていた。

 だがそれでもイレギュラが先導し、彼女も森に入っていくのだった。


(ふっ……大丈夫そうね!)


 調子に乗っていたからか、話に筋が通っていたからか。

 マルデルはその場で追及することなく、背を向けて場を離れるのだった。




 森の中に入ったイレギュラは、堂々と前を歩いていた。

 彼のすぐ後ろをおっかなびっくり続くルテリアは、不安そうに左右を交互に観ている。


「あ、あのさ! 本当に大丈夫!?」

「大丈夫じゃなかったら、昨日死んでるよ」

「そうかもだけど……」


 ルテリアはゴブリンを倒せないわけではない。一対一で正面から戦えばまず勝てる。

 だが不意打ちをされたり袋叩きにあったら負ける。

 だからこそ彼女は先日の試験でおっかなびっくり警戒しながら歩き回り、結果として一体も倒せないまま時間切れになったのである。


 これは憶病ではない。自分の実力を正確に把握し、死なないように立ち回った結果だ。

 仮に『勇気』を出して果敢に戦っていれば、大けがや死もありえた。


 そのような彼女を、ゴブリンがまとまって徘徊しているこの森でいかに鍛えるべきか。

 そのプランはすでに完成していた。


「俺のアビリティは千里眼っていう索敵能力でね、この森のどこにゴブリンがいるのか把握できるんだ。だから初日で五十体も倒せたんだよ」

「そっか! まず見つけられないと倒せないもんね!」

「このアビリティがある限り、ゴブリンに見つけられることなく、奇襲を仕掛けられるんだよ」


 まだ半信半疑というルテリアだったが、イレギュラが急に立ち止まって木の陰に隠れたので、自分もそれに続く。


「ほら……目当てのゴブリンが一体。それも手負いだ。チャンスだぜ」

「本当だ……」


 不自然なほど傷だらけで、一体だけのゴブリンが歩いてきている。

 前進しているのだが、頻繁に後ろを振り向いていた。

 後方に影も形もないのだが、何度も何度も振り返っている。

 おそらく、よほど怖いのだろう。


「アレに負けると思うかい?」

「……全然!」


 勇気を振り絞る必要性などまったくなかった。

 自分とは違うものに怯えている、手負いのゴブリン一体。

 彼女は槍を手に、死角から一気に襲い掛かった。


「たああああああ!」


 ずぶりと槍は深く刺さる。

 それだけでゴブリンは致命傷となり、びくびくと痙攣した後で動かなくなった。


「おお……」


 成し遂げたという感覚すらない。

 できて当然のことが起きた、としか思えない。


「あの、コレ、意味あるかな? 運が良かっただけで、こんなに都合よくゴブリンが来るなんて……」

「いやいや、そうでもないよ。俺の千里眼をもってすれば、同じような獲物は簡単に見つけられる」

 

 再びイレギュラは先導を開始する。

 やがて同じように逃げるゴブリンを発見することになった。

 さほど歩いているわけでもないのに、とんでもない遭遇である。


「ほらね?」

「すごいよ! イレギュラさん! すごい! よおし……!」


 槍を手に、調子に乗って向かうルテリア。

 そんな彼女に対して、イレギュラは邪悪の極みのような顔をしていた。


(都合よく弱って孤立しているゴブリンがそうそういるわけがねえ! 俺が昨日展開したトイ・アーミーをゴブリンにけしかけて、一体ずつ逃がしているだけ!)


 イレギュラのユニットは、一旦展開すれば完全に壊れるかイレギュラが消さない限り残り続ける。

 維持に何かを消費することもないため、森に配備し続けることも可能。


 自分の陰から出すのではなくあらかじめ出していたものを遠隔操作するのなら、索敵能力を使用しているだけにしか見えないだろう。


(こういうのを何と言うんだったか……獅子の子落とし……じゃなかった! ライオンは子供に狩の練習をさせるために、傷ついた獲物を襲わせるとかなんとか。初心者は接待して、安全に強くなる楽しさを教えてやらないとなあ!)


 ここからは少しずつ難易度を上げて、ルテリアを強くしていけばいい。

 傷ついていないゴブリン一体、二体、三体。

 奇襲ではなく正面から戦う。

 それを重ねていけば、不意打ちや袋叩きに会っても負けなくなるぐらい強くなるだろう。


(この世界はシミュレーションRPGそのものじゃないが基本的にゲーム準拠! モンスターを倒せば経験値がたまってレベルが上がって強くなる! 今日一日で、ノルマ達成できるぐらい強くしてやるぜぇ!)


 彼女の健やかな成長を想像して、イレギュラの口角はどんどん上がっていくのだった。

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― 新着の感想 ―
御姫サマ養殖プレイと思わせておいて実は鬼ハードレベリング
変態だけど有能。でも変態。
変態だけど有能なの良いですね!
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