男爵家の憂鬱
メラニィ派閥は二つの領地を救った後も、多くの領地を巡っていた。
またドラゴンが湧くかも……と警戒していた一行であったが、幸いにもコッカース領とテリァ領がワーストで、他の領地は被害が軽かった。
まずそもそも、コッカース領とテリァ領に沸いたモンスターが酷かった、というのもある。
メラニィ派閥が巡った他の領地は、そこまででもなかったのだ。
それだけではない。
公爵、侯爵、伯爵領は広いのだが、最初から傑物がそろっている。
最初から高ランクであったり、あるいは二つのアビリティを持っている者、千里眼や回復魔法のアビリティと必要な札が最初からそろっている。
天下泰平の世であっても、傑物たちは速やかに環境に順応し、黒の泉を潰していった。
これは良くも悪くも、天才ならば立身出世が叶う、という風潮ゆえだろう。
アビリティの数やランクで人の価値が決まっていたからこそ、備えになっていたのだ。
そのような『英雄』や『精兵』がそろっている上級貴族たちは、自分の領地が片付き次第、傘下の下級貴族たちを巡って助けていく。
ことがことであるし、英雄や精兵の中には下級貴族領の出身者もいる。
救わない方が問題なので、学徒兵が回るまでもなく解決に向かっていた。
すべてがそのように、理想的だったわけでもない。
だがとりあえず、大多数は何とかなりつつあった。
※
そのような状況で、一行はベルガー男爵領に着く。
レオナ・ベルガーの故郷であり、彼女の兄が統治する場所であった。
幸いにもこの領地の被害は軽微であった。
水や食料、装備などを補給できたぐらいである。
しかし問題が起きなかったわけではない。
レオナ・ベルガーが兄、ライオ・ベルガー男爵に残るよう言われたのである。
「レオナ。お前の噂は聞いている。寝起きのドラゴンを一撃で殺したらしいな? 正直お前のアビリティは使いにくいから、何の役にも立たないと思っていたが……使い捨てでもドラゴンを殺せる爆弾なら価値がある。学徒兵を抜けて、ここに残れ」
男爵からの熱い評価であった。これはこれで彼女の株が上がっていると言えなくもない。
メラニィがいない隙を狙って、馬車に兵糧を積んでいるところで声をかけてきたのである。
「男爵様!? ちょ、勘弁! ウチは使い捨てられたくないっての!」
「強くなっても生意気なこと言うのは変わってないな。俺は男爵で、お前はその妹だ。命令に従うのは当然だろう? そもそも英雄校に行かせたのも俺の判断だ、それを途中で切り替えただけのことだ」
彼女への命令を、同じ学徒兵たちも聞いていた。
酷いことを言われているとは思うのだが、貴族社会からすればおかしなことではない。
そもそも彼や彼の部下も、今回の戦いでは命の危険にさらされている。
領民たちも同様だ。
この状況で妹を呼び戻さない、というのはむしろ領民から怒られかねない。
そういう意味では、彼の判断は正しいと言える。
なので誰も文句を挟めなかった。
文句を言っているのはレオナだけである。
「だ、だいたいさ! この領地はもう安全じゃん! ウチがメラニィ様と一緒にいろんなところを救って回ったほうが、お家のためじゃない!?」
「そうだな、お前の言う事も一理ある。言い訳だが筋は通っているな」
「しょ、しょ、しょ!?」
「だがそれは検討済みだ。今回の黒の泉云々が一過性と決まったわけじゃない。また起きないとは限らないだろう。お前が方々で活躍してベルガー家の名が上がっても、領地が滅びては意味がない」
「ウチ一人が増えても意味なくね!?」
「最善を尽くすとはそういうことだ。ましてドラゴンを一撃で倒せる火力なら、切り札には十分だろう」
(慧眼だな~~。確かに俺の情報通りなら、今回の騒動が終わってからしばらくして、本格的な侵攻が始まる。そういう意味では、レオナを呼び戻しておくのは正しい……他の領地を回っている時に、他の奴らもそうやって回収されるかもなあ。まあ、それも想定の範囲内だが)
嫌悪感を抱くべきだと理解しているうえで、イレギュラはライオ・ベルガー男爵の判断を支持していた。
イレギュラ自身も、メラニィの部下であることより自分の故郷や家族の方が大事である。
いささか言い方が悪い……もうちょっと上手く口説くべきだとは思っていたが、基本的な行動原理は賞賛していた。
(とはいえ、レオナ相手にあの言い方は悪手だよな。お前は俺の命令を聞く立場であり、俺の命令は正しい。だから従え。なんて……そりゃ反発されるだろ。レオナもメラニィ様に泣きつけば何とかなる状況なんだから、もう少しこう……なんかこう、色々あるだろうに。若いから、そういう融通が利かねえんだろうなあ)
「イレギュラち~~~! お助け~~!」
傍観していたイレギュラだったが、レオナは泣きついてきた。
全力で抱き着き、女性的な部分を押し当てている。
「なんで俺に頼むんだよ! メラニィ様に頼れよ!」
「ウチらのリーダーはイレギュラちじゃん!」
「メラニィ様だよ!」
「なんだ、恋人か? いい婚約者を紹介してやるから、さっさと戻ってこい」
イレギュラはここで周囲を見た。
クナオルがものすごく睨んできているのはともかく、他の学徒兵たちも『助けてやれよ』という顔をしていた。
ここで見捨てたら、せっかくの好感度が台無しになりそうであった。
「……ごほん。私はイレギュラ・ブラッカーテ。しがない子爵の子にございます。男爵様の判断に口を挟むなど滅相もございません。むしろこの異常事態に、手元へ信頼できる戦力を残そうという慧眼……領主として当然の判断かと」
「分かっているようで安心だ」
「イレギュラち!」
「メラニィ様は拒否されるかもしれませんが、私の方からきちんと交渉の場を設けさせていただきます。ご安心ください、私からも口添えいたしますので」
イレギュラはあくまでもライオを肯定していた。
本人としても本音であったし、手続き上は仕方のないことである。
「……まあ、そうだな」
だが適当な理由をつけてこの領地に引き止めようとしていたライオからすれば、迷惑な手続きであった。
そして……。
「レオナは私の眼から見ても、素晴らしい魔法使いです。武名がここに轟いていることも含めて、手元に置くことは意義があるでしょう。きっと後々になって、この選択でよかったと思われるはず」
「……そうだな」
レオナを含めて、その場にいた全員がライオの反応の変化を見た。
イレギュラの言っていることは何もおかしくないのに、魅力が落ちたかのような反応だったのである。
実際。この後本当に、ライオはメラニィへ『妹を残していただきたいのです』と要請こそしたものの、メラニィが断った結果あっさり引き下がったのだった。
※
さて。
ベルガー領を出るまでの間、レオナはとてもそわそわしていた。
常にイレギュラのそばにいて、腕に捕まっていたのである。クナオルに睨まれていても、全然離れようとしなかった。
ようやく完全に出ると、長くため息をするほどであった。
これにはむしろ、イレギュラが不信に思うほどである。
「レオナ。お前そんなに領地が嫌いなのか?」
「嫌いじゃないって! でも自分の命の方が大事!」
「……そうか。じゃあしょうがないな。俺に文句を言う資格はないか」
イレギュラの一歩引いた姿勢の意味を、学徒兵たちは知っている。
ゆえにイレギュラの判断に誰もが『わかってるって!』と満足気であった。
「でもさあ、なんで男爵様はウチのことを諦めたんだろうね?」
「……俺が知っていると思うのか?」
「うん。絶対そうっしょ?」
「まあな」
イレギュラは社会とケンカをするような性格ではない。
社会のルールに沿う形でよい結果を出す男である。
今回の発言にも意味があった。
「レオナが寝起きのドラゴンを倒したって話は、ベルガー領にも届くほどの噂だ。そんなレオナが領地に戻ったら、周囲はどう思う? これならベルガー領は安心だって考える。だから今回と同じようなことがまた起きたら、ベルガー領へ救援を向かわせるのは後回しになる」
「なる~~!」
ああ、と、周囲の学徒兵も納得していた。
レオナは確かに強い。
レベルとランクの上昇によって、現在のメラニィ派閥でも最強火力と言っていい。
だがベルマやメラニィと違って、単独での取り回しは良くない。
当たればデカい最終兵器にはなっても、通常戦力としては使いにくいのだ。
イレギュラやベルマのメイドのように、彼女を活用できる他の者がいれば話は違うが、あいにくそれはないのだろう。
そのくせ、武名はある。
ベルガー領の上に当たる伯爵あたりが『あそこには強い魔法使いがいるから、他を優先していいだろう』と思うかもしれない。
それに加えて、メラニィが頼りにしている。
公爵令嬢の不興を買ってまでは欲しくなくなったという事だ。
「イレギュラ~~……やっぱり絶対、出世するよね!」
「子爵家の跡取りになれなかった男が出世するかよ」
「大出世するとかじゃなくてさ、子爵家出身の範囲での出世だよ! それでもウチには十分なんだって! これはもう、本当に恋人とか、第二夫人に立候補しちゃおうかな? 毎日好きな男装してあげるよ?」
「マジで!?」
食いつきがいいのが年頃の男子の証明であった。
人間味があふれて気持ち悪い。クナオルの機嫌が悪化した。
「ぐぬぬ……わ、悪いが、俺は、そのなんだ……出世が確約されてないから駄目だ!」
「じゃあ唾つけておこうかな~~。もしくは唾をつけられちゃう? 噛み痕、つける?」
「出世が確約してないから駄目だって言ってるだろ!」
(お前は絶対出世するよ……)
クナオルの視線がより強くなる中、学徒兵全員が実質的なレオナの嫁入りを確信していた。
イレギュラは有能だ。
スキルを使いこなしているし、頭もいい。
現在メラニィ派閥……つまり、公爵令嬢から覚えられていることも含めて、出世は確定だろう。
ポジションが後方であることも含めて、生存率も高い。
今回の騒動が決着し英雄校を卒業すれば、彼はルコード家の一部隊を任せられるかもしれない。
そうでなくとも、大貴族の元で働き、大いに活躍することは目に見えている。
(その場合は、俺も部下になりたいね)
(その場合は、私も部下に入りたいな)
アメルとベルマ、そしてメラニィ本人以外の学徒兵は、イレギュラが出世したなら彼の部下になりたいと思っていた。
部下を消費せず最高の結果を出せる上官。
先のライオが『マシ』な部類のこの世界では、貴重で上質な存在だろう。彼以上の隊長に巡り合える可能性はないに等しい。
(やっぱりついてきてよかった~~! 私もこのまま出世街道か~~!)
これはルテリア・クラッセルも同様である。
イレギュラにとって『仲間』である彼女は、もうすでに彼の部下に内定しているつもりだった。
細かい未来の想定はともかく、明るい未来が来ることは予想できていた。
いいところに就職して、いいお給料をもらって、仕送りやらお土産をもって里帰りやらができる。
きっと素敵な未来が待っているだろう。
「あ、あの~~クナオルさん?」
「なによ」
(敬語がなくなってる、怖い!)
手続きを踏むべく、不機嫌そうなクナオルに申請を出していた。
「イレギュラさんに話しかけていいですか?」
「許すわ。あの女を引きはがしなさい」
「オス……」
クナオルの許可と命令を受けて、ルテリアはイレギュラに話しかけた。
「あ、あのさあ! イレギュラさん! 私の故郷がこの近くにあるんだけど、みんなで一緒に顔を見せに行きたいの!」
「ん? 君の故郷はもう救われていたから、行く予定はないだろ」
「行く予定の土地の隣だからさ、ちょっと寄ってもいいじゃん!」
「いやいや、仕事だからさ」
「それなら、私とイレギュラさんだけでいいからさ!」
(コイツ、両親に紹介する気……なんて卑しい女!)
クナオルは許可を出したことを後悔していた。
ルテリアは無自覚なので、そのままぐいぐい行く。
「ちょっと顔を見せるだけでいいからさあ。お願い! というか、顔を見たいの! もう大丈夫らしいけど、襲撃されたからさ、安心したいんだ!」
「それなら俺が千里眼でそっちの方を見るから、それでいいだろ? ん~~……!?」
周囲に雰囲気の変化が変わるほど、イレギュラの眼が見開かれていた。
彼の視界、複数の偵察用ドローンがクラッセル領を観ている。
その光景は、コッカース領やテリァ領よりも酷かった。
「クラッセルの城が陥落している……モンスターが城を占領している。村も燃えている……!」
「……え?」
今まで明るい未来を描いていたルテリア・クラッセルの顔は曇り切っていた。




