運命を知る者たち
二つの領地を救うことに成功したメラニィ一行は、再び行軍の旅に出た。
救援を求めている各地に赴き、問題を解決するのである。
黒の泉という異常な無限湧きポイントを潰すという途方もない陣取り合戦に臨んでいた。
城にとどまっていたのは一時のこと、すでに野営の陣を張り、夕食に舌鼓を打っていた。
「私たちはだいたい野営をしていたから慣れているけど、ベルマ様とアメル様は野営を続けるなんて久しぶりじゃないかな。やっぱりつらい?」
野営中の粗末な食事をしているが、ルテリアは陽気に質問をしている。
焚火に照らされる彼女の顔は、とても充実している雰囲気だった。
「正直、あの城からは早く出たいと思っていた。なにせ『休日』以外は常に臨戦態勢だからな。周囲から賞賛されるのでしばらくは楽しかったが、慣れるとどうでもよくなってくる。ただただ疲れていくのだ……お前たちがいればどれだけよかったことか。改めて思う。変身アビリティで連戦などするものではない」
(ベルマ様はご自分で勝手に見栄を張っていただけでしょうに……)
(やっぱり後悔しているじゃないの)
ベルマは城での生活にトラウマを覚えつつあったようだ。
野営をしていること、自分以外の戦力が大勢いること。
この状況に安堵している。
「僕も同じようなものです……。本当にもう、イヤなことばっかりで……! そりゃあランクもアップしますよ!」
アメルもまた回復役を長期間こなすことに限界を覚えていた。
男爵領に優秀な回復魔法の使い手がたくさんいるわけもない。
彼は少ない同僚と苦楽を共にして、疲弊していたのだ。
城から出られて、安心しているのである。
「城にいるときに気付いたんですけど、僕達って基本的にケガをしないですよね。だから僕一人でも負担は軽かった……姫様に認められたいと思っている身で言うのもどうかと思いますけど、楽でありがたいです」
「そりゃそうでしょ。ウチらのリーダーは千里眼持ちなんだから。ずっとセンセー攻撃して勝ってるし、奇襲はされなくて、する側じゃん。ケガは少ないでしょ。だから大威力魔法しか使えないウチもここまで強くなれたんだし」
レオナはふと周囲を見る。
焚火の明るさに目が慣れているからこそ、夜の闇はより一層深く思えた。
普通なら怯えるだろう。
あの闇の奥には、モンスターがいるかもしれないのだから。
この、いるかもしれない、の数も質も高まっている。
今までは遭遇することもまれだった上位個体が、今や有象無象のように湧いてくる。
そんな群れに奇襲を受けたらどうなるか?
そんなことは、一方的に奇襲をする側だったメラニィ派閥だからこそ知っている。
同等か少し上の相手でも、奇襲が成功すれば一方的に打ち勝てるのだ。
そしてイレギュラの千里眼は、一晩中機能するらしい。
周囲にモンスターの群れがいないことを確認してから寝ていることもそうだが、夜に接近されれば速やかに教えてくれる……らしい。
少なくとも今日までの日々で、メラニィ派閥は夜襲されたことがないのだ。
これはモンスターが大量発生する以前の基準で考えても異常である。
「ソレですよ。僕やベルマ様が一晩で回復したことも含めて、イレギュラさんは絶対に何かやってますよね。あの時に何があったのか、僕たちなんにも覚えてないんです! アレ、絶対イレギュラさんがやってますよね! 僕たち仲間なんですから、そのあたりを教えてくれていいのに!! というか、僕に協力してくれてもいいのに!」
「ま、まあ、落ち着いてよアメル様。ウチらのリーダーは言うほど馬鹿じゃないってわかってるっしょ? いろいろ考えがあるんだって! 今もウチらのために、めんどい雑魚掃除を買って出てくれてるんだから!」
「それはわかってますよ! でも愚痴ぐらいいいじゃないですか!」
「はははは! よく言った、アメル! 私もそう思うぞ、本人に言ってやれ!」
イレギュラが何かをしていることは、彼の杜撰さによって明らかである。
それでも害悪ではないし、おいしいところを啜ろうともしていない。
イレギュラの思惑通りではあるのだろうが、彼への不信感は募りつつ、信頼関係は維持されていた。
※
一方そのころ。
夜の闇の中で、イレギュラはクナオルと共にモンスターの群れと対峙していた。
野営地の焚火の明かりが見えないほど遠くにある。
仮に……イレギュラが負けたとしても、クナオルが担いで逃げて『モンスターが来たぞ』と叫んで回れば対応が間に合う距離であった。
そのような間合いで、イレギュラが対峙しているのは、五本角のゴブリンの群れであった。
その数はニ十体ほどである。
「昔は『インディーズだからグラの幅が少ないなあ』とか思ってたが、今は感謝しているぜ。強化具合がすげえわかりやすい」
一方でイレギュラの展開しているユニットは、重装したエリート・アーミー。アーマード・エリート・アーミーが七体である。
文字通り重装備をしたエリート・アーミーであり、機動力がやや劣るという点を除けば最強の歩行ユニットと言っていいだろう。
己の三倍ほどの人数がいる五本角ゴブリンの群れに、アーマード・エリート・アーミーは果敢に突貫していく。
やはり恐るべき速さをしており、イレギュラの眼には止まらない。最強無敵の兵力に思えた。
しかし五本角ゴブリンの群れは、精強にして重武装なる人形兵士たちを迎え撃つ。
三倍の人数差を活かし、確実に削っていく。
そして恐るべきことに……七体の構築している前線を抜けて、一体のゴブリンが突っ込んできた。
角の無い通常ゴブリンですら倒せるか怪しいイレギュラにとって、どうにもならない状況である。
いや、凡人である彼は、一体のゴブリンが抜けてきたことに気付けたかも怪しかった。
「分かりやすいから、なんですか? それでは意味がないでしょう」
迎え撃つのはクナオル。
ランクアップを果たしたことにより、より一層の通常戦闘能力が向上した若き女戦士。
突っ込んでくる五本角ゴブリンを両手の刃で切り裂いていた。
「無茶言うなよ。俺は細かい戦術とかを考えるのが苦手なんだ」
「では何が得意なのですか?」
「そりゃあ、君への口説き文句を考えることかな?」
「下手だと認識してください」
「そりゃ残念……それならこれは下手なのかな?」
アーマード・エリート・アーミーによる前線は、時折の漏れを出しつつ崩壊していた。
重厚な盾と鎧で持ちこたえつつ、強力な剣で反撃するという質実剛健な戦術。
しかし倍以上の数がいる五本角相手には劣勢を強いられていた。
傷こそ負わせているものの、一体も倒せずに倒れていく。
命無き人形兵士は、自己判断に基づき換装する。
重装、換装、爆装。
グレネード・エリート・アーミー。
重装備が一瞬で投擲用爆発物へと変化する。
それでもゴブリンたちは一切構わず攻撃を仕掛け……想定通りに至近距離での大爆発を起こした。
「んん~~……効果薄、か」
必死の爆発に、イレギュラは眉を動かさない。
ただ爆発の中で立つ、敵の影を観ていた。
爆発は無意味でなかったが、わずかな時間が稼げただけだった。
爆発で吹き飛んだゴブリンたちは、出血しながらも立ち上がってくる。
クナオル一人でどうにかできる数ではない。
ましてイレギュラを守りながらでは。
「でも残念、もう時間切れだ」
イレギュラの影から、七体のエリート・アーミーが再生産される。
さらに影がまとわりつき、アーマード・エリート・アーミーへと換装される。
「ようやく、タワーディフェンスらしくなってきたじゃねえか」
イレギュラのユニット生産は、恐怖の魔法使いによるモンスター生産よりも圧倒的に早い。
コスト上限こそ決まっているが、その範囲内での『近距離戦』『短距離戦』では無類の強さを誇る。
いくら死んでもいい、その分増やせばいい。
イレギュラの求める理想通りに、ユニットたちは悲嘆せず走り出す。
五本角ゴブリンたちはボロボロになりながら迎撃する。
しかしすでに趨勢は決していた。
反撃によって何度かアーミーを倒すことができても、たったの40秒で再生産される。
彼らがイレギュラに達することはない。
哀れな襲撃者を見るイレギュラであったが、その眼は『背後』を観ていた。
「クナオル。後ろから三体回り込んでくる。対応してくれ」
イレギュラがそう言った直後であった。
後方で自爆偵察ドローンが、奇襲を仕掛けようとしていたゴブリンたちの後ろで爆発する。
その威力自体はそこまでではないが、イレギュラからは『うしろ』と聞いているだけのクナオルに場所を教えていた。
「承知しました」
わかりやすい指示に従って、クナオルは五本角ゴブリンに突貫する。
圧倒的スピードによって間合いを詰めて、爆発に戸惑う三体に切り込んでいった。
(さすが五本角……少し面倒ね!)
少々の反撃を受けつつも、クナオルは速やかに三体を排除していた。
痛いというよりも熱いという感覚。
体の一部が打撲によって内出血を起こしていた。
彼女はその部位に目をやると、もうすでに『光』によって部位が照らされていた。
治装
コスト1+1
処置偵察ドローン
微弱ながらも回復能力を持つドローンが、彼女の患部に魔法を浴びせていた。
もともとわずかだった痛みが急速に引いていく。
「ごめんごめん、少しケガをさせちゃったね。この程度ならすぐ治せるから、少し待ってね」
「ええ……ですが、女の体をじろじろ観察するのは良くないですよ」
「マジレスするとさ、神聖なる医療行為中にそれはないんじゃないの?」
「マジレスが何を意味するか分かりませんが、無許可で治すほどの緊急事態とは思えませんね」
話をしているイレギュラは、まだクナオルから離れていた。
今も彼はこの処置偵察ドローンの視界から、クナオルの患部を観つつ、遠隔で治療を行っている。
「んん~~。それからね、今の戦闘音を聞いて、少し遠くから夜間発光しているトロールが近づいてきている。ゴーレムの性能試験にしゃれ込もうじゃないか」
「お付き合いいたします」
メラニィ派閥周辺を複数のドローンが監視しており、その視界に入ったモンスターの場所を正確に把握していた。
今もアーマード・エリート・アーミーは戦闘を続けているが、その内勝つだろうと踏んで放置している。
殺しきったところで自壊させればいい、最後まで現場にいる必要がない。
(最近は人形兵士の性能が上がっていたから見れなかったけど、久しぶりね。坊ちゃんの本来の戦法、タワーディフェンス。私にはタワーディフェンスが何を意味するか分からないけど、思い上がるだけのことはある)
イレギュラは自分が最強だと思っていないし、自分の目的に達しているとも思っていない。
しかし万能感は持っている。
いざとなれば自分の手札を晒すだけで問題を解決、改善できると確信している。
今の段階で晒すのはリスクが伴うからやりたくないだけで、できないわけではない。
そしてもっと言えば、手札を晒すことなく問題を解決できる自信があるという事。
「どうしたの、クナオル。もしかして俺の雄姿に見とれちゃってる?」
「いえ……ただ、少し考え事を」
「戦闘中に?」
「はい。坊ちゃんは自分が千里眼を持っているとおっしゃっていますが……本物の千里眼の持ち主からすれば、羨ましいと思うでしょうね」
「……なんで」
「本物の千里眼では、見ることはできても手出しはできません。今、姫様の動きを千里眼の持ち主が見ているとしても……坊ちゃんのように介入できるわけではありませんから」
「あ~~、確かに。でもそんなに便利じゃないって」
イレギュラは視界を変えた。
主人公とその仲間たちが野営しているところが見える。
何事も起きていないが、仮に何かあったとしても手出しはできない。
何かをするのであれば、数日先を見通して動く必要があるだろう。
「ここからじゃあ、大した戦力は送れない。それに時間もかかる。俺は大したことないよ」
「……そうは思えませんね」
イレギュラとクナオルは、加速しているモンスターの強さを確認すべく、夜の闇を歩いていくのだった。
「まったく、その通りですよ。私は見えるだけで、手出しなどできませんから」
最高ランクの千里眼を持つ者。大公、アレス・ブルービアン。
両目を包帯で隠す彼は、自室で祈りながらイレギュラとクナオル。そしてフレイヤーたちを見守っていた。
見守ることしかできない己を呪いつつ、それでも無事を願っていた。




