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ドラゴンを倒した後で

更新を再開させていただきます。

 コッカース領が解放されたあと、城の中はささやかながらパーティーが催されていた。


 モンスターが倒され、人々は安堵し、歓喜していた。

 パーティーの内容は互いに水を飲み、素朴なパンを食べるという程度だったが、それでも誰も文句を言わなかった。


 メラニィ派閥に属する者やその侍従たちも、自分たちが戦って得た勝利に酔いしれている。

 今までは『準備』だったが、今回は『成果』だ。

 男爵の中でも抜きんでた女傑二名ですら手に余っていた問題を、自分たちが解決したのだ。

 苦労もしたからこそ、達成感が大きい。


 夕方から始まった宴は日が暗くなると終わる。


 シメはやはり、バーニエ・コッカースであった。


 彼女はすでに勝利に酔っていない。

 やはり男爵。彼女の顔は覚悟で緊張していた。


「まず、今回の異常事態を解決してくれた、メラニィ・ルコードとその仲間たちに感謝を」


 深刻な顔の一礼であった。

 恐縮してしまう、嬉しくない感謝であった。


「ついで……今回の異常事態で死んでいった領民や兵たちに、哀悼を」


 すでに夜であり、灯もまばら。

 だからこそ彼女の言葉は染み入っている。


「……終わった後でなら何とでも言える。後世に私の失政を知ったものは、訳知り顔でこう語るだろう。先人の警告を真に受けず、準備を怠った愚かな女だと。もっと兵力を上げていれば、独力で対処できたと。被害をなくせたと」


 バーニエは首を横に振った。

 残念そうな顔であった。


「無理だ。仮に私が今回の事件を察知していたとしても、装備を買うことや、多くの兵を育成すること。その余裕はなかった。私に……この男爵領にそんな余裕はない。私が断行しようとしても、周囲の者が反対する。それを押し込んでも君たちは重税や徴兵に反対しただろう」


 自分で失政したと語ったうえで、被害を無くすことはできなかったと語る。

 これにはメラニィ派閥に属する学徒兵たちだからこそ頷ける。

 下級貴族にそこまでの予算はないのだ。


「では、私はできる限りのことをしていたか? それは違う。私は練兵を怠っていた。できる範囲での最善を選ばなかった。それも事実だ。私は自分の強さに甘えて、兵を弱いままにしてしまった」


 情けないことだが、救われたあとだからこそ自省できた。

 彼女は自嘲しつつ言葉を続ける。


「犠牲は無くせなかった。だが兵が一人でも多く生き残れただろう。民だって一人でも多く生き残れただろう。その一人が、諸君ら一人一人の家族なら。その一人の命は軽くない。私は……『一人』を救えたんだ」


 今回の事件で多くの人が死に、多くの財産が失われた。

 だが『一人』の価値が軽いとは誰も思っていない。

 彼女の猛省は正しい。


「今回の異常事態が起きなかったとしても。私が病気だったら? 私がケガをしたら? 私が妊娠をしたら? 私が外へ仕事に行ったら? 私が別の仕事をしていたら? 私の対応が遅れたせいで、『一人』の犠牲があったかもしれない。それを想えば、伝説云々を抜きにしても……能天気だったと言わざるを得ない。これでは爵位を没収されたうえで、死刑という罰を与えられても文句は言えない」


 誰もが、メラニィ派閥の『雑兵』を見る。

 まったく優れていない者たちだ。

 レベルが高くランクも上がったが、同条件の者に負ける者たちだ。


 それでも彼らは役目を果たした。

 彼らが強くなっていなければ、今回の異常事態は解決できなかった。

 だろうとかかも知れないではない。無理だった。

 二体目のドラゴンがこの地を蹂躙し、さらに他の土地に進出していただろう。


 彼らと同じことが、自分の兵にもできたはずなのだ。


「兵の水準を上げることを怠った。兵の価値を軽く見た。私は領主失格だ……だが! それでも君たちはこの土地で生きていくのだろう!? 私は沙汰が下るまでの時間を、過ちを正すために使う! 復興もするが、兵も鍛える! 次の領主が来たときに、胸を張って引き継ぎができるようにしたいのだ!」


 自分が死刑になるかもしれない。その運命を受け入れたうえで、彼女は領地に尽くそうとしていた。

 それに対して民たちは……。


「バーニエ様! 貴方が間違えたってんなら、俺たちも間違えてました!」

「アンタが言った通りです! 『私がいないときのために強くなれ』って言われても、きっと甘えてサボってました! だからアンタだけが悪いんじゃない!」

「間違えたアタシたちは、それでも城の中で震えるしかなかった! アンタは頑張ってくれたじゃないか!」

「反省しているのは俺たちもです! 俺たちにもできることがある、って言ったのはバーニエ様じゃないですか! だから俺たちにも命じてください! 強くなれって!」

「戦うだけじゃない! もっと収穫量を上げて、豊かな土地にして見せます! 貧乏で兵を雇うカネもないなんて、アンタに頭を抱えさせない!」

「男爵が死刑になるってんなら! 俺たちだって一緒です! 貴方は一つ間違えただけで、いつも頑張ってくれてました!」


 彼女の失点を認めたうえで、他のことは頑張ってくれていたと叫ぶ。

 それは正しく愛された領主であった。


「そうか……ありがとう。バカな私だが、それでも、これからもついてきてくれ!」



 興奮冷めやらぬなか、学徒兵たちのほとんどは城下町の一角に集まっていた。

 彼らのほとんどは、さきほどのバーニエの演説の余韻に浸っている。


「いや~~……俺の実家がこうなって、あんな演説しようものなら、領民からぶっ殺されてるぜ」


 しみじみと酷いことを言う男子。

 それに頷く者は多い。


 バーニエも言っていたが、領民たちへの被害は甚大だ。

 自分の親兄弟が死んでいて、財産の多くが失われていた。


 非がなかったとしても領主に怒りが向くだろう。

 非を認めているのならなおさら怒るだろう。


 そうなっていないのは、彼女がなんとか頑張っていたことと、普段からちゃんとしていたということだ。

 備えが不十分だったのだろうが、それは予算を軍備に割いていなかっただけのこと。

 その分税金が安かったとか、他のことに予算を割いていたのだろう。

 横柄ではないし、私腹を肥やしていたわけではないのだ。


 そうだったのなら、確実に殺されている。


「ままままま。みんなその話はあとでネ。ちょっとここはウチの話を聞いてよ」


 皆をここに集めたレオナは、少し真剣な顔をしていた。


「実はウチ、バーニエ男爵とピット男爵から……イレギュラさんのことを聞かれたんだよね。モチ、索敵系アビリティを持ってるとか、ウチらを集めたのはイレギュラさんだとか、男装が好きだって教えたんだけどさあ……」

 

 彼女は真剣に後悔していた。


「もしかして、引き抜きじゃね? ウチ、大失敗じゃね?」


「そうだよ!」


 学徒兵たちは大いに慌てていた。

 イレギュラ・ブラッカーテが引き抜かれるという事態は、確かにあり得るからだ。


 自分たちが領主なら、絶対に欲しい人材である。


「めんごめんご~~……ウチらの自慢のリーダーじゃん。ついつい自慢したくなっちゃったんだよねえ」


「男装させるのが好きなのは言わなくてもいいでしょ!? そこに付け込まれて引き抜きされる流れじゃない!」


 泣きながら絶叫するのはメラニィであった。

 引き抜かれたら悲惨なので、とても動揺している。


「ねえルテリア、どうすればいいと思う!?」

「どうって……公爵令嬢パワーを使えばなんとかなるのでは?」

「色仕掛けされたらどうにもならないわよ!」


 イレギュラは社会とケンカするような気質ではない。

 仮にメラニィが結婚したいと言っても『面倒だからイヤ』と言うだろう。

 その点、相手が男爵ならそこまでおかしくはない。


 つまり美しい男爵が体を張れば、コロっといきかねないのだ。


「けどよぉ、このままメラニィ様の懐刀やってれば、ウハウハな金持ち生活だろ? いくら色仕掛けされたって、男爵家の婿とかになるか?」

「どれだけ優秀でも、子爵家の子息だぜ。上級貴族様のところに就職したら下に見られて嫌な気分だろ。その点ここなら……」

「男爵領は俺たち子爵家よりも金がねえが、そこはピット・テリァ男爵と合同で支えることで解決する気かもな。いや、もっと巻き込むか?」

「アイツ、マジで優秀だもんな。そりゃ俺たちの中から引き抜くならあいつだわな」

「アビリティの二つ持ちであるメラニィ様は公爵令嬢、ベルマ様は侯爵令嬢。回復魔法のアメル様は伯爵令息。声かけにくいもんな」


 学徒兵の誰もが『イレギュラを複数の男爵領と連合で雇用する、あるいは婿に迎える』という可能性を真剣に考えていた。


 彼こそはこのメラニィ派閥の頭脳だ。

 目や耳、鼻、脳髄や弁舌。

 すべて彼が担当し、上手く回している。


 この組織を作ったことも含めて、無くてはならない存在だろう。


「もしもイレギュラが引き抜かれたら……私の派閥は終わりよ! いえ、私的にはもう終わりでいいけども……多分お父様やお母様、お兄様はもっと頑張れって応援してくるわ! なぜなら、いままでがそうだったから!」


 メラニィとしては『ドラゴンを倒して男爵領を二つも救ったんだから引退でいいわよね』と考えている。

 だがこの報せを実家が聞けば『すごいじゃないか! これからの活躍も期待するぞ!』と言うに違いない。


「イヤならイヤと言えばいいだろう」

「私はベルマ(あなた)と違って見栄を張りたいのよ! 自慢の娘でいたいの! 頑張りたくはないけど、期待に応えたいのよ!」

(わかる)


 頑張りたくはないけど、期待に応えたいから頑張る。

 メラニィ派閥の学徒兵は心から同意した。


「こうなったからには、私たちも男装よ! アメルを含めて男子は女装! 数と若さで押し切るわ!」


「質が低かったら、また怒られないかなあ?」


「怒るのはクナオルだけだから問題ないでしょ!」


(公爵令嬢を怒るメイドってなんだ……)



 一方イレギュラは、クナオルと一緒に『自分用の部屋』でくつろいでいた。

 現在彼女はベッドの上で、自分の下着が見えるようにしつつ、男物の上着を着ていた。


「ところで。真の仲間は今のところ何人いますか?」

「ベルマとメイド二人。計三人だな」

「死線を潜り抜けておいて、真の仲間が三人だけというのはいかがかと思いますが」


 クナオルも少しは恥ずかしいらしい。

 その恥じらいにイレギュラはキマっていた。


「馬鹿を言うな。俺たちの最初の目的を思い出せ! 俺と君が幸せな結婚をして、毎年新しい子供を設けて騒がしくも楽しい暮らしをすることだ!」

「負担を考えろバカ」

「そのためにも、最悪の事態に備えて『いざとなった時に領地を守ってくれる人』がたくさん必要なんだ。それが真の仲間だ」

「それぐらいなら、今の時点でもお願いをすれば聞いてくださるのでは」

「聞いてくれるし、真剣な検討ぐらいはしてくれるだろうよ。だが自分の実家と天秤にかけて、俺たちの方を優先してくれると思うか? 最悪の事態ってことは、各々の実家もヤバいんだぞ? 自分の実家より俺たちの実家を優先してくれる奴なんて、ベルマとメイド二人ぐらいなもんだ」


 イレギュラはクナオルの次ぐらいには、実家や実家の領地を大事に思っている。

 記憶の通りに恐怖の魔法使いが復活したとしても、領地だけでも守りたいと考えて備えていた。


 だがそれは他の者も同じだろう。

 ある程度『実家なんてどうでもいい』と考える者もいるだろうが、そういう人間が『イレギュラの実家』を優先してくれるとは思えない。


 だからこそ、とりあえず候補者を多くそろえて、その中から条件に合う者に声をかけていくつもりだった。


「ぶっちゃけベルマは実家があんまり好きじゃないし、そもそも侯爵家なら彼女クラスの戦力も多い。俺たちがお願いをしたら『私がいなくても実家は平気だろうから、お前の領地を守ってやろう』と言ってくれるかもしれない」


 その意味で、ベルマは都合がよかった。

 もちろん現時点で彼女は『イレギュラの仲間になる』『辱めを受ける』という形で借りを返しているが……。

 イレギュラと同行することで彼女自身も実家を見返すという当初の目的を達成できているので、そこまで悪い気分にはなっていないだろう。


「坊ちゃんはずいぶん謙虚ですねえ。現在でも結構な発言力があると思うのですが」

「ない! 俺の発言力(・・・)なんて大したもんじゃない! 俺にあるのは発言権だけだ!」

(なんて力強い卑下……!)


 発言力。

 それは曖昧なものではなく、実際に存在しているものである。


「なんだかんだ言って、俺たちの中で一番発言力があるのはメラニィだ。アイツが『私の領地がピンチだからみんな助けに行こう!』と言ったら、誰も逆らえない! 俺もな!」

「それはなぜですか」

「金払ってるからだよ! 俺たちの装備を買っているのはメラニィであり、その実家だ! もちろんいい働きをしたら報酬も支払ってくれる! 就職先も斡旋してくれる! すさまじいパワーがあるだろう?」

「けっきょくカネですか」

「金出さない奴が『俺の話を聞け』という方が無茶だろ。組織で力を持つのは出資者であり大株主だ。より負担を背負っている者の声がでかいってのは、健全だと俺は思うがね」

「その割には、誰もが坊ちゃんの話を聞いているではありませんか」

「だからそれは、話を聞いている奴の気分がよくなる話をしているだけなの。アイツ等の気持ちに反する提案は聞いてくれないの」

「それはそうですね」


 発言力とは対立する意見を潰すものであり、優先度を引き上げるものだ。

 現在イレギュラは『目的達成のための安全な提案』をしているだけで『目的そのもの』を提案できるわけではないのだ。


「その理屈では、坊ちゃんが真の仲間を得るのは難しいのでは」

「何言ってるんだよ。現時点で俺はメラニィ派閥に入ってて、メラニィサマに『ドラゴン退治の英雄』の立場を献上してるんだぜ。俺だってその内発言力、地位とカネが手に入る。それに俺個人へ恩義を感じたり、価値を見出す奴も増えるだろうさ」

「気が長いのか、期待していないのか……どっちですか?」

「人が望んだとおりに動いてくれると思っていないだけだよ。撒き餌をすれば、一匹は釣れるさ」

(人助けを撒き餌と称し、それで仲間が集まると思っているのは貴方だけでしょうね。とはいえ……)


 クナオルのひいき目を抜きにしたとしても、『撒き餌』は十分撒かれている。

 だからこそ、ここから『二人』が現れたことも特に不思議なことではなかった。


「失礼する……おや、お楽しみだったようだな」

「噂通り、ずいぶんと特殊な趣味をしているのね」


 バーニエ・コッカースとピット・テリァ。

 ともに男爵である二人が、イレギュラとクナオルの部屋を訪れていた。

 クナオルは少しだけムッとした顔をしつつシーツにくるまっていた。


「お邪魔だったかな?」

「まあ正直……ですがお二人が忙しいことも承知しています。どのようなご用件でしょうか?」


 イレギュラは普通に仕切り直す。

 そんな彼の背中をクナオルはキックしていた。

 実に微笑ましい光景である。


 クナオルが一旦メイドの服を着たところで話が始まった。


「手短に言おう。この周辺一帯の男爵が連合する形で君を雇用したい。君にはそれだけの価値があると思っている」

「男爵であり、男爵領に収まらないと言われていた私たち二人をして、貴方は底の知れない男。事実上の支配者として置いても問題ないと思っておりますわ」


「ずいぶん買ってくださいますねえ……」


 クナオルは少し不安そうな顔をしていたが、言葉にはできなかった。


 理で考えれば、ここでイレギュラが頷くとは思えない。


 イレギュラは終末に備えて、ブラッカーテ領を守る戦力を求めている。


 この周辺の男爵を事実上の支配下に置くとしても、それは『この周辺を守るための戦力』だ。

 同時多発的に襲撃を受ければ、『この周辺』を守ることを優先せざるを得ない。


 それこそ、発言力である。自分の戦力ではなく、借りている戦力だ。

 ブラッカーテ領を守ることができない戦力など、イレギュラには意味がない。


「そのためなら、私たちは『女』を差し出すつもりだ。領民の前では『死刑になるかもしれない』とは言ったが、それは最悪の事態のことだ。ありえないとは言えないが、そこまで重くなることはないと思う。領民から支持を得ていることもあて、領主の任を解かれる程度で済むだろう」

「私も同じようなものですわ。ですので……貴方の望む趣味に付き合うこともやぶさかではありませんわ」


 イレギュラは『年頃のサル』でもある。

 面倒な性癖を抱えてもいる。


 それを叶えてくれる有力者が二人いる、というのは理に反してでも頷きかねない。

 あるいは、この二人との間に『結晶』ができて、この周辺も守る必要が出るかもしれない。


(普通にイヤね……)


 両男爵の気持ちはわかるが、普通に嫌だという感想しかなかった。


 そう、わかる。

 股を開いて悪趣味に付き合うだけで、領民が『一人』でも多く救えるのならそうするべきだ。


 ましてイレギュラの公表している(・・・・・・)アビリティは千里眼。

 今回も幾度となく現在の情報を集めてくれた、戦略能力である。


 単品としては無力だが、この場の二人という戦力が加われば話も違ってくる。


 さて、イレギュラは……。


「ええ!? 俺の趣味に付き合ってくださるんですか!?」

(やっぱり……サル)


 ものすごく嬉しそうな顔をしていた。


 やはり人間は下半身でも思考する生き物。

 多少無理があっても、欲と情があればなんとかなるのだ。


 一応擁護するのなら、複数の男爵領と契約を結ぶ形で雇用されるのなら、クナオルと家庭をもっても余裕のある暮らしができる。

 最低限の実益を出されているのだから、頷いても言い訳は立つ(終末への備えを除けば)。


「それじゃあ二人が攻守交替しながら道具を使って百合の花を咲かせているところを、かぶりつきでみれるってことか!? うう……いい……はあはあ……ヨシ!」


 イレギュラはしばしの間、脳内で理想の時間を描いていた。


 エア賢者時間に達した彼は、冷静に二人へ返事をする。


「どうもありがとうございます。とても嬉しい申し出でした。そうおっしゃっていただいただけでも満足です」


(なぜだろう、消費された気がする……)

(なぜかしら、肖像権とか、著作権とかが侵害された気がするわ)


 イレギュラは堅物であろう二人からそう言われただけでうれしかった。

 言われただけで満足するほどだった。


 満足したので二人の提案は却下される流れになった。


(コイツ最低だな……)


 願った通りの展開のはずだが、クナオルは普通に軽蔑した。



 イレギュラの部屋の前で、学徒兵たちは異性装をした状態で集まっていた。

 アメルの女装のクオリティが高すぎて何人かが『逆に意味がないんじゃないか?』と思うほどだった。

 そしてドアの前で、すでに話が始まっていたことに気付き、その内容を聞くことになった。


「卒業後でも構わないので、私を雇用したいという事ですが……お断りさせていただきます」


 何時ものように、自信たっぷりで、そして謙虚でもあった。


「確かにありがたい話ですが、だからこそ私は受けられません。この私がいい話を受ければ、メラニィ派閥の者たちは間違いなく私に不満や反感を覚えるでしょう。それは『イヤ』なんですよ」


 合理的ではなく、感情的にイヤ、という事がわかる発音であった。


「どう言い訳をしたところで、私は索敵係。危険から最も遠く、アメル様のように疲弊しているわけでもない。冷房の効いた部屋で賢し気に指示をしているような、本来なら『何様だ』と思われても仕方ない男です。発言権が認められなくても不思議ではない。にもかかわらず、メラニィ派閥の誰もが私の提案に従ってくれています。そんな彼らを、能動的に不快にさせたくないんですよ」


 部屋の中も部屋の外も、イレギュラの言葉を黙って聞いていた。


「他の誰かならともかく、私がいい話に食いつくわけにはいかないのです。そういうことなので、ご理解いただければ……」


「……貴殿は、そのなんだ。ああ、うん。わかった。そういう理由なら、断られても仕方ないな。今断るべきだな。だが、ああ~~……イイ男は売り切れている、というのは本当だな! くそ!」

「まったくですわ。この返しができる貴方だからこそ、価値が高まりますわね……! 大きな魚が、餌に食いつかず逃げていくというのは……本当に大きい魚だったと思い知らされて、屈辱ですわ……!」


 部屋の中では男爵二人が悔しがっている。


 部屋の外の者たちは、一様にイレギュラからの言葉を思い出していた。


 全員がイレギュラに口説き落とされた身だ。


 美辞麗句、事実陳列、セールストークにポジショントーク。

 うまい話があると言って乗せてきた。


 そんな男からの誠意が、裏打ちが、胸に染み入ってくる。


 俺は評価されていたのか。

 私は評価されていたのか。


 ちゃんと評価されて、尊敬されていたのか。


 彼の人生の道を決める一因になっていたのか。


 底知れない男の、底の、地金が見えた。


 改めて思う。この男についてきたことは間違いではなく、幸運であったと。

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― 新着の感想 ―
なんだかんだ言うことを聞いてくれる人は大切にしなきゃだしな…… 能力があって、大きな貢献もしていて……“それだけ”で人の上に立つのを当然と見たら破滅する
無断で部屋に侵入はないだろうから、声をかけたあとイレギュラが間髪入れずに入室を許可したんかな
イレギュラの優れたる所だよな。己を知り、立場を弁え、相手を立て、そして立てれた相手が立てられてると理解しながらも分かっていても許せる誠実さ。人間として優れてると言わざるを得ない。
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