勝った、生き残った、万歳。
イレギュラは兄を尊敬している。
なんのチートも持たないまま部下を育成し、自分を含めて11人も覚醒へ至らせた。
一時は『そうか、兄貴が本当の主人公なんだ。俺はそのサポート役なんだ』と本気で信じていたほどだ。
だがその兄が最も信じていた者が裏切ったことにより、兄は悲嘆してしまった。
その嘆きは正当であったが、だからこそイレギュラは悩んだ。
『他の奴に聞いても、兄貴は最善を尽くしていた。書き残した手紙にも兄貴への呪いはなかった。不満があったわけでもないのになんで裏切ったんだ?』
日本人の価値観によるものかと思ったが、この世界の住人も『裏切った奴が悪い』という認識だった。
ではなぜ裏切りは起きたのか? どうすれば防げたのか?
結論は『どれだけベストを尽くしても、十人のうち一人ぐらいは裏切ることがある』というものだった。
これは彼個人の感想ではなく、彼らの父や周囲も同じように考えていた。
この体験もあって、イレギュラのアビリティはより一層無機質になっていった。
さて。
イレギュラは生物の行動を完全に予測できるはずがないと割り切っている。
だからこそ今回のドラゴンの挙動も、予想の範囲内ではあった。
彼はすでに手を打っている。
※
三人の女傑が戦う姿を、イレギュラは遠くから見守っていた。
いくつもの偵察ドローンを上空に待機させており、何があってもドラゴンを見失わないようにしていたのだ。
彼の隣に立つクナオルは、その肉眼で遠くでの戦いを見ている。
覚醒を遂げた彼女をして遠すぎる領域の戦いに、手に汗を握っていた。
だがそれも、ドラゴンの挙動が変化したことで別の焦りに変わった。
「坊ちゃん! ドラゴンの動きが!」
「ああ……逃げる気だな」
イレギュラはメラニィにこう説明していた。
『戦闘中にドラゴンが黒の泉を自分で破壊してしまうかもしれません。そうなったら戦いを放棄して逃げ出すかも?』
『かといってベルマ様たちへそれを注意しても、逆に枷になるでしょう。私が保険として追跡の準備をしておきますので、それでご納得を』
この戦いの中でドラゴンは『レオナに攻撃されるかも』と考えるあまり苦戦した。
同様にベルマたちへ『黒の泉を誤って破壊しないように』と言っていれば事故率が上がって負けていたかもしれない。
そのような理由から、イレギュラはドラゴンと戦う者たちへ特に助言をしなかった。
「黒の泉は破壊されたのですか?」
「いや……健在な状態だが、それでもドラゴンが逃げているな。よっぽど痛い目を見たんだろうよ」
「不真面目な話ですね……所詮はトカゲか」
「おいおい、手に汗を握っていてそれはないだろう」
「私の汗は貴方の服で拭きますね」
「おいおいおい……どうせなら俺の顔に当ててくれよ」
「気持ち悪いですね」
イレギュラの眼には、傷だらけのドラゴンが映っている。
一気に上空へ飛翔し、なんとか遠くへ逃げようと飛んでいく弱り切った姿。
その飛行は極めて不安定で、高度は変わり続け、左右に蛇行している。
今にも墜落しそうであり、本当に放っておいても死にそうだった。
だが人里に落下する可能性もあるし、死ぬまでの間に暴れまわることもある。
そうなればメラニィやイレギュラにも非難が及ぶかもしれない。
早急に対処する必要があった。
「飛行ユニットレベル1。急装……高速偵察ドローン十五体! 追跡だ!」
急装
コスト1+1。
高速偵察ドローン。
上空で待機していたすべての偵察ドローンが、ジェット推進でドラゴンを追跡する。
攻撃力こそ皆無であるが、その速度はドラゴンに劣らぬほどであった。
「クナオル!」
「はいはい、わかりました。どうぞ。変なところに手を付けず、暴れないでくださいね」
「おう! そういうのは後でお楽しみだ!」
ランクアップしているクナオルが、イレギュラを背負って荒野を疾走する。
上空のドラゴンは雲にまぎれて見えなくなっているが、それでもイレギュラの案内によって見失うことはない。
「クナオル、俺は重いか?」
「レディにそういうことを聞くべきではないですよ。その言い方だと私がか弱い乙女ではないかの様ではないですか」
「そうだな、悪い。もう気遣いは止めておく!」
「気遣いの仕方を変えろと言っているんです」
身体強化は上昇値こそ変身に大きく劣るが、恒常的に向上するという強みがある。
しばらく走っても一気に疲労が襲い掛かってくるという事はない。
「それで、どこまで走ればいいのですか? 領地を跨げば厄介なことになりますよ?」
「それもそうか……一つを換装してみる!」
急装、換装、偽装。
コスト1+1。
誘導偵察ドローン。
十五体のドローンのうち一体が、一気に減速した。
影がドローンを覆い、その兵装を変化させる。
音、光、そして臭いを発するドローンへ変化していた。
「ドローンを偽装すれば、モンスターを誘導するドローンになる! 聞くだに強力そうだが、もちろんこれは絶対じゃない! これがありとあらゆる状態で有効なら俺は全然苦労しない! ぶっちゃけアテにならない! だが今のお前ならどうかな?」
周囲のモンスターを誘導する機能を持った誘導ドローン。
その誘導力は無敵ではない。
すでに別の行動で熱中している時には、それを途中で妨害することはできない。
たとえばゴブリンが人間に襲い掛かっている時にドローンで誘導しようとしても、人間に夢中で気づくこともないだろう。
ドラゴンにしても黒の泉を守る役目を負っている間は、目の前を飛んでも無視されるか叩き落されるだろう。
現在逃飛行中のドラゴンは、全身が麻痺と猛毒、呪詛に侵されていた。
そのような状態で『誘導』が耳に入る。
意識が混濁している状態であったため、ゆらゆらと揺れながら旋回し、誘導ドローンの元へ向かっていく。
追跡していた14体の高速追跡ドローンと、正面からぶつかる軌道に入っていた。
「換装! 自爆偵察ドローン!」
急装、換装、爆装。
コスト1+1。
自爆偵察ドローン。
高速移動能力から自爆機能へ変化した14体のドローンは、ドラゴンと交差する瞬間に爆発する。
その威力そのものはそこまでではないだろう。
しかしフラフラしながら飛行していたドラゴンにとって、まさしくラストストローとなる一押しであった。
ドラゴンはついに飛行できなくなり墜落していく。
コッカース領を脅かしていたドラゴンの最期は、地面に激突したことによる墜落死であった。
つい先ほどまで勇壮、孤高の強者であったはずのドラゴンは、無残な死にざまをさらしていた。
「んん~~~……これが俺の手柄なら、喜んで君に捧げるんだが」
「くたばり損ないにとどめを刺しただけでしょう。そんなものを誇らないでください」
「ああ、まったくだ。コレはただの墜死体ってことで……ゴーレムで核を切り抜いて、輸送ドローンで持ち帰るか。これで皆さん方も枕を高くして眠れるだろう」
イレギュラはこの世界で愛を知った。
なるほど愛とは尊いものだ。
自分以外の誰かにも愛する人がいて、守りたいものがあるのだろう。
だからこそ逆に、敬意をもって……『相手にも都合があるのだから、自分の命令に従うと限らない』と言える。
それを格好よく言えば『自分が友達に望んでいる通りに、友達には振る舞わねばならぬ』ということだ。
「……ところで坊ちゃん。貴方はまだ、未来が未確定とおっしゃりますか」
「まだ気になるのか?」
「私としては、ここで何もかも終わってほしいです。この手柄があれば、坊ちゃんも公爵家に雇っていただけるでしょう。子爵家の子息としては破格の大出世です」
「そこで終わってほしいと?」
「ここからさらに危険度が増すなんてイヤなだけです」
「なるほどお、俺に死んでほしくないってか?」
「貴方のそばにいる私も危険だという事ですよ」
目の前で巨大なドラゴンが、巨大なゴーレムによって解体されていく。
核がえぐられ、飛行型レベル2、輸送用ドローンによって空輸されていく。
「それなら俺の胸に飛び込んでおいで! 不安なんてふきとばしてやるさ!」
「こういう時も真面目になってください」
そのように機械的で猟奇的な光景の中で、イレギュラは両腕を大きく広げて捕球の体勢に入った。
クナオルはそれが気に入らないので……真横から彼に接近する。
密着した二人は、親愛を確かめ合っていた。
※
人間よりもはるかに大きく、光り輝くドラゴンの核。
イレギュラたちはコッカース城にそれを持ち帰った。人々は『どうやって持ち帰って来たんだろう』と思ったが聞くに聞けなかった。
この時にはドラゴン討伐部隊も帰還しており、取り逃がしたと思われるドラゴンが『途中で力尽きて墜落死した』と確認できて安堵していた。
空気が緩み、たわみ、動かなくなる。
城の中の人々も、核を見て言葉を失っていた。
そのような中で、公爵家の侍従たちが主を促す。
「お嬢様。勝鬨の時でございます」
「……え、ええ。そうね。まさか!? 私が勝鬨を上げるの!?」
メラニィはパニックを起こしながら周囲を見る。
本来ならバーニエが上げるべきだろうが、彼女はこちらに手柄を譲るつもりのようで微笑んでいた。
「い、イレギュラ! 私、どうしたらいい!? 勝鬨の方法を教えて!」
「修飾は不要ですから、普通に、勝った、生き残った、万歳。とかでよろしいかと」
「そんな適当な……ううう……こういう勉強もしたはずなのに、思いつかない……」
周囲は沈黙し、視線が集まっていく。
覚悟を決めて、メラニィは叫ぶ。
「勝ったわ!」
右手を上げて宣言する。
誰もがおお、と応じる。
「生き残ったわ!」
今度は左手を上げて宣言する。
やはり誰もが、おお、と叫んだ。
「ばんざ~~い!」
今度は両手を上げて、無我夢中に叫んだ。
両目は閉じて、恥ずかしさを抑えながらの叫びであった。
かわいらしい勝鬨であった。
多くの人々が笑いながら拍手を送る。
空気はいい意味でリラックスし、人々は笑い合った。
やがて、コッカースの城の住民が涙をこぼした。
勝った、生き残った、万歳。
ようやく実感が訪れた。
危機が去ったのだ。
もう城にこもらなくていいのだ。
誰もが拍手を止めて、大いに泣き始める。
せき止められていた涙があふれて、地面を濡らしていった。
ーーー本来の歴史でも、この世界は救われるはずだ。
だが彼らは救われないはずだった。
英雄の手が届かず、世を呪いながら死んでいくはずだった。
運命は変わった。
何もできずに死んでいくはずだったモブたちが救ったのだ。
「ルテリア。どうだい、君たちは武勲を上げられただろう」
「え、あ……」
「この手柄を公爵家に報告してもらえれば、お金持ちになれるね」
「それは、そうだけど……でも、それだけじゃない、かな」
男爵家や子爵家の出身者で構成される学徒兵は、泣き崩れる人々に故郷を重ねていた。
今日までのすべてが準備だというのなら、今のこれは結果である。
この結果のために準備をしてきたのだとしたら、それは……。
「私、頑張ってよかったよ」
ひとまず、そう言うのであった。
またしばらく書き溜めさせていただきます。




