頭がいいのも善し悪し
イレギュラは報告をした後、すぐにクナオルを連れて出発した。
確認をするための準備をしているらしい。
彼に対してメラニィは『何がそんなに不安なのか教えなさい』と聞いたところ素直に答えた。
メラニィは『……ありえないとは言えないわね』と受け入れて出発を許している。
それからほどなくして、ドラゴンと決戦する部隊が出発しようとしていた。
ピット・テリァは自分に同行してくれた侍女の前で、自慢の美しい髪を雑に切って渡す。
「もしも私が戻ってこなければ……手紙にも書いている通り、私はアメル・カンカール殿の治療により復調。そのうえでドラゴン退治に向かったのだと……テリァ領の者には伝えなさい。そして避難してくるコッカース領の者を、家族として迎えなさい」
バーニエ・コッカースもまた部下に命令をしていた。
「私が戻ってこなければ、メラニィ殿と共にテリァ領へ向かえ。ピットが言うように、話はもうつけてある」
今までメラニィたちが体験してきた『狩猟』とは違う、生還が保障されない『戦争』が始まろうとしている。
想定外の緊張感に、メラニィやルテリアたちは生唾を呑んでいた。
(ダメだ……正直に言って、変身アビリティに目覚めなくてよかったって思ってる……ドラゴンと戦わずに済んでよかったって思ってる……)
ドラゴン退治に行かない学徒兵たちは自分が弱いという幸運に感謝していた。
みじめだがそれが本音であり、だからこそ落ち込んでいる。
自分たちの卑小さと向き合い、死にたくなっていた。
死にたくないからこそ死にたくなっていたのだ。
それが表情に出ていたのだろう。
バーニエ・コッカースとピット・テリァはそろって……メラニィたち一人一人の手を取って回りだした。
その力はとても強い。
「私はつくづくバカだ。これから死にに行くというのに、肝心なことを伝え忘れていた」
「ええ。同感ですわ」
二人は一人一人と目を合わせながら礼を言う。
「ありがとう、救われた」
短い言葉に、人生のすべてが乗っていた。
あまりにも重いものだ。
家督を継いでいない学徒兵たちは、生まれて初めてその重さを知っていた。
「君たちが言うところの姫様、そして次期皇帝である皇太子殿。やんごとなき方々もまた戦ってくださっているだろう。きっとこの国を救ってくださるに違いない。だが……我等の領地を救ってくれたのは君たちだ! この国が救われるとしても、その前にこの領地が滅びたら意味なんてないんだ!」
「貴方たちが来てくれたからこそ、私たちは決戦に臨むことができる。これで死んだとしても、誰も呪うことなどないわ。私たちは希望を持って戦いに行けるのだもの。領主としてこんなに幸せなことはないわ」
現在の勇猛な女傑を見て、一行は忘れていた。
(そういえば二人とも、疲れ切って死にかけてたな……)
よく考えたら、自分たちが救援に来なかったら二人とも死んでいたのだ。
そう考えるとこの二人に対して感じていた『崇高さ』が薄れていた。
やはりそれを感じて、男爵二人は大笑いする。
「そう、その通りだ! 私もピットも、全く大した女ではない!」
「死んでも惜しくないバカ貴族が見栄を張るために突っ込んでいくだけだと笑ってちょうだいな!」
二人は心苦しかった。
自分たちの領民を救ってくれた英雄たちが、自分らを偉人のように見上げていることに耐えられなかった。
これでいい、コレで。
彼女らは一切憂いなく、最期になるかもしれない戦場へ赴くのであった。
※
太陽が昇り切り、下り始めたとき。
黒の泉を守るドラゴンは、ゆっくりと生産されてきた同種の完成を待っていた。
長い首を右に左に動かし、今か今かと待ちわびている。
餌や新しいおもちゃの開封をまつ子犬のようでもあり、あるいは子供の様でもあった。
しかしそれはこの周辺一帯の終末を意味する誕生の時でもあった。
恐るべき広大な荒野の、二体目のドラゴンが生誕するとき。
三人の女傑がテリトリーに踏み込んだ。
黒の泉を守っているドラゴンは、優れた知覚能力と頭脳によってその脅威を感じ取る。
この三人は見た目こそ常人と同じだが、その戦闘能力は自分を脅かしうる。
負けるかもしれないと感じたが、決死の覚悟はなかった。
あと数分以内に二体目のドラゴンが完成する。
二対三ならば勝敗は決定的だ。
生誕した同種の初勝利として記憶に残ることだろう。
あと数分、自分が敵を抑えればいい。
それで勝ちだ。
ドラゴンは地面に立つ小さな三人に集中していた。
「お前は強い。覚醒の予感があってなお、余裕で勝てるとは思えない。かなりきわどい戦いになるだろう。その眼光から察するに、さぞ知性も高いに違いない」
睨みつけられていることで、ベルマは作戦の成功を確信していた。
「だがそれが命取りだ。今の私たちは囮にすぎん」
ヒンシハとベルンシア。
ベルマのメイドであり、飛行のアビリティを持つ二人。
彼女らもまた籠城戦に参加し、レベルを大いに上げていた。
また、ベルマと同じタイミングできっかけを得ている。
その二人もまた覚醒し、飛行アビリティのランクが上がっていた。
二人が獲得した力は、運搬能力、馬力である。
もちろん機動力や最高高度も上がっているが、二人がそろえば人間一人を運べるほどの浮力を獲得している。
その二人が運んでいるのはレオナであった。
遠からず完成するであろうドラゴンの喉元に、彼女を輸送したのである。
「うわっ……もうすぐ完成する! 急がないとヤバくね!?」
「そう思うなら早くしなさい!」
「ここが一番肝心なのよ!」
「わかってるって! ウチに……任せなあ!」
ランクアップした大威力魔法が、完成間近のドラゴンの喉をえぐった。
竜の構造が動物と変わらない以上、喉元を大きくえぐれば大いに出血してしまう。
その直後に、二体目のドラゴンは完成する。
先ほどまで眠っているようだった眼に意思が宿り、そのすぐ後に命の灯が消えた。
間一髪。
二体目のドラゴンは、産声を発するより先に死んでいた。
!!!!!
何事だ。
ドラゴンは振り向いて確認しようとする。
彼が見た物は倒れていく同胞の肉体と、遠くへ逃げていく小さな影であった。
ドラゴンは自分の失態に気付いた。自分は囮に釣られてしまったのだ。
そしてその小さな影を追おうにも、目の前の三人は相変わらず立っている。
「お前の仲間は生み出されなかったが、お前が守らなければならない黒の泉は健在なままだ。いくら憎くとも、ヒンシハとベルンシア、レオナを追うことはできないだろう。まったく……防衛戦を一人でやるのは大変だな」
さんざん苦労させられた嫌味を込めて、ベルマは挑発する。
本当に、この場の三人は苦労していた。
何もかもコイツが悪いのだと思うと、闘志がみなぎってくる。
こいつを思いっきり攻撃できる権利を得られるというだけで、この戦いに臨む理由になる。
「だが容赦はしない。お前はここで、確実に殺す!」
三人の女傑は同時に変身する。
ガキン。
鉄の錠が外れる音がする。
三人の体が同時に発光した。
変身と同時に覚醒が始まったのである。
「これが新しい私たちの姿だ、冥途の土産によく見ておけ」
覚醒したことにより、三人の姿はより一層、人間から外れていく。
だがその一方で、それぞれの姿は開放的に、より自由に見えた。
本来なら自分の人生が上手く行かないことへの不満から、自らを縛るような形態になっていたはずだ。
だが今の彼女らは、心のままに戦う、やりたいことのために戦えるという開放感がある。
呪いの爪をもつ魔人ベルマ。
麻痺の花を咲かせる木人バーニエ。
そして毒の牙を持つ蛇人ピット。
ランクアップを遂げた三人は、強大なドラゴンを相手に、余裕の顔で見上げていた。
!!!!
ドラゴンは同種を殺された怒りに呑まれつつ、しかし三人に向けていた。
大きく息を吸い込み、大量の火炎を放出する。
並の身体強化持ちを一瞬で焼き殺す、広範囲への炎攻撃であった。
だがそれを、三人は超高速で散開することで回避する。
「さすがは真のドラゴン。レッサードラゴンなどとは格が違うな。だがいきなり火を噴いたところで当たると思うか?」
ベルマは俊敏に動きながらドラゴンに接近する。
両手の爪で切り裂き、呪いを浴びせるつもりであった。
(くくく……以前にレッサードラゴンと戦った時は、爪が通らなかったな……)
ほんの二カ月ほど前のことであるのに、彼女にとっては遠い過去に思える。
それだけ過去の自分より遠くに、高みに達したという自覚があった。
「さて、この爪。お前の体に効くかどうか……実証といこうか!」
ーーー実のところ、ベルマの変身した魔人は、純粋にボスキラーというわけではない。
高い防御力を持つ相手には爪が通らず、呪いも与えられないためだ。
本来なら大威力魔法などで鱗をはいでからでなければ、攻撃を通すことはできないはず。
しかし彼女の爪は……しっかりと、ドラゴンの鱗を切り裂き、呪詛を通していた。
「……私は、成長したらしい」
できる、という確信があった。実際にできた。
だからこそ彼女は口角が上がる。
かつての彼女は自分の不遇により、世界のすべてを呪っていた。おそらくそのままなら、周囲に呪いをまき散らす方向で進化したのだろう。
今の彼女は見栄を張るのをやめて、父と兄にだけ呪いを向けるようになった。その精神性が反映された結果、呪いの効果が一点へ集中されるようになったのである。
強固な鱗をぶち抜き、そのまま呪うボスキラーへと進化したのだ。
「成長したからこそ、今の一撃で倒せていないことも把握している。お前の反撃など当たらん」
巨体に呪詛が染み込み、ドラゴンに激痛を与える。
痛みからドラゴンは反撃するが、ベルマはしっかりと回避した。
「このまま全身に呪いを流し込み続ける。お前がいくら大きくとも、動きは鈍くなるはずだ!」
「そしてそれは……」
「私たちも同じことですわ!」
バーニエは大量の蔓を伸ばしドラゴンの動きを封じ込めながら、黄色い花粉を噴霧する。
いかに強固な鱗を持つとしても生身のモンスター。強力な麻痺効果のある花粉を顔に浴びれば動きが鈍るだろう。
ドラゴンと同様に鱗でおおわれた体を持つピットは、花粉に当たらないよう気を付けながら、肘や膝に生えた毒牙を突き刺していく。
彼女の猛毒もドラゴンの血流に乗って、全身を蝕んでいくだろう。
!!!!
ドラゴンはのたうち回り、火を噴き、暴れる。
あまりにも粗雑な抵抗だが、相手が『並の人間』なら潰せるであろう荒々しい猛攻だ。
それは三人にも当たる。
潰され、吹き飛び、焼かれる。
恐るべき質量差により、三人には大ダメージが発生している。
トロールの攻撃が直撃しても余裕であろう三人でも、真っ向から殴り合えばなす術もなく負けるだろう。
相手は自分より強い。
強者として生まれ、さらに覚醒を果たした三人は、現実をかみしめる。
土まみれになり、激痛を味わう。
それでも勝利を確信して笑っていた。
「ドラゴンは強いなあ。二対三なら絶対に勝てなかっただろう。だが一対三なら勝てるぞ、文字通り死んでも勝てる」
「呪詛、麻痺、猛毒。それはお前の体を確実に蝕む。私たちを殺したところで、戦いが終わった後のお前に命があるとは思えんな」
「強者に生まれ、弱者に陥れられ、確実に負ける戦いを強いられるのは、どんな気分ですの? 私たちと同じなら溜飲が下がりますわ」
変身は使用者を一時的に強化する。
身体強化のように恒常的ではないが、その分強化値は身体強化よりも大きい。
特殊能力の獲得に加えて、身体強化同様に攻撃力防御力スピードが上がる。
格上が相手でも攻撃を通すことができ、ある程度だが防御や回避ができる。
自分より強い相手でも普通に戦える。事故で一撃で死ぬという事が起きない。
まして純粋に変身持ち三人での戦い。
誰かをかばうとか守るとか、防衛線を意識する必要がない。
黒の泉を守るドラゴンを相手に戦うだけでいい。
この状況だからこそ三人は、気楽に笑っていた。
……!!!
ドラゴンは己の不利劣勢に息を呑んだ。
なまじ高い知性を持っているからこそ、現状を理解してしまっていた。
まず、勝てない。このまま三人と戦えば、複合の状態異常によって死ぬ。
ならばせめてこの三人を殺したいところだが、それすらも怪しい。
……!!!
ドラゴンは時折、周囲を見渡す。
三人から視線を逸らし、何かを警戒している。
「余裕か? 違うな……レオナが怖いのだろう。頭がいいのも善し悪しだな、来るはずのない相手を警戒して、私たちへの集中がおろそかになっている」
ドラゴンは高い知性を持っている。
だからこそ先ほど、ただのクリティカルヒット一発で同種を殺したレオナを忘れていない。
一瞬で視界の外まで逃げたのだから、視界外から一気に接近して攻撃してくる可能性がある。
それは先ほど実演されただけに、警戒しなければならないことだ。
実際には、レオナたち三人は逃げていて、戻ってくることはない。
作戦を提案したイレギュラが『戦いが始まる前に当てて逃げろ』『殺し損ねたとしても余計なことをするな』と言っていたし、ベルマのメイドたちはともかくレオナは警戒されると知って接近しないだろう。
だがドラゴンはそんなことなど知らないし、知っていたとしても警戒せざるを得ない。
ドラゴンは強大だが、勇者のように即死攻撃を割り切れるわけではないのだ。
バーニエは失笑する。
ただでさえ勝利が確定していたのに、この要素が加われば生還できるも同然ではないか。
「これも彼の計算のうちか? ここまでお膳立てされては、死を覚悟するのも恥ずかしい。生きて帰らねば名誉は守れないぞ」
「同感ですわ。勝つのは当然として、三人で帰るとしましょう!」
ドラゴンは高い知性を持っている。
だからこそ詰みを意識した。
自分を一撃で殺しうる大威力魔法を警戒しつつ、自分と戦うことができる変身持ち三人を相手取る。
それも、たった一体で。
全身が激痛や倦怠感に襲われている。
だからこそ攻撃されることを嫌がり、及び腰になり、攻め手が減る。
結果、相手の攻撃が増す。
悪循環である。
……!!!!
戦闘が続く。
双方共にダメージが蓄積していく。
スマートから程遠い泥仕合だ。
だがだからこそ、一旦傾いた天秤が逆方向に動くことはない。
ゆっくりと確実にゴールが近づいてくる。
ドラゴンは焦っていた。
相手にも限界はある。このまま戦えば疲れて変身が維持できなくなる。
だがそれよりも先に自分が死ぬのでは? いや、確実にそうなる。
そうなったら最悪だ。黒の泉を守れないだけではなく、目の前の相手も殺せないなんて耐えられない。
イヤ、なにより……。
死にたくない!
ドラゴンは今までと異なる行動をとった。
ブレスではなく、ただ大きな声を発して大気を揺らしたのである。
三人はその直撃を受けながらも踏ん張った。
この程度なら耐えられる。
相手が新しい動きをしても自分たちなら対応できる。
相手が嫌がるのは、普通に戦う事。
無理に攻め急いでも、かえって与えられるダメージが減るだけだ。
一つの大前提が守られていると信じている彼女らは、相手の広範囲攻撃に対して防御を選択した。
もちろんそうなれば、どうしても体の動きがしばらく封じられる。
その瞬間に、ドラゴンは『変身』をする。
背中が脱皮でもするかのように震えた。
体内に格納されていた、飛翔のための翼が展開されたのである。
なるほど、飛ぶ気か。
それでも三人は焦らない。
相手は黒の泉を守らなければならないのだ。
ならば飛ぶとしても逃げることはない。
必ず降りて戻ってくる。
だからこそしっかりと、盤石な勝利を目指す。
だから勝負に焦らなかった。
しかしそれも善し悪しであった。
ドラゴンは台風のような大風を起こしながら飛翔し……そのまま遠くへ飛んでいったのである。
「……は?」
ここにきて、ベルマは呆然とした。
逃げること自体は悪手ではない。変身アビリティに対して逃げられるのならそれは正しい手だ。
だが相手はこの黒の泉を守らなければならないはずだったのでは? だから今までドラゴンはここを動かなかったのでは?
三人は慌てて、黒の泉を見る。
モンスターを出してはいないが、まだしっかりとそこにあった。
であれば……。
「死ぬのが怖くなって逃げた、ということかしら?」
「だとしたら不味いぞ! 私たちが散々痛めつけたからいずれ死ぬだろうが、それでも暴れればとんでもない被害が出る! なんとしても追いかけなくては!」
ボロボロになっているバーニエは追撃を提案するが、ベルマは首を横に振る。
「無理だ。私たちもあと数分しか変身を維持できない。今から探して倒すのは不可能だ……」
人間たちはモンスターの行動原理が絶対的だと勘違いしていた。
劣勢になったら逃げる。そんな人間的な行動をするとは考えていなかったのだ。
ただ一人を除いては。
「ベルマ殿、ずいぶん余裕だが……なにかアテがあるのか!?」
「せめて追跡して、どこに向かうか調べなければ、とんでもないことになってよ!?」
ベルマは改めて理解した。
自分は成長したが、あの男にはまだまだ及ばないと。
「必要はない。もうすでに……イレギュラ殿が追跡しているだろう」
まったく。
準備があれば勇気はいらないらしい。




