追加
生前の彼は現実と空想の区別ができているオタクだった。
この可愛くて強いキャラクターは、なぜ自分の指示に従うのだろう。
誰かがキャラクター設定を作って、誰か絵を描いているからだ。誰かが文章を書いていて、それを声優が読んでいるからだ。
実際には誰も、自分の指示に従ってなどいない。
実際にこの人物が存在したとして、自分の指示に従ってくれるだろうか。
自分が相手の立場ならまず従うことはない。
ならば自分はどんな人物に従う、どう言われたら従う?
『自分が友達に望んでいる通りに、友達には振る舞わねばならぬ』
イレギュラは人を集める前から手を尽くし、結果としてうまく集団を形成している。
これは見方を変えると、『ここまでしないと人を動かせない』と知っている証拠でもある。
※
コッカース城の本丸内にある部屋で、クナオルは目を覚ました。
狭く、家具も粗末なものがあるだけ。お世辞にもいい部屋とは言えないが、この部屋にいるのが自分とイレギュラだけだというのはいいところだ。
現在この城は多くの民が集まり籠城中である。一つの部屋に複数の家族がすし詰め状態になっていることも珍しくないので、相対的にマシだろう。
そのような部屋の中で、クナオルは少し寒い格好をしていた。
きゅっとかけていた毛布を抱き寄せると、体温の残りが薄いことに気付く。
空気の読めない奴だ。
イライラしながら、毛布を羽織りつつ文句を言う。
「おはようございます。朝早くから出ているなんて、とても健康的ですね。従者として安心できます」
イレギュラはすでに起きており、ベッドに腰かけている。
背中を向けていることもあってマイナス点が高い。
「私があいさつをしているんですから、返事をしたらどうですか」
「……あのさ、クナオル。ちょっとまずいことになった」
「おはようございますより優先されることがあるんですか?」
「ドラゴンが二体に増えそう」
「……」
「……」
「それは、おはようございますより大事な報告ですね。これは皆様にすぐお伝えするべきかと。私の今の気持ちは、一人だと抱えきれませんから」
「それは遠回しに、聞きたくなかったってことでいいかな?」
「そんなことなど考えていませんよ。結果論ですが、坊ちゃんがとっととぶっ殺していればなあ、とは思います」
「人生にはパスワードもセーブポイントも蘇生もないからさあ。慎重にやる必要があるんだよね。あとで積極的になっておけばなあっていうのは、そういうケースもあるってだけだから」
「言い訳は皆様にしてください」
※
レッサーではない、巨大なドラゴン。
その鱗は力強く硬質で、爪や牙は気品がありつつ重厚。巨体は威風を持っているが、寝そべっている今は弛緩しきっている。
黒の泉を守るドラゴンは、まさに王者の風格を持っていた。
その周囲に雑兵たるゴブリンはいない。いたとしてもドラゴンが戦いだせば巻き添えで死ぬだろう。
強者ゆえに余裕で孤高。
何人も脅かすことのできないモンスターが座するゆえに、この黒の泉は他と違って常にモンスターを生産し続けていた。
だが。
幾度となくモンスターを生産しても、一つの領土も征服できていない。
人間はドラゴンに勝てないと諦めつつ、辛抱強く領土を維持していたのだ。
ドラゴンはそれに気づいていなかったが、まどろみの中で恐怖の魔法使いは苛立った。
本当ならばこの土地の人間はとっくに根絶できているはずなのだ。
そのような苛立ちが黒の泉に届いたのだろう。
黒の泉を守っていたドラゴンは、そこから自分と同じ気配が生まれつつあることを悟っていた。
なるほど、ドラゴンである己に手を出せない人間たちである。
同じドラゴンを向かわせれば今度こそ殲滅できるだろう。
トロールと違って知恵のあるドラゴンは、いよいよ訪れる創造主の望む未来を想像して口角を上げていた。
※
イレギュラが本丸の大広間に来た時。
そこは騒ぎになっていた。
ベルマ・マードン、バーニエ・コッカース、ピット・テリァ、アメル・カンカールが見事に快復していたのである。
四人はそれぞれ自分の快復に戸惑いつつ、ちょっと別の雰囲気になっているが、それはそれとして元気そうだ。
特にピット・テリァなど白く細くなっていた髪が、すっかり赤い色と艶を取り戻していた。
これには侍女たちも大喜びである。
とはいえ、やはり、どう見ても異常事態であった。
(なんでアメルまで戻ってる? あとなんでみんな微妙に気まずい雰囲気なんだ? やっぱりアイツ、イレギュラがなにかやったのか?)
治すように強弁していたイレギュラがどう考えても怪しいので、全員の視線が彼に集中する。
彼は気持ちが顔に出やすく、しかもその自覚がないので、何かしていればわかるはずだった。
「ええ~~、お喜びのところ申し訳ありません。皆さんに悪いニュースをお届けに上がりました」
(なにがあった!? ニュースってなに!?)
ものすごく顔を引きつらせていた。
よほど悪いことがあったと思われる。
「私は千里眼でこの領地にある黒の泉を観ていたのですが……今朝になって、その……黒の泉から、ドラゴンの出現が始まっています」
思った以上に悪いニュースだった。
全員の空気が凍り付き、イレギュラの言葉を待っている。
「黒の泉を守っているドラゴンと同じ種類のドラゴンが、すでに頭を出しています。遅くとも明日の昼には完全に出現するでしょう。それまでに対処しなければ、二体のドラゴンを相手にすることになるかと……」
「そ、そう。それは、『悪いニュース』ね。なにかこう、『いいニュース』はない? 姫様がこっちに向かっているとか、そういう戦力の補充が見込めるニュースが欲しいわ」
「一つだけあります。ご存じの通り、黒の泉は『一度に一体しか出せない』というルールがあります。よって現在黒の泉にいるまともなモンスターはドラゴン一体のみ。今から三人に突っ込んでもらえれば、出現には間に合うかと」
「その程度なのね……」
今までイレギュラは、準備があれば勇気はいらないと言ってきた。
それは今回も同様で、ドラゴンを倒すに十分な戦力を用意しようとしていた。
だが今朝になって準備が足りない可能性が出てきた。
メラニィもそうだが、全員の雰囲気は最悪になっていく。
「ねえ、イレギュラ。貴方はずっと、準備があれば勇気はいらないと言ってきたわね。それじゃあこの状況は、勇気が必要なのかしら。私のせいでベルマや両男爵が死んでしまうのかしら。それってとっても……怖いわ」
ドラゴンと戦うのは怖い。
これを克服するには、ドラゴン以上の戦力を用意するしかない。
それはした。
だがまた足りなくなった。
怖い。
自分の責任で知っている人間、それも重要な人間が死ぬのは怖い。
両男爵は領民から支持されている。
そんな男爵が自分のせいで死んだらと思うと……。
「メラニィ様……あえて申し上げます」
イレギュラはメラニィに近づき、しっかりと言った。
「変身持ちが三人は必要と言ったのは誰ですか?」
「え、バーニエ・コッカース男爵だけど?」
「ドラゴンがいるのはどこですか」
「コッカース領だけど?」
「それなら! これはバーニエ・コッカース様の責任です! 貴方は何も悪くない!」
「ぷふ、ははははははは!」
「おほほほほほ!」
バーニエとピットは大笑いした。
何が面白いのかと言えば、当然のことを大真面目に言っていることだ。
「まったくその通りだ! 本当に、私はバカだな! いい加減、頭が回っていないとかそういう言い訳を止めるべきだ! うん! メラニィ殿! 君は何も悪くない! この作戦を提案したのは私だし、ここは私の領地だ! 失敗して人が死ねば全部私のせいだ!」
「安心なさい! 成功すれば貴方の武名が上がり、失敗すれば私とバーニエが悪いという事になりますわ! 責任とはそういうものですもの!」
二人の大人は安心させるように笑う。
その一方で、ベルマは真顔でメラニィに言った。
「メラニィ様。私もイレギュラ殿の言う『準備があれば勇気はいらない』を否定する気は無い。だが私には勇気もあるつもりだ。できる限りの準備をしてくれたのだから、全力で勝ちに行くつもりだ。メラニィ様はその背中を押すだけでいい」
「本当に平気なの?」
「ああ。私は共食いマードンの割を食った娘として、大いに愚痴を言うという野望がある。ドラゴンを殺した英雄になれば、私の愚痴を真剣に聞いてくれる者も増えるだろう。だからやりたいのだ」
「私も……まあ、正直、両親にいろいろ言いたいわ。でもそれは貴方と違って、私が悪いもの。でも、それでも……言いたい気持ちはわかる。真剣に受け止めてほしい気持ちもね」
『自分が友達に望んでいる通りに、友達には振る舞わねばならぬ』
メラニィは決断した。
「イレギュラ。私たちはバーニエ・コッカース男爵の責任の下、彼女の考えた作戦の通りに動くわ。でも……成功率を上げる提案はある?」
「一つだけ……大いに成功率を上げる作戦があります」
イレギュラは提案を始める。
(本当は二つだがな……! この戦い、絶対に勝つ!)
絶対に負けられないとは意気込みではなく、負けないように準備を尽くすこと。
イレギュラにとって初めての戦いは本番を迎えようとしていた。




