餌にならない者
テリァ領を占領しているモンスター。
黒の泉を拠点としているのだが、そこを守るのは縞模様のトロールであった。
イレギュラたちは今まで何度も縞模様のトロールを倒しているが、それはランクアップしたベルマがいたからこそ。
身体強化のアビリティしか持たない『雑兵』の攻撃では歯が立たない相手だ。
その上縞模様のトロールの周囲には、百にも及びそうな三本角ゴブリンが群れを成している。
通常のゴブリンや角付きのゴブリンの上位個体であり、やはり雑兵では手間取る相手だ。
黒の泉がある場所も開けた草原であり、高低差や川などの『地形』は特にない。
この拠点を破壊するには、この群れ以上の武力をもって征するしかないのだ。
そのような拠点であると知ったうえで、二十人ほどの道化めいた鎧を着ている集団が接近してきた。
縞模様のトロールは雄々しく叫び、三本角ゴブリンたちをけしかける。
三本角ゴブリンたちはまずもって、雑兵たちを包囲し殲滅しようとする。
兵法家である孫氏も、自軍の数が多いのなら包囲したり挟むのが定石と言っている。
野生動物程度の知恵であるが、最善の策ではあった。
だがこの作戦は、相手と自分の個体の差が『同じ生き物』の範疇に収まっていて初めて成立する。
雑兵十人で精兵十人を包囲すれば勝てるだろうが、子供と大人以上の戦力差がある状態で包囲をしても機能しないのだ。
「ランクアップした俺たちの強さを見せてやれ!」
「アビリティが増えなかったのは残念だけど、これはこれで……ううん、十分強い!」
「コレで私たちも天才の仲間入りだああ!」
道化の戦士たちは一人一人が『普通の意味』で強かった。
三本角ゴブリンたちも攻撃していて、ちゃんと当てている。
だがそれでも優れた装備と本人たちの頑丈さによって防がれている。
対して道化の戦士たちの攻撃は、一回でゴブリンたちを殺している。
槍が、斧が、剣が。ゴブリンの体を貫き、砕き、切り裂いている。
目立った展開など皆無。
包囲という有利な布陣が力任せに破られるだけであった。
これを見て、トロールは歩き出した。
仲間を殺されたことへの怒りではなく、自分が対処しなければならないという使命感からくる行動である。
一歩一歩確実に、二十人からなる人間の部隊に接近していった。
これに対して人間たちはニヤニヤと笑っている。
悠々と、数分間、トロールが接近してくるのを見守っていた。
トロールはこれに対して反応をしなかった。
黒の泉を脅かすものを倒す、それしか考えていないのだ。
相手が勝算を持っているとしても、そのようにしか行動できないことは悲しいのかもしれない。
「行こう、みんな! 今度はこっちが包囲する番だよ!」
縞模様のトロールを、学徒兵たちは包囲した。
トロールは構わずに真正面の学徒兵を攻撃しようとする。
強大な腕の振り下ろし、当たれば死ぬという迫力がある。今までの彼らなら緊張で動けなくなるところだ。
だが今の彼らは誰一人怯えない。
何度も倒した相手であり、防御すれば耐えられる攻撃であり、回避できる状況だ。なぜ怯える必要があるのか。
学徒兵たちは冷や汗をかきながらも回避する。
「一対一なら絶対勝てないよね……だから私たちは、絶対に、一対一で戦わない!」
準備があれば勇気はいらない。
この怪物と一対一で戦うことになれば、どれだけ勇気が必要だろう。
だが仲間と一緒に戦えるよう準備をしているのなら勇気はいらない。
へまをしたらカバーしてもらえる、一撃で倒さないと後がないとか考えなくていい。
絶対に勝てるのなら勇気など必要であるわけがない。
ルテリアは卑怯もへったくれもなく、背後から槍で刺した。
今までの自分なら刺さるといっても画鋲が刺さる程度であっただろう、分厚い皮膚にちゃんと突き刺さった。
それだけで達成感がある。
仲間たちも同様に、斧や剣で切りかかってくれた。
突き刺さった武器から出血がある。
攻撃が効いているという実感があった。
トロールは体をひねりながら薙ぎ払う。
これも学徒兵たちは回避した。
「追撃なんてしないよ……チャンスだからって畳みかけないよ。このままちくちく刺して勝つ……! 絶対に負けない!」
集団で袋叩きにするという地味な絵面の戦い。
だからこそ対処、対抗の余地がない。
縞模様のトロールは確実に追い詰められていく。
「あのやり方で勝てるなら、強くなる必要なんてないんじゃないの?」
「それも違います。彼らが強くなったから、あの戦いができるんですよ」
彼らは自分で簡単な攻略法を思いつき実行している。
これは事前に『メラニィ様とレオナ抜きでやらせてくれ』という提案の了承を得ている。
だがこれは彼らが強くなったからだ。
トロールと何度も戦うことで巨体に慣れ、動きを覚え、恐怖しなくなった。
何度か攻撃を受けても死ななくなるほど体が頑丈になった。
だからこそ誰もが余裕をもって対応できている。
調子に乗っているとも言えるが、彼我の実力を把握したうえでの行動でもあった。
「彼らが弱いままなら、最初のゴブリンに包囲されたタイミングで負けていますよ」
「そのワードを私の前で言うのは、それなりの覚悟があるってことでいいのかしら? 貴方には世話になっているけど、そんな貴方だからこそ言ってはいけないワードだと思わない?」
「これは失敬! とはいえ、彼らも強くなりました。本番のドラゴン退治でも道を切り開いてくれるでしょう」
「そうね……頼もしいわ」
こうして見守っている間に、縞模様のトロールは倒され、黒の泉は破壊されていた。
戦闘に参加した学徒兵たちは勝鬨を上げている。
楽勝だった、余裕だったことに歓喜しているのだ。
それに参加していないクナオルは冷めたものである。
イレギュラに対して苦言を呈していた。
「調子に乗ってますね、ヤキをいれますか。それとも煮え湯を淹れますか」
「その言い回しだと『ヤキ』を呑ませることにならない!? ヤキってなに!? ごほん……確かに無駄な縛りプレイだ。でもこういう『実績解除』も達成感につながる。ガス抜きにはちょうどいい話さ」
メラニィ派閥は基本的に臆病者の集まりだ。
安全な作戦が予定通りに達成されることを何よりも喜ぶ。
その一方で、自分たちが強くなっているという実感も求めている。
メラニィやベルマが間近にいて、それをサポートする立場だからこそうっ憤も抱えているのだろう。
見栄っ張りだという事もできるが、そういう自尊心がないと強くなってくれないのだ。
「クナオルだって全部俺がやったらすねるだろ? んん?」
「つねりますよ」
「……ごめん」
「イレギュラさん! 見てた!?」
戦闘に参加していたルテリアが駆けてくる。
自分たちだけで縞模様のトロールを倒せたことに対して、賞賛を求めている顔だった。
「ああ、もちろんだ。みんな本当に強くなったねえ。メラニィ様もそう思いませんか?」
「え、ええ……冷静で的確で、慎重な行動だったわ! (この場合の誉め言葉はコレでいいのかしら……)」
学徒兵一同、鼻高々である。
自分たちが強くなった証明があるうえで、それをほめてもらえる。
じ~~ん、と来るものがあった。
「それじゃあ私たち、あのいけ好かない姫様派閥の奴らに勝ってるよね!? 仲間じゃなくて、派閥の方!」
「……なんか嫌なことでもあったの?」
「私たちのことをすごく睨んでたの! ずるしやがって~~! みたいに! ズルなんかしてないのに!」
(まあズルはしていないな)
ルテリアだけではなく、メラニィ派閥の学徒兵たちも他の生徒からの敵意は感じていた。
理由ははっきりしている。そのうえで『後ろめたさ』はない。
それこそ退学した連中のように他人の上前を撥ねていたのならともかく、タイパ、コスパよく安全に強くなっていただけだ。
だからこそ義憤に近い怒りを抱いていたのである。
「で、どうかな……イレギュラさん、あの連中、今どうしてる?」
「ん? ちょっとまて……ん、おお、おお……ああ」
イレギュラは主人公に付けている偵察ドローンの視界を確認した。
彼女の派閥の者が付近にいれば確認できるはずだった。
「こりゃ凄い。陣地に攻め込んだ縞模様のトロール相手に、正面から戦って勝ってやがる」
「……正面から?」
「対抗してみるか?」
「止めておきます……」
(そう、それでいい。俺がいる以上、そんな状況になることは無いからな。それはそれとして……)
※
フレイヤー・ウルフドックとその仲間たちは、特大の黒の泉とそれを守るドラゴンを討伐していた。
恐るべき敵であったが、彼らは見事討ち果たしたのである。
意気揚々と陣地に戻ってみれば、縞模様のトロールと三本角ゴブリンの群れによる襲撃を受けていた。
すでに戦闘は終了しており、陣地に被害はない。
だが陣地の守備を担当していた学徒兵……今までは仲間だと思われていなかった者たちが血まみれになって地面に倒れている。
彼らは上位種のトロールやゴブリンを相手に真正面から戦い、陣地を守り抜いたのである。
「よし、トロールは倒されているな。コー! 周囲に生き残ったモンスターがいないか偵察してくれ!」
「おう、任せとけ!」
「ワワ、マルデル。君たちは陣地の被害を確認してくれ」
「わかったわ」
「大きい判断ね」
仲間に指示を出した彼女はあらためて倒れている学徒兵に近づく。
全員傷ついているが、確かに生きていた。
「……よくやった。君たちがここまで戦えるとは思っていなかったよ」
「へへへ。自分でも無茶をしたと思いますよ。でもこういうことができるのは、俺たちの強みですから。アイツらじゃあトロールを倒せても、陣地を守り切れなかったでしょうねえ」
トロールのように動きの鈍い大型モンスター相手の定石は、固まらずに包囲して、ヒットアンドアウェイを繰り返すことだ。
実行する者たちにある程度の実力が備わっていれば成功するが、それがいついかなる時でも実行できるわけではない。
今回のように陣地を守る場合、トロール相手に真正面から戦う必要がある。
臆病者にはできない作戦であった。
「姫様、おっしゃっていましたよね。実力は軍功で示せ、軍功でアイツ等に勝てって。勝ってやりましたよ、アイツ等にはできない軍功を上げました……へへへ!」
「ああ、見事な武勲だ。皇帝の娘として、君たちの武勲は保障させてもらうよ」
この陣地の中には道中で保護した民間人や非戦闘員が多くいた。
彼らが守っていなければ、多くの被害者が出たはずだ。
まぎれもない武勲である。
「そうだ、俺たちはやれるんだ……アイツ等よりも俺たちは熱く努力をしてきたんだ。だから……準備だけをしているアイツ等よりも、勇気もある俺たちの方がすごいんだよ……!」
フレイヤーの部下になった学徒兵たちは、間近でフレイヤーとその仲間の戦いを見てきた。
見れば見るほど、到底到達できない実力差があるとわかった。
そういう意味では心が折れているが、心の折り合いはついている。
フレイヤーとその仲間になることはできないが、メラニィの派閥に勝つことはできる。
志が低いと言えば低いだろうが、自分たちよりもさらに志の低い彼らに負けたくない。
それがフレイヤーの部下を強くしていた。
その強さに、フレイヤーは打ちのめされている。
(ボクは確かに彼らへ軍功を示せと言った。だがボクは甘く見ていたんじゃないか? 彼らがここまで追い詰められるなんて考えていなかったんじゃないか? ボクは軽い気持ちで彼らを焚きつけてしまった。だが……それを間違っていると今更言えるわけがない)
無駄に戦ったのではないし、勝手に戦ったわけでもない。彼らは必要な任務を忠実にこなしただけだ。
ここを守るよう指示をしたのはフレイヤーであり、事前に軍功を上げろと言ったのもフレイヤーだ。
今彼らへ謝罪することは侮辱に他ならない。
「マスク! 彼らへの治療を頼む!」
なんとか言葉を封じて、新しい仲間に救護を要請した。
フレイヤーのすぐそばに立っていた、顔を急ごしらえのマスクで隠す兵士。
一切言葉を発しない『彼』の姿は、一瞬で変化する。
偽装、換装、治装。
コスト4+1。ヒーリング・エリート・アーミー。
衛生兵の姿に変わった『彼』は、無言で倒れている学徒兵たちに近づき回復魔法をかける。
それはお世辞にも超強力ではなく、一瞬で大怪我が治るという事はなかった。
だが確実に一人一人の出血を抑えて、応急処置をしていく。
それが終わり次第、全員を徹夜で治し続けてくれるはずだ。
「彼の腕は確かだ。明日にはみんなもだいぶ良くなるだろう」
「へへへ。愛想の無い奴ですけど、頼もしいですよね」
「ああ、本当に。彼にも救われているよ。君たちと同じくらいね」
いつの間にか同行していた『人形の兵士』。
最初こそ疑っていたが、フレイヤーの指示に従うことや、疲れ知らずに戦い続けること、高い索敵能力を持つことが評価され、今では全員の仲間になっている。
彼の顔の面は、フレイヤーが作ったものであった。
「不満があるとすれば、ボクのことを心配しているのか、そばを離れないことだ。できることなら、ここに残ってほしかったが……それは贅沢な悩みだな」
贅沢な悩み。
皇帝の娘である彼女にとって、様々な意味を持つ言葉だった。
(兄様……ボクは貴方の心のためにも戦ってきました。ですが今は、彼らのために戦おうと思います)
【フレイヤー、私はただ『これでよかったのか』と思いたくない。そんな後悔をせずに済むよう生きたいだけなんだ】
(いつか向き合うとわかっています。いつかは、私が……)
※
(俺の仲間が強くなったことで、主人公まわりのモブも強くなっている。俺たちへのライバル意識がそうさせているのか)
イレギュラは見ている物から未来を想う。
(これも俺の行動の結果。アメルがメラニィを選び、ベルマが俺を仲間だと思ったように……いい方向に進んでいる。それはそうだが……そうとは言い切れない)
人は環境で変わる。イレギュラ自身、クナオルによって変わっている。
周囲に無能しかいなかったら、どれだけ優秀な人間でも腐るだろう。
逆もまたしかり。
周囲に優秀な人間しかいなければ、優秀で善良な人間は加速するだろう。
加速した結果、コースアウトする可能性もある。
つまりイレギュラはこの状況を歓迎していない。
(俺の行動で俺の周囲だけ変わるのならよかったんだがなあ……そうもいかないか)
不安になったからこそクナオルの肩を抱く。
彼女は少し文句を言いそうになったが、甘んじて受け入れていた。




