餌になる
テリァの城に入らなかった一行は野営をすることになっていた。
モンスターが闊歩している領内で野営というのは恐ろしいことであったが、イレギュラの索敵(とエリート・アーミーの哨戒)により今まで夜襲を受けていないので緊張はなかった。
そのような中で、イレギュラは今後の方針について一同に話をしている。
誰もが決定事項を聞く構えであり、異論を言おうとはしていなかった。
これはこれで、まとまりがいい、優秀な集団と言えなくもない。
「この領内に残る黒の泉はあと三つ、地道に潰していく。これに変更はない。そしてこれはドラゴン退治の練習だと思ってくれ」
イレギュラはここでメラニィを見た。
「今まで通り、メラニィ様には雑魚を散らしていただきたい。貴方が倒さなければならない、という状態にはしません。少しでもダメージを与えてくださればそれで十分」
他の多くの仲間を見た。
「すでに育っている仲間が、貴方を守りつつ敵を倒してくれますから」
彼が特に見ているのはルテリアだった。
初めの『真の仲間候補』である彼女は、今も食らいついてくれている。
おそらく彼女も遠からず覚醒するだろう。
できなかったとしても腐らずついてきてくれるに違いない。
「そしてレオナ。君が大型モンスターを倒してくれ。もちろん援護はする」
「今までみたいに?」
「ああ、これからもだ」
レオナはもともと大威力魔法の使い手であり、ランクアップによって破格の攻撃力を得ている。
当たりさえすれば、ドラゴンにも大ダメージを与えられるだろう。
いやむしろ、彼女こそが突破口を切り開きかねない。
だがそれは多大なリスクとコストを要する。
「先に言おう。俺は君をドラゴンと戦わせる気がない。理由は簡単、君が死ぬかもしれないからだ」
「ウチは死にたくないよ!?」
「そう。死ぬかもしれない命令なんて君は従わない。だから俺はそれをしない。簡単な話だ」
レオナが攻撃できる距離まで近づけるコスト、安全に離脱させるコスト。
なにより彼女がこの指示に従わせるための報酬コスト、説得のための時間コスト。
あまりにも多すぎて、割に合わない。
「だから君には道中の大型モンスターを何とかしてもらう。変身アビリティを持つ者が何人いるかわからないが、彼らをできるだけ疲れさせずにドラゴンへ届ける必要があるからな」
「じゃあ、何もしていなかったって怒られることない?」
「ないない。全員が『貴方がいないと勝てなかったわ』って……」
ばば~~んと、メラニィを紹介するイレギュラ。
「メラニィ様がおっしゃってくれるさ!」
「……え」
一同、メラニィに注目している。
彼女個人ではなく、ルコードの令嬢である彼女を見ている。
そしてその家名がもたらす信頼と実益を見ていた。
(わかりやすい! でも……)
彼らが戦ってくれることは事実だ。
彼らが居れば自分が死ぬ可能性は下がる。
(私も彼らも求め合っている、要求し合っている……)
メラニィはこの『仲間』に応えた。
「『自分が友達に望んでいる通りに、友達には振る舞わねばならぬ』……みんなが頑張れば、私はそれをお父様やお母様、現役公爵のお兄様にそれを伝えるわ! だから貴方達も私が頑張ったことを同じように報告してちょうだい!」
「おおおお~~!」
(お嬢様、強くなられましたな……!)
彼女の侍従たちは思わず涙した。
公爵令嬢である限り、利用しようとするものが近づくことは避けられない。
ならば利害を一致させる。それが味方を作るという事だ。
(くくく、全員が盛り上がっているぜ。これならこの男爵領を救うために戦ってくれる……この男爵領が大嫌いなままな!)
(本当に結構なことですね。これなら『仕込み』について考えを巡らせることもなさそうです)
(ああ、『仲間の知っている作戦』には大穴が空いている。その点は俺がフォローしているが、それを不自然にも思わない!)
能天気に盛り上がっている『仲間』だが、彼らは『効率』の穴を理解していない。
このまま進めば本末転倒である。
そしてイレギュラは、それに気づかないでいてほしかったのだ。
※
日が暮れた時刻、テリァ城にて。
城壁の上には兵士たちが立っていた。
誰もが傷だらけで疲れた顔をしている。
座り込んでいる兵士もいれば、寝そべっている兵士もいる。
誰もが起きているが、しかし無力感に苛まれていた。活きている、と言えない状態であった。
「なあ、お前何を呑んでるんだ。酒か? 分けてくれよ」
「水だよ、バカ。酒なんてとっくに、この城にねえよ」
「じゃあなんでそんなに顔を赤くしているんだ」
「……恥ずかしいからだよ」
篝火の近くで水筒を呑む兵士、彼の顔は夜でもわかるほど赤かった。
「ピット様はすげー人だ。天才で強くて優しくて努力家で、俺たちのために戦ってくださった。俺たちじゃあどうあがいても、あんなお人にはなれねえ」
「そうだな、なれると思うこともおこがましいぜ。俺たちはみんな、あの人を崇めて、ああはなれないって諦めていたんだ」
「ソレは間違ってねえと今でも思っている。俺たちは今でも、自分がかわいい……ピット様みたいに、領民のために頑張れねえよ」
偉大な人物を知ってなお、自分たちは同じ偉大さを得られなかった。
むしろ実例の強さ、辛さに耐える心をそばで見てきたからこそ、倣える気がしない。
「だけどよお……アイツらみたいにはなれたんじゃねえか? この壁の外で、公爵令嬢サマを待っていた、一緒に黒の泉をぶっ壊しに行った奴らにはさあ……なれたんじゃねえか?」
彼らは自分たちと同じ俗物だ。
自分が大事な奴らだ。
自分が大事だから自分を強くしていた奴らだ。
十分強いから、その強さを他人のためにも使える奴らだ。
自分のことでいっぱいいっぱいじゃない奴らだ。
「俗物の凡人なりによお、自分のことは自分でできるようになっておけばよお、ピット様の助けもできたんじゃねえか? そう思うと、恥ずかしくて恥ずかしくて……!」
世の中を0と100で考えてしまっていた。
自分たちはどうあがいても英雄になれないのだから、あがく意味がないと思ってしまっていた。
「英雄にはなれなくても英雄と一緒に戦える兵にはなれたはずだったんだ! 遅い、もう遅い! 俺たちは、遅いんだ! 今の俺が、俺なんだ! こんな俺が勇気を出して何になる? この城を出て何ができる? 死ぬだけだ! 準備をしていれば……なんでもいいから、準備をしていればよお……! 何かができたんだよ! 俺たちはもう、餌になるしかねえんだ!」
いつの間にか、全員が泣いていた。彼らは嘆くばかりで夜の見張りをしていない。
彼らは知っていたのだ。今の自分たちがどうあがいても、モンスターの襲撃から城を守ることができないと。
この城に集まっている人々は、もはや餌でしかない。
そう……学徒兵たちは気づいていなかった。
イレギュラの索敵によって効率よく黒の泉を潰せるという事は、モンスターを野放しにしているということ。
領内のどこよりも人が集まっているここへ、モンスターの群れが殺到してくるということ。
実際に、大型、小型モンスターの群れが迫っていた。
今から学徒兵が戻ったとしても迎撃は間に合わず、そもそも戦力が足りない。
モンスターは野生の獣程度の知恵によって、この城を包囲した。
遠くからゆるゆると狭め、逃がさずに殺しつくすつもりであった。
死の運命が、餌に迫る。
上空に浮かぶ偵察ドローンはそれを捉え、準備されていた配置ユニットへ指示を出す。
【坊ちゃん。なぜこの城の周りにゴーレムを仕込んでいるのですか?】
【モンスター共は基本的に人のいるところを狙うだろ? この領内の人間はここに集まっているだろ? ゴーレムを置いておけば一気に始末できるじゃねえか】
城の外、三つの場所から巨大な岩塊が立ち上がる。
イレギュラがこの城を守るため、モンスターを効率よく殺すための準備が起動したのだ。
偽装守護石像。
コスト9+1。ハイド・キャッスル・ゴーレム。
偽装は人形兵士に使用した場合、人間へと偽装できる。
守護石像に使用した場合は、地面へ潜伏させる機能を追加可能であった。
進軍していたモンスターたちは、突如現れた巨大兵器に面喰う。
その面喰ったモンスターに、自動兵器は自動的に迎撃を開始した。
偽装、換装、爆装。
コスト9+1。カノン・キャッスル・ゴーレム。
巨大な岩塊を影が覆い、潜伏する機能と引き換えに砲塔が取り付けられる。
偵察ドローンの認識するままに、大量の炸裂弾が発射され始めた。
射程距離と破壊力を兼ね備えた砲撃が、包囲していた小型モンスターを掃討していく。
三体の巨大ゴーレムにより、城は爆炎の壁に囲われていたのだ。
「な、なんだ? 何が起きているんだ!?」
「わか、わからねえよ! もうこの世の終わりだ!」
「神話にこんなこと書いて無かっただろ!」
イレギュラから餌の役目を与えられた城の人々は頭を抱えることしかできない。
だがそれでいい。生きているだけで価値がある。
掃討するのはゴーレムの役目であった。
だが砲撃を耐えて接近する影があった。
縞模様のトロールである。
多くの傷を負っていたトロールたちは、怒りに燃えてゴーレムに接近する。
炸裂砲弾ではこの大型をしとめるに足りず、そして数で押せば三体しかいないキャッスル・ゴーレムを各個撃破できたかもしれない。
しかしキャッスル・ゴーレムは、再び己を影で覆う。
爆装、換装、重装。
コスト9+1。フルメタル・キャッスル・ゴーレム。
影が静まった時、そこには岩塊ではなく金属塊がいた。
夜の闇でなお星の輝きを反射するそれは、まさしく守護神として君臨している。
それでも縞模様のトロールはひるまない。
痛みを怒りに変えて、フルメタル・キャッスル・ゴーレムへ殴りかかった。
彼らの力はすさまじかった、轟音が響く。
だがそれによって彼らの骨が砕けた。
岩塊ならまだしも、金属の塊は重く硬かったのだ。
トロールたちの悲鳴が響くが、それはゴーレムの判断に響かない。
【この城に近づくモンスターを掃討しろ、換装の判断は任せる】
予め下されていた命令、準備に従って、金属の腕を振り回した。
先ほど以上の轟音と共に、縞模様のトロールたちは殴り殺されていった。
城の中の人々は、それを見ることもなく、ただ怯えていた。
自分たちを守った三体の守護者がいるなど想像もしない。
重装、換装、偽装。
コスト9+1。ハイド・キャッスル・ゴーレム。
再び潜伏機能を得たゴーレムは、音を立てて地面へ潜っていく。
翌日に人々が見るのは、大量の死体だけであろう。




