心が汚い奴らを動かすのは、人を罵りたいという熱い想い。
バーニエ・コッカース男爵。
彼女は非常に優れた女傑であり、本来男爵領に収まらない戦士であった。
自分が男爵家の出身であるという理由で男爵領にとどまり、その力を領民のために使ってくれている。
彼女はコッカース領にとって誇りであり、隣のピット・テリァ男爵との若き日から続くライバル関係は語り草であった。
そんな彼女は、今回の危機にも果敢に立ち向かって、自分たちを守ってくれていた。
城に自分たちを集めてくれて、迫る巨大なモンスターも倒してくれていた。
彼女が頑張るからこそ、領民たちも頑張れた。
だが彼女の戦いぶりも限界が近づいていた。
戦えば戦うほど彼女は疲れていき、立ち上がることもできないほどだった。
もう頑張らなくていい。領民たちが彼女にそう言おうとしていた時。
もう一人の女傑が救援にきてくれた。
侯爵令嬢、ベルマ・マードン。
バーニエと同じアビリティを持つ学生であった。
彼女もまたバーニエと同じように奮戦してくれている。
彼女が戦うことでバーニエが休めている。
彼らとて死にたいわけではない。
バーニエが休めて、彼女が戦ってくれるのならそれでいい。
領民たちは彼女に感謝しつつ称えていた。
この城に新しく英雄が生まれていた。
※
その英雄は三日ほど戦った後、城の本丸の中で倒れていた。
過労によるものである。
変身アビリティは瞬間的に肉体を強化できるが、長時間、連続、休憩を挟まない運用は疲労が溜まってしまうのだ。
にも拘わらず、彼女は壁の内側にある街の中でも変身して凱旋していた。
ただのバカである。
これには彼女のメイド二人もお説教であった。
彼女が道を間違えたときはしっかり叱るつもりだったが、これはそれ以前である。
「お嬢様! 戦いが終わったらさっさと変身を解けと言っているじゃないですか!」
「見栄を張りすぎです! 実務に影響が出ているじゃないですか!」
「わかっているが、感謝されるのは気持ちがよい。ついつい期待に応えてしまう。それに明日からは休日だろう?」
石造りの廊下で倒れている彼女は、反省していない風であった。
その廊下に軍靴の音が反響しながら近づいてくる。
威風堂々。
バーニエ・コッカースであった。
「ああ、明日からは私が復帰する。休日を取ったおかげで、ずいぶん調子が戻ったよ。ようやく、モンスター退治で強くなった実感が得られた。君の方はどうかな?」
「今までにない予感、ランクアップの確信がある。おそらくドラゴンと戦う時には覚醒できるな」
「ふっ、頼もしい限りだ。いろいろな意味でね」
「あまり褒めないでください!」
「お嬢様が調子に乗ってしまいます!」
「私からすればずいぶん自重できているよ。昔の私なら、力で劣るものの指示に従うことはなかった」
ベルマが調子に乗っていること、それはバーニエも認めている。
だが若かりし頃の自分、彼女と同じ時の自分よりはだいぶマシだった。
彼女がここにいること、それ自体が自重である。
「もしも無力なものに『邪魔』をされれば手を出していた。君はそうなっていないが、なぜだ?」
「やって後悔した。それにつきる」
「なるほど、納得だ。私たちのような強者は、体感しないとなにも覚えない。みんなバカなのさ」
ベルマは何とか起き上がり、廊下の壁にもたれた。
バーニエはその隣に座る。
「とはいえ、それでも手を出さないだけだ。指示に従うという事は、彼に借りがあるのか」
「それもある。だが……私が負けたとき、失われるものがあると知った。『負けられない』と気づいた。その使い方が普通と違うかもしれないが、私はそう解釈している」
「その若さでそこまで学べているとはすばらしい優等生だ。本当に、大人として情けないよ」
負けられないとか絶対に勝つ、というのは意気込みではない。
できる限りの準備をすることだと二人は知っている。
「君は仲間を信じている。それだけの実力があるのだろう。彼が育てたのか?」
「ああ。以前の私なら唾棄したであろう、温室栽培でな」
「そうでもなければ、大威力魔法の使い手が成長することはない。それにあれだけの『臆病者』たちが強くなれるわけもないか」
「唾棄するか?」
「いいや、尊敬する。私もそうするべきだった……」
自分が出張ればなんとでもなる。
自分が無理をすれば道理が引っ込む。
これまではそうだった。
だが今回は自分が無理をしすぎて倒れた。
なにも守れないところだった。
「私は自分の部下の弱さを恥じるべきだった。部下をバカにするわけではない、部下を育ててこなかった自分を恥じるべきだった。巡り巡って、兵たちを死なせてしまった。……君の仲間はそれを感じずに済んでいる。大人として情けないよ」
「そう卑下する必要はない。私とて暗い気持ちはある。それは今でもある」
ベルマはにやりと邪悪な笑みを見せた。
湿度のあるようで、乾いているようで、そして怖い笑みだった。
「貴殿も知っているだろう。共食いマードンの過去を。私の父は自分の代の後継者争いを反省し、後継者を最初から兄一人に絞っていた。私はそれが不満だった。当主になりたかったわけではなく、最初から除外されていたことが不満だったのだ」
ーーー日本国民には選挙権と被選挙権が与えられている。
投票する権利と代表へ立候補する権利だ。
だが誰もが、その権利を行使しているわけではない。
選挙に出馬する国民など全体から見れば少数であろうし、投票率も半分程度だろう。
国民の誰もが政治に対して積極的というわけではないのだ。
だが罪を犯したわけでもないのに『お前から選挙権と被選挙権を奪う』と言われれば誰だって怒るだろう。
彼女の不満はそういうものだ。
「私は父を呪い、兄を呪い、男を呪い、男に媚びる女を呪っていた。だがそれは間違っていた」
「間違っていたと言えるのか。それはすごいな……」
「父と兄だけ呪えばよかった。これからはそうすることにした」
「そ、そうか、それはそれですごいな……」
「これから私は飽きるまで父と兄のことを方々で愚痴にする。めちゃくちゃ根に持っていると不満をぶちまけ続ける。器が小さいと言われようが気にしない。そうしていないと八つ当たりをしてしまうとわかったのでな、それよりはマシだろう」
今回の事件を解決してこの領地の英雄になったら、その席でも文句を言うつもりだった。
見返すとかではなく、風評被害で直接攻撃するつもりだった。
「今の私はメラニィ様……公爵令嬢の副官でもある。きっと彼女の家のパーティーにも出席を許されるだろう。その場でも呪ってやる。本人たちが出席していたら、さんざん煽ってやる……今から楽しみだ」
(どうなんだろう、もう少し成長させた方がいいのではないだろうか……)
「もうセリフは考えているんだ。領地を貶めるなと言われたら『私は愚痴を言っているだけだ、父上と違って暗殺する気も内戦する気もないぞ? 父上と違って理性的だろう? 父上より大幅にマシだろう?』『共食いマードンなどと呼ばれているのに、今さら私の愚痴で家名に傷がつくのか? むしろ大分マシになったと称賛されるんじゃないか?』『家督争いで内戦が起きることは防がなければならない、だったか。それは起きていないんだから我慢していただきたい。それとも当主に選ばれることがなかった私には、愚痴を言う権利もないのか?』『私の株などいくら下がっても構わない。兄上と父上の株が下がればそれでいい。兄上と父上がこの場を去ってもひたすら愚痴を言うぞ。逃げても無意味だぞ』とな……そのために頑張っている」
(カラッとしているのかジメジメしているのかわからない子だ……)
バーニエはここで目を閉じた。
もしも自分が彼女と同じ境遇だったら、どうするか。
(ダメだな、止まらない。むしろ応援したくなってきた……)
自分に休日をプレゼントしてくれる『援軍』への最初の礼は、彼女の話を聞くことであった。
(これは止めなくていいんじゃないかしら)
(そうね)
なおメイドたちも止める気は無い模様。
ちなみにアメル・カンカールは後方でほぼ休日なく労働していた。
※
一方そのころ、メラニィ派閥はテリァ領の城に到達していた。
道中二つの黒の泉を破壊して到着した彼らを歓迎したのは、城主であるピット・テリァではなかった。
すでに満身創痍という出で立ちの、顔に包帯を巻いている兵士たちであった。
彼らにはすでに『変身持ち三人を揃えるため、この土地を救いに来た』という概要は伝えている。
それでも対応は悪かった。
「メラニィ・ルコードです。失礼ですがピット・テリァ男爵はどこに?」
「救援には感謝いたします。ですが現在、テリァ男爵は各地の黒の泉を破壊するために出ております。戻ってくるのは、全てを破壊し終えてからかと……」
「そうですか、それでは合流いたしますので、場所を教えていただけませんか? 少なくとも参戦の許可はいただきたいのです」
「……貴方がたはコッカース男爵の書状をお持ちです。このまま参戦しても問題ないかと」
「貴方がそれを判断する権限を与えられているのですか? 我らは武装したまま領地を移動するのですよ?」
「すでに二度も黒の泉を破壊しているのですから、今更では?」
テリァ領の兵士たちはそのように言って、テリァ男爵へ会わさないようにしていた。
相手がルコードであると知ったうえで断固たる対応であった。
メラニィも愚鈍ではない。兵士に対して『必要な確認』を済ませると、城の外で待っていた仲間たちの元へ戻った時に青ざめた顔をしていた。
「……テリァ男爵に会えなかったわ。会いたいって言っても断られたりはぐらかされた。そのうえで戦えって……コレって多分、そういう事よね」
「ピット・テリァ男爵が死んでいるか疲れ切っているかで、もう戦えないとか人に会えないって状態ってことですね。それで向こうも空手形を切ってでも俺たちに戦ってもらうしかないと」
「イレギュラはずばずば行くわね。でもまあ、私もそう思う……コッカース男爵を見るに、テリァ男爵がもっと悪くなっていても不思議じゃないもの」
学徒兵たちの勢いはすっかり弱っていた。
失礼な対応をされているし、あとで言いがかりをつけられそうだから帰る、と言っても文句は言われなさそうである。
この場合、どう考えても相手が悪い。
「それで、イレギュラの意見を聞きたいわね」
「当初の予定通り、この領地を救います。このまま帰っても何も確認できていないですし、そもそも我らは各地の救援に来たはず。少なくとも手柄にはなるでしょう。それに、テリァ男爵の助力が得られないのなら覚醒は必須。適当にうろついてモンスターを倒すより、この領地を救って回る方が合理的では?」
「それはそうでしょうね。合理的な判断だとは思う。でも……正直に言うけど、イヤな対応をされたことで私の機嫌はめちゃくちゃ悪いわ。みんなもそう思わない?」
メラニィの率直な感想に、学徒兵たちは頷いている。
メラニィの侍従たちも同じようなものだ。
相手も必死なのだろう。
ピット・テリァが戦えないと知るや否や、帰ってしまうかもしれないと考えているのだ。
それはそうかもしれないが、こちらにだって感情はあるわけで……。
「俺たちの想定通りだった場合は、皇帝陛下へ正式に訴訟してお家取り潰しにしてもらいましょう」
イレギュラの提案は過激だった。
「そうなると伝えたら、メラニィ様に失礼なことを言った連中も青ざめて後悔するでしょうねえ。そいつらを見下ろすのはきっと楽しいだろうなあ」
本当に過激だった。
だがそれは俗物である生徒たちの心に響いた。
「みんな、頑張りましょう!」
「おおお~~!」
人を陥れたいという熱いエネルギーが、若者たちの情熱となっていた。
もはや侵略者であるが、領民は救われるのでまあいいだろう。これも仕方のないことであった。




