チートはスマート、本人はうるさい
ウッティリーマ英雄校。
建国当初からある、若き貴族たちを鍛え上げる教育機関である。
そのカリキュラムは、当然ながらモンスター退治に必要なものばかりである。
とはいえ、この学校に入るものは元服を終えた者たちであり、すでに各家庭で戦闘教育を受けている。
よって学校側もそのつもりで授業を行おうとしていた。
入学して次の日には、敷地に隣接しているモンスターの巣くう森へ入るよう促されていた。
「これより試練の森の門を開ける! この中には多くの野生モンスターがいる! もちろん最下級のゴブリンばかりだ! だがそれでも人間を見れば襲い掛かり、殺すだろう! 弱いが脅威であることに変わりはないが……それを乗り越えられるだけの力を君たちは持っているはずだ!」
(無茶苦茶言いやがる……)
「今回は試験として、ゴブリンの核を一人につき十個持ち帰るように! 十個より多くても問題はない! ただし少なければ赤点となり、成績に響く! 覚悟して臨むように!」
よく晴れた空の下、レンガの壁と鉄の門の前に生徒たちは集まっている。
もうすぐ鉄の門が開かれて、森の中に入ることになる。
そのような状況で、多くの生徒の反応は二種類だ。
周囲の生徒を見るか、森を見るかである。
森を見る生徒の多くは迷いがない。精神的に十分な研鑽を積んでいるのか、モンスターの森をむしろ漁場ととらえていた。今すぐにでも踏み込みたいという顔である。
一方で自分以外の生徒を見る生徒のほとんどは自信がなさそうだった。頼れる友人や仲間を求めて目が移ろいでいる。
その中でイレギュラは泰然としていた。
森ではなく生徒を見ているのだが、その表情に不安はなかった。
(ふうむ……アレが今作の主人公か。顔の書き込みがえぐいな……見ただけでモブじゃないってわかるぞ。髪型は凝った編み方をしているし、目が凛としている。女性主人公側か。男装を自然とこなしそうな顔だ……お近づきになりたいが、そういうルートは無しだ。少なくとも今はな……他にもネームドキャラには近づかない方向で行こう)
明らかに顔立ちの違う者たちに『注目』し、関わらないようにしようと誓っていた。
その上で、やはり森を見る。
「それでは……さあ、英雄の道を踏み出せ!」
二十歳を越えたばかりであろう教師は、大きな定型文を叫びながら送り出した。
森を見ていた生徒たちが、特に躊躇なく踏み込んでいく。
堂々たる一歩を刻むさまは、まさに英雄の卵と言っていい。
一方で自分以外の生徒にすがろうとしていた者たちは、おっかなびっくり足を踏み入れていく。
(間違っても、あいつらは主人公パーティーじゃねえな……)
いろいろと察していたイレギュラは、そんな者たちをこそロックオンしていた。
だがそれでも今は機でないと判断し、森の奥へ入っていく。
(仲間を作る計画、第一段階の開始だ……くくく、友達何人作れるかねえ……!)
多くの生徒たちがモンスターを探して入っていく中で、彼だけは特に奥へ奥へと入っていくのだった。
※
最下級とはいえモンスターが生息する森を、彼はずいずいと歩いていく。
その足取りに迷いはなかった。しかしその表情には不快さが混じっている。
おしゃべり好きな彼にとって、この状況は歓迎できないようだ。
「……クナオルがいないから、間が持たねえ。仕方ない、独り言で気を紛らわせるか」
周囲に人がいないことを確認しつつ、彼は妄言を吐いた。
「俺は原作知識以外にこの世界で役に立つ知恵とかはない。その原作知識もこのままだと人口が激減するっていう情報しかない。そもそもアクションRPGじゃなくてシミュレーションRPGの攻略情報が実際どの程度役に立つのかって話だしな。そんな俺だが精神年齢は熟成している! ふはははは! 人生二週目の恩恵を見せてやるぜ!」
イレギュラの足元の影が拡大していく。
巨大な獣どころか、建築物すら飲み込むほどの巨大な平面が現実を侵食していた。
「俺の能力はモンスター生成! とはいっても、敵もモンスターだからややこしいので、俺はユニットと呼んでいる! よってここではユニット生成能力と呼ぶとしよう! その上で、俺の能力とラスボスの能力がいかに違うのかも明かそう!」
彼の影からは大量の人形が立ち上がってくる。
その数はおよそ四十体だろう。
彼自身が見えなくなるほどの数であった。
それだけではない。
小型の回転翼がついた石も浮上してくる。
二種類の『ユニット』が生産されつつあった。
「そもそもラスボスの能力は、魔力を消費してモンスターを生み出すというもの! 生み出されたモンスターは時間経過とかで死ぬことはないし、それぞれに繁殖することもできる! つまり生み出せる数に上限がない! ものすごくシンプルに、世界を自分に従うモンスターで埋め尽くすことができる! すげー! 普通に人類滅ぶわ! そんなのをよくも何度も封印できたもんだ! がはははは!」
だれもいない状態ながら、そばにクナオルがいるかのように、彼は説明を続けた。
「一方で俺は! 同時に出せるユニットの質と数に上限がある! 俺はその上限をコストと呼んでいる! 現在の俺の総コストは50! つまりコスト1のユニットなら同時に五十体まで展開できる!」
説明をしているさなか、四十体の等身大デッサン人形と、十体の回転翼によって飛行している小石が布陣されていた。
「コスト1のユニットは想像通りの雑魚ユニット! 特にこの飛行型ユニット、偵察ドローンは戦闘能力絶無! 石がぶつかったら墜落して死ぬ! 移動能力もすげー低い! しか~~し! それ以外は高性能!」
浮遊していた偵察ドローンは、一斉に飛び立ち、周囲へ散開していった。
「さあ偵察ドローンどもよ! この森に巣食うモンスターどもを見つけ出せ!」
偵察ドローンたちは『散開しモンスターを探せ』という指令に従い、森の木々よりも少し上の高さを移動していた。
小石部分についているカメラはせわしなく動き、周囲の情報を集め続けている。
「むむむ! ゴブリンを四か所、計十体確認! ここからそんなに遠くないぞ!」
放った偵察ドローンのうち四体がゴブリンの群れを発見していた。
それぞれ二体か三体の小さな群れであった。
彼の脳内にはその報告と、それぞれのドローンがとらえている映像、そして周辺マップによる自分と群れの位置も伝えられていた。
「よし! 行け、トイ・アーミーども! 十体ずつに分散して、ゴブリンどもをぶち殺すのだ! がはははは!」
テンション高く奇声を上げるイレギュラに対して、四十体のトイ・アーミーは無言で従う。
彼ら一体一体にも偵察ドローンからの情報は届けられていた。
イレギュラの口頭による大雑把な指示を正しく理解し、群体として行軍を開始する。
走ることはなく、さりとて転ぶこともなく。
一糸乱れぬというにはバラバラすぎる足取りで、不気味に分かれて動き出した。
それらは偵察ドローンの誘導に従い、ゴブリンの群れへ接近していく。
十体の人形は、一体一体の足音は小さい。しゃべることもない。それでも十体が固まって移動していれば、ゴブリンたちも接近を察知する。
「!?」
人畜を襲うモンスター、ゴブリン。
人というよりは毛のない猿に近い骨格をしている小鬼たちは、粗末ながらも木の棍棒を持っていた。
女子供なら簡単に殺せる、恐るべきモンスターと言っていい。
そのゴブリンたちも、自分たちの数倍の数がいる、顔すらない等身大デッサン人形がいきなり現れれば驚嘆するしかなかった。
ゴブリンのうち一体が奇声を発し、近づいてくるデッサン人形のうち一体を殴る。
仲間である他のゴブリンたちもそれに続き、大きく飛び上がって頭部に相当するであろう部位をたたいた。
他のデッサン人形はそれをかばうこともなく、ただ包囲していく。
ゴブリンたちが一体のデッサン人形を完全に倒した時、すでに包囲網は完成している。
「!!」
そこからは袋叩きであった。
デッサン人形が、木製らしき腕を振るって殴ってくる。
ゴブリンたちも反撃していくのだが、いかんせん数が倍ほどもあって、包囲陣形である。
悲鳴を上げながらも動けなくなり、そのまま一気に制圧されていた。
他の場所でも同じようにゴブリンの群れが倒されていく。
数体のトイ・アーミーが倒されたものの、ゴブリン十体は全滅したのだ。
偵察ドローンによりその状況を観測していたイレギュラはわざとらしいほど大喜びしていた。
「ん~~~! ゴブリン十体倒したぞ~~! はい、即効でノルマ達成! トイ・アーミーの被害は……全部で五体か。はははは! 最弱モンスター相手にも負けるとか、相変わらず超弱いなあ! だが問題ない! まったくこれっぽっちも問題ない!」
再び彼の足元に影が広がっていく。
先ほどと比べればかなり狭い範囲であった。
その影からは、倒されたトイ・アーミーと同数のトイ・アーミーが補充されている。
「俺の出せるユニットにはコスト制限があるが、コストの範囲内なら際限なく補充できる! 出し続けても疲労するとかも一切なし! 無制限ではないが無尽蔵の兵力! シミュレーションRPGにいちゃいけない、タワーディフェンス系の能力だぜ!」
指示を待つトイ・アーミーたちに対して、イレギュラは追加で指示を出す。
「お前たちは部隊に合流しろ! そしてゴブリン掃討を続けるんだ! ノルマは、そうだな……五十体としておくか!」
この上なく上から目線の指示にも、デッサン人形たちは頷くこともなく指示に従う。
ノーリアクションな対応に、イレギュラは寂しそうな顔をする。
「はあ~……やっぱりモンスター生産能力が良かったな~~。男装が似合うサキュバスとか、男装ができない体格の女悪魔とか、男よりガタイのいい女オーガとか、全員に男装させたかったな~~。ユニットどもは反応がなさ過ぎて張り合いがねえんだ。リアクション要員って意味でも、仲間が早くほしいねえ……」
イレギュラは退屈そうで、もはや独り言すら言わなくなった。
彼がそうしている間にも、偵察ドローンはゴブリンを捜索し、トイ・アーミーはゴブリンへ攻撃を続けている。
自動化された戦闘はこの上なく合理的に、通常のノルマの五倍を荒稼ぎしていた。
五十体ものゴブリンの死体が、この森に機械的に散乱したのである。
※
二時間後。
学校の鐘が鳴った時、入学したばかりの生徒たちは一人残らず集合していた。
いずれもモンスターの本体ともいうべき核を袋詰めにしている。
半分以上の生徒がノルマである十個を達成するのがやっと。
ノルマを達成できない生徒もちらほらいる状況で、数名の生徒はニ十個も獲得していた。
なるほど、それぐらいできて当然だ。
そう思わせる高貴な雰囲気の者が、二十五個も核を持ち帰っている。
しかも彼女自身、まったく傷を負った雰囲気がない。
しかし、そんな、物語の主人公のごとき女性をしり目に、イレギュラは五十個もの核を持ち帰っていた。
「素晴らしいな……初日でここまで稼いだのはお前が初めてだろう。よくやった」
「へへへへ! いやあ、ビギナーズラックですよお。たまたまうまいこと、ゴブリンの群れに遭遇できましてねえ……ひひひ!」
「運が良かっただけか……それだけで五十個も稼げるわけじゃないだろうに。とはいえ、よくやった。今日のところはお前が一位だ」
ーーーたとえば、これが大型竜の核を五十個も持ち帰っていたのなら、誰もが彼の不正を信じて疑わなかっただろう。
この森に五十体も竜がいるわけがないし、一人で五十体も竜を倒せるわけがないからだ。
しかし、入学したばかりの生徒がゴブリンを五十体倒す、というのはそこまで異常ではない。
『五十体のゴブリンの群れ』に遭遇すれば、全滅させられるだけの自信がある生徒も少なからずいる。
だからこそ、誰もがイレギュラの成果に異論を唱えられなかった。
(ノルマの五倍はやりすぎかとも思ったが……案外イケるもんだな。ひひひ!)
まさしく調子に乗っているイレギュラは、周囲の視線を受けて大笑いしていた。




