ロマンがあるようでない話
テリァ領の丘の一つに陣取っていたモンスターの群れを制圧したメラニィ派閥。
彼らは一度、モンスターが陣取っていた丘の頂上に向かった。
そこには先日報告されていた『黒の泉』があった。
神話で語られる『モンスターの湧き出る影』が、丘の上に広がっている。
真上を見ても、また影そのものを触っても、実体がない。
晴れた空の下で、影だけがある。
「坊ちゃま」
「ああ……」
クナオルとイレギュラにとって、実体がない影は見慣れているものだ。
クナオルですら茶化すこともできず、今まで正体を明かしてこなかったことに安堵するほどであった。
「ねえイレギュラ。なんで私たちはこの影を包囲して動かないのかしら? 私としては早くこれを壊したいのだけど?」
本来自分で判断するべきことなのだが、イレギュラが指示をしないのでメラニィは破壊命令を求めた。
それでも誰も、彼女の侍従すら文句を言わないのが、この組織の指揮系統を現している。
「もうすこし待ってください。少し確認したいことがあるので」
「何を確認するのよ。ここからモンスターが湧くんでしょ? 早く止めないと」
「それはまだ見ていませんよ。これから実際に確認したいんです」
イレギュラは原作の知識を知っているが、検証していない段階ではそれを信じていない。元の展開に戻ろうとする修正力のようなものも信じていない。
この黒い影が自分のアビリティと同じものだとわかったうえで、自分の眼でモンスターが湧くのを確かめようとしていた。
ほどなくして、黒い影が煮立ち始める。
ミルククラウンのように波打ち、ゆっくりとモンスターが浮かんでくる。
「ひぃ!」
「きゃあ!」
巨大なモンスターの頭頂部が見え始めたことで、学徒兵はひるんで後ずさる。
一方でクナオルとイレギュラは少し冷めた目をしていた。
「これは先ほどの縞模様のトロールでしょうか? 坊ちゃまに比べて……比較にならないほど遅いですね」
「ああ。やっぱりだな……この能力は『戦略シミュレーション』に近いんだ」
「どういうことですか。わかるように説明してください」
「普通の征服戦争と同じだ。領土を占領し、拠点を構築。拠点からモンスターを生産し、兵力として備蓄。それを敵の拠点にぶつけてまた領土拡大……を繰り返すんだ」
「それの意味するところは」
「俺のタワーディフェンス準拠の能力と比較して生産が遅いんだ。俺の場合は一度に何十体も出せるが、この能力の場合は一度に一体ずつしか出せないし、出す速度もそこまで早くない。だから今回みたいに一気に殲滅されると補充がまったく追い付かない」
「たしかに坊ちゃんの能力で拠点防衛をすれば、相手は生産されるより早く倒さなければなりませんね。そう考えると完全下位互換というわけではないのでしょうか」
「ああ。仮に俺がこの黒の泉という拠点を一か所ずつ陥落させていくのなら、割とワンサイドなゲームにできるだろうな。だが……やっぱり戦略的に考えたら相手が有利だ。俺が一か所制圧するより早く、相手が何か所も制圧していたら勝ち目がない」
クナオルとイレギュラが話している間も縞模様のトロールは影からせりあがってきている。
だがそれはとても遅い。二人が何分も話しているのに、まだ頭が出きっていなかった。
「イレギュラ! あんたが黙って見ているから、モンスターが出てきちゃったじゃないの!」
「そうですね、それなら今から攻撃しましょうか」
「出てきているじゃない! 相手はトロールの上位種でしょ!?」
「今は頭だけですよ」
後ずさっていた学徒兵たちは、恐るべきトロールの頭部が自分たちと同じ目線であることに気付いた。
今なら反撃されずに攻撃できるんじゃないか?
「うおおおおお! 俺がぶっ殺してやる!」
「俺も覚醒! 俺が殺して俺が覚醒!」
「俺の邪魔をするな!」
「私にも殴らせてよ~~!」
まだまだ生産中のトロールの頭部に学徒兵が群がり、手にしていた武器を突き刺しまくっている。
生産途中だから実体がないとかはなく、しっかりダメージが通っており、確実に頭部が破壊されつつあった。
これなら普通に殺せそうである。
その勝利に価値があるかはともかく、被害はなさそうであった。
「如何でしょうかメラニィ様。このまましばらく生産させますか? レベル上げになる……いや、ならないかもしれないですけど」
「これが終わったら破壊しましょう。このままトロールだけ出続けると思う? それこそドラゴンが出てくるかもしれないでしょ」
「ごもっともですね。さすがはメラニィ様!」
「そもそも放置していたのは貴方なんだけどね!」
トロールを殺しきった後、学徒兵は影を破壊した。
残ったのは途中まで生産されていたトロールの頭部だけである。
完全に把握できたわけではないが、ある程度理解できた。
この黒の泉からは本当にモンスターが生産される。
黒の泉は破壊可能である。
ここから先は推論だが……
生産速度は、大型の場合少なく見積もっても一時間以上もかかる。小型はもう少し短いと思われる。
生産されている最中のモンスターは無抵抗であり、しかも死んでも生産は止まらない。死体のまま出し切って、それからまた再生産をするようである。
これが各地にあるとすれば、世界が滅ぶのも当然であった。
「この検証結果から、ドラゴンを殺しても即座にドラゴンが生産されて詰む、ということはないな」
「こわ! 怖いこと言わないで!」
「すみません。ですがその可能性はないってことですよ」
「そうね、それは良かったわ。これで安心して……安心して、どうしましょうか」
メラニィはレオナとクナオルを見た。
つい先ほど覚醒を果たし、アビリティのランクがアップした二人である。
現状ではこの二人が覚醒したことで、先のバーニエ・コッカース男爵が言っていたことが現実味を帯びたのだ。
今この場にいる面々が覚醒していけば、ピット・テリァ男爵の助力を得なくても何とかなりそうである。
「予定通りピット・テリァ男爵に接触し、援軍としてこの地を救いましょう。そうすれば確実に変身アビリティ持ちを確保できるんですよ、やらない理由がない」
「そ、そうね。一人でも多く準備できれば、勇気はいらないものね……」
この場の全員が覚醒し、十人ぐらいの変身アビリティ持ちが出たとする。
それでももう一人追加できるのならやる価値はあるだろう。
まして現状では、まだベルマ以外に変身持ちがいないのだ。
行かない方が問題である。
「それはいいけどさあ……イレギュラさん。本当に覚醒の仕方知らないの?」
「そう思うなら、覚醒した本人に聞いてくれ」
「聞いたけど『わかんね』って言ってる」
「俺もわかんね」
「実は知ってるでしょ~~! お願いだから、ね!」
「俺も一般的な認識と、ちょっとした実体験しかない」
「そういうのでいいから教えて! 私も覚醒したいの!」
ルテリアがイレギュラに縋りつく。
それは他の者も同じような目をしている。
イレギュラは心底から面倒そうな顔をしていた。
「マジでなんも知らないからな。知っていたらクナオルはもっと早くランクアップしているし、俺だって新しいアビリティを覚えているよ」
イレギュラは覚醒条件に付いてまったく知らない。
ゲーム的には『一定のレベルに達する』か『特定のイベント』で覚醒が起きる。
これはキャラごとに異なっており、主人公とその仲間についてならある程度教えられるが、他のキャラには全く通用しない。
「ただ……俺は昔に覚醒した人間を見ている」
世の中には覚醒なんてまやかしだ、という者もいる。
去年までのように天下泰平の世ならば、そうそう覚醒が起きなかったのでそう思うのだろう。
イレギュラも以前は『見たことがないからあるとは言えない』という立場にいた。
だが実際に見たことで『覚醒はある』という立場に立ったのだ。
「お待ちください坊ちゃん。まさか『家の恥』について説明するつもりですか?」
「いいだろ。どうせ地元じゃ有名な話だ」
「田舎の恥を世界に広げないでください」
「そうは言うが、同じことが起きるかもしれないだろ」
「……あとでボコる」
「きゃあ! 怖い! ごほん。それじゃあ話すな」
イレギュラは先ほどまでいちゃついていたクナオルを指さす。
「俺のメイドのクナオルなんだが、昔から優秀で強くてかわいくて、男装もしてくれて似合っていて、かわいくて賢くて、素敵で愛してて」
「今殴る」
「いだい! ランクアップした暴力!」
「いちゃついてないで話なさいよ!」
「分かりました……イテテテ。クナオルのことは、周囲からは『跡取りでもない奴にはもったいないメイドだ』ってよく言われていたんです」
「あの、さあ。クナオルさんの自慢はいいよ……」
「まじで関係あるんだって。それで俺の兄貴なんか『跡取りじゃない奴があんなに優秀なメイドを従えているんなら、俺はもっと強い兵をたくさん揃えてやる』って意気込んだんだ」
ここで学徒兵たちはイレギュラの兄について思いを馳せた。
多分子爵になっているのだろうが、いったいどんな怪物なのだろう。
「で、兄貴は有力者の息子を集めて、小さな親衛隊候補を編成したわけだ。メラニィ様がやったみたいに武器防具を持たせて、各地のモンスターと戦って鍛えたんだ」
始まりはしょうもないが、次期子爵が自分の配下を自ら育てているのなら変な話ではない。
当時の子爵、イレギュラの父もその活動を応援していた。
「その結果、兄貴自身がランクアップ。他にも九人のランクアップが起きて……一人はアビリティが増えた。ロマンのある話だろ?」
学徒兵たちは思わず息を漏らした。
兄視点でも部下視点でもロマンのある話だった。
実に羨ましい、自分もそうなりたい。
「兄貴も父も大喜びさ。もちろん俺だって大いに喜んだ。なんなら『そうか、本当の主人公は兄貴だったのか! 弟が転生者だけど主人公は俺! みたいな話だったのか!』って思ったぐらいだ」
(何を言っているのかわからない……)
「ただ、お祝いのパーティーの翌日、アビリティを二つ持つようになった部下が手紙を残して失踪したんだ。内容は……」
【俺は子爵の部下に収まる器じゃない。広い世界に旅立って出世してみせる!】
「だって! ははははは! ロマンがあるなあ!」
イレギュラ以外、全員笑えなかった。
確かにアビリティを二つ持っていれば立身出世もできそうだ。
子爵よりも上の貴族に仕えられそうである。
「でもまあ、ロマンがあるのはここまでなんだよ。ソイツ、結局一年もしないで帰ってきたんだ! いろんなところに行って仕官しようとしたんだけど、『紹介状は?』って言われて、申し込みもできなかったんだと! ははははははは! 伯爵家以上の貴族が、紹介状もない奴を雇うわけねえよなあ! はははははは!」
いよいよ夢の無い話だった。
学徒兵たちからすれば『ソイツ』の気持ちもわかるが、先を考えずに行動した結果が面接すら受けられないのなら、背筋が凍りそうになる。
自分がそうならなくてよかったと心から思っていた。
「ソイツは『紹介状をください。そうでなかったらここで働かせてください』って兄貴に言ったの! 『まずは謝れやあああ!』って兄貴がキレて追い出してさあ! ソイツの実家も『お前のせいでどんな思いをしていたかわかるか』って怒鳴りつけてさあ! 結局領地を出ていったの! はははははははははは!」
「死ね」
「痛い!」
(なぜクナオルが殴る?)
大笑いしているイレギュラをクナオルが殴って、話は終わった。
とりあえず、実例があることはわかった。失敗例もわかった。
聞いておいてよかった。
やっぱり成功例より失敗例の方が価値がある。
「そ、そっか、ありがとね……じゃあ、私たちにもチャンスはあるけど、あんまり期待しない方がいいってことと……アビリティを手に入れても調子に乗らない方がいいってことだね」
「そうそう! 卒業まで頑張れば、この公爵令嬢メラニィ・ルコード様に紹介状を書いてもらえるようになるからそれまで普通に頑張ることだな! これはもうどこでも通用するぞ! 仕官は余裕だぜ!」
(そりゃ書くけども……コイツ、そこまで私を利用する気!? 書くけどさあ!)
メラニィは骨までしゃぶられそうな勢いで利用されているのだが、それでも命には代えられないので黙るしかないのであった。




