上振れの隙
メラニィ派閥の者は、ある意味でイレギュラに似ている。
強いカリスマ性だとか目的意識によって集まっているわけではなく、基本的に自分の利益のために頑張っている。
だからこそ正義感だとか使命感だとかは薄い。
二つの領地が危機的状況に陥っていると直視しても、『それなら私たちが頑張らないと! ノブレスオブリージュ!』という考えに至ることはない。
まず自分が生き残れるかが先にあり、それが無理なら命令に従うことはないのだ。
であれば、エースアタッカーと回復役が抜けたこの状況なら脱走につながりかねない。実際逃げようかと思っている者もいる。
しかしそうなっていないのは、自分たちと同類だと思っているイレギュラが自信満々だからだろう。
少なくとも彼は、自分たちを『消費』するつもりはない。
その一点について、彼の人格が信頼されているのだろう。
もちろん、能力面での信頼が前提ではあるのだが。
※
テリァ領の丘陵地帯。コッカース領と接するそこは、背の低い草で覆われた丘がいくつも連なる場所であった。
見晴らしが良いようで死角が多く、そのくせ接敵すれば逃げ場のない、戦術的に難しい土地であった。
その丘の一つに、モンスターたちが陣地を形成していた。
縞模様のあるトロールが一体と、三本の角が生えたゴブリンが百体。
通常種と異なる特徴をもつモンスターは、一段階、あるいは二段階は上の格を持っていた。
青く晴れた空の下、さわやかな緑の丘を、異常なるモンスターの群れが占領している。
これは異常が日常を、世界を侵食しているかのようだった。
群れの長がごとき縞模様のトロールは、その巨体から相対的に小さい頭を左右に振って周囲を見渡していた。
のんきに見えるしぐさだが、実際には周囲の敵への警戒である。
もしもこの場所に人間が近づけば、配下である三本角ゴブリンを差し向ける。追い出すだけではなく、しっかりと殺させる。てこずるようなら自分が出て殺す。
大型草食獣のように緩慢に、しかし容赦のない目線。
彼の小さな目は、接近する侵入者を見つけていた。
「本当に仕掛けるの? 迂回とかできない?」
「できなくはないですけど、放置していたら夜襲されまくりでろくに寝れませんよ?」
自分たちの陣取っている丘の、すぐ隣の丘の頂上に人間たちが布陣を始めていた。
その人数はおよそ三十人。
こちらへ近づく様子はないが、確かにこちらへ意識を向けている。
おそらく戦うつもりだろう。
縞模様のトロールは、大きく咆哮する。
それまで人間から奪った食料や、人間そのものや、森の動物をむさぼっていた三本角のゴブリンたちは飛び跳ねて立ち上がる。
トロールの咆哮に従って、速やかに敵へ……隣の丘の山頂にいる敵へ突っ込んでいく。
直線距離ならば百メートルもないだろう。丘を降りて登るとしても、その1,5倍程度の距離だ。
ゴブリンたちはトロールに比べてほぼすべての能力に劣るが、数の多さと素早さだけはトロールを大きく超えている。
百体の三本角ゴブリン。
三十人程度の人間でなんとかできるものか。
「き、来たわね。本当に大丈夫?」
「大丈夫大丈夫。自分を信じてくださいよ」
自分が出るまでもないと思っていたトロールは見た。
丘の頂に立つ、隊長らしき少女が攻撃魔法を放った。
広範囲、遠距離への魔法攻撃が丘を下っていたゴブリンたちを飲み込む。
なんだそんなもの、と俯瞰していた。
案の定、ゴブリンたちはその魔法を食らっても生きていた。
魔法の攻撃によってしばらく動きを止めていたが、やがて何事もなかったかのように突撃し直す。
百体いるゴブリンは、百体のまま敵に向かっていく。
「はい、もう一回」
「ええ、ええ!」
ちょうど己たちの布陣していた丘を降り切ったところで、再びの魔法攻撃。
やはりゴブリンたちは飲み込まれていく。
今度は数体のゴブリンが倒れた。
やはり大勢に影響はない、しばらくすればまた攻撃を開始する。
「はい、ダメ押し」
三回目。
相手の丘の中腹まで行ったところで、三度目の魔法攻撃が放たれた。
今度は……何十体というゴブリンが倒れて動かなくなっていた。
ここでようやく、今さら、トロールは腰を上げた。
遅かった。
「た、倒せたわね!?」
「だから言ったじゃないですか、この位置関係なら三回は攻撃できるって。一回で倒せなくても三回も攻撃すればさすがに倒せますよ」
三本角ゴブリンたちは二回までは耐えられたが、三回目の魔法攻撃には耐えられなかった。
この位置は、旗印たる彼女にとって三回攻撃できる位置だったのだ。そのためのポジションだったのだ。
その程度のこともトロールはわからなかったのだ。
「そ、それでも……全員は倒せてないわよ!? ばらついているから、一網打尽にできないし!」
「一網打尽にできないってことは、相手もバラバラってことですよ。散発的な突撃じゃあ、万全の迎撃態勢を突破できませんて」
残ったゴブリンたちもいたが、その数は半分以下に減っていた。
それも無傷な者はさらにその半分で、手傷を負っている者が半分であった。
何より、一塊としての圧力がない。
密集地帯を吹き飛ばされたため、残っている者たちがそれぞれ好き勝手に走ってくれば、三十人の密集した人間の兵を押しつぶすだけの圧力がなかった。
てんでバラバラに突っ込んでいって、各個撃破されている。
通常のゴブリンよりも数段強いはずの三本角ゴブリンたちは、地の利によって実力を発揮できずに終わっていた。
トロールは雄たけびを上げて歩き出す。
遅い、あまりにも遅い。
走ることができないトロールは、牛歩の進軍を始める。
先ほどの魔法攻撃をいくらでも当てられるだろう。
だがそれが意味をなさないほど縞模様のトロールは頑強である。
絶対の自信をもって、トロールは進軍していた。
その双眸は、しっかりと敵を見ている。
それは視野が狭まっている、という事でもあった。
(よし、行こう……!)
人間たちの布陣していた丘の反対側、トロールから見て丘の影。
死角であるそこに伏せていたのが大威力魔法の使い手であるレオナであった。
十人ほどの兵を伴っていた彼女は、息を殺して、丘を大周りで移動していく。
丘を登っていくトロールの背を、尻を横から見上げる位置に着いた。
イケる。
彼女はトロールの脚へ大威力魔法を当てる構えに入った。
ーーー彼女のように、大威力魔法のアビリティしかもっていない人間は、安全に近づくことに苦労する。一撃で倒せないときはさらに離脱することにも神経を割かなければならない。
明確にハズレとされるアビリティであった。
(さっきのメラニィみたいに、遠くからバカすか当てられるんなら、もう終わってんのに!)
気づかれずに接近すること、これはもう終わっている。
あとは当てて、そのまま逃げるだけ。
そのために周囲には『イレギュラが選んだ学徒兵』が護衛としてついている。
彼らに足止めを任せつつガン逃げすればいい。
あとは仲間が倒してくれる。
(ウチは足を吹っ飛ばすだけ。足を吹っ飛ばすだけ。そうしたら逃げていい、逃げていい!)
縞模様のトロールの威圧感は強い。
こちらに気付いていないし、気づかれても逃げられなくはないのだが、それでも怖い。
身がすくむ。
(一撃、一撃……この一撃で殺せなかったら? いや、殺さなくてイイんだって! でも、この一撃が……一撃で……!)
逆に言えば、彼女には迷ったり悩んだりする余裕があった。
精神を落ち着けるだけの時間的余裕、いざとなればすぐそばにいる静かな学徒兵を頼っていいという精神的余裕があった。
だからこそ彼女は、息を整えて、攻撃の姿勢に入る。
イレギュラの考えたこの作戦は、学徒兵でも可能だった。
緻密な連携が必要なく、段取りを決めての簡単な作戦だった。
下振れ……何度か失敗してもフォローできる作戦だった。
なんならレオナが怖くて逃げだしても成功できるだけの余裕があった。
そういう下振れに関しても、全員が覚悟していた。
だって怖いし、初めての敵だし。逃げちゃっても仕方ない。
ゴブリンは倒しているのだから、全員で尻尾を撒いて逃げてもいいのだ。
全員が分をわきまえていたため、レオナがなかなか攻撃しないことに焦れることもなかった。
下振れへの備えはできていたのだ。
だが想定外なことに、上振れが発生する。
誰も期待していなかった奇跡が起こったのだ。
(ぶっ殺す、ぶっ殺す、ぶっ殺す!)
ガキン。
巨大な鉄の錠が開かれる音がした。
レオナの体が、人生で初めての発光を行う。
「うわああああああああ!」
放ったのは、大威力魔法ではあった。
だがそれは今までの彼女の大威力魔法の、さらに一段階上の火力であった。
巨体ゆえに太かった縞模様のトロールの脚が一本、吹き飛んでいた。
覚醒。アビリティのランクがアップし、大威力魔法の威力がさらに増したのである。
「~~~!?」
失敗を覚悟していた丘の上の人間たちは開いた口がふさがらなかった。
足を動かなくする程度のダメージを期待していたのに、それをはるかに超えた威力に動きも思考も停止していた。
「え、あ……あ!」
ほかならぬ、攻撃を放ったレオナも困惑していた。
自分が覚醒を果たしたと認識し、思わず自分の手を見つめてしまう。
上振れが引き起こした隙であった。
先ほどまで、命令されなくても逃げるつもりだった、なんなら逃げるなと言われても逃げるつもりだったレオナは。
その場で棒立ちしてしまっていた。
片足を失い倒れた縞模様のトロールは、もがきながら起き上がり、その巨大な手を彼女に叩きつけようとする。
それに対して、人間たちは誰一人対応できなかった。
「ヤベっ」
イレギュラすら声を漏らすことしかできない。
だが彼はすでに、彼女に護衛をつけていた。
レオナの護衛を担当していた十人の学徒兵は、全員がエリート・アーミーであった。
彼らは人間のように驚かない。すでに出されていた命令を自動的に実行する。
一体がレオナを抱えて丘を降りていく。
残る九体は縞模様のトロールの攻撃を回避しつつ、胴体へ剣で切り付けていった。
ダメージこそ小さいが、確実に動きを抑えている。
なにより、周囲の空気を通常に戻していた。
「ああ、ヒヤヒヤした。まさか覚醒したのが原因で死ぬとか、さすがに想定外だったぜ」
「この程度が想定外になるのなら、知恵者気取りは止めたらいかがですか?」
「逃げられなかったら逃がせって命令はあらかじめしていました~~! 結果については想定内ですぅ!」
「そう思うのなら、早く指示を」
「ああ、そうだな……メラニィ様、全員へ攻撃指示を!」
(私に指示するのは坊ちゃんでは)
メラニィの指示を待たず、クナオルは飛び出した。
かなり無謀な突撃であったが、彼女にも予感があった。
(さきほどの覚醒……私にも確信がある!)
まったくこれっぽっちも、ぜんぜんちっとも、心当たりはなく意味不明なのだが。
少し前、ベルマがイレギュラを殴った日から『開いた』という感覚がなんとなくあった。
以前よりも力の加減が難しくなっていたのだ。
イレギュラが殴られただけだというのに、彼女のなかで劇的な変化が潜在していた。
変化が潜在するというのも変な話だが、それはまさしく覚醒の前兆であった。
「はああああああ!」
ガキンという開錠音。人体からの発光。
クナオルの生まれ持つ身体強化のアビリティもまたランクアップした。
今までより一段階上の加速、攻撃速度。
本来なら縞模様のトロールに刺さるはずもない二本のナイフが、縞模様のトロールの体を深く長く切り裂いたのだ。
「わ、わた、私も、わたしもかくせ、覚醒……覚醒しない! 覚醒ってどうやるの!?」
「そんなこと知らないよ……ほら、みんなも攻撃して」
立て続けに覚醒が起きたので、ルテリアも覚醒しようと踏ん張るが何も起きない。
メラニィを含めて学徒兵がなぜかイレギュラに回答を待つ目を向けていたが、イレギュラは知らないので攻撃を促した。
「で、でもさ! なんか、なんかこう、覚醒したいよ! だって、クナオルさん、めっちゃ活躍してるし! このまま倒しちゃいそうだよ!?」
「クナオル一人に任せてケガしたらどうするんだ! もしもそうなったら全員八つ裂きにするからな!」
「……ごめんなさい」
正当な理由により本気でキレられて、ルテリアだけではなく全員が謝って攻撃を開始する。
クナオルが深く刻んだ傷に武器を突き刺し、どんどん出血させ弱らせていく。
トロールも必死で抵抗しているが、片足が吹き飛び出血していることや、そもそも図体がでかいので一度転ぶとなかなか起き上がれない。
いくら縞模様トロールが強くとも、腰が入っていない駄々のような動きでは身体強化を得て、高レベルになっている学徒兵や公爵家の侍従には及ばない。
「……ところでメラニィ様、攻撃の指示はまだですか?」
「そういえば指示してなかったけど……なんかもう勝てそうよ?」
「死んだ後でもいいから指示してくださいよ、手続きなんですから」
「それをすっ飛ばしているのは貴方よね!? さっきの反応が間違っているわけじゃないけども!」
ほどなくして、強かったはずの縞模様トロールは倒された。
しかし誰もが達成感よりも困惑に支配されている。
今しがた覚醒したクナオルに注目が集まっていた。
「ウチをどこまで連れていく気~~!?」
エリート・アーミーに運搬されていったレオナのことを思い出したのは、そのすぐ後であった。




